遠い感情





『あの…話が変わるんですけど、私を呼んだのは何でですか?』

「おぉ、そうだったね。ごめんごめん、話が逸れちゃったね。明日学校休みだけど、不死風少女は空いてたりするかな?」

突然の尋ね事。明日…特に用はなかった筈




『特にありません』

「あ、そう?君に見せたいモノがあるんだ。明日の朝10時くらいに家に迎えにいくから、待っていてくれるかぃ?」

『ぁ…はい、分かりました』

見せたいものとは何なのだろうか。一応頷いて了解した。呼び出したり内容はまさかのそれだけだった。用が済み、とりあえず食堂へ向かった。すると、私に気付いた麗日さん達がこっちこっちと手招きしていた



「何かあったん?」

『え…あぁ、まぁね』

敢えて曖昧に反応しておいた。相澤先生と実際話があった訳でもないし、オールマイトさんとの話も他言する訳にはいかない。不意に近くでお昼を食べている男子達の方へ視線を向けた。その中には緑谷君もいる

オールマイトさんから個性を受け継いだ…
確かに緑谷君の手には傷やアザがいくつもある。右腕だけを見るとやはり利き腕で個性を発動しているんだろう




「不死風さん?」
『ぁ、何?』

「どうなさいました?上の空ですが」

隣に座っていた八百万さんが心配気に眉を下げている。そんなにボーッとしてしまっていただろうか。大丈夫、とだけ言って誤魔化した









◇◇◇ ◇◇◇









『緑谷君』

みんなが帰る下校時間。挨拶しながらクラスメイト達が教室を出ていくところで、後ろのまだ帰りの準備をしている緑谷君に話し掛けた

自分から誰かに話し掛けるのは極力避けているのだが、今日のオールマイトさんの1件があった以上、緑谷君と話さない訳にはいかない。彼は私が話し掛けてくるとは思っていなかったのか少し反応が遅れながらも返事をした




「不死風さん、どうしたの?」

『話したい事とか聞きたい事があるから途中まで一緒に帰ろう』

「え?う、うん…」

ただの帰りの誘いではないのは緑谷自身感じ取った。学校を出て、暫く黙って歩いていた。不死風さんとあまり話した事ないし、何か共通の話題なんてあったかなぁ…

緑谷が悶々と柊風乃の聞きたい事と話したい事が何なのか考えていると、前を歩いていた柊風乃が足を止めて振り向いた




『緑谷君、オールマイトさんから受け継いでるんだよね。個性』
「ぇ…Σえぇ!?な、何言ってるの!?そんな訳ッ…」

オールマイトさん同様、わかり易すぎる反応。まぁ本人から聞いたから嘘な訳がなく…



『ワン・フォー・オール…だっけ。オールマイトさん本人から聞いた。5年前にヴィランと戦った怪我のせいであの筋肉質な身体を維持するのが厳しくなった事も。だから隠さなくて良いよ』

オールマイトさんの名前を言うと、緑谷君は大きい目を更に見開かせて冷や汗を流した



『まぁ、たまたま2人が話しているのを聞いちゃったから。気になってオールマイトさんを問い詰めたら話してくれた』

「あのッ…不死風さんはどう…思う?」

『は?』

聞きにくそうに聞かれた。どう思うって何に対してなのか主語が抜けてる分、間の抜けた声で反応してしまった



「いや、ほら…オールマイトはみんなの憧れの的だし、この社会を支える平和の象徴だから。そんな人の個性を僕が受け継いだって知って…どう思ったかなぁって」

緑谷君は無個性だった。1度はヒーローを諦めようと思うのが普通だが、緑谷君は違う。それでもヒーローに、オールマイトさんの様になりたいという意志を持ち続けた。だからヴィランにも立ち向かえた。私がもし無個性でその場にいたら、きっと何も出来ない。その人を……幼馴染みを見殺しにしていたかもしれない




『良いんじゃない?』

「えッ…」

『正直、オールマイトさんの個性だから何?って感じ。もう緑谷君が受け継いだ時点で貴方の個性なんだから、そんな卑屈になる必要はないと思う』

「そう…かな」

まだ不満気な緑谷君に浅くため息を吐いた。私には関係ない事で、別にとやかく言える立場でもない。けれど、あまりうじうじされると苛立ってきてしまう。自分を見ている様で嫌になる




『踏ん切りがつかないなら、貴方が平和の象徴になればいい』

「Σえ!?」

『そうなれば嫌でもその個性を駆使しなきゃいけない。自ずと個性も身に付いてくるでしょ』

突拍子もない事を言ってると思う。だけど、オールマイトさんの個性を受け継いだ時点で緑谷君は平和の象徴を継ぐだろう。きっとオールマイトさんもそのつもりだと素直に思う




『オールマイトさんは貴方だから受け継がせたんだよ。そうじゃなきゃ、無個性の人に大切な個性を受け継がせようなんて思わない』

「うん…」

『私はスゴいって思ったよ。緑谷君の事』

その言葉に驚いた様に俯き気味だった緑谷君は顔を上げた




「僕が…スゴい?」

『無個性の状態でヴィランに捕まってた爆豪君を助けたんでしょ?私には出来ない。人を助けなきゃ、て気持ちより死ぬ怖さの方が先に頭を過ぎるから』

無個性だったらね、と強調する様に柊風乃は付け足した。私には出来ない。幼馴染みと言えど、自身に罵声を日頃から浴びせる様な人を助けようとも思わない

でも、緑谷君は助けた。別に助けた所でその人が日頃の行為を謝罪する訳でも改める訳でもないのに。現に今だって緑谷君は爆豪君から必要以上に罵倒されている





『何で?』

「え、何でって…」

『何で助けたの?幼馴染みだから?』

柊風乃にじっと見つめられて、緑谷君は焦りながらえぇっと…と言葉を詰まらせながら答えた




「よく…分からないんだ。何であの時助けに行こうなんて思ったのか」

無謀だって事も個性を持たない僕が何とか出来る状況じゃない事も分かってた、と緑谷君は続けた。尚更何で助けようとしたのか謎だが…




「でも…僕は見知らぬ誰かでも多分同じ事をしてたと思う」

身体が勝手動いちゃうんだ、と微笑みながら言った緑谷君。それは本当に純粋に誰かを助けたい、と思っているのだと感じ取れる程に優しい笑顔だった





『誰隔てなく助ける。自分の命よりも他人の命を最優先。どんなに自分が不利だと分かっていても、誰かを助ける為に迷いなく戦える。ヒーローの器としては100点満点なんじゃない?』

緑谷君は照れ臭そうに頭を掻いた。何故個性を持たずに産まれてきたのか謎になるほどに心はヒーローだった

それをオールマイトさんに認められて、個性を貰えたんだよ。だからもっと胸張って良いと思う。大切な人を心配させるのは良くない、と付け足して歩きだそうと緑谷君に背を向けた。けれど、緑谷君の言葉に思わず足が止まった





「不死風さんも同じ立場だったら…助けに行ってるんじゃない?」

『……』

幼馴染み…もし中学のクラスメイトがヴィランに捕まっていたら?

柊風乃は緑谷の方に振り向いた




『その時はヴィランよりも先に私が殺す』

その一言に思わず緑谷は息を呑んだ。柊風乃の目は信じられない程冷たいモノだったから

冗談。忘れてね、と付け足して再び背を向けて歩き出した柊風乃を追い掛けようとした緑谷だったが、足が動けずにいた







◇◇◇ ◇◇◇








「柊風乃ちゃーん、オール……何とかさんが来たよー」

着替えている中では思わず肩がガクッと落ちた。未だにオールマイトさんの名前を覚えていないお婆ちゃん。分かったよー、と返してさっさと着替えた

玄関を出ると、そこにはラフな格好をしたオールマイトさんが。体格は見慣れた筋肉質のまま




『オールマイトさん、昨日の格好のままでいいですよ』

「あ、そう?」

家の門を閉じて次に振り返った時にはオールマイトさんは細身の身体に戻っていた。お婆ちゃんを気遣っての変身だったようだけれど、未だに名前を覚えてもらっていない事は隠しておこう

ふいにオールマイトさんの手元を見ると花束が…



『それ…』

「ん?あぁ、これ?」

これから行く所に持っていくんだ、と笑って言ったオールマイトさん。誰かの家にでも行くのだろうか





「昨日、緑谷少年から電話があったよ」

『…そうですか』

「君に急に個性の事について聞かれた時は心臓が止まるかと思ったって言ってたよ」

ははは、とおかしそうに笑うオールマイトだったが昨日の緑谷との会話でしつこく聞かれた事があった。それは柊風乃の中学の頃の事だ

緑谷的にあの柊風乃の最後の言葉が忘れられないらしい。推薦したオールマイトなら何か知っているんじゃないか、と鋭い勘で尋ねてきた



『その時はヴィランよりも先に私が殺す』

これはオールマイト自身も寒気がする言葉だった。過去の交友関係で何があればあんな残酷な言葉が出てくるのか。それほどにあの事件は彼女の中を占めているんだろうとオールマイトは緑谷を当たり障りなく誤魔化しながら思っていた

暫く歩くと、ある大きな霊園の門に着いた。ここからでも多くの墓が見えるけれど、一体誰の墓に用なのか。黙ってオールマイトさんの後を着いていくと《Forever in Our Hearts》と書かれた柱が。訳すと《永遠に私たちの心の中に》という意味だ




「此処の柱から先が今まで活躍し、亡くなったヒーロー達のお墓になってるんだ」

オールマイトさんの説明通り、確かに他の墓よりお花がたくさん供えられている。今でもそのヒーローに助けられた人達がお供えに来てくれるのだとオールマイトさんは付け足した

他の墓を見ながら着いていくと、オールマイトさんがある墓の前で止まり、しゃがみ込んだ。そして、その墓石に掘られた名前を見てドクンッと心臓が沈む様に重く鳴った



《不死風 永治》

英語で書かれているが…確かにあいつの名前だった。思わず手を握り締めて、墓石から目を逸らした。オールマイトさんは慣れた手つきで花束を置き、墓を拭いていく

今気付いたけれど、花束はオールマイトさんが供えたモノの他にも既にいくつか供えてある。新しめな花束だった




「彼は今でも誰かのヒーローなんだろうね」

『…オールマイトさんはいつも来てるんですか?』

「うん、毎週来てる。仕事で来れない時もあるけどね」

これ見て、とオールマイトさんは供えてある花束の中からメッセージカードを1枚取り出して見せてきた


【貴方が助けてくれたおかげで息子の成長を見守れています。ありがとうございます】

「彼は本当に色んな人を助けたんだ。あまり自分から目立つ様にはしてなかったけど…でも彼はヒーローとして素晴らしい活躍をッ…」
『だから何なんですか』

柊風乃はメッセージカードから目を逸らして墓石に視線を移した。その目つきはヒドくキツい



『何で墓なんか建ててあるんですか。あいつは行方不明なのに』

「…あぁ、彼は行方不明のままだ。だけど月日が経ちすぎて警察も殉職という結論になってしまったんだ。此処には何も埋まっていない」

これは彼に対してのせめてもの感謝と敬いの心から建たされたモノだと説明されたが、何も感じない

感謝?敬い?
そんなモノない。私の心には存在しない



『私はあいつを許さない』

「不死風少女…」

『人を救って感謝されて、ヒーローとしては尊敬出来るのかも知れませんけど、自分の父親としては受け入れられません』

私だけではない。お母さんだって…最期の最期まであいつを想って死んだ。悲しい思いをされるくらいだったら結婚なんてしなければ良かった。お母さん1人に私を押し付けて大変な思いをさせるくらいだったら……私を産まなければ良かったのにッ…





「お父さんの事…」

『私はあいつが…』



「嫌いに…ならないでね…」

『大嫌いです』

柊風乃はお先に失礼します、と一礼して来た道を引き返した。オールマイトは引き止める事はなく、何処か悲しげに眉を下げて柊風乃の遠くなっていく背中を見つめた


【遠い感情】END

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