本気
「な…何事だぁああ!?」
夕方、授業が終わりさっさと帰るべく、さっさと鞄に荷物を詰めていると、最初に教室のドアを開けた麗日さんが叫んだ。何だと思い、見れば見知らぬクラスの生徒がうじゃうじゃと教室前をごった返していた
早く帰りたいのに…面倒臭いなぁ
でも何であんなに人が…
「君達、A組に何か用がッ…」
「ンだよ出れねぇじゃん!何しに来たんだよ!」
飯田君の前に峰田君がその集団に尋ねた。すると、爆豪君が何食わぬ顔で集団の目の前まで歩み寄り、いつもの眼力で威嚇とも思える態度で生徒達に言った
「
「知らない人をとりあえずモブっていうのやめなよ!」
相変わらず面倒な性格してる、と浅くため息を吐いて私も席を立った
「噂のA組…どんなモンかと見に来たが、随分と偉そうだな?」
緑谷君達の所まで歩いていくと、何やら集団の中から目の下にクマを作り、紫色の髪をした男子が前に出てきた
「ヒーロー科に在籍する奴らはみんなこうなのかぃ?」
その男子の問い掛けに緑谷君達は慌てて首を左右に振ったけれど、爆豪君は変わらず…というより更に威圧的なオーラを放っている
「こういうの見ると…幻滅しちゃうな。普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだ。知ってた?そんな俺達にも学校側はチャンスをくれてる」
その次の男子の言葉に、1−Aのクラスメイトほとんどが息を呑んだ
「体育祭のリザルトによっちゃあ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」
体育祭…結果によっては今の1ーA…いや、ヒーロー科から降ろされる事もあるって事か。この人スゴい事教えてくれちゃってる
「敵情視察?少なくとも俺はいくらヒーロー科とはいえ、調子に乗ってっと足元ごっそりすくっちゃうぞっつう…宣戦布告しに来たつもり」
この人の目…鋭いっていうか何というか…
こんなにも大胆に宣戦布告してくるって事はそれほどに個性に自信があるのか。周りを見ると、表情はやはり強ばっている人が多い
集団の何やらB組から来たという銀ピカの男子が叫んでいるけれど、そんなのお構い無しに爆豪君は集団の方へ割って入ってこうとしている
「待てコラ爆豪!どうしてくれんだ!おめぇのせいでヘイト集まりまくってんじゃねぇか!」
「関係ねぇよ」
切島君の言葉に即答で返した爆豪君は表情を変えずに続けた
「上に上がりゃあ関係ねぇ」
そう言って爆豪君は集団の中を通って去っていった。後腐れのない宣言だけれど、今の状況で言ったら他の生徒からしたらまぁ嫌味みたいなモンに聞こえるのだろうか
ヒーロー科を落ちてしまった今目の前にいる人達は何がなんでもあの紫色の男子が言っていたヒーロー科編入を狙って本気で体育祭に挑むだろう
『油断は出来ないって事ね…』
「あ、そうそう。あんたは他の奴らとは違ぇんだよな」
まさかの紫色の人が私に話を振ってきた
「あんた、つい最近推薦でヒーロー科に入学したんだろ?しかもオールマイトの推薦で」
その言葉に廊下に集まっていた集団が一気にざわめき出した。1ーAの人達は知っているけれど、他の人達には知らされていなかったらしい
「確か、イレイザーヘッドの試験に合格したとか。あんたの個性も体育祭で拝見してみたいもんだな」
余計な情報をペラペラと…
嫌にザワつき、私を珍しそうな目で見てくる集団に苛立った
「あのイレイザーの試験を?」
「すっげぇな、どんな個性だよ」
「やっぱ推薦は格が違うのかねぇ?」
何やら勝手な思い違いをペラペラ喋る声が聞こえてくる。どうでもよくて、くだらなくて浅くため息を吐いた
『推薦だろうが何だろうが貴方達には関係ない。帰るからそこ退いて』
集団がいるのもお構いなく進んで廊下を歩いていった。何人かの視線を感じるけれど、構ってられない。何度目かのため息を吐いて階段を降りていると、スマホが鳴った
画面を見ると、オールマイトさんからだった
〔不死風少女、私だ。もう学校にはいないかな?〕
『いえ、まだいますけど…』
〔それなら良かった。仮眠室に寄ってくれないかぃ?時間は取らせないから〕
仮眠室…こんな時間に何の用だろう
とりあえず言われた通り仮眠室に向かった
◇◇◇ ◇◇◇
「やぁ、不死風少女。待っていたよ」
入るとスーツ姿のオールマイトさん。当然ならが身体は細身のまま。向かいの席に座って、何の用なのか尋ねた
「体育祭の事だよ。相澤君からHRで話があっただろ?」
『はい、まぁ…そうですね』
私の反応が思いの外普通だったのに拍子抜けしたのか、オールマイトさんは目を丸くして首を傾げた
「他のみんなはあの事件の心配もある反面、とてもテンションが上がっていたと相澤君から聞いていたけれど…不死風少女はそうでもないのかぃ?」
『…特に興味ないんです。何ででしょう…何というか…』
どうも気分が上がらなくて…と柊風乃は頭を掻いた
不死風少女はヒーローになりたい想いはあるけれど、そこまで積極的に自ら足を踏み出す気持ちが薄い。あの相澤君が行った推薦試験では真反対に積極的に突き進んで合格をもぎ取ったというのに…
だが、やる気がない訳ではない。何かきっかけを作れば誰よりも進んで危険な所へも飛び込める子だ。何か…
「そうだ!不死風少女、良い物を見せてあげよう」
ちょっと待っててね、と慌てて仮眠室から出ていったオールマイトさんは数分で戻ってきた。手に持っているのはあるアルバム。雄英高校の校章があるところからして、雄英のアルバムだ
パラパラ捲り、何処かのページを探している様子。だがさすが雄英…卒業アルバムもスゴく分厚い
「おぉ、これこれ!」
バサッとあるページを開いてオールマイトさんはアルバムを机に置いた
「これは私の雄英時代のアルバムだよ。それで、これは体育祭の頃の写真だ」
覗き込んでよく見てみる。雄英の体育着を来た高校時代のオールマイトさんがボロボロの状態で誰かと肩を組んでいるのが写っていた。その相手は…優勝メダルを掲げて満面の笑みを浮かべたあいつだった
「これは1年の頃の体育祭の写真だ。初めての体育祭だっていうのに、彼は緊張とかまるでしていなかったよ。どの種目でも上位の成績で、見事優勝をもぎ取ったんだ」
あれは悔しかったなぁ、と懐かしそうに目を細めたオールマイト。だが、柊風乃の表情はだんだんと険しくなっていく
「プロヒーローからのスカウトだって、この体育祭を機にどんどん増えていってね。その時なんかッ…」
ガタッ!
言葉を遮って、柊風乃は立ち上がった。オールマイトは突然の事で目を丸くしながら柊風乃を見上げた
「ど、どうしたんだぃ?」
『あいつは…体育祭で優勝してるんですか』
「う、うん…そうだけど」
『1年の頃に…優勝してるんですね?』
オールマイトを見下ろす柊風乃の目は眼力が強く、虎が獲物を捕らえた様な凄みがあり、思わずオールマイトも冷や汗を流した
「えっと…不死風少女?」
『気が変わりました。あいつが体育祭で優勝したのなら、私も絶対優勝します。あいつなんかには絶対負けたくないです』
やる気が出てきました、と柊風乃は軽く会釈して部屋の扉の方へ歩いていくと、取っ手を握った所で未だに唖然としているオールマイトの方に再び振り返った
『オールマイトさん、土曜はすいませんでした。勝手に帰ってしまって』
「ぁ…あぁ、大丈夫大丈夫。全然気にしてないから。その…体育祭頑張ってね」
はい、と2度目の会釈をして柊風乃は部屋を出ていった。その瞬間、力が一気に抜けた様にオールマイトはソファに身体を凭れ掛からせた
「何か…別の意味でやる気出させちゃったかな…」
ただ父親が雄英でもこんなに活躍していたんだという事を教えたかっただけなんだけど…逆に負けたくない競争心の方が芽生えちゃったか…
「本当に…お父さんの事になると顔が変わるよ、あの子は」
◇◇◇ ◇◇◇
体育祭まで約2週間。みんな体育祭に備えて自主トレーニングを開始していた。ヒーロー科としてもプロからのスカウトがかかっているだけあり、通常の体育の授業内容のほとんどが自主練となっていた
あいつが体育祭で優勝している以上…私も手を抜く訳にはいかない。絶対優勝する
体育の時間は他のみんなから少し離れた場所まで移動し、自分の個性を再確認しながら、応用も含めた自主トレーニングに励んでいた
私の個性は風。あの体育での鬼ごっこ以降、そこまで個性を多く使う事はなかったけれど、一応出来る範囲は把握している
『体育祭の種目は録画を見た限りだと、団体競技と個人競技はある。団体競技はともなく、問題は個人競技…』
プロからのスカウトが賭かっていて、ヒーロー科の最大のチャンスだと相澤先生が言うくらいだ。嫌でも個性を最大限引き出さなければ勝ち上がれない種目になってる筈
引き出す場合の問題点は…
『斬り風…』
相澤先生の捕縛武器、常闇君の黒影。あの時の様な威力を誤って人に受けたら…それが心配だ。私と違い、みんなは普通の治癒能力だ。リカバリーガールがいるからといって、切断までいった怪我を治癒出来るのだろうか…
不意に目の前にある私の等身大より大きめの岩の前まで歩み寄り、両手を翳した。無心になり、深呼吸
この岩を…粉々にッ…!
そう両腕に力が入り、血管が浮かび上がったと思えば、目の前の岩に向かって鋭く強風が集中して吹き付けた。岩の削れる音が響く………が、表面に傷が付く程度で粉々にはならなかった。あの2人の時の斬り風の威力を思い返すとおかしい…
『やっぱり…突発的に強く気持ちが入らないとあそこまでの威力は出ないか』
相澤先生の時は絶対に合格してやるという気持ち。黒影の時は凶暴だったが故に厄介だと思い、すぐにケリを付けなければという気持ち。2つはその場で斬り風を使う事に強く感情、気持ちが入っていたがためにあそこまでの威力を出せたのだ
『まぁ…岩に傷を付けるぐらいの威力なら威嚇くらいにはなるかな』
あまり威力があると気を失ってしまうだろうし。相澤先生の時とは違って、風の個性に慣れてきた分、気を失いにくくはなっているだろうけど…
浅くため息を吐くと、背後が騒がしい。恐らくみんなはそこの辺りで自主練をしているんだろうけど…そういえばみんなは実際に
『きっと勝ち上ってくるのはこのクラスの人達が圧倒的に多い。上にいくなら誰かと戦う事になるのかな』
「柊風乃ちゃん、ご飯行こう!」
「どうしたの柊風乃ちゃん。顔色悪いわよ?」
「不死風!お前かっけぇ個性なんだから、もっとアピールしろって!」
「不死風さん、あの…今度ご一緒にお茶なんて、如何ですか?」
「不死風、困った事あったら言えよ。俺で良ければ力になる」
「不死風さん、さっきの技カッコよかったね!よければどんなイメージで作ったのか教えてほしいな!」
まだ入学してきて数日しか経っていないのに、もう既にこのクラスの人達全員が話し掛けてくれる様になった。爆豪君以外は…だが。今までというのには本当に期間が短いが気にかけてくれる声が頭に過ぎってくる
あの人達と戦う事になる…
『…やりづらい』
◇◇◇ ◇◇◇
夜、夕飯で足りないモノがあった事に気付き、近くのスーパーへ向かい、その帰り道。明日の自主練はどういうメニューにしようか考えていると、前方から誰かが走ってくる人影が…
「あ、不死風さん」
前方からやってきて、漸く街灯の灯りで誰なのか分かった。その人影は首にタオルを巻いた緑谷君だった
「こんばんは」
『こんばんは。ジョギングしてるの?』
ジョギングしている所を見られたのが恥ずかしいのか、はにかんだ笑みで緑谷君は頷いた。体育祭の開催を言い渡されてから各々体力作りとか新技開発しているけれど…
『緑谷君は個性の調子はどうなの?』
「うん、まぁ…ぼちぼちかな。身体の反動の事を考えると下手にトレーニングで使う訳にもいかないから、ほとんどイメトレとか体力作りして出来るだけ個性使ってからの負担を軽くするしか出来ない感じ。不死風さんは?」
『私もまぁ…ぼちぼち』
そっか、と汗を拭く緑谷君に、先日から聞きそびれている事を聞く事にした
『ねぇ、緑谷君。USJの事件で聞きたかった事、今聞いても良い?』
「Σあ、そっか。この前言ってたよね。体育祭の事で頭がいっぱいで…忘れててごめん」
『いいよ、私も忘れてたし。その…USJで襲ってきた
私の尋ね事に緑谷君は思い出す様に顎に手を当てながら話してくれた。様々の個性の事をこと細かく聞く中で、突然緑谷君の表情が険しくなった
「色んな個性がいたけど…断トツなのは脳無って化け物が印象深かった」
『脳無?』
「聞いた話だと、強制的に個性を植え付けられた反動に耐えきれなくて頭が破損してしまって、知能とかもほとんど残ってない改人らしいよ。USJにいた脳無はオールマイト並の力があったし…何より…」
『何?』
「怪我が瞬時に治る超再生する個性も持っていたんだ。あれで後から駆け付けてくれたオールマイトも苦戦してた」
超再生…改人された脳無が有していた個性…
「あの治癒能力は…まるで化け物だったよ…」
緑谷君の言葉に目を見開いた。その後にズクズクと身体から湧き出す負のオーラが自分でも分かった
『化け…物…』
「Σあ、ご、ごめんね!怖がらせるつもりじゃなかったんだけど…」
『いいよ、分かった』
柊風乃はそれだけ言って、緑谷を通り過ぎてそのまま歩き始めた。緑谷は柊風乃を慌てて呼び掛けるが、反応はなかった
「どうしたんだろ…不死風さん…」
◇◇◇ ◇◇◇
化け物…確かに緑谷君はそう言った。改人脳無でも無理矢理その超再生の個性を植え付けられたから瞬時の治癒能力が発動した
個性を発動せずに身体が再生する私は…脳無よりも化け物じみている…
柊風乃は歩きながら両手を強く握り締めた