開始






控え室から通路を進んでいき、グランドへの一本道。マイク先生のいつものハキハキしたアナウンスと共に観客の歓声が凄まじい程に聞こえてくる。周りを横目で見ても、みんな表情を強ばらせている

みんな緊張してる。私だってそうだ
でも…本気で…勝ちに行くんだ

グランドに近付きながら、心の中でそう自分を奮い立たせた





〔敵の襲撃を受けたのにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新生!ヒーロー科!1年A組だろぉおお!〕

スゴい持ち上げ方…
でも実際はみんなヴィランと戦って、そして無事でいるのだ。やっぱりそれほどに…みんな強いのだ

その後もテンション上げ目にマイク先生が他のクラスを紹介していく。1年だけでもかなり多い。不意に普通科を見ると、A組クラス前で喧嘩腰に宣戦布告してきたあの紫の髪の男子の姿も見えた




「体育祭のリザルトによっちゃあ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまた然りらしいよ」

オールマイトさんがせっかく推薦してくれたんだ。こんな序盤でもたもたしてたら、簡単に足元を掬われる



『…誰にも負けない』








◇◇◇ ◇◇◇








「選手宣誓ッ!」

全1年が整列した後にムチを振り上げて言い放ったミッドナイト先生。姿がいつものヒーロースーツなのだが、格好が格好なだけに特に男子達は目の行き場に困っている様にそわそわしている



「選手代表、1年A組!爆豪勝己!」

この名が出た事に驚きで私だけでなく他の子達も一斉に爆豪君に視線を向けた。てっきり八百万さんや飯田君辺りかと思ったのに、何で爆豪君…

言ってはなんだけど、こういった選手宣誓の際には1番不似合いな人だと思うのだが…



「えぇ…かっちゃんなの…!?」
『意外だわ…』

「あいつ一応、入試1位通過だったからなぁ」

隣の緑谷君同様に唖然としていると、瀬呂君がそう教えてくれた。みんなは確か入試を受けているんだ。爆豪君のあの個性なら分からなくもないけど…代表で選手宣誓をさせるにはどうだろうか…







「宣誓、俺が1位になる」

言った。本当に言った。いや、分かっていたけど…

「おい!ふざけんなよぉ!」
「何言ってんのよ!」
「頭おかしいんじゃねぇの!」

「何故品を貶める様な事をするんだッ!」

皆の嵐の様なブーイングの中で飯田君が1−Aの誰もが言いたい事を代わって爆豪君に訴えるも、当の本人は構わず振り返って踏み台になってくれだなんてまた更に反感を買いそうな言葉を言い捨てて、さっさと宣誓台から降りてしまった

降りても周りからのブーイングは止まずに、別に関係のない私達にまで睨み顔が向けられる。思わず、やれやれと浅くため息を吐いた








◇◇◇ ◇◇◇








「さぁて、それじゃあ早速いきましょう!」

皆が固唾を呑む中、ミッドナイト先生の後ろから出現した巨大な映像スクリーンに映し出された第1種目は【障害物競走】

全員参加のレース戦。コースは4キロあるこのコロシアムの外周。でも此処はヒーローを目指す者が集う雄英。普通のレースではないのは誰もが覚悟していた。そして、説明していたミッドナイト先生が怪しく口元を笑わせた



「コースを守れば、何をしても構わないわ!」

その言葉に観客の歓声が更に高くなった。思わず表情を強張らせた
何をしても構わない…
即ち個性を相手に遠慮せずに使う事も、怪我を負わせる事も此処では何の問題ではない…という事だ

息を深く吐いてスタート位置であるゲートの前に向かった。周りの顔はかなり険しい




「柊風乃ちゃん」
『つ…ゆさん…』

まさかこんな緊張している空気の中でも話し掛けてくるとは思わず、つい目を丸くしてしまった



「緊張するわね」
『そう…だね』

蛙吹さんの隣には麗日さんが見えたけれど、やはり険しいけれど何処か不安そうな表情でゲートを見上げている。その点、蛙吹さんは緊張すると言ってるものの、そんな感じには見えない



「ケロケロ、初めての体育祭だもの。楽しむのも大事よね」

そう微笑む蛙吹さんにこの子は肝が据わっていると感じた。深呼吸をしてもバクバクとうるさいのが感覚でも分かる。思いの外緊張している。ゲートのスタートカウントダウンであるランプを見つめる

3……2……1…ッ!






「スタートッ!」

ミッドナイト先生の呼び掛けで弾かれた様に身体を前に進めた。というよりは一斉にスタートしたこの大人数の揉み合いに流されながらゲート入りした

揉み合っている間にも前に行こうと身体を動かせば動かすほど身動きが取れなくなっていく。何でこの大人数に対してゲートがこんなに狭いの、と頭で愚痴を漏らしながらも人を掻き分けていく




『Σつッ、冷たッ…』

足元に突然寒風が漂った。種目の中の罠?と思った直後、前方から勢いよく氷が張り始めた

ヤバいッ…!
咄嗟に足に風を纏わせて宙に舞い上がった。何人か巻き添えで浮かせてしまったけれど、足も氷漬けにされて動けずにいる人達がクッションの役割を果たしてくれたおかげで落下した人達は無事だ

ゲートは広い割に天井が高い。そのおかげでこんな回避の仕方が出来たけれど、床と天井に沿って氷漬けになっている。頭では既に誰の仕業かは直感で分かっていた



『案外轟君も…容赦ないよね』

風で舞いながらゲートを出ると、やはり大半は足を氷漬けにされたのか出口辺りで詰まっている。先を見ると数名は氷漬けを免れて前に進んでいるけれど、地面の氷のせいで上手く動けていない

一旦滑らない様に地面を蹴り、高く飛んだ。人混みで見えなかった前方にはやはり私と同じ様に空中でも有利な個性の人達がいる。1−Aの人達の大半は前にいるし、思った通りぶっちぎりで前を走っているのは轟君だった



『さっきの氷漬けを考えたらこのまま空中移動で前に出るしかなッ…』
「わぁあぁあ゙あ゙ッ!」

後方も警戒しながら飛んでいると、コースの曲がり角、前方から峰田君が吹っ飛ばされてきた。その後も数人のどよめく声が。急いでコースを曲がると、目の前には巨大なロボットが数体が道を阻んでいるのがすぐに分かった



「入試の…仮想ヴィラン!」

着地した地点に偶然いた緑谷君から聞こえた言葉
入試の時って…この仮想ヴィランを相手にした試験だったとは、やはり雄英。容赦なく新入生を落とさせる所だけあり、仮想と言ってもそれ相応に手強い筈…



〔まずは手始め!第1関門!ロボ・インフェルノォオオ!〕

後ろからぞろぞろと関門に到着するが、一向に誰も前に足を踏み入れない。ロボットの赤く強調したレンズセンサーが睨みを利かし、威圧感を感じさせられた

風で吹き飛ばす?それとも粉々に…
いや、こんな序盤で体力を無駄に使う訳にも行かないし…

試行錯誤している間に先頭の轟君が動いた。彼は自身の足場に氷を張り巡らせた。寒風がまた吹き荒れ、視界が霧の様に悪くなる中で轟君が右手を大きく仰いだ直後にあの巨大なロボットの動きを一瞬で止め、氷漬けにさせたのが見えた



『スゴいッ…』

思わず声が出てしまった。身動き出来なくなったロボットの足の間を走り抜ける轟君に唖然としたが、すぐに我に返った

呆気に取られてる場合じゃない…
氷漬けにしてあるとしても不安定なのかギシギシと音を発してるところからして、轟君の後に続いて足元を走り抜けるのは危険……と思っている矢先に他の空中移動の出来ない個性持ちの人達はぞくぞくと固まったロボットの足元へ群がっていく

咄嗟に危ないと呼び掛けようとした声を詰まらせた。これは体育祭。誰もがみんな上位を目指す為にそれ相応のリスクや怪我は覚悟の内の筈。此処で呼び掛けるのは…違う



〔第1関門を1抜けしたのは1年A組!轟焦凍だぁあ!〕

マイク先生の実況が響く。もたもたしてる暇はない




『私だって本気なんだから』

姿勢を低くして自分を中心に円を書くように風を靡かせる。周りの人達のどよめく声が聞こえるけれど、気にしてる暇はない。勢いよく上に手を振り上げると渦上と化した風が竜巻の様に土埃を巻立てながらロボットを突き上げた

足元が不安定になったロボットが体制を前のめりにさせたのを見計らって、後頭部まで風で舞い上がり、そのまま足で1発蹴りを食らわす。するとロボットは未だに立ち尽くしている生徒達の方へ倒れ込んだ




〔おぉおっとぉ!?同じくA組不死風柊風乃!轟に続いて妨害を狙った策に出たかぁ!?〕

ロボットの倒れ込む音と後方で生徒達の騒ぎ声が聞こえる中で地面に着地。とりあえず誰も大怪我までは負っていない事を信じて、再び風で舞いながら先頭の轟君を追った




〔此処で不死風も第1関門突破ぁあ!やっぱり推薦入学者なだけあり!2人して良い個性持ってんなぁあ!おい!〕

舞っている間にも後方を確認すると瀬呂君や常闇君、爆豪君がロボットの上を飛んで回避している。他の人達も倒れたロボット達を上手く躱して追ってきている。走るのは体力的にも避けたい。このまま空中戦でいくしかない

暫く行くとまた関門。第2関門はさほど私の個性であれば問題ない。体力を温存する為に所々足場にして飛べば、最終関門まで余裕で個性を使い続けられる

轟君はッ…まだ前にいる。唯一の足場である綱を凍らせて崖を辿って行っている。改めて何で滑らないのかそのバランス感覚に謎を感じるけれど、そんな事疑問に思ってる場合じゃない




「てめぇえ!真顔ぉお!俺の前に出てくんじゃねぇよぉお!」

爆豪君が後ろに迫っている。私と同じで障害物とか関係なく空中移動が出来るから、すぐに追いつかれる




「調子上げてきたな…」

先頭を行く轟も後方に迫る柊風乃と爆豪を確認して、ペースを上げていく

爆豪と不死風か。予想してたが…あの2人の組み合わせはあまり見たくねぇな。まだ気に掛る部分もあるし…でも此処では気にしてる暇はねぇか








◇◇◇ ◇◇◇








轟君にもうすぐ追いつきそうだという時に第3関門が現れた。スゴい骸骨の大きな看板が立て掛けられているだけで、何の変哲もない地面が広がっていると思っていると、マイク先生からの実況の声が響く




〔一面地雷原!地雷の位置はよく見りゃ分かる仕様になってんぞぉ!眼と足を酷使しろぉ!〕

『地雷…!?』

地雷と言っても競技用の為、威力はそうでもないけれど、音と見た目はド派手だそう。近距離で爆発したら耳やられそうな説明に思わず表情を強張らせる……けど!

追い付いてくる子達が次々に爆発する中で、風で舞い、地雷の埋まっていないセーフ位置で1度足を踏み締めて一気に跳び、轟君へ急接近し、此処で漸く追い付けた






〔おぉおお!此処で先頭が変わったぞぉ!やはり追い越したのは2位を維持していた不死風柊風乃だぁ!〕



「行かせねぇ」

轟君に右手で掴まれた二の腕が一瞬でピシッと氷漬けになった。咄嗟に振りほどき、私も風を纏わせてその場で回し蹴りをするが躱される。その直後また冷気を帯びた腕で身体を掴もうとしてくる

その攻防戦が続く。地面の地雷を気にしつつ、前に進むのを忘れない様に轟君を足止めしてた……と何故か突然轟君がハッとした表情を浮かべたと思えば突き飛ばされた

後方によろめくが、その直後に私がいた場所に爆豪君が爆破と共に勢いよく割り込んできた




「目障りな奴が揃ってんなぁ!ゴラァア!」

爆豪君は左手、右手をそれぞれ轟君と私に向けて爆破を繰り出す。黒煙が立つけれど風を纏ってる事もあり視界に問題はない。けれどそのスピードだ。轟君も右で凍り付かせようとして、左には私もいるのに臨機応変に躱して2人同時に潰しに掛かってくる爆豪君は認めたくないけれどやはり戦闘に特化した反射神経や瞬発力はずば抜けてると感じられた



〔これは熱い展開だなぁ!でもそんな押し問答を続けてたらきっち〜ぞぉ!後ろも迫っているのを忘れんなぁ!〕

爆豪君の爆破を躱しながら横目で後方を確認する。確かにあんなに距離があったにも関わらず、すぐそこまでみんな来ている。足の引っ張り合いをしていたら当然進むスピードは遅くなる



「よそ見してんな真顔ぉ!」

顔面に掌を翳された。バチバチと火花を発している。すかさず腕でガードしようとした直後





ドォオオオォオンッッ!!

関門入口辺りから突然の猛烈な爆音。爆風が襲い、さすがの轟君や爆豪君も動きを止めて後方に目をやる。マイク先生も突然の事態に興奮気味に声を上げて実況している中で、爆煙の上から飛んできたのは…




『緑谷君ッ…!?』

恐らく仮想ヴィランの残骸の一部だろうか。それを台にして身を預けたまま爆風を利用して一気に頭上から此方の方へ向かってくる緑谷君

誰が予想出来ただろうか。まさかこの地雷の威力を利用するなんて…
私達3人の頭上を湾曲に通り越す緑谷君の姿に、もう足の引っ張り合いなんてしてるどころではなくなった

すぐさま風を纏い、飛ぶ。同時に爆豪君も爆破で前へ。轟君は足元を氷漬けにし、走り出した




〔先頭の3人!足の引っ張り合いをやめ!緑谷を追う!〕

頭上の緑谷君を見上げる。緑谷君の個性はパワー型だけど、空中移動には向かない。まだ使い慣れていない分、此処で使う事もないだろう。ただの爆風利用じゃ、これ以上の加速は不可能

このまま飛んでいけば抜けられッ…
ドゴォオオオォオッ!

目の前が眩く光ったと同時に至近距離で爆音が響いた




〔緑谷ぁ!間髪入れずに妨害!地雷原ゾーンクリアァ!〕

これも緑谷君ッ…!?
まさかまた意図的に爆発させたなんて…

すぐに風で立ち篭る爆煙を散らせて飛んだ。さっきの新しい爆風での威力もあるけど、また立ち止まってしまったこっちの失速はイタい。轟君や爆豪君も想定外な事に焦っている

爆音と爆発の衝撃を近距離で受けたせいで耳鳴りがヒドい。でも立ち止まるな。今立ち止まったら上位すらなれない。競技場のゲートが見えてきた。ゴールまであと少しッ…!








◇◇◇ ◇◇◇








〔雄英体育祭!1年ステージ!序盤の展開からこの結末を誰が予想出来たぁあ!?今スタジアムに帰ってきたその男ぉぉ!緑谷出久の存在をぉおおぉ!〕

ゲートに入り、先の競技場入口から響いてきたマイク先生の実況で緑谷君が1位になった事が分かった。全然後ろにいたのに結果私の前にいる。轟君を追い越せず、何とか爆豪君よりは早くゲートを抜けられた

息が上がる。状況が急で焦りすぎたせいか風をバカみたいに使ってしまった。私の中にも油断があった証。誰が巻き返してくるか分からないのに、前にいる轟君と真後ろにいた爆豪君ばかりに気を取られていた。全く…計算ガバガバ…

ゲートを見ると、ぞくぞくとみんなゴールしていく



「百ちゃん、大丈夫かしらね」

隣にやってきた蛙吹さんがボソッと呟いた。気になったのもあり、つい聞き返した。すると、八百万さんは峰田くんの集中攻撃を受け、あのもぎった瞬間接着力のある髪の毛に足を取られて転倒。打ち所が悪かったのか、気を失って、リカバリーガールの所へ運ばれたそう



『だからいないんだね。八百万さんの個性ならもうクリアしててもおかしくないと思ってたけど…』

圧倒的に峰田君より八百万さんの方が個性の性質も頭の回転も上…だけれど、これはもう運が悪かったとしかいえない。今は早く意識を取り戻して、大事には至らなければと願うしかない


【開始 END】

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