信頼







緑谷君達は今下手に逃げられない状態
一気に間合いを詰めていく



「牽制する!」

緑谷君チームの先頭の常闇君の言葉に黒影ダークシャドウが反応し、直接轟君へ向かってきた。その姿に体育の時のあの感覚が身体に突然ビリビリと一瞬強く駆けた


『轟君!頭伏せて!』

気付いた時にはそう声を上げて、その感覚に身を任せる様に風を纏った左手腕を黒影ダークシャドウに向けた



「ぬぁあああッ!!」

突然、目の前で黒影ダークシャドウの腕が千切れた。その姿に轟達だけでなく、緑谷チームも目を見開いて唖然とした




「不死風…お前知ってたのか?お前の個性が黒影ダークシャドウに効くって」
『知っ…てた訳じゃない。たまたまこの前の鬼ごっこで気付いただけで』

「確かにあの時びっくりしたよ、なぁ!飯田!」
「あぁ、また間近で見る事になるとはな…」

まさか常闇の黒影ダークシャドウに対しても柊風乃の個性が活かせるとは、そこまで考えていなかった轟は素直に驚いていた



「助かった。個性連続で使わせちまったな」
『大丈夫。一応咄嗟の事とはいえ、セーブしてたから気にしないで』









「常闇君、どういう事!?今のッ…」
黒影ダークシャドウの腕が千切れたよ!?」

「あぁ…お前達に言っていなかったな」

予想外の事態に緑谷チームは狼狽えていた。そこで常闇は先日の鬼ごっこでの出来事をみんなに伝えた



黒影ダークシャドウは斬り付けられた事がなかった分、あの時のショックは深刻だった。やっと立ち直ったと思っていたが、今の一撃でトラウマが蘇った様だ」

常闇が呼び掛けるが、黒影ダークシャドウはめそめそしながら首を横に振っている



「不死風さんの個性…厄介すぎる。ボクの考えでは風で斬り付ける事は今の段階ではしてこないと思ってたのに…」
「何でそう思うん?デクくん」

「あの相澤先生の試験の映像では、斬り付ける程の威力の風を使った直後に不死風さんは気を失っていたから、騎馬戦の騎馬になった時点でそれは避けたい筈だよ。でも今見た限りでは反動もなさそうだし…やっぱりこの体育祭に向けて特訓してたんだろうな…」

「感心している暇はないぞ、緑谷。今の不死風の攻撃以外にもさっきの上鳴の放電も痛い。轟のチームには俺達の弱点を突く個性揃いだ。この後の守り自体も何処までもつか分からない」

常闇の言葉に緑谷は冷や汗を流しながらも轟チームを見つめて頭の中の思考をフル回転させた


「何とかこのポイントは死守しないと…」








「みんな、残り1分弱。この後俺は使えなくなる」

突然の飯田君の発言。どうしたと轟君も上鳴君も私も一斉に飯田君に視線を向けた



「不死風君、今までの俺のスピードに着いて行くのはしんどいか?」
『え、あ…そこまでじゃないよ。もっと速くても調節は難しくない』

「そうか…今から出す俺のスピードに無茶ぶりではあるが、着いてきてくれ!頼んだぞ!」

スピードに着いてきてって…
しっかり捕まっていろ、と飯田君は続けるけれど、未だにどういう意味なのか把握出来ない。それは私だけでなく他の2人も同様だった



「取れよ!轟君!」

姿勢を前のめりになった飯田君のふくらはぎのエンジンからさっきとは違うエンジン音。思わず私と上鳴君の足に纏わせていた風に意識を集中させた………とその直後、まるでジェットコースター並のスピードで緑谷君チームに急接近

すぐさま緑谷君チームを通り過ぎて、背後で停止。何が起こったのか分からずに私達3人は呆然としていた。先頭の飯田君は息が上がっている



「不死風君、大丈夫か?」

『え…う、うん。大…丈夫だったけど…』
「何だ…今の…」

流石の轟君も呆然としたまま声を漏らした。見上げると、轟君の手にはしっかり緑谷君の額に巻いてあったハチマキが握られていた。さっきのスピードで咄嗟の行動だったとはいえ、ハチマキを取れる轟君もスゴいけれど、まさか飯田君のエンジンがここまでスピードのあるモノだったとは知らなかった



「トルクと回転を無理矢理上げ、爆発力を産んだのだ。反動で暫くするとエンストしてしまうがな。クラスメイトにはまだ教えていない…裏技さ!」

確かに飯田君のふくらはぎのエンジンからは黒煙が…
不意に緑谷君チームを見ると、あちらも予想外の事で同じく呆然と此方を見つめている



「言っただろう、緑谷君。君に挑戦すると!」

急な展開に観客とマイク先生の実況にも熱が入る。此処で私達は上位外からの最高順位に一気に登りつめた。一方の緑谷君チームは全ポイントの入ったハチマキを取られて一気にゼロポイントに急降下

此方からでも焦りを感じられる程、緑谷君の表情から余裕がなくなっている




『轟君、1000万のハチマキは1番下に巻いて』
「何でだ」

『念の為だよ』
「…分かった」

緑谷君チームはもうゼロポイントで後がない分、絶対狙うのは取られた1000万。今取ったなら巻く順番的には1番上だときっと緑谷君は思ってる。その裏を着けば…

きっと轟君も分かっている事だから敢えて言わなかったけれど、轟君はすんなり聞き入れてくれた。それを確認して、再度前方に目を向ける。緑谷君チームはポイントを取り返そうと躍起になって此方に向かってきている

距離が間近に迫った時、緑谷君の構える右手が光ったのに気付いた。恐らくあれがオールマイトさんから受け継いだワン・フォー・オール。間近で見るのは初めてだ

緑谷君の個性の発動の直後、轟君がガードする為に前に出した左手から炎が一瞬燃え上がったのを見逃さなかった



「あの時お前に言ったよな、不死風。この体育祭だけじゃねぇ…これから先も左は使わない。使わずにトップになるって」

『左手ッ…』

轟君の騎馬戦前の言葉が頭に過ぎる
左手…父親であるエンデヴァーと同じ炎…

その左手は緑谷君がワン・フォー・オールで強化させた右手の横に振り切った勢いで出来た風に流されて、一瞬で剥がされた。その瞬間に炎も消えたが、轟君の身体は固まっている。背後からでも戸惑いの色に気付いた。緑谷君の手がハチマキに迫っている



『轟君ッ…!』

呼び掛けた直後に緑谷君チームが横を通り過ぎた。取ったと声を上げる緑谷君に焦りが出る。順番を変えたけれど、実際取られたのはどのハチマキなのか

残り11秒とマイク先生の声が響く中で緑谷君チームはハチマキのポイントを確認する




「待ってください!このハチマキ…違いませんか!?」

サポート科の人が気付いた様に告げた後の緑谷君の表情を見るに、1000万ポイントではない事は分かった



「不死風の案で念の為ハチマキの順番を変えたんだ!すげぇだろ!」

上鳴君がドヤ顔で緑谷君チームに告げる中で、轟君は左手を擦りながら未だに様子がおかしい




〔ぬぁぁああ!緑谷君チーム!1000万奪還ならずぅう!そろそろカウントダウンスタート!〕

「常闇君!」

残り数秒のカウントダウンが始まる中、緑谷君チームは最後の賭けの様にすぐさま黒影ダークシャドウでハチマキを奪還しようと向かってくるが、私も取られまいと轟君へ伸ばされた黒影ダークシャドウの腕を間髪入れずに風で斬り裂く

さっきの飯田君のスピードに着いて行った反動なのか、若干息が上がる。それに気付いた隣の上鳴君から声が掛けられる



「おいおい、不死風…大丈夫か?」
『大丈夫…少し疲れが出ただけッ…』
ドオォオンッッ!

真横から爆音が聞こえ、見ると爆豪君チームも合流しようとしている。チームといっても、爆豪君が騎馬から離れて単独で向かってきている。目の前の緑谷君も手を伸ばして迫ってくる

飯田君のエンジンはもうエンストしているだろうし、上鳴君が放電してもそれを回避する為に飛んだら爆豪君に捕まる



「不死風、お前は休んでろ。あいつらは俺が氷漬けにする」

轟君も私の疲労に気付いていたのか、右手から冷気を出しながらそう言ってくれた。でも轟君の氷は対象に触れて発動するタイプだから、緑谷君に関しては個性を使わずにただ腕を伸ばしてるだけだから良いとしても、爆豪君の爆破を騎馬の上で動きも制限されてる中で回避するのは不可能に近い。少なからず轟君が負傷する

だったら私がッ…
〔ターイムアーップ!第2種目騎馬戦終了ぉお!〕

そんなこんな考えている間にマイク先生から時間切れの言葉。2組が目の前まで迫っていたけれど、何とか持ち堪えた。騎馬を崩して、一先ずポイントを死守出来た事に安堵した



「いんやぁあ!このチーム良いコンビネーションだったんじゃね!?」

『そう…だね。とりあえず上位には入れたし』

種目が終わったのにも関わらず、飯田君と轟君は何処か表情が険しい。気になりつつも、モニターには最終結果が表示された



〔1位!轟君チーム!〕

「すまない、不死風君…君には無理をさせてしまった」

それを気にしていたから表情が険しかったのか、申し訳なさそうにしている飯田君に首を横に振って答えた



『飯田君のあのエンジンがなかったら緑谷君のポイントはおろか、多分上位にも入れなかったかもしれないし、逆にありがとう。エンジンは大丈夫なの?』

「あぁ、今はエンストしてしまってるが、暫くしたら直ッ…Σぬぉ!?」
「お前らほんっっとにありがとなぁあ!まさかここまで上がってこれるなんて信じらんねぇえ!次も頑張んぞぉぉ!」

飯田君を背中をテンション高めに叩く上鳴君。その一方で未だに俯いて表情を曇らせている轟君に目がいった。彼が気にしているのはきっとさっきの左手についてだろうか

無意識とはいえ、使わないと豪語していた左手…いや、炎を防御としてだろうと使おうとした事に対して負い目を感じている



『轟君』
「…悪かったな、不死風。お前にばかり負担掛けさせた」

『別に良いよ。轟君の指示に従っただけだし。でもあの時さ、よくすんなりハチマキの順番変えてくれたね』

時間が差し迫っていたあの時の私の案。念の為とはいえ、すんなり聞き入れてくれた事に素直に感謝していた。あの体育の時だってちゃんと聞いてくれたし…



『私を信じてくれてありがとう』

そう言うと、轟君は目を丸くした後すぐに顔を逸らした



「お前の考えは当てずっぽうじゃねぇのは分かってる。だから信じただけだ。次の種目が多分最後だろうから、団体戦じゃなく個人戦になる。お前とも次は敵同士でやり合うかもしれねぇ」

気は抜くなよ、と轟君は続けた。観客席を見上げると、いた筈のエンデヴァーの姿はない。でもきっと轟君の戦い方は見ていた筈。頑なに左手を使うのを拒む彼を父であるあの人はどう見ているのか…

気に掛かる事があるまま、体育祭の午前は終了した

【信頼 END】

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