無心









常闇君の個性は黒影ダークシャドウ。光が弱点ではあるけれど、それ以外に目立った弱点はない。防御力、攻撃力の強さは体育祭中や鬼ごっこの時に体感している

真っ向から抑え込むのは命取りだ。それならやっぱり斬風で対抗するしかない。今の所それくらいしか黒影ダークシャドウにダメージを負わせた技はないし…



「よぉ、不死風少女」

悶々と考えていたせいで気配に気付かなかった。慌てて振り向くとオールマイトさんが苦笑しながらやってきた。人が来ないと思ってわざわざ茂みにいたのだが、声を掛けてきたのがオールマイトさんだったから特に邪険な目を向けずに会釈した



「最終種目まで上がってくるなんて、流石だな」
『ありがとうございます』

「今はトーナメントに備えて作戦を練ってるのかぃ?」

確か第1戦目は常闇少年だったね、とオールマイトさんは思い出す様に顎に手を置いて首を傾げた



『正直…あまり気乗りしないです。A組の人と戦うのは』

皆、日頃から無感情に振る舞う私に粘り強く話し掛けてきては嬉しそうな反応をする。何かしらいつもの雰囲気でなければすぐに心配する様に気遣ってくれる

皆の笑顔が頭に掠めては胸がザワつく
こんな筈じゃなかったのに…
もっとやりやすい筈なのに…



「それはきっと、君の中であの子達は大切な友達だと感じているんだと思うよ?」

ズキッとオールマイトさんの言葉が刺さる。大切な友達…



「少し安心しているよ。入学する前にあんな事を言っていたからね。きっとあの子達なら君の良い理解者にッ…」
『勘違いしないで下さい』

言葉を遮って告げた柊風乃は顔を上げないまま続けた



『私は今もこれからも友達とか仲間とか作る気はありませんし、あの人達と親しくなるつもりもありません』

すいませんが1人にして下さい、と言い捨てた柊風乃にオールマイトは何か言いたげではあったものの、トーナメントも控えている事もあり、静かにスタジアムに戻って行った。その後ろ姿を見つめながら柊風乃は浅くため息を吐いた



『友達…』

オールマイトさんがいなくなった後も胸のズキズキは消えなかった








◇◇◇ ◇◇◇








〔待ちに待った最終種目がついに始まるぜぇ!〕

観客の盛大な歓声と共に聞こえてきたマイク先生の声で我に帰った。いよいよ最終種目が始まったのかと改めて感じた。スタジアムの裏からでも聞こえる程の声を響かせながらマイク先生が第1試合の2人とトーナメント戦のルールを説明しだした

第1試合は緑谷君と心操君。相手を場外負けにするか、行動不能にするかで勝負が決まる。大怪我上等、当たり前だが命に関わる様な行動はNG。本当のガチンコ勝負



『そろそろ戻らなきゃな…』

両頬を強く叩いた

大丈夫…落ち着け…
ゲートを潜った瞬間から心を殺せ
私は上に行く為に勝つ
あいつよりも…強くなる為にッ…









『あ…』

スタジアムの中に入り、A組の観客席に向かう為に通路を歩いていると死角から轟君がやってきた。思わず立ち止まってしまった。轟君も私に気付いたのか、立ち止まった



「お前の試合はまだだろ。何で此処にいんだ」
『まぁ…さっきまで気持ちを落ち着けてた。轟君は次の試合だよね』

あぁ、と素っ気なく答える轟君に構わず、とりあえず頑張ってとだけ伝えて横を通り過ぎようとした直後に腕を掴まれた。振り向くと、轟君は黙ったまま



『何?』
「あ…いや、すまねぇ」

咄嗟に手を離して顔を逸らされた。何にもないならいいや、とそのまま背を向けようとしたけれど、無意識に…本当に無意識に口が開いてしまった




『本当に…左使わないの?』

ピシッとその場が張り詰めるのが一瞬で分かった。言ってしまったとは思うけれど、特に慌てることはなく平然としていると、轟君の眉間に深くシワが寄った



「何度も言わせんな。使わねぇ、ぜってぇに」
『それはさ、何か違うんじゃない?』

轟君はその私の言葉に目を丸くして呆気に取られた様な表情を浮かべた



『父親に過度な期待を掛けられたせいで幼い頃から辛い思いをしてきた話は聞いたけど…』

轟君の左手を見下ろしながら告げた。これは前から思っていた。左手…即ち炎を使わずに上に上がり、ヒーローになる事で父であるエンデヴァーを全否定する。父親をどれほど憎んでいるのかは話している時の彼の表情からでも痛いほどに伝わってきた

でも…何か違う気がするのだ…



『その左手を使わずにヒーローになっても、父親を否定する事にはならないと思う』

「何でだよ」
『だって、その左手の炎は轟君の個性であって、エンデヴァーのモノではないじゃん』

さらっと答えを伝えた事に轟君は驚いた様であったけれど、私としては前々から思っていた事であって…別に難しい答えのつもりはなかった



『父親が望んだ通りの個性であったとしても、その左手だけ使わないのは…その…自分自身も否定しちゃってる気がッ…』
バンッ!

轟君が突然壁を強く叩いた。思わず言葉を呑み込んだ。目の前の轟君の表情はとんでもなく険しい。こういう反応になると思っていたから言わずにいたのに…余計な事を言ってしまったと心の中で後悔した



「お前が…それを言わないでくれッ…」

轟君はそうか細く言った次には目を見開いて声を上げた



「お前なら分かるだろ!俺と同じッ…父親を憎んでるお前なら!」

父親を憎んでるって…教えてないのに…
今度は私の方が目を丸くして呆気に取られた。あの屋上での話の中で大嫌いな奴がいるのは教えたけれどそれが誰なのかは…言っていない筈なのに…



「考えてみろよ!自分の個性が殺したいほど憎んでる父親と似ていたらどう思う!個性を破棄したいくらいに反吐が出る!」

ズキズキと轟君の表情からは痛みとか怒りしか感じられない。でも、そう言い捨てた後、轟君は力無く俯いて、右手を握り締めた



「だから…逆に右手はお母さんの個性だと思ってる。俺のせいで…あいつのせいでお母さんはッ…」

お母さんの事も屋上で聞いていた。今も精神的にダメージが残っているから入院生活を余儀なくされている事も…



「お母さんの個性だけで上に上がれるって知らしめるんだよ。お前の個性がなくたって…俺は強いんだって事を突き付けてやる!あいつの思い通りになんてさせねぇ!」

轟君はそう怒鳴って、再度壁を強く殴り付けた。もう…何も言えなかった。轟君の勢いに圧倒されたからではない。私が…部外者が口を挟んでも、それは彼の心を抉るだけで何も響かないのだと分かってしまったから



「お前にこうやって言うつもりじゃなかった。ひでぇ事言った…悪ぃ」

それだけ言って、背を向けた轟君を呼び止めはしなかった
呼び止めてももう私には何も言えないのだから…

改めて勝手に知った様な事を言ってしまったと遠くなっていく轟君の背中を見て後悔した







「不死風さん?」

背後から声を掛けられた。声からして緑谷君だとすぐに分かったけれど、振り向いた直後に目に入ったのは彼の左手に巻かれた包帯




『緑谷君…あれ、試合は?』
「え?あ、今さっき終わって、リカバリーガールに怪我見てもらったんだ」

包帯が巻かれた人差し指と中指を見せながら苦笑した緑谷君に私は思わず固まった。いつの間に終わっていたのか…そんなに轟君と話していたつもりはなかったんだけどな…



『えっと…聞いてた?』
「ん?何を?」

不思議そうに首を傾げた緑谷君に首を左右に振って誤魔化した。とりあえずさっきの轟君との話は聞いていない様で静かに胸を撫で下ろした

それから緑谷君も試合が終わったという事で一緒に観客席に向かう事になった





『そっか、心操君に勝ったんだね』
「うん、でも偶然と言えば偶然なのかな…」

『ワン・フォー・オールは無自覚だったの?』

緑谷君は頷いた。心操君の洗脳中にゲート向こうの暗闇に紛れて何やら何人もの人影が見えたと思った直後に人差し指と中指だけ動き、そのまま個性が発動したおかげで洗脳が解けたのだという…



『あんまり痛そうにしてないけど、慣れてるんだね』
「Σえ!?いやいや!滅茶苦茶痛い…けど…次に進むからには痛がってる場合じゃないしさ」

あのムキムキのオールマイトさんが使いこなしていた個性をまだまだ鍛えて間もないであろう緑谷君が発動するには人体的なダメージはかなりあるだろう




「次の試合…確か轟君と瀬呂君だったよね」
『確かね』

落ち着きなく包帯の巻かれた左手を撫でる緑谷君。体育祭前にあんな宣戦布告の仕方をされてたし…やっぱり轟君の事は気になるか



「不死風さんは轟君の事…というか、轟君の小さい頃の事とかあの火傷の事とか聞いてる?」

思わず目を丸くしてしまった。緑谷君はいつかは分からないけれど、轟君から聞かされていたのか。轟君の過去を…



『何で私なの』
「Σあ…いや、ほら。不死風さんって轟君に信頼されてるからさ」

信頼…なのか。どちらかと言うと父親を憎んでいるという共通点があるからだとは私自身思っていたけど…



「不死風さん?」
『知ってるよ、全部。轟君が抱えてるモノとかエンデヴァーの事とか』

緑谷君は自分から聞いておいて、私があっさり答えたからなのか少しだけ戸惑った様子を見せてから苦笑した



「僕…聞かされた時圧倒されちゃったんだ。次元が違うって…」

抱えてるモノの大きさとかヒーローになる為の覚悟とか、と緑谷君は頭を掻きながら続けた



「不死風さんはどう思った?」
『別に何も思わないよ。聞かされただけで、深く入り込むつもりもないし。でも…』

ドライな事を言っているとは思う。けど、轟君自身の問題であって、実際にあんな虐待地味た教育を経験していない私達がどうこう言えることでもない。でも私的には…



『轟君の左手はエンデヴァーのモノじゃないとは思う』

立ち止まって言うと、緑谷君も立ち止まった。振り向いた彼の表情は目を丸くして、まるで意外だとでも言わんばかりの表情だった



『何?』
「あ、その…不死風さんは良い人だなと思って」

その言葉に私の方が呆気に取られ、目を見開いた
良い人って…思わず緑谷君から目を逸らした



『別にそういうつもりじゃないよ。母親が氷、父親が炎。それを半分づつ受け継いだ様な個性だから轟君自身、あぁやって思うのは分かるけど…自分の一部な訳だし、それを否定したら自分自身も否定する事になるんじゃないかと思っただけ』

今の轟君は自分で自分を圧迫している様にしか見えない、と続けた。まぁそれを言って、さっきみたいな事になったという事実は伏せておく。再び歩き出すと、緑谷君も後から着いてきた



「僕も話を聞いていてそう思った。轟君の考えを否定する訳じゃないけど…あのままじゃダメな気がする」

轟君には轟君としてヒーローになってほしい、と後ろで話す緑谷君に歩きながら思わず口を開いた



『勝つしかないよ、轟君に』
「え?」

『瀬呂君には悪いけど、きっと次は轟君が勝つ。そうしたら次は緑谷君の番。このまま轟君が曲がった感情のままで勝ち続けたら本当に自分を殺してヒーローになっちゃう。そうしない為にも』

勝ってね…緑谷君、とそれだけ言って柊風乃は一切何も話さなくなった。緑谷が問い掛けても何も反応せずに、観客席までの通路を黙って進んで行った


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