霞む









常闇君がステージを通り越して、壁に激突する音が響いた。しんと静まり帰る会場だったが、暗闇がゆっくり晴れていく。呆然としたまま、そこで漸くはっきりと常闇君が場外へ放り出されていた姿が見えた

それは観客も同じ様で元の日差しが射し、私と常闇君の姿がはっきりと露わになった瞬間、審判のミッドナイト先生の声が響いた




「とッ…常闇君、場外!2回戦進出!不死風さん!」

観客から盛大な歓声が響いたが、私は力なく膝から崩れ落ちた

身体中が…痛いッ…
心臓も未だにバクバクと鼓動が早く、息のリズムが定まらない。担架で運ばれていく常闇君を半ば放心状態にも近くぼーっと見つめている所にセメントス先生の顔が覗き込んできて、我に返った




「大丈夫かい!?君も大怪我じゃないか!」

大怪我…大怪我ってッ…
咄嗟にセメントス先生の支えてくれていた手を振り払った。明るくなった事で私の負っていた怪我に気づかれてしまった。腹部は内側だから良いとして、頭からの血の量は誤魔化せない



『…1人で行けます』

「いや、危険だ!そんな血を流した後なんだから君も担架でッ…」
『いりません、放っておいて下さい』

頭を押さえ、よろめきながらも立ち上がり、ステージから降りた。後ろでセメントス先生にリカバリーガールに必ず見てもらうようにと呼び掛けられたが、反応せずにゲートへ向かった






◇◇◇ ◇◇◇






「なッ…何かよく分からないまま終わったな…」

瀬呂がポツリと言った言葉に皆共感していた



「暗闇でも見えたには見えたけど、よく柊風乃ちゃん黒影ダークシャドウちゃんの攻撃躱せてたわね」
「初めて見たけど、暗くなっただけであんな凶暴化するとか…ウチなら即辞退するなぁ…」

「というか、何だったんだろうな。あの暗闇」
「僕が知ってる中での2人の個性の仕業ではないとは…思うんだけど…」

緑谷は自身のヒーローノートに書き綴った常闇と柊風乃のページを何度も捲り直して確認する、が何処にもあの暗闇と関係ありそうなモノはない



「皆既日食って訳じゃないものね」
「こんなにタイミング良く皆既日食なんて起こりませんわ」

各々が不可解に思っている中、客席から少し離れた場所で控え室に行く前に見物していた爆豪は頭を押さえてゲートへ歩いていく柊風乃を険しい表情で見つめていた


普通の奴ならとっくに失神してるくらいの打撃に腕なんざ骨折しててもおかしくねぇ黒影ダークシャドウの1発1発を受けても平然と歩けてるっつーのは…おかしいだろ

微かに見えたあいつは確かに1度盛大に血を吐いた。あれはどう見ても口ん中切れた血量じゃねぇ。完全に体内から吐血した。担架で運ばれる以前に救急車レベルの筈だが…



「何隠してんのか…ぜってぇ引きずり出す」

そう言い捨てて、爆豪はその場を後にして控え室へ向かった







◇◇◇ ◇◇◇








「驚いたねぇ。あんな血痕があったのに、傷跡が何処にもない」

濡れガーゼで額や口元に付いた血を拭き取ってくれているリカバリーガールはそう言った。分かりきっていた反応なだけにただ黙る

もう既にリカバリーガールの元へ向かっている最中には血は止まっており、傷口なんて完全に修復していた。内臓もそんな深い傷ではなかったのか、もう痛みはない




「頭痛はもうないかぃ?」

『ないんですけど…』
「何だぃ?」

無心になると決めたのに…やはり気になってしまう



『常闇君は…大丈夫なんですか?』

その言葉にリカバリーガールはあぁ…と声を漏らして机に向き直り、書類を数枚捲った



「そうだねぇ…そんなに大きな怪我をしている訳ではないんだけど、黒影ダークシャドウの暴走で体力をかなり消費していてね。私の治療をしたから尚更体力を持っていかれて、今はぐっすり眠っているよ」

そうですか…と俯き気味になった柊風乃にリカバリーガールは微笑んで肩を軽く叩いた



「そんなに気にする事ないよ。体育祭で怪我は付き物だからね」

最後に以前と同じく飴を渡された。何も言わずに会釈だけして、私は医務室を出ていった

やってしまってから何を後悔しているの?
何で体調なんて聞いたの?
これは手加減なしの真剣勝負
己の力を相手に後腐れなくぶつける場であるのに…

不意に常闇君を殴った右手を見下ろす。ブレてはいけない。情けをかけてはいけない。そう分かっているのにッ…気持ちがモヤモヤしてしまう





「不死風少女」

肩を軽く叩かれ、振り向くとそこには細身の状態のオールマイトさんが立っていた



「怪我の方は大丈夫かぃ?私から見てもかなり血量が多かった様に見えたけど」

『まぁ、それなりに怪我はしましたが…』

リカバリーガールに診てもらうまでには嫌でも治ってましたよ、と続けた。目の前のオールマイトさんは苦笑してそうかそうか、と頷いた後に突然険しい表情を浮かべて腕組みした




「さっきの暗闇…君はどう思う?」
『あぁ…』

あの不可解な薄暗闇の原因。オールマイトさんは1番ステージの見通しが良い実況室へ行き、相澤先生やマイク先生にもあの時の事を聞いたらしいが、2人からも有力な情報はなかったという




「異常気象…という訳でもなさそうだしね…」

『あの…オールマイトさん』

何だぃ?と首を傾げたオールマイトさん。その暗闇について引っ掛かる事をこの人だけにでも言おうと口を開いた



『私…あの暗闇に身に覚えがある気が…します』
「え?どういう事?」

『あの暗闇が皆既日食に似てると思ったんですけど…以前に誰かとそんな会話した様な気が…』
「普通の皆既日食で…とか?」

『いえ、多分…中学の頃の誰かの個性だった気がします。さっきの暗闇と関係あるかは分かりませんけど…』

ふむ…とオールマイトさんは顎に手を置いて、眉間にシワを寄せた。特に根拠はない。今更中学の子達の個性が何であれ関係ないのに…



『もう考えません。答えも分かりませんし、次の試合もあるので』

失礼します、と会釈してオールマイトさんに背を向けた。が、すぐに呼び止められた



「これを渡そうと思っていたのを忘れていたよ」

オールマイトさんの手には傷跡を保護するガーゼが。ただのガーゼではない。何故か赤く染みらしきモノがある。怪訝に思いながら受け取り、徐ろに裏を見ると赤くマーカーで中心部分を塗り潰してあった



『これは…』
「大きなお世話かもしれないけど、これを血を流していた額に付けておいた方が良いと思ってね。あそこまでの血痕で手当なしでまたステージに上がったら怪しまれるかと思って」

そこまで考えていなかった…
確かに言われてみればそうだ。普通の人ならあの血量の怪我はこんな短時間では治らない



「付けるか付けないかは君に任せるよ。リカバリーガールには私から上手く誤魔化しておくし」

苦笑して頭を掻いたオールマイトさん。私はガーゼを怪我をしていたであろう額に付けてお礼を言いながら頭を下げ、背を向けた

離れていく柊風乃の後ろ姿を見つめながらオールマイトは顎に手を置いて険しい表情を浮かべた





『中学の頃の誰かの個性だった気がします』

「個性…か…」







◇◇◇ ◇◇◇








どうもクラスの観客席に戻る気になれず、適当に階段を上がって一般の観客席へ向かった。通路を出ると未だに活気がおさまる気配はなく、試合中かと思いきや、ステージを見ると切島君とB組の鉄哲君がボロボロの状態で仲良く担架で運ばれていくのが見えた

近くの観客の話から察するに、男気溢れる1発1発交互に殴り合う戦いだったらしい。結果は引き分け。回復後に腕相撲などの簡単な戦い方法で決着を着けるらしい

切島君みたいな男らしさを求める熱い人が他にもいたんだな…と関心していると、マイク先生の声と共にモニターが切り替わり、爆豪君と麗日さんが映し出された

ある意味気になっていた組…






「決勝で会おうぜ!」

あの笑顔…きっとあの時も緊張してる中で無理矢理笑ってたんだろうな。口元震えてたし…

麗日さんの個性は相手に触れなければ発動出来ない超近距離系。一方の爆豪君は近距離でも遠距離でも応用が効く個性を持っている。1度触れてしまえばもう流れは麗日さんに渡ったと言っても過言ではないけれど、それは爆豪君だって分かっている筈。なら…絶対に近くに寄せ付けない戦法をとるだろう




「中学からちょっとした有名人!堅気の顔じゃねぇ!ヒーロー科!爆豪勝己!VS!俺こっち応援したい!ヒーロー科!麗日お茶子!」

周りの歓声が一層騒がしくなる。思わず前で組んでいた両手に力が入ってしまう。何でこんなに胸がザワつくのだろうか…




〔第8試合!スタァート!〕

いよいよ始まった。先手を打ったのは麗日さん。体勢を低くして爆豪君に向かって駆けていく。やっぱり先に間合いを詰めに行くか…と先にいる爆豪君の動きを見る

右手から火花をチラつかせたと思えば、下から仰ぐ様に麗日さんに向かって爆破を繰り出した。爆煙が立ち込める。真っ向から爆破を受けた姿を見て、一瞬息が止まった

その後も麗日さんは上着を囮にしたり、黒煙を利用して背後をとるが爆豪君の反射神経の方が格段に上。爆豪君は動きを見ても分かるけれど、先を見通して応戦するのではなく、確実に相手の動きを一瞬も見逃さずにその場その場で応戦している

爆破の威力は弱まる事なく、向かっていく麗日さんはモロに被爆していく。はっきり言って惨い…

体育祭では誰であろうと手加減しない。私だってそうだ。それは麗日さんも爆豪君も…他の選手だって分かっている…けれど…最早ステージ上の麗日さんの諦めない姿は凛々しいというより痛々しく見えてしょうがないッ…

既に歓声は途絶え、皆静まり返った会場では容赦なく爆破の音が響き渡る。が、それは観客の中の1人のヒーローが声を上げた事で一変する



「そんだけ実力差あるなら早く場外にでも放り出せよ!女の子痛ぶって遊んでんじゃねぇ!」
「そーだそーだぁあ!」

その声に周りの観客も賛同して爆豪君に対してブーイングが始まった。正直に言うと…ただただうるさい

本当にヒーローなのか問いたいのはこっちの方だ
このヒーローを目指す上での真剣勝負で遊んでる訳がないのに。爆豪君を庇う訳じゃないけれど、今のこの試合をふざけてるとか遊んでるとかそんな言葉で表している目の前の観客達に心底軽蔑した

それに…麗日さんはただがむしゃらに爆豪君へ突っ込んでいた訳じゃない




〔今遊んでるっつったのはプロか?何年目だ?〕

突然マイク先生ではなく、相澤先生の声が場内に響く。怒っている様ないつにないキツめな口調にブーイング達も静まる。そして、相澤先生は続けて、そのブーイングしていたヒーロー達に見る気がないなら帰れと言い捨てた



〔爆豪は此処まで上がってきた相手の力を認めてるから警戒してんだろ。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねぇんだろうが!〕

その言葉の後にブーイングを続けようとする者はいなかった。立ち上がって興奮気味に賛同していた観客も気まずそうに座った姿を見て、イラついた気持ちが少しだけ落ち着いた

肩で息をする程に体力を持っていかれている状況の麗日さんはよろめきながらも立ち上がると、勝つと大声で叫びながら両手を合わせた

その直後にステージの頭上に浮いている無数の瓦礫がまるで流星群の如く一気に落下した。爆豪君の爆破で散りばった瓦礫を個性で上に浮かして、ここぞという時の為に蓄えておいた麗日さんの武器

その降り注ぐ瓦礫を見て観客がどよめいているけれど、ずっと上から見てるのに何で気付かなかったのだろうか、と思わず浅くため息を吐いてしまった

降り注ぐ瓦礫の中、麗日さんは捨て身覚悟で爆豪君との距離を詰めに向かう。一方の爆豪君は頭上から落下してくる瓦礫を迎撃するつもりなのか、左手を空に翳した

麗日さんが触れるのが先か否か…勝敗は此処で決まる。麗日さんが間合いを詰めてあと一歩という所で踏み出したのとほぼ同時に派手な爆発が起こり、爆風が辺りに吹き抜けた














〔ばッ…爆豪!会心の爆撃ぃい!麗日の秘策を堂々正面突破ぁああ!〕

麗日さんが吹き飛ばされ、黒煙が立ち込める中で立っている爆豪君は特にダメージを負っていない様子。あのスピードで落下してきた瓦礫を爆破の力だけで防いだのだった

私も少しくらいはダメージを負わせる策だと思っていたけれど…そんなに甘くはないって事か、と自分自身でも改めて爆豪君の厄介さを目の当たりにした気がする

秘策を打ち破られた麗日さんはもう何回も爆破を食らっているのにプラスして瓦礫を浮かせる為に個性も使っていた。身体的にはかなり疲労もあるだろう。けれど…




『麗日さんッ…』

思わず声が漏れてしまった。身体をボロボロにされて、目の前で秘策を打ち破られたというのに…麗日さんは立ち上がった。その姿を見て爆豪君は麗日さんへ尚攻撃しようと駆け出した。が…






〔麗日ダウンッ!〕

麗日さんも応戦しようと駆け出すその1歩を踏み出した直後にガクンッと体勢が崩れた。そしてそのまま麗日さんは倒れ込んだ…

爆豪君も足を止める。倒れても諦めずに起き上がろうと地面を這いずる麗日さんの姿に胸がズキズキと鈍く痛みだし、無意識に胸元を掴んだ

再び静まる会場内。倒れた麗日さんの元へミッドナイト先生が向かい、安否確認を行う




「麗日さん行動不能。2回戦進出、爆豪君!」

長い試合だった気がする。身体に力が入っていたのか、一気に力が抜けた様な脱力感が襲ってきた

爆豪君と麗日さんの個性の相性からして、不利なのは目に見えていたけれど、まさかあそこまで身体を張って向かっていくとは…いつも笑顔でにこやかな麗日さんでは想像出来ない戦法だった

でも…それほど本気だったという事だ





「私は絶対ヒーローになって、お金稼いで…父ちゃん母ちゃんに楽させてあげるんだ!」

家族の為…か…
あの日の麗日さんの言葉と表情が頭を過ぎる。次の試合の前に小休憩が挟まれる事もあり、浅く息を吐いてその場から立ち去った


【霞む END】

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