残像








何でこいつは向かってくる…
何でこんなにボロボロでも諦めない…
何で…何でだッ…

目の前の緑谷の腕も指も最早使い物にならない筈。更に酷使させて色だってとんでもねぇ事になってる。なのにこいつは尚迫ってくる




「何でッ…そこまでするんだよ…」

殴り飛ばされて、氷の壁に叩き付けられる度にその言葉が口から吐き出される。そんな痛々しい格好になってまで…痛みに耐えてまで…



「期待に…答えたいんだッ…!」

期待…?
オールマイトの…事か…?



「笑って…答えられる様な…カッコ良いヒーローにッ…!なりたいんだッ!」

「ヒーローにはなりたいんでしょう?」

緑谷とお母さんの言葉が重なって聞こえてくる。そりゃあ俺だってヒーローになりてぇよ。なりてぇから此処にいるんだよ。でもッ…

ズキズキと胸が痛み出す。緑谷に何発も殴られるが、何故か意識が呆然と虚ろだ。その間にも緑谷から吐き出される言葉は俺の過去を単発にも過ぎらせる…




「全力を出さないで1番になって完全否定なんて…ふざけるなって今は思ってるッ!」

あいつに訓練だの何だの理由を付けられては容赦なく振るわれる暴力。俺の為ではなく、自身の尊厳を守る事しか考えられない冷たい拳…

あいつのせいで…お母さんはッ…
お母さんだけが、俺自身を見てくれたのに…
個性なんて関係なく、子供として…家族として見てくれたのにッ…





「俺はッ…許さねぇ…あいつをッ…お母さんを傷付けてばかりの…あいつをッ…」
「不死風さんだって君を心配してたッ…!」

突然の名前に殴られた腹を押さえながら緑谷に目を向けた。緑谷はズタボロな左腕を押さえながら一歩一歩近付いてくる



「轟君の左手はエンデヴァーのモノじゃないってッ…否定したら自分自身を否定する事になるんじゃないかって…!」






『その左手を使わずにヒーローになっても、父親を否定する事にはならないと思う』
『その左手の炎は轟君の個性であって、エンデヴァーのモノではないじゃん』


不死風が俺に言っていた言葉が頭を掠めた。何でこうもやりにくいのだろうか。グサグサと痛みなんて感じる筈のない言葉でも…2人から言われると何故か聞き流せずに刺さっていく

それはきっと、同情とか慰めとかではなく…緑谷も不死風も本気で言ってくれたからだ





「僕も不死風さんと同じ気持ちだッ…!あいつあいつって言ってるけど…その個性はッ…君の力だってッ!」

忘れ掛けていたあの頃の感情が…引きずり出されていく感覚がする。オールマイトに憧れ、あんな人に…笑顔で誰かを助けるかっこ良いヒーローにッ…





「血に囚われる事なんかない。なりたい自分に…なって良いんだよ?」

お母さんの言葉が響いた瞬間に身体のわだかまりが一気に爆発する様に俺の左側から炎が燃え上がった








◇◇◇ ◇◇◇









緑谷君が何度も何かを轟君へ叫んでいるけれど、広い会場ではよく聞こえない。と、2人の動きが止まった直後、轟君から膨大な炎が燃え上がった




『炎ッ…』
「戦闘において、左は使わないと彼は言っていたが…」

飯田君もやはりあの炎に驚いている様子。騎馬戦使ったあの一瞬だけでもあんなに負い目を感じていた轟君が…何で突然個性を使った…いや、緑谷君が使わせたのだろうか…

何にしても状況が急すぎて呆然としている間にも周りの観客は轟君の個性発現にわっと騒ぎ出した。エンデヴァーが何処からか轟君の炎を見て激励している声が響くがそれどころではない

目の前では炎と氷を同時に発動させて身を低くしている轟君と次に来る攻撃を見据えてか緑谷君も負傷していない左足を踏み出して体勢を低くした

その左足のジャージが破けるのを見て、まさか全力で個性を使うのかと、思わず瞬きを忘れて見入った。ステージ外のミッドナイト先生やセメント先生の慌てている様子から見ても、今の2人の状況は危険だという事はすぐ分かった。けれど、それでも目を逸らそうという気持ちはなかった。そして…

最早2人がその後どんな動きをして、どうなったのか分からなくなる程の光と爆発。その直後に襲った爆風で視界が完全に定まらなくなってしまった。その威力といったら、峯田君くらいの人なら容易に吹き飛ばされているレベルの強風

腕で風を防ぎながら、細めでも前の光景を見ようとするが、最早白く霧なのか砂埃なのか分からぬボヤでステージは包まれていた






『と、常闇君…見えた?』
「いや…見えんな。最後に轟の這わせた氷に沿って緑谷が突っ込んで行った所までは見えたが…」

そこまで見えれば十分だと思うけれど…
漸く風が止み、ステージもまともに見れる様になった



〔うぉおい!これ勝負どうなってんだぁあ!?〕

皆が気になっているであろうボヤの中。目を凝らしても何処に2人がいるのか分からずに見渡していると、ミッドナイト先生の声が響いた




〔みッ…緑谷君、場外!轟君!3回戦進出!〕

ボヤが晴れて見えたのは、場外で倒れる緑谷君とステージ上で炎を使ったせいか左側のジャージが派手に焦げ破れた状態で立っている轟君だった







◇◇◇ ◇◇◇







緑谷君が担架で運ばれていった後、即座に飯田君や麗日さん達が席から立ち上がり、観客席から出て行った。察するに運ばれた緑谷君を心配しての行動だろうけど…




「お前は行かなくて良いのか?」
『私は次の試合もあるし…そんな他の人を心配してる暇なんてないよ』

「心配している様に見えるがな」

立ち上がり、背を向けたすぐに常闇君から言われた。ピタッと歩き出そうとした足を止め、振り返ると、常闇君は微笑を浮かべている

少し間を空けてそのまま何も言わずに背を向けて私も観客席から出て行った







正直に言えば心配は…してる
個性がどんなモノなのかを知っているからというのもあるけれど、私はあの時…緑谷君に言ってしまった。轟君に勝って欲しいと…

それを緑谷君が気にしていたかは分からないけれど…まさかあそこまで酷い大怪我を負いながらも戦い続けるとは思ってもいなかった

浅くため息を吐くと、階段を降りた丁度通路の横から緑谷君とオールマイトさんが歩いてきた。思わず立ち止まると、2人も私に気付いてか立ち止まった




「おぉ、不死風少女。次の試合の準備かぃ?」

『ぁ…そうですけど…』

チラッと隣の緑谷君に目をやる。やはり大怪我だったのは見間違いではなく、右足以外のほとんどの箇所に包帯が巻かれている。歩き方だってぎこちない

どう声を掛けたら良いか分からなかったが、何故か緑谷君は表情を曇らせながら口を開いた




「ごめん…負けちゃった…」

緑谷君が気にしていたのに目を丸くした。罪悪感は鈍い痛みに変わる



『…謝らないでよ。私は感謝してるんだから』

え?、と今度は緑谷君が目を丸くした



『緑谷君は…私に出来ない事をしてくれた。代わりに傷付いてまで轟君を助けようとしてくれた。だから…謝らないで』

それだけ言い、話の内容が分からずにポカンとしているオールマイトさんへ一礼して2人の横を通り過ぎた







「え…え?何?何の話だぃ?」
「いえ…何でもないです」

振り返って柊風乃の歩いていく姿を見て、緑谷は口元を緩ませて、小さく微笑んだ



「やっぱり…不死風さんは良い人だ」








◇◇◇ ◇◇◇







私の次の試合は…言い方は悪いけれど、瞬殺だった。相手は芦戸さん。個性は把握しているし、女子同士という事もあり、やらづらさから開始すぐに勝負を決めようと考えていた

開始直後に芦戸さんへ風で急接近。慌てた芦戸さんは酸を振り撒くが、大振りな仕草に避けるのは容易だった。そのまま懐に入り、足払いで体勢を崩させて、そのまま地面に身体が倒れ込む前に風で場外へ吹き飛ばした




〔芦戸さん場外!3回戦進出は不死風さん!〕

「もぉお!不死風!強いよぉお!」

ミッドナイト先生の判定の声が響く中でバタバタと芦戸さんはその場で手足をバタつかせる。その姿に大した怪我をしていないと察して、私はとりあえず一礼し、足早にステージから降りていった

そのまま観客席には戻らずに空いている選手控え室に入り、座った。息を深く吸って吐くの繰り返しで落ち着きを保つ。何故か嫌な予感がしてならない。不意にトーナメント戦の紙が机に置かれているのに気付き、手に取って見る

この後は…切島君と爆豪君。この2人のどちらかと言えば断然切島君の方が戦うのに余計な事を考えずに済むのだけれど、現実はそうはいかない







〔切島君!戦闘不能!爆豪君の勝利!〕

暫くして観客席に顔を出すと、その頃には既に切島君と爆豪君の試合は終わっていた



「ケロ、柊風乃ちゃん。3回戦進出おめでとう」
『あぁ…うん、ありがとう』

私に気付いた蛙吹さんが手招きしてきた。すぐに準決勝もある為、席には座らずにステージを目をやると、切島君が担架に運ばれていく姿とゲートへ戻っていく爆豪君が見えた

やっぱり…次は爆豪君とか…
嫌な予感の正体はこれか、と浅くため息を吐いた




〔ベスト4が出揃ったぁあッ!〕

モニターに轟君、飯田君、私、爆豪君が映し出された。すると、後ろから上鳴君や瀬呂君達が話し掛けてきた



「おいおい、不死風。大丈夫か?」
「次爆豪とだろ?あいつ女子でも手加減しねぇからな」

そんな事は鬼ごっこで既に身に染みて分かっている。だからこそ、気は引けない



「柊風乃ちゃん…」

再び振り返ると、麗日さんが私の腕を掴んでいる。表情は心配気にしょんぼりしていた



『…あっちが手加減しないなら尚更やりやすい。私だって手加減する気ないし』

それだけ言って麗日さんの手から腕を離して観客席を出て行った






「あいつホントに肝据わってんなぁ」
「いや、でも…クラス1不穏な空気出してる2人だからな。どうなんのか想像つかねぇな」

「日頃から爆豪ちゃん、何故か柊風乃ちゃんに強くあたってるモノね」
「力を競い合う場で言うのも何ですけれど…心配ですわね…」

因縁地味ている2人の試合が決まり、1−Aの面々だけが異様にザワついていた

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