矛盾








病院に着き、入るや否や行き交う人達の視線が痛いほど伝わってきた。ベスト4の2人じゃない?、等と物珍しそうな顔でひそひそ声が聞こえてくるが、お構いなく受付の方へ




「315号室の轟です。面会に来ました」

受付ナースは轟君と私を見るや否や驚いた表情を浮かべた



「み、身分証明書はございますか?」
「学生証で良いですか?」

差し出された学生証の写真と轟君を交互に見て、やっぱりと声を漏らした



「貴方、体育祭2位の方ですよね?スゴい戦いっぷりで圧巻されましたよ」

録画して何度も見てしまいました、と微笑んで言うナース。轟君はありがとうございます、と相槌を打って面会証を受け取った。すると、ナースは次に私を見て微笑んだ




「貴方も惜しかったですね。怪我は大丈夫なんですか?」
『あ、えっと…大した事なかったんですけど、念の為診察を受けに来ました』

そう言って学生証と紹介状を差し出すと、それを見てナースは笑顔で頷いた




「不死風さんですね。リカバリーガールから連絡は受けてます。すぐにご案内するので、掛けてお待ち下さいね」

ナースは紹介状を手に取って奥へ引っ込んで行ってしまった。浅くため息を吐いて轟君の方を不意に見ると、彼は面会証を見つめながらさっき電車の時同様の不安気な表情を浮かべている

するつもりもなかったのに、その横顔を見て無意識にそっと轟君の背中を軽く叩いてしまった。当然、目を丸くして轟君は此方に振り向くが、不思議と口から自然に言葉が出た




『轟君ならきっと前に進めるよ』
「不死風…」

頷いて再び軽く背中を叩くと、轟君は口元を緩ませてあぁ、とだけ言って背を向けた。そして、待合席に座って轟君の背中を見送った

何も保証なんてないけれど、あんな横顔を見たら…口から勝手に言葉が出ていた。余計な事だと思うけれど、身内に対してちゃんと向き合おうとする轟君の今の姿に最早あの体育祭の時の様な痛々しさは感じられない

少し心に安堵感があるのはきっと、轟君の事を気にしていたからかもしれない。理由が違えど、父親が嫌いだという心情は同じだと分かった時から勝手に親近感を覚えてしまったせいだと思うけれど…




「不死風さーん。診察室にご案内しますのでお越し下さーい」

先程のナースが呼び掛けているのに気付いた。診察の結果なんて分かりきっている事だけど…と心の中で気怠さを感じながら立ち上がった








◇◇◇ ◇◇◇








『ホントに無駄な時間…』

時計を見ると12時になりかけているのが見えて、思わず本音を零してしまった。あれから診察してもらったが、思った通り何処にも異常はない。リカバリーガールから連絡があったと聞いて予感はしていたけれど、再生能力がある事は先生も既に知っていたらしいのだが…





「うーん…本当に何処にも異常がないな。一瞬しか見えなかったけれど、あの血量からしてただの怪我ではないと思ったんだが…念の為に君の個性について調べさせてくれるかぃ?」

回復関係の個性を持っているとでも思っているのか、先生はそう言って個性検査を勧めてきた。必要ないと言っても聞き入れてもらえず、半ば強制的に検査をされた

でもその行動の意味は個性でもないただの身体機能ではありえない回復速度だという裏付けにもなっている

あの時だってそうだ。卒業式の時だって精神病院の前に総合病院で折られた腕の検査を行ったが、完治するのに約3ヶ月から6ヶ月掛かる筈なのに病院に運び込まれた時には既に完治していたのだ。何処を骨折したのか分からないほど綺麗に…

それにはさすがに病院の先生も頭を抱えていた。目の前で骨を折られる現場にいたヒーロー達からの証言もあったから尚の事困惑しただろう。その時も個性検査をされたが…風以外個性は存在しないという結果で終わり、病院側では私の回復速度の原因は不明のままで終わった。そのまま精神病院に放り込まれたのだが…

暫く待ち、結局結果は今日分かる訳ではなく、また後日来ないと行けない事になった




「男の子の中でたった1人勝ち残ったなんて、同じ女性として憧れるわ。これからも頑張ってね、未来のヒーローさん」

新しく診察券を作ってもらい、受け取る際にそうナースから言われた。笑顔のナースとは打って変わって真顔のまま会釈だけして立ち去ろうとしたが、不意に辺りを見渡して、思わずナースに尋ねた



『あの…私と一緒にいた子は帰りましたか?』
「あぁ、轟さんの息子さんですか?まだ面会証が返されていないので、まだ病棟にいると思いますけど…病室に連絡しますか?」

咄嗟に大丈夫です、と首を横に振って断り、今度こそ病院を出た。私と別れてから1時間くらいか…まだ帰っていないって事はお母さんとちゃんと面会出来ているという解釈で良いんだろうか

父親をクソ親父と呼び、母親をお母さんと呼ぶ所からして、お母さんへの気持ちは悪いモノではないという事は話を聞いていても分かる。顔に火傷をされても尚、向き合おうとしているんだから…きっとそうなんだろう

強いよなぁ…としみじみ病院を見上げながら思っていると、スマホから着信音が。画面には八百万さんの名前が表示されている




『もしもし』
「お休み中にすいません。今、お電話よろしいですか?」

八百万さんの背後だろうか、複数の声が聞こえる事に疑問を持ちながら大丈夫とだけ伝えると、何故か八百万さんの声の明るさが変わった




「今日のご予定はございますか?」

『え、特にないけど…』
「よろしければ、これから1ーAの女性陣でショッピングなんて如何ですか?」

いきなりの誘い。断ろうとした直前に割って入ってきたのはいつもの女子組




「不死風ー!怪我大丈夫なら一緒に遊ぼうよ!」
「体育祭の打ち上げも兼ねてパーッと遊びに行こうぜぃ!」

芦戸さんやら葉隠さんの声が受話器越しからうるさい程に聞こえてくる。その背後でも何人かの話し声が聞こえる所からして本当に1ーAの女子が皆集まっているらしいかった




『いや、私はッ…』
「1時にこの前の商店街の駅に集合!では後で!」

そう葉隠さんの言葉の後にブチッ、と一方的に切られた。拒否権なんてそもそもなさ気な雰囲気ではあったけれど、思わず浅くため息を吐いてスマホをしまった。よく私なんかを誘うよな、といつも思う

ある程度人数が揃っているなら…わざわざ誘わなくても良いのに。失礼な事を言っているのは分かっているのだが、理解に苦しむ。愛想良くしている訳でも積極的に仲良くしている訳でもないのに…





「化け物が、何で此処にいんだよ」

ズキッとあの時の幻覚が頭を掠めて、一瞬頭痛が走った。此処にいる理由は1つ。ただあいつを超えるヒーローになる為。皆と和気あいあいとする為でも仲間作りの為でもない

だが、半ば強制的だとはいえ、黙って行かないという選択肢は人間としてどうなんだろうか。嫌われる様にと振る舞いつつもはっきりと気持ちを打ち切れない自分にまたため息が零れた







◇◇◇ ◇◇◇







「やっぱりショッピングは気分上がるぅう!」
「何見る何見る?」

集合場所へ着くと既に待っていましたとばかりに皆が駆け寄ってきたと思えば、やはり身体をまじまじと見られて怪我は大丈夫だったのかと尋ねらた。詳しく話す訳でもなくただ問題ない事だけ伝えると、早々に手を引かれてお目当てのショッピングモールへ連れて行かれた

芦戸さんと葉隠さんがガッツリハイテンションで先頭を歩く中で不意に隣にいる蛙吹さんに尋ねる



『お茶子さんはいないみたいだけど』

「誘ったんだけど、お茶子ちゃんなら今日は家族と一緒に過ごすって言ってたわ」

わざわざ新幹線で来てくれたんだって嬉しそうに話していたわ、と微笑みながら蛙吹さんは続けた。家族と一緒に…麗日さんの人間性から察するにやっぱり両親も優しい人達なんだろうと自然に想像がついてしまう

そういえば…私はお母さんにヒーローを目指している事を言わずじまいだった。最初から目指してはいたけれど、それは多くの中の1つというだけだった

それがお母さんの死に際を目の当たりにした事で私の頭から他の将来の選択肢は自然になくなり、今ではヒーロー一択である。もしお母さんが生きていたら…応援してくれていたのだろうか…




「不死風ちゃん?」
『え、あぁ…何?』

「あそこのお店に可愛い雑貨やお洋服がたくさんあるみたいよ。行きましょう」

蛙吹さんに手を引かれて皆が入っていくお店へ入る

ボーッとしてしまっていたらしい。今更ヒーローになる事についてどうこう考える意味はないし、お母さんの事だって思い出す必要はない。けれど…やっぱり突発的に頭に霞むお母さんの最期やクラスメイトの姿に何も思わずにいられる筈はなく、こうして考えてしまう私はまだまだ未熟者だ

過去は過去として決別しなければいけない


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