知らない事






「じゃあ、そろそろ出来た人から発表してね」

暫く考える時間を設けた後にミッドナイト先生がみんなに呼び掛けた。まさかの発表形式である事に私だけでなく、他のみんなもどよめいた

青山君から始まり、恥ずかしそうにしながらもみんな教卓まで移動して発表していく。ネーミングセンスがどうこうというより、やっぱりみんなそれぞれの個性に沿って名付けている人がほとんどだ

私の個性は風…やっぱりそれに沿った名前の方が良いのかな。そういえば…あいつは個性が不死だったから、ウロボロスって名前だったのかな

ウロボロスはギリシャ神話では不死の象徴…あいつも雄英の時に付けたのだろうか…



『な、何考えてんの…私…』

ハッと我に帰った。あいつの名前なんてどうでも良いじゃないか。今は私のヒーロー名を考えなきゃ…



「ショート」

此処で轟君の発表でまさかの名前をカタカナにしただけのヒーロー名。ミッドナイト先生も良いのか問うけれど、轟君は変えるつもりはないのか、このままで良いと返している

ショートか…
轟君の名前の焦凍って火で焦がす、氷で凍らすって名前だけで個性の説明をしている様なモノだからおかしくはないんだよな

それからもどんどんみんなはヒーロー名らしい案を発表していく。未だに決まっていない私は内心焦る




「爆殺王」

爆豪君が席を立ち、教卓にガンッ!、とパネルを置いて言ったそのヒーロー名に賑やかだった周りが静まった



「そういうのはやめた方が良いわね」
「何でだよ!」

速攻でボツにされた案はみんなに弄られている。そりゃああんなヒーロー名じゃ誰も好んで呼ばないだろ、と呆れた。物騒な人は発想も物騒だな、とため息を吐いて自分の真っ白なパネルに再び目を向けた時、後ろの緑谷君に背中を軽く叩かれた



『何?』

「あの、このヒーロー名ってどう思う?」

見せられたパネルにはデク・・の文字が。デクって…何で?



『何でデクなの?意味は?』

「えっと…僕ずっとこの名前で呼ばれててさ。最初の意味はでくの坊のデクだったんだけど…」

いやいや、明らかにヒーロー名にしちゃいけない意味の言葉じゃんよ。思わず怪訝に眉を寄せてしまった



『それってさ、爆豪君に付けられたとかなの?』
「Σえぇ!?な、何で分かるの?」

あからさまに驚く緑谷君。あわあわした状態でチラッと爆豪君を気にしている様な素振りをするが、爆豪君はボツになったヒーロー名を考えるのに集中していて、此方の話に気付いていない様だった

まさか何となくで言った事が当たっているとは…デクと呼んでいるのは私が知ってる限り、麗日さんと爆豪君。でくの坊のデクって意味で呼ぶなんてこの2人のどちらかなら明らかに爆豪君であって、2人は幼馴染みである時点で多分昔に付けられたあだ名なんだろうけれど…



『そんな意味で一生呼び続けられて良いの?』

「そうなんだけど…この前、麗日さんのおかげで僕の中でのデクって呼び名の意味が変わったんだ」

どういった経緯だったのかまでは聞かなかったけれど、どうやら麗日さんはでくの坊・・・・のデクではなく、頑張れって感じ・・・・・・・のデクだと緑谷君に告げたのだという



「それまでは僕なんて…って自信が持てなくて、その時のかっちゃんとの戦いだって弱腰だったけど、その一言で何だか自信が付いてきて、僕でも頑張れるって思えたら…いつの間にか前向きに物事を考えられる様になってたんだ」

それに今の僕に頑張れっていう言葉はぴったりだと思うし、と頭を掻いて苦笑しながら緑谷君は続けた。その一言でその人の人生観をガラッと変えられるのか、と正直驚いて、思わず麗日さんの方を見てしまった

デクをどう考えたらそんな風に捉えられるのか謎だけど、麗日さんからしたらきっと緑谷君はでくの坊なんかじゃないと思ったんだろう



『人から言われて悪い気がしないなら、それで良いんじゃない?』

「うん、だよね」

行ってくる、とミッドナイト先生に呼ばれた緑谷君はそのデクという文字を書いたパネルを持って、教卓へ向かっていった

デクの言葉の詳細を知っているのか、私と同じ様な反応をみんなも見せている。けれど、緑谷君はさっき私に話した内容を麗日さんの名前は敢えて伏せて説明していた






「お前なんてヒーロー以前にバケモンだろうが!」

たった一言で人の人生観を変える…
あの時…不死を知ったみんなの第一声が否定的でなかったら、私もこんなに弄れなかったのだろうか、なんて今更な事を考えてしまった。私の中学時代のクラスメイトが今のA組の人達だったら…

無駄な考えをしている事に気付いて、首を左右に振った。そもそも中学のクラスメイトが私の不死に気付く前は今のA組の人達の態度と何の変わりはなかった。普通に触れてきたし、普通に話し掛けてきたし、普通に遊んだし、普通に…笑い合って、ふざけ合っていた

ほんの一瞬でそれが壊れる事をあの時に痛感したじゃないか。何を今更そんな無駄な事を考えてるのか

考えない様にしようも何故か頭にぐるぐるとしつこく巡ってくる記憶のせいで集中出来ずに、結局私はその時間にヒーロー名を決める事は出来なかった







◇◇◇ 次の日 ◇◇◇







「なぁ、不死風」

次の日の昼休み、余計な事を考えてしまったせいでやけにボーッとしてしまっていた所に轟君がやってきた。轟君には体育祭前でもう私が屋上の何処で昼食をとっているか知られてしまったからか、たまに彼はやってくる

それにもう慣れてしまい、今更拒む事はせずに反応すると、轟君は私の隣に座った




「弁当、食べてねぇのか?」

『え?あぁ…少し食欲が湧かないだけ』

そう言ってしまったら轟君は優しいから、気を遣ってくれると分かっているのに、轟君は話していて疲れないからか、普通に本音を話せてしまう。案の定、彼は心配気な表情を浮かべた




「体調でも悪ぃのか?」

『そんな事ないよ。で?どうしたの?何か用?』

「いや、お前ヒーロー名決まってなかったみてぇだから気になって」

『え?昨日発表したじゃん』
「あれは名前だろ」

そう、結局決まらずに職場体験用に即興で自分の名前にしてしまった。まぁ別にミッドナイト先生はあぁやって言っていたけれど、後で変更は可能らしいし、特に気にしていなかった。でも、轟君は何故か気にしていたらしい



『轟君こそ、何で名前にしたの?』

「俺はあぁいう名前とか考えるのは得意じゃねぇし、みんなから呼び慣れてるから、名前の方が反応しやすいと思ってな」

『私だって名前考えるのは苦手だよ。あれはあくまで職場体験用で一時的なものだし』

後でちゃんと考えるよ、とため息を混じりに後ろのフェンスに寄り掛かると、轟君はそうか、と相槌を打った




「体験先は決めたのか?」

『んー…まだだね。あんないっぱいあったら…って、轟君の方が選ぶの大変そうだけど』

「俺は決めてる」

4000以上も指名が来ていたのに、昨日の今日でもう決めたのか、とその即決力に関心しながら何気なく何処にしたのか聞いたが、予想外な体験先を彼は口にした



「エンデヴァー事務所にした」

思わずフェンスに寄り掛からせた身体を起き上がらせて、え?と声を漏らしてしまった



「親父の事務所に行く」
『ず、随分思い切ったんだね』

「お母さんと話して、少し引き摺ってたモンが取れた気がしたんだ。だから、今度は親父にも目ぇ向けねぇとダメだと思ったんだよ」

『へぇ…』

「何か、逸らしてばかりじゃダメだと思うから。それに、あいつのヒーローとしての動きで学べる事があれば学んでおかねぇと」

思わず呆然としてしまう。轟君は本当にスゴい。ゆっくりでも自身のしがらみを解いていってる。最早そのまま…そのままヒーローになってしまえば楽かもしれないのに、自分から歩み寄ろうとしてる





「あんな気持ちわりぃ奴がヒーローになれる訳ねェッ!ここでいっそ消えれば良いんだよッ!」
「お父さんの事ッ…嫌いにならないでね……お母さんとの約束よ…」
「あんたなんか化け物以前に殺人犯よッ!」

お母さんとクラスメイトの言葉が交互する。隣にいるのに、全く別の所に立っている感覚が襲ってくる。この度々過ぎる記憶は本当にどうにかならないものか…

頭に手を突っ込んで掻き混ぜたい程に嫌悪と憎悪と吐き気が襲ってくる。父親は嫌いだし、気持ち悪いなんて私が1番よく分かってるし、化け物だって事も…分かってッ…



「不死風!」
『…ぁ…ぇ…?』

肩を揺さぶられて我に帰った。今日はよく意識が虚ろになってしまうのか、これは何回目だ。視線を向けた轟君の表情は何故か焦った様に険しい



「大丈夫か?顔色悪ぃけど」

そんな状態になっていたのか、と自身に驚いた。あぁ…まずい。ダメだ、あの時の轟君は私と似てる雰囲気があったから傍にいても対して苦じゃなかったけど…



『ごめん、気分悪いから先に教室戻る』

ふらっと立ち上がって、轟君に背を向けて屋上の出入口へ引き返す。呼び止められはしなかったけれど、背中に視線が感じられた

ダメだ。今の轟君は私と正反対に見えて、一緒にいたら私自身が惨めに思えてきてしまう。過去を引き摺って、その場でのたうっている気がしてきてしょうがない




柊風乃が屋上を去ってから暫く、轟は出入口を見つめたままでいた。轟自身、柊風乃が何かを抱えているのは分かっていた。それが何なのかは定かではないけれど、簡単にどうにかなる内容ではない事は確かであると確信はあった



「あいつの笑った顔…見た事ねぇな」

もうかれこれ数ヶ月、色々あったにしろ笑顔を見た事ないというのは珍しい。日頃からあまり笑わない人はいるだろうけれど、こうもその自然な表情を見せないのはその域を超えている

轟からしたら、柊風乃が自分で自分を押し殺している様に見えて仕方ないのだった

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