不器用
あ
あ
あ
暫くファイターさんとパトロールを続け、いつの間にか日が暮れ始めた。その間に年配の方の道を案内したり、迷子を送り届けたりと地道な活動に付き添っていた
「いつもありがとうね、ファイター。貴方もありがとう。助かったわ」
「いえいえ、また何かあればお声掛け下さいね」
お婆さんの家の玄関に大荷物を置いて、ファイターさんと共に一礼すると、お婆さんは嬉しそうに笑って缶ジュースをくれた。手渡された時にお婆さんは私の手を握って微笑んだ
「未来のヒーローさん、これからも頑張ってね」
『ぁ…ありがとうございます…』
未来のヒーロー…
それは昼間にファイターさんから教えられた話の後だったからか、重く感じた。裏の現実を知って、今更ヒーローになる気持ちが左右される事はないけれど…ヒーローになる理由が人を助けたいとか役に立ちたいとは別で、あいつへの復讐心から芽生えたモノであるせいか…目の前で微笑むお婆さんに申し訳なさが滲み出た
そんな引っ掛かりがあったものの、無事に終えて、再び通りに戻ってきた。今日は夜の見回りを体験するべく、大通りへ向かって歩いている最中、前方から2つの人影が見え、シルエット的に誰だかはすぐ分かった
分かった途端にげっ…、と小さく声が漏れてしまった
「お疲れ様です、ジーニストさん」
「やぁ、お疲れ。ファイター君。君もパトロール中だったんだね」
テレビで見た事があるプロヒーロー、ベストジーニストさん。ファイターさんは顔見知りなのか親しそうに話し掛けているが、問題なのはジーニストさんの後ろにいる爆豪君
事務所に向かってる最中に見掛けて、近場であるのは分かっていたけれど…まさか此処に来て出会してしまうとは思ってもいなかった。というか何か雰囲気がいつもと違う。髪は七三分けだし、ジーンズ履いてるし…何かがおかしい
爆豪君はこっちを見ようとせずにそっぽを向いているし、職場体験中だから私情で話し掛けるのはジーニストさんに失礼かもしれない…と1人で悶々と考えていると、何故かジーニストさんが私の前まで歩み寄ってきた
「君は不死風柊風乃君だね。初めまして、私はヒーローをしているベストジーニストという者だ」
『ぇ…ぁ…初めまして』
「体育祭を見て、君とも話してみたいと思っていたんだ。個性を冷静且つ臨機応変に使いこなしている姿は実に美しく、思わず魅入ってしまったよ」
ありがとうございます、と詰め寄られながらもとりあえずお礼を言っておく。見れば見るほどきっちり身だしなみを整えている。髪に関してはもはや1本も乱れていない…というか爆豪君も同じ髪型にさせられているのを見るに、無理矢理整えさせられたんだろうな…と1人で納得した
その後もジーニストさんが暫く1人で私の体育祭の時の戦い方についての感想をペラペラ話していくのを大人しく聞いていると、ジーニストさんはそうだ、と思い出した様に声を漏らした
「1つ、君に聞きたい事があったんだ」
『はい?』
「彼との試合で起きた騒動についてだ」
ピクッ、と無意識に眉が動いてしまった。彼というのが後ろにいる爆豪君を指している事はすぐ分かった
「あの時の妨害、君はどう受け止めている?」
『ぇ…』
「彼が負傷したのはあくまで君を助けようとしたからであって、あの妨害は君だけを狙ってのモノだと私は思うのだが…何か心当たりはないかな?」
私だけを…狙って…
あの後相澤先生もそう言っていたけど…誰がそんな事をするのか未だに分からない。雄英に入るまでは暫く病院にいたし、まともに人と関わったという事であれば…中学までに関わった人達
でも何でその人達が出てくる?
もう今までの人達と関わり自体ないのに今更ッ…
「あんたなんか化け物以前に殺人犯よッ!」
あの時見た光景がフラッシュバックした。確かに暗闇の時もクラスメイトと話していた記憶が過ぎったし、爆豪君との時のあれも中学の頃のクラスメイトだった…
「質問を変えよう。君に恨みを持つ人に心当たりはッ…」
「Σちょッ、ちょっと!ジーニストさん!」
黙りな柊風乃にジーニストが更に尋ねようとした所にファイターが割って入った。こっち来て下さい!、とジーニストの腕を引っ張って少し遠くへ離れていく
「何でその質問しちゃうんですか!デリケートな問題ですよ!」
「気になったから質問しただけだったんだが…まぁ確かに女性には少々失礼だっただろうか」
「女性じゃなくても失礼です!空気読んで下さいよ!」
離れてしまっているせいか2人が何か言い合っている声が聞こえるだけで何を言ってるのかは分からない。一先ずファイターさんのおかげでさっきの件に関してはもう答えなくて済んだと思うと少しホッとした
「おい」
振り向くとさっきよりも近くに爆豪君がやって来ていて、ずっと逸らしていた鋭い視線を私に向けていた。まさかあっちから声を掛けてくるとは思ってもいなかったせいか、少し表情が強張る
『ぇ…何?』
「あの時の話だ」
去ったと思った話題をまた切り出された。しかもあまり話題として話したくない本人から振られるとは…連続で不意を突かれた気がする
「薬莢は残ってなかったらしいが、そういった類の個性に心当たりねぇのか」
『…爆豪君まで気にする事ないじゃない。正直放っておいてほしいんだけど』
つい爆豪君を前にしてキツめな事を言ってしまった。爆豪君は更に睨みを効かせてくる
「目の前であんな訳分かんねぇ事起きて、すんなり見逃せる訳ねぇだろうが。こっちは腕撃たれてんだからな。このままじゃ腑に落ちねぇ」
『腕については…ごめんなさい。私を助けた時に撃たれたってみんなから聞いた。その…』
ありがとう、と頭を下げた。爆豪君は無言である。ゆっくり頭を上げると、彼は青筋を立てて表情はより険しくなっていた
「礼を言わせる為に話し掛けたんじゃねぇわ!心当たりがあるのかねぇのかハッキリしろや!くそ真顔!」
急に声を上げられ、不覚にもビクッと身体が跳ねてしまった自分自身にも怒鳴りだした爆豪君にも苛立ち、私も彼を睨み付けてしまった
『ないよ。もう良いでしょ?あんまり関わると今度は腕だけじゃ済まないかもしれないし』
「あ゙?」
『とにかく助けてくれた事のお礼を言いたかっただけだから。もう詮索しないで』
腕だけじゃ済まないかも…
爆豪からしたら心当たりのない件に関してそう言うだろうかと引っ掛かった。何かしら気に掛かる事があると柊風乃は無意識にその言葉で匂わせてしまっていた
どういう意味か再び声を掛けようとした爆豪だったが、そこにファイターとジーニストが戻ってきた事で、発しようとした言葉を飲み込んだ
「ごめんね、置いていってしまって」
「先程は失礼した、不死風君。またいつか話そう。さぁ、私達もパトロールだ。爆豪君」
ジーニストさんが背を向けて歩いていくのをファイターさんと見送るが、爆豪君は私を睨んだままその場に佇んでいる。首を傾げていると…
「怪我、痕は残ってねぇのか」
『え?残ってはないけど…』
そうかよ、と言って爆豪君も背を向けてジーニストさんの歩いていく方へ歩いて行った
怪我の痕が残ってないか知らないって事は…あの場で治癒した所は見てない?でもジャージも破けてたし、見られてもおかしくない箇所だったと思うけど…
結局お礼を伝える筈が爆豪君を前にするとどうしても尖った言い方になって、モヤモヤが残るけれど、とりあえず言いたい事は言えたから良しとするか
「俺達もパトロールに戻るか、柊風乃」
『はい』
◇◇◇ ◇◇◇
「君もあの時の妨害は彼女を狙ってのモノだと思っていたんだね」
「あ?」
あの場から離れて暫くして、ジーニストが歩きながら口を開いた。ファイターと話していた筈なのに、此方の会話を聞いていたかの様な口調に爆豪の眉間にはシワが寄る
「勘の良い君なら気付いているかもしれないが、私はあの暗闇も不死風君を狙った妨害行為だと思っている」
「常闇との試合の事かよ」
「そうだ。雄英からの情報では彼の個性はあくまで
私もそうさ、とジーニストは立ち止まった。釣られて爆豪も立ち止まると、ジーニストは振り向き、更に続ける
「2つの妨害はどちらも不死風君が出場している際に起きている事だ。それが偶然なのかはたまた仕組まれたモノなのか…」
爆豪としてはもう2つ、気になる事があった。試合中の柊風乃の動き、そして言葉だ。急に押さえ付けられた様に動きが止まった事と…あの言葉…
『
あの場で複数形はおかしいだろ。明らかにあの時のあいつは…俺じゃねぇ
暗闇を創り出す個性
人の動きを止める個性
幻覚を見せる個性
最低でも4つの個性が必要。人が個性を2つ持つのは身体的に不可能に近い。なら…犯人は4人?
「あぁ…あとあの場で捕らえられた犯人は真犯人ではなかったのは知ってるか?」
「は?」
「聞いた話では妨害直後、封鎖された会場内で自首してきた男性がいたらしく、そのまま連行したのは良かったものの…取り調べ中に突然妨害について否定してね。個性も聞いたが、人を貫く類でもあの暗闇を創り出す類のモノでもなかった。男性曰く、妨害直後に意識がなくなり、気付いたら取り調べされていたとの事だ。これが何を意味するか…分かるだろ?」
ジーニストの言葉に無言ではあったものの、爆豪も言わずもがな分かっていた。柊風乃を狙う奴はまだ捕まっていない。即ち、何処かでまた柊風乃を狙う可能性が極めて高いという事を…
人を洗脳する系の個性の奴もいんのか
ますますめんどくせぇな
「君もクラスメイトなら、少しは彼女の事を気に掛けてあげるべきじゃないのかな?」
そのジーニストの言葉に爆豪は両手を握り締めて、舌打ちを漏らした
「うるせぇよ、あいつがどうなろうが知るか。俺は怪我の落とし前付けてぇだけだ」
そう仏頂面で言う爆豪にジーニストは肩を竦めた。少なからず柊風乃を助けたという事実。どうなろうが知らないと思う者を怪我を負うリスクを背負ってまで助けるモノだろうか…と爆豪自身の言動のちぐはぐ加減に浅くため息を吐いた
◇◇◇ ◇◇◇
あ
あ
あ
街灯の光が目立ち始め、一通りも落ち着いて来た頃。少し休憩しよう、とファイターさんと1度事務所に戻った。淹れてもらったお茶を飲んでいると、向かい側にファイターさんが座った
「この後は繁華街の辺りに行ってパトロールしてみようか。あそこは小さい犯罪とかが多いから」
此処から本格的に夜のパトロール。昼と比較しても犯罪率は上がるだろうし、緊張感を乱さない様にしなきゃと心を落ち着かせていると、ファイターさんが何やら言いにくそうな雰囲気を出しながら何か言いた気なのに気付いた
『何ですか?』
「Σぁ、ごめんごめん。少し気になって…」
『何がですか?』
「えっと…ジーニストさんと一緒にいたあの子と仲良いのかなぁっと思って」
思わず眉間にシワが寄ってしまった。その表情の変わり様にファイターさんは苦笑した
『特に仲良くありません』
「え?でもほら、帰り際にあの時の怪我の事心配してたし」
確かに怪我の痕について聞いてきた。でもそれは多分…あくまで私の治癒能力を遠回しに確認しているのかと思っていて、優しさからだとは思ってない
あの試合で爆豪君の中では私の身体の異常に確信を持った筈。あんな目の前で何度も爆破を受けていても平然と傷1つ付いてないんだから当然といえば当然だ
でも…何でさっき問い詰めなかったのか。爆豪君の日頃の行いから考えれば、掴み掛って問い質すくらいの事はしそうだけど、職場体験中だからしなかったのか…
正直、あぁやっていつも罵声を浴びせて凶暴な面しか出さない人の優しさとかよく分からない
「まぁ、まだ君達は多分知り合って間もないと思うし、これから仲良くなっていくさ」
仲良くなるつもりなんて…
思わずそんな声を漏れそうになった丁度その時、スマホの画面にメッセージ受信の知らせが届いた。見てみると緑谷君からで、何処かの地図を示した画像だけが送られてきていた。しかもクラスに一斉送信されてるし…
「どうかしたの?」
『ぁ…いえ、ちょっと失礼します』
そう言って部屋から出て行き、事務所のロビーへ。再度画像を見てみるが、特にメッセージは追加されてきてない。本当に地図だけだ。しかもこの場所って…
保須…だよな…
その地名が過ぎった瞬間、ヒーロー殺しの名前がすぐに浮かんだ。でも何で緑谷君が?保須から離れた所でグラントリノの職場体験をしてる筈じゃ…
とりあえず電話を掛けてみるが留守電になってしまう。妙に胸騒ぎが治まらずにいると、轟君の事を思い出した。確かエンデヴァーと一緒に保須に行くって…
〔不死風か、どうした?〕
繋がった先の轟君は受話器越しからも分かったが、走っている最中なのか、駆ける足音が鳴っている
『緑谷君の見た?』
〔あぁ、だから今向かってる〕
でも地図の示す場所が曖昧で特定出来ずに、近辺を虱潰しに探しているらしい。轟君以外の足音や話し声がしない事から、単独で動いているのに気付いた
『轟君、もしかして1人なの?もし地図がヒーロー殺しに関係してたらッ…』
〔今保須の他の箇所でも騒ぎが起きてる。親父はそっちに行かせて、一応こっちにも応援を寄越す様には伝えてある。この地図が本当にヒーロー殺しを指してんのか分かんねぇからな〕
『私も今から行くよ。送ってきた緑谷君とも連絡取れないし』
ファイターさんに伝えて、住所だけならこの地図から分かるし、 今から行けばッ…
ロビーから再びファイターさんのいる部屋へ戻りながら考える。内心結構焦ってる。緑谷君はこんなよく分からない地図を理由もなく送る人じゃないというのは何となく分かる。しかも保須という地名…
嫌な予感がしてならない
〔大丈夫だ、不死風。お前がわざわざ来る事じゃねぇ〕
『え?でもッ…』
〔お前にはお前の守るべきとこがあるだろ〕
その言葉に立ち止まってしまった。守るべき所…
〔お前がこっちに来るって事は職場体験先のヒーローも自ずと一緒に来るだろ。その間にそっちの持ち場で誰かが犯罪に巻き込まれる事だってあり得る。もしかしたら
東京はヒーローが多いといっても人口密度が多い分、犯罪率は他の県よりも高い。しかも今は夜。狙ってるという轟君の言ってる事も否定出来ない…
『轟君ッ…』
〔心配するな〕
口調が優しい。心配させまいとしてくれている事がそこから感じ取れた。スマホを握り締めて、1つ息を吐いた
『後でまた連絡してね』
〔あぁ。じゃあ、後でな〕
プツッと切れたスマホの画面を暫く見つめたまま、また浅く息を吐いた。一先ず警察に地図の住所を連絡し、応援要請はしておく。連絡を終えた後で部屋に戻ると、ファイターさんは支度を始めていた
「柊風乃、そろそろ行くよ」
『ぁ…あの、どうかされたんですか?』
パトロール中、笑顔を絶やさなかったファイターさんの表情が険しいのが気になり、尋ねる。どうやらヒーロー同士の連絡で保須市に脳無が現れたと情報が届いたのだという
ヒーローの応援要請があったが、地域を限定されており、その中に私達の地域は含まれていなかった。だが、轟君の言っていた通りで
私が言い出してもそんな要請出されていたら保須に行けないじゃん…
より一層不安になった。警察から直々にそんな要請が出るくらいだから普通の犯罪レベルではない
緑谷君の送ってきた地図がヒーロー殺し関連でない事を願うしかない…
「俺達は此処の人達が今夜安心して眠れる様にパトロールしないとね」
私を不安がらせない為なのか轟君の様に口調は優しかったけれど、表情は何処か険しい。きっと受話器越しの轟君も同じ様に険しかったんだろう
私も強めに両頬を叩き、事務所を出ていくファイターさんに着いて行く。気持ちがブレている。ダメだ、ちゃんと私の持ち場を弁えなきゃ。此処にだって情報を知って不安がっている人達は少なからずいるだろうし、私もしっかりしないと
私は今はヒーローとして此処にいるんだから…