原点オリジン






日が完全に沈み、夜となった。今日は警官から事件の事を聞かされたからか、早めにパトロールを終わらせて、ホテルへ戻るように言われてしまった。念の為なのか、ホテルまでファイターさんが付き添ってくれたのもあり、何事もなく無事ホテルに着いた

今はお風呂に入って、ベッドに横になりながらスマホでニュース記事を巡っている




【今日で3日連続!?犯人像未だに不明!】
【またも被害者2名は白髪はくはつ女性。今日で7人目】

思ったよりも目立ってきたこの事件。今日の事が報道されてからというもの、スマホのトークに朝の麗日さん同様、A組の人達から心配するメッセージが何通か届いている

心配してくれるのは素直にうれしいけれど、逆に不安にもなってくる。やっぱりどう考えてもおかしいよな…この事件…

もし私を狙っているあの体育祭の時の犯人なら私の名前を知ってる筈だ。犯行のあった場所を地図で確認すると、どんどん此方に近付いてはいるけれど、それにしては遠回し過ぎる

私の顔も知らず、名前も知らず、特徴だけで追ってる。効率が悪すぎやしないだろうか。そう考えても、あの的確に私を狙って妨害してきた犯人とはまた別だと考えてもおかしくない

まだ真相が明らかになっていないにも関わらず、既に頭の中では標的が私ではないかと勝手に決めつけていた






◇◇◇ ◇◇◇





『え、あの人…今日いないんですか?』

職場体験最終日。事務所に顔を出すと、ファイターさんから伝えられた。あの人とは、いつものトレーニングに付き合ってくれていたプレハブの天井部屋にいるあの人。聞けば体調を崩してしまったらしい

1週間付き合ってもらったのだから、お礼くらい言いたい事を伝えるが、彼の性格上、弱っている所は見せたくないという事で叶わず…



「あいつ、最終日だからって昨日夜遅くまで柊風乃の最後のトレーニングのコース組みしてたんだよ?」

『え、そうなんですか?』

まさかの言葉に驚いた。ファイターさん曰く、いつものパワー系の個性のトレーニングとは違って、風という関わった事のない個性を前にして、言わずもがなこの1週間、あの人はとてもモチベーションが上がっていたのだという



「それに柊風乃はトレーニングする度に違う動きをするから、この1週間はコースも作り甲斐があるってうきうきしていたなぁ。飲み込みが早いって褒めていたよ?」

あまり自分では実感出来ないけれど、客観的な感想でそう言われるのは素直に嬉しいし、少しホッとする。とりあえずはこの1週間のトレーニングは無駄にせずに済んでいたらしい



「もう会えないかもしれないから、せめてアドバイスだけでもってメモを預かってる」

手渡されたのは4つ折りにされたメモ紙。開くと、そこには1週間の中であの人から見た私のトレーニング中の動きに対しての感想やアドバイスがズラズラと書かれていた


『こ、こんなに…ありがたいです』
「まぁ、もしまた機会があればその時にお礼を伝えれば良いさ。あいつも最後のトレーニングが出来ないの残念がってたし」

頷くと、ファイターさんは満足気に頷いた。でも、未だに私の動きはぎこちない気がするし、自分の中では不安は残る。最後にトレーニングしたかったな、と落ち込んでいる暇はなく、午前中が空いたおかげか早くにパトロールへ向かう事になった



「最終日でも変わり映えしない仕事で申し訳ないね」
『いえ、正直何も変わらない方が良いと思います』

歩きながら伝える。1週間本当に何もなかった。保須の事件も直接関わっていないし、身近に感じたとすれば…あの連続殺人の事件くらい。でも、これも直接的な関わりはなく、情報自体もニュースや警察から又聞きしただけ。平和には平和である

信号待ちなどで足が止まる度にメモ紙を開いて、アドバイスに目を通す。この1週間で特に指摘されているのはやっぱり人形と前方への注意力の散漫。片方を気にするともう片方が疎かになってしまう。何回人形を落とした事か…

落ちた人形を拾う度に思っていたこれが現実だったらという不安、緊張、恐怖。人の命の脆さも自分の目指す先にある責任もこの職場体験中…特にトレーニング時により身近に感じられていた

個性の事だけじゃない…

この限られた短期間だけで、自分自身の判断1つで現場での状況が簡単に変わってしまう事もその人の命が左右される事もファイターさんの友達の話ではないけれど、私自身の命の終わる速さも痛感していた

不謹慎な事を言ってしまえば、私はデビューして1年経たずで死ぬのは絶対嫌だ。確かにヒーローとして人を守って死ぬのは本望に近いかもしれない…けれど、多分死んで尚、私は後悔すると思う。生死の境を彷徨いながら、もう少しこうしてれば…もっと考えていれば…ときっと清々しく死ぬ事は出来ないだろう

そうならない為にはもっと強くなるしかない。もっと強くならなきゃ、生き残るのに必要な選択肢が減っていく一方だ。私自身が努力して、選択肢を増やせる様にならないといけない

まだまだなんだ…
グシャッ、と無意識にメモ紙を掴んでいる手に力が入り、一部がシワシワになってしまった。慌ててシワを伸ばして折りたたみ、ポケットへ戻した



「あいつからのアドバイス、気になるの?」
『Σぇ、あ…すいません。パトロール中なのに…』

歩き出したファイターさんからの言葉に慌てた。パトロール中によそ見している事がバレたとすぐに謝るが、ファイターさんは特に怒る雰囲気ではなく、寧ろ笑っていた


「そんなにびっしり書かれてると何を書かれているのか気になるよね。君の様子だと、自分の動きにまだ不満が残ってるだろうから尚更ね」

グサッ、と図星な所を突かれた。1週間で成長出来ると思う方がおかしいのかもしれないけれど、今までやった事のないトレーニングだったからか、自分の中では少し期待していた…のだが、結果はこんなだ


「まぁまぁ、そんな気を落とさずにさ。雄英は実践に近い授業なんだろ?まだまだ君は強くなれるし、機会だってたくさんある。あまり思い詰めずに自分のペースで、ね?」

そう優しく背中を摩ってくれながらファイターさんは励ましてくれる。このままうじうじしてる方が励ましてくれてる人に失礼か、と気持ちを切り替える為に両頬を軽く叩いて深呼吸をする

此処で終わる訳じゃない…此処からだ。この職場体験はあくまでこれから成長する為の分岐点の1つ。収穫がなかった訳ではなく、寧ろたくさんあった

それを次に活かすか活かさないかは私の頑張り次第…


『頑張ります』
「うん、柊風乃ならきっと良いヒーローにッ…」
ドオオォンッ!

ファイターさんの笑顔越しに見えていた数十メートル先の建物が爆発した。突然の事過ぎて咄嗟でも動けなかった


『ぇ…?』

出た言葉はそれだけ。私とは打って変わってすぐに振り返ったファイターさんは血相を変えて行くよ!、と私に呼び掛けて走り出した。その呼び掛けで身体の硬直は解け、頭の整理が追い付かないままファイターさんの跡を追いかけた






◇◇◇ ◇◇◇






「何なんだ…これはッ…」

もうすぐ昼だというのに、駆け付けた爆発地点周辺は黒煙で太陽の光を遮っているからか薄暗く、人々が悲鳴を上げながら逃げていた

ファイターさん曰く、燃えている建物は以前からテナント募集で無人であったらしく、そこが勝手に燃えるなんて考えずらい。そう教えてもらっては、嫌でも何かの仕業であると直感してしまう

すぐにあの東京周辺で起こっているあの連続殺人事件が過ぎるが、いつも人気のない所でひっそりと犯行を行っていたというのに、ここに来てこんな目立つ行動を取るだろうか…

しかも被害者だって今まで統一していた白髪はくはつで長い髪という特徴に限らず、こんな規模で事を起こしたら誰が犠牲になってもおかしくない。所々不可解な所がある



「柊風乃!此処から数百メートル離れた施設が避難所として解放しているから、そこにみんなを誘導するよ!」

『は、はい!』

さすが東京というべきか、日頃から随時避難所として解放している施設は多く、駆け付けた他のヒーロー達と合流して、逃げている人達を一先ず誘導していく

ファイターさんの傍に着きながら誘導していく中で燃え盛るビルに目を向ける。水系に長けた個性のヒーロー達で鎮火作業を行うも、4階建てなだけあり、そう簡単にはいかない






『ぇ…え?』

一瞬、微かに人々の悲鳴に混じって男の子のか細い鳴き声が聞こえた気がする。気のせいかと誘導に戻ろうとしたが、また聞こえた。2度聞こえたとすれば、気のせいじゃない

ファイターさんを呼ぶが、東京なだけあり、人が多く、私の声がかき消されて聞こえていない様だった。でも、確かに聞こえた男の子の声…

周りを見るとヒーローが更に駆け付けて来てくれている。後々怒られそうだけれど、誘導をやめて、微かに聞こえる男の子の声に聞き入る

何処…
何処から…

声を頼りに辺りを見渡すが一向に見当たらない。ヒーローや避難する人達の声も混在して、よく分からなくなってきた。やっぱり気のせいだったのだろうか、と諦めかけた直後…



「ママぁあ゙ああッ!」

さっきまでとは違い、はっきり聞こえた。腹の底から出した様な悲鳴。咄嗟に振り返り、今度は何処からなのか分かった



『まさかッ…』

燃え盛る建物の隣、爆発の影響で今にも倒壊しそうな建物が見えた。あそこから確かに聞こえた。鎮火しているヒーローは目の前の作業に手一杯で恐らくさっきの悲鳴が聞こえていない

周りを見ても悲鳴に気付いたヒーローはいない。私だけ…気付いた悲鳴ッ…




「君!危ないぞ!」

気付いたら走り出していた。火の手がいつ燃え移ってもおかしくないけれど、確かに聞こえた子供の声を確かめずにはいられなかった。鎮火作業するヒーローに呼び止められるも、足を止めずに建物の中へ




『誰かいますかー!?』

建物はブティックだったのか、服がたくさんあるが、停電してしまっていて薄暗い。窓から隣の火災の熱気が伝わってくる。早くという焦りからか、見える範囲の箇所を捜し回っていると…



「柊風乃!」

背後から肩を掴まれ、振り向くと、そこには焦った表情のファイターさんが。どうやら私が1人でこの建物に入って行ったのを誰かがファイターさんに伝えたらしいのだが、私はそれどころじゃない



「早く此処から出るんだ!いつ燃え移るか分からないんだよ!?」

『で、でも男の子の声がしたんです!早く見つけてあげないとッ…』
パリンッ!

隣の炎の熱さに耐えられなかったガラス窓が割れ、黒煙が入ってきたと思えば、一瞬で目の前が煙くなり、息苦しくなった



「店員もお客も全員避難させたと此処の店長には確認してある!誰もいない筈だ!」

『ふぁ、ファイターさん!もう少しだ…けッ…』

腕を掴まれて強制的にお店から連れ出されそうになった時、すすり泣く声が聞こえた。咄嗟にファイターさんの手を振り払って、その声の所へ。その声の出処はお店の奥にあった試着室。入口から死角になっていたから気付かなかった

3室ある中の1室だけ不自然にカーテンが閉まっているのに気付き、慌てて開けると、そこには蹲って泣いている5歳くらいの男の子が…



『やッ…やっぱり…ファイターさん!此処にいました!』

見つかって安堵する気持ちの余裕はなく、すぐに男の子の口元をハンカチで覆い、抱き上げた



「ぁ…ありがとッ…ケホッ!ケホッ!」
『今は声出しちゃダメ!煙吸っちゃうから、このハンカチ当てたままで!』

男の子が頷いたのを確認して、急いでファイターさんの元へ。ファイターさんも男の子の存在に驚いた様子を見せるが、そんなリアクションしている場合じゃない。割れた窓ガラスから火がのび始めている



「早く!まだ出入口は無事だ!」
『はッ…い…?』

ファイターさんが倒れそうになっている棚を抑えて、避難通路を確保してくれている。すぐに駆け出した筈が、突然ガクッ、と重心が傾いた。足元を見ると、何故か小さい渦上のサークルだろうか…黒い渦が私の片足を飲み込んでいた、と思えば、そのサークルは一瞬で私の足元よりも大きく広がり、どういう訳か重力が無くなった様な嫌な浮遊感が襲ってきた



『なッ…にこれッ…!』
「柊風乃!」

ファイターさんが私の異変に気付いてか、抑えていた棚を殴り壊し、手を伸ばしながら駆け寄ってくる。私も状況が理解出来ないまま本能的な危機感からか、ファイターさんへ手を伸ばしたが…掴める1歩手前で、まるで落とし穴に落ちる時の様に身体がサークル内に落ち、声を上げる間もなく目の前が真っ暗になった


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