うごめく影






「へぇ、沙羅はそうやって笑うんだな」
『ぇッ…』

次第に沙羅は頬を赤く染めて照れ臭そうにベルから目を逸らした。その反応を可笑しそうにベルは笑う


「なぁ、沙羅って変わってるって言われね?」
『今までにはない…かな。何で?』

「今更だけど、急に拉致られて何処だかすら分からない所連れてこられたら…普通の女だったら叫ぶか泣き喚くか逃げ出すかすると思うんだけど」

『そんな事して助かるの?』
「以外に冷静なんだな。まぁ、助かるとは限らねーな。俺達なら尚更」

冷静…そう言われても仕方ないかもしれない。拉致なんてされても喚くつもりも泣くつもりもない。それはきっと…死ぬ覚悟があるからだ

それにこの世界じゃ当たり前なのだ。命乞いして助かる人なんて…そうそういないだろうし



『私は命乞いなんてしないよ』
「ふーん…何で?」

『だって…命乞いするって、それは自分が力不足だったからだし。命乞いする位なら最後まで諦めないで戦った方がきっと…覚悟に応えられると思う。たとえ死んじゃう事になっても…』

その言葉は自分が思う以上にすらすらと口から出てきた。多分、強く意志付けた私の覚悟でもあるんだろう

仲間が無事ならそれで良いの、と中指に填めたリングを見下ろしながら言った



「沙羅って仲間は自分の命より大切だと思ってる?」
『当たり前だよ』

「即答かよ」

ベルは苦笑した後、浅くため息を吐いた



「自分の命捨ててまで他人を守りたいなんて言う奴、ホントにいたんだな」

聞いてた通りだわ、とベルは含み笑いを浮かべた。一人言の様に言う彼に首を傾げていると、視線に気付いたのか、ベルは私の頭を撫でた



「俺は沙羅と真反対な人間だからさ、人の命がどうだとか仲間がどうだとかめんどくせー事は嫌いな訳。だから平然とそんな事言ってる沙羅の気持ちは分からねーの」

人を殺すのに道徳は必要ねーからさ、とベルはまた笑った。物騒な事を言っているけれど、別に怖い訳じゃない。この世界で逆に…私みたいな考えを持つ方が珍しいのは分かってる。同じ様な考えの9代目だって、歴代のボンゴレボスの中ではかなり温厚な珍しい人物であるとディーノからも教えてもらったくらいだし…




「どうでもいい奴らから言われたら死にたきゃ死ねって言う所だけど、沙羅に関しちゃ話が別。俺達と一緒にいる限り、その考えは認められねー」

『何それ』

「しし、勝手に命賭けんなっつー事」

思わず目を丸くして呆気に取られた。歯を見せて笑ったままベルは続ける



「勝手に死ぬ事は勿論、いつまでも捨て身の覚悟でいられるのは困る訳。だからこれからは絶対に生き残る覚悟に変えてもらうぜ?」

『生き残る覚悟…』

ベルは笑顔を崩さずに手を引いて私を起き上がらせて、そのまま歩き出した。けれど、咄嗟に私は立ち止まってしまった



『待ってよ、ベル。私…今まで自分の命の事とか考えてなかったの。急に生き残る覚悟とか言われても…分からないよ…』

素直な気持ちだった。本当に今まで自分の事なんてどうでも良かった。9代目達を守れれば、役に立てればそれで良い。その為なら私は死んでも後悔しない。そんな覚悟で3年間生きてきた

命を賭けるくらいの覚悟を持ってないと…誰も守れない弱い人間だから…



「俺達は強いよ」

ベルは此方を向いたけれど、さっきまでの笑みはなくなっていた



「誰かに命を賭けられるほど、俺達は弱くねーの。沙羅にそう思わせる弱っちぃあいつ等・・・・と同じだと思うなよ」

あいつ等・・・・…?』

私の反応にベルはおっとっと、と声を漏らして口に手を当てた。失言した様な反応だが、彼に至っては確信犯なのか、焦った様子はなく、寧ろ愉快そうに笑みを浮かべた



「とにかく、今後俺達に命を賭けるだとかそういう話はなしな」

最後にしし、とまた独特な笑いを零して、ベルは止めていた足を進めた。手を引かれるまま、私も着いていく。長い通路で2人分の足音が響く中、暫く無言で大人しくしていた私は今更な事を尋ねた




『今更なんだけど、此処って何?』
「此処はヴァリアーのアジト」

『ヴァリアー?』
「暗殺部隊っつったら分かるか?暗殺が主な仕事のとこ。一応沙羅がいたボンゴレに属してはいんだけど…聞いた事ねー?」

『ごめん…ないかな』

知らない事を知ってもベルは不満気な様子を見せず、逆に納得した様に相槌を打った


「何だ、残念。まぁ、あっちも別に公にしようとなんて思ってねーだろうから、沙羅が謝る事じゃねーよ」

公にしようとしない…
ボンゴレにはたくさんの傘下のファミリーがいる事は教えられたけれど、暗殺部隊なんて聞いた事がないし、今まで単語すら話に出てこなかった。ボンゴレに属しているなら、耳に入ってきてもおかしくないのに…

何となくだが、不穏な予感を感じた



『ボンゴレに属してるなら、9代目の事は…』
「知ってるよ。逆に知らない方がおかしいんじゃない?ボンゴレのボスだしね」

前を向いたままベルは答えた。でも何故か他人事の様に返された感じがした。身内にしては素っ気ない気がする



『会った事は?』
「面と向かってはねーよ。強いていえば遠目からならある」

『そうなんだ…』

何でこうも引っ掛かるのだろうか…
別にそんなに首を突っ込まなくても良いのに気になってしまう。そもそもボンゴレに属している時点で私もを拉致する必要はない筈なんじゃ…



『ねぇ、ベル。ボンゴレの暗殺部隊なら、わざわざ私を拉致する必要なかったんじゃないの?』

あたしの問い掛けにさっきまで反応してくれていたのに、ベルは何故か無言で歩き続ける



『屋敷に来れば会えたし、仲間にする為って同じボンゴレなんだからもう仲間なんじゃないの?』

何で反応してくれないのか、内心では言い様のない不安が滲み出てきた。怖いのか、不気味なのかは分からないけれど、ただただ不可解だった



『もし何かこう…理由があったとしても、9代目ならッ…』

突然ベルが振り向いたと思えば、静かにとジェスチャーで口に人差し指を当てた。それを見て、ベルに言い掛けた言葉を飲み込んだ



「今あんまし9代目の名前出さない方がいいぜ?」
『ぇッ…何…?』

「此処がボスの部屋だから」

話に夢中で気が付かなかった。ベルの見上げる先を見ると、そこには頑丈で大きな立派な扉が…

思わず少し後ずさってしまった。如何にも組織のトップがいるだろう重々しい扉。扉越しだというのに威圧感を感じて、自然に冷や汗が滲んだ

ボスって言っても…9代目から感じる雰囲気とはかけ離れた鋭いオーラ。呆気に取られている私を横目に、ベルは扉の取っ手に手を掛けた


部屋に入るや目に映ったのは1人の長身の男性。立派な大きな机に足を投げ出し、腕を組んだまま微動だにしないで座っている

昼間だというのに最低限の日差しは差し込んでおらず、部屋は少し薄暗い。目は閉じられているのに、彼からの殺気が身体に刺さっているかの様に痛い

部屋に入れず扉で立ち止まっていると、ベルは微笑で私の手を引いて一緒に部屋に入ってくれた。この状況で笑っていられるなんて…さすがに慣れてるのかな…




「…カスは下がれ」

突然の地を這う様な低い声。当然その男性の声なんだろうけど、身体が思わず跳ねてしまった。俯いたまま私はただ黙る


「はいはい」

カス・・とは自分の事だと思ったが、どうやらベルの事だったらしい。命令されたベルはいつもの事の様にそこには触れず、部屋を出て行こうとする。が、出て行こうとしたベルの袖を思わず掴んでしまった。こんな殺気で殺されそうな雰囲気の所に置き去りにされるなんて怖すぎる



「ビビっちまうけど、大丈夫だって」

ベルは小さく耳打ちして、私の頭を軽く撫でると、そのまま部屋から出て行ってしまった

静かな部屋が一層静かになった気がする。身体だって少しばかり震えている。これが本物の殺気であり、威圧感か…

手の震えを抑える様に強く握り締め、自己紹介だけでもと口を開いた



『は…初めまして。霧恵…沙羅です』

一先ず一礼した。声が微かに震えていたのは、きっと此処に漂っている殺気と威圧感を必要以上に身体が感じ取ってしまっているからだろう

頭を上げることなんて…出来ない…






「上出来だ」

暫くの気まずい空気間で意外にも男性の方から声が掛かった。確かに聞こえた上出来という言葉に頭が理解出来ずにいる。恐る恐る顔を上げると、座っていた男性は目の前に立っていた

かなりの長身。顔には無数の痣…古傷…?

口角は何故か満足気に上がっていて、さっきまで伏せていた瞼から覗かせた彼の真っ赤な深紅の瞳が私を射抜く



『上出来って…』
「よく俺の殺気に耐えたな。普通の奴ならこの場からすぐに逃げ出すんだが…大した女だ。肝が据わってやがる」

『あの…えっとッ…』

「XANXUSだ」
『XANXUSさん?』

「XANXUSと呼べ。気色のわりぃ敬語も使うな」
『ぇッ…はい』

試されていた…
いつの間にかXANXUSの殺気と威圧感は消え、ホッとしたと同時にもし本能のままに逃げ出していたら…と思うと恐ろしい



「おい」
『ぁッ…はい!』

弾かれた様に顔を上げた。XANXUSはさっきの満足気な顔から何やら真剣な顔付きになった



「てめぇは今日から、ヴァリアーの雲の守護者だ」


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