雷と嵐と雨






『スクアーロー!』
「あ゙ぁ?…ってΣうおッ!」

突っ立っているスクアーロの背中に抱き着いた。ちゃんと感触がある。死んでなかった…死んでなかったッ…



『死んでなかったッ…!スクアーロは…生きてたッ…!』

頭に乗せられた手がピクっと動いたのに気付いた。頭上からスクアーロの少し覇気のない声が聞こえた



「悪ぃな、沙羅。その約束は守れねぇ…」

何言ってッ…とスクアーロの言葉が理解出来ずにいると、突然何かぬるっとした感触が手から伝わった。思わずスクアーロから手を離し、両手を見た。すると、両手には真っ赤な血がべったりと付いていた

一気に血の気が引く



『えッ…えッ!?血って…何でこんなのッ…』

再びスクアーロに視線を戻すと、いつの間にか隊服はボロボロ。目を疑った。さっきまでいつも通りの姿だったのにッ…


「お前の所には…帰れねぇなぁ…」

ゆっくり振り返ったスクアーロの顔は血だらけ。そして、何処か悲しそうな瞳だった









『スクアーロッ!』

勢い良く起き上がった先の景色が自室であるので漸くさっきのは夢だったと気付いた。あのままふて寝みたいにベッドに横になって、そのまま寝てしまったらしい。汗を尋常でなく流している

外の窓を見るが、まだ日も昇ってなく、真っ暗だ

嫌に鼓動が速く鳴っている。鮮明すぎる夢だった。夢の中のスクアーロの顔が頭を過ぎる。悲しそうな…顔だった…


『やっぱり…死んだんだよね…』






「そういえば、ボスはスクアーロが死んだ時愉快そうに笑ってたよ。付き合い長いから、鬱陶しかったのかね?」

頭に思い出されたのは、ベルのその言葉だった

マーモンが話していた時にベルはししし、とそう笑いながら言っていたが、私は笑えなかった。いや、その時はスクアーロの死が頭を一杯にしていてまともに頭に入らなかったんだろう

何で仲間が死んで笑えるの?
長い間一緒にいたスクアーロなら尚更に笑えないでしょ?鬱陶しいって…XANXUSの為に命懸けで戦ってきただけでしょ?

XANXUSの性格は分かっていたつもりだったけど、そこまで冷酷な人だったの…?

仲間が死んだのに…
その死を笑って終わりなんて…
そんなのッ…






◆◆◆ ◆◆◆






バンッッ!

昨日はあんなに恐る恐るとしか開けなかった扉を乱暴に開けた。部屋の主は平然と目を伏せて椅子に腰掛けている

あたかも何も無かった様に…
その様子に更にふつふつと怒りが込み上げてくる



『よく仲間が死んだのによく平然としてられるね?』

変わらぬ沈黙。分かってたよ。いや、分かってるよ
貴方が仲間に対して興味がない事は…



『スクアーロとは長い付き合いなんでしょ?何でそんなに平気なの?』
「あんなカス、知ったことか」

その言葉でブチッ!と何かがキレた。ルッスの時とは全く違う…熱いものが頭に広がるそんな知らない感覚だったが、それに身を委ねる様に気付くと私は椅子に足を掛けて、XANXUSの胸ぐらを両手で掴んでいた

どうしようもない怒りが頭を一杯にしていた

自分へ精一杯命懸けで戦い死んだ仲間を…カス呼ばわりなんて…酷すぎるッ…



『カスって…笑わせるなッ!』

両手に力が入った。言葉が乱暴になるも、もう自我なんて怒りで掠れてきている。ただ表情を変えないXANXUSに怒鳴り付けた



『命は1つしかないんだ!その命をお前に捧げて尽くして着いてきた奴が死んだんだ!いたわりの言葉すら掛けずに…挙げ句の果てにはカス呼ばわりかッ!?』

黙って見上げてくるXANXUSの瞳は鋭い。しびれを切らして、懐から取り出した銃の銃口をXANXUSの頭に向けた



『答えろッ!スクアーロはッ…』
「いたわりの言葉を掛けてどうする」

XANXUSの瞳が更に鋭くなった



「お前が言ういたわりの言葉はどんな言葉だ?良く頑張った。安らかに眠れとでも言ってほしいのか?」

まるで冷たいそんな言葉を聞いて、銃を握る手に力が入るが…どうしても引き金を引く手は固まって動かない

何で撃たない?
何でこんなに冷たく仲間を引き離す人に対して躊躇いが出てくる?




『ん゙ッ…!』

何で何でとだんだん銃を握る手が震えてきた時、突然その手を捕まれ、同時に口を覆う様に頭を鷲掴みにされてそのまま床に叩き付けられた

反抗しようも銃を持つ手は床に押さえ付けられ、声を出そうも口を掴まれているから出せない。空いている手で退かそうともがくけれど、XANXUSは全く動かない



「昨日といい今日といい、てめぇは綺麗事が好きだな」

せめてもの反抗で睨み付けるしか出来ずにいると、XANXUSははっと浅く笑った



「誰が死ぬかもいつ死ぬかも分からねぇこの世界で、たかが1人死んだくらいで喚くな。強ぇやつが生き残る中でクソ鮫は弱かった。それだけの話だ」

グサグサと鋭く刺してくる言葉。何の感情も感じないXANXUSの表情に寒気を感じた



「クソ鮫だけじゃねぇ。他のカス共も俺もてめぇも同じだ。弱けりゃあ死ぬ。死にたくなけりゃあ、こんな事で一々取り乱すな」

視界がボヤけて、気付けば私の目尻から何筋もの涙が溢れ出た。弱ければ死ぬ。そんなの私が1番分かってる。あの時…無力で死にそうになっていたのだから

戦う術も抗う術もなかった私は本当に奇跡的に9代目に拾われたからこうやって生きている。運が良かっただけなのだ。決して自分の力で生き残った訳じゃない

9代目がいなくても、誰にも助けられなくても、自分の力であそこから生き長らえただろうか…

そんな愚問な答えなんて…分かりきっているから、今目と前で淡々と現実を話すXANXUSに反論出来ないのだ。何か別の方法があったとか、助けられたとか…あの場にいなかった私が言える筈もない



「引き金を引こうにも引けねぇ…自分の覚悟を貫く覚悟もねぇガキが俺に歯向かうんじゃねぇ」

言い返せない悔しさと仲間が死んだ悲しさで涙が止まらず、声も出せずにいると、扉が開く音が聞こえた



「ボス」

押さえ付けられてるせいで視線しか向けられなかったけれど、扉の所にはベルが松葉杖を突いて立っていた



「何しに来た、カス」
「沙羅を迎えに来たよー」

まるで私が此処に来ていた事を分かっていた様な口ぶりだった。XANXUSもXANXUSで何故かベルの登場に驚く事もなく、平然としている

カツンカツンッ、とベルが松葉杖を突きながらやって来ると、XANXUSは私の上から漸く退いた



『ちょッ…ざッ…!』

すぐさま起き上がり、何事もなかった様に背を向けるXANXUSに呼び掛けようとしたが、ベルに腕を掴まれて制止された



「さっさと連れて行け」

行くよ、とベルに促される。出て行くのを拒もうともしたけれど、松葉杖を突くベルがわざわざ来たのは何か理由があるからなのかと思うと拒めない

分かったよ…と小さく了解して、ベルに連れられて部屋から出て行った。深夜という事もあり、廊下には松葉杖とあたし達2人の足音だけが響く



「スクアーロの事、気にしてんの?」

前を歩くベルからそんな事を聞かれて、思わず立ち止まった


『ベルは…悲しくないの?いくら暗殺組織でも仲間に代わりないのに…』

「別に悲しくねーよ」

俺っていうより他の奴らもそうだよ、とベルは振り向く事なく続けて言う



「沙羅だけだよ。此処でそうやって仲間仲間って言って気に掛ける奴は」

『私が…おかしいのかな…』
「沙羅と俺達は根本的に違うから仕方ねーよ」

ボソッと言った言葉に即座にベルは言い返してきた。そこで漸く彼は振り向いて顔を向けた



「初めて会った時の事覚えてる?」

あの時言ったのがほぼほぼ答え、と言われ、思い出す




「人の命がどうだとか仲間がどうだとかめんどくせー事は嫌いな訳」

『あぁ…』

「殺しだって好きでしてるし、誰かを守る為とかいう感情は全くねーの。此処はそういう奴らの集まりでボスはその中のトップだ。あぁいうやり方しか出来ねーし、多分知らねーと思う。だから、あんま不快に思わないでね。あれはあれで、らしくもなく手加減してんだから」

銃口向けたのが俺達なら息を吸う前に燃えカスにされるよ、とベルは不適に笑いながら平然とそんな物騒な事を言った

XANXUSに言われた言葉は認めたくないけれど、このマフィアという世界では認めざるを得ない事だった。弱い者は死に、強い者が生き残る弱肉強食の世界

そんな世界で身内の為なら命を投げ出せる私は…弱い者なのだろうか。あの時引き金を引いていれば強い者だったのだろうか


未だにスクアーロが死んだという事実に沈む気持ちがあるけれど、沢田君達側もそれは同じで、ルッスも目の前のベルもたまたま生き残れただけで…この争奪戦においては死は仕方のない事…

そう受け止めるしかないのだ…


【雷と嵐と雨 END】

/Tamachan/novel/3/?index=1