霧と雲
あ
あ
あ
『9代目ッ!』
勢い良く起き上がった。記憶では私はあの薄暗い部屋にいた筈なのに、目の前の景色はいつもの自室だった
ベッドで眠ってた?
さっきのは夢…?
でももし本当だったら…9代目はどうなってッ…
『た、確かめなきゃッ…!』
すぐさまベッドから降り、部屋を出て行った。一目散にあの部屋へ向かって中に駆け込むが…
『無い…』
部屋の中にあの巨体はいなかった。だが、あったのは確かな様でその巨体が佇んでいた所から出入り口にかけて大きな足跡が微かに残っていた
やっぱり…あれは夢じゃなかったんだ…
9代目は…ゴーラ・モスカの中にッ…
『嫌だッ…絶対に嫌だッ!』
今日は雲戦。モスカがいなくなってるって事は9代目が入ったあのモスカで戦いに参戦しようとしてる。嫌でも想像出来てしまうXANXUSの企み
XANXUSは9代目を殺す気だ
ボンゴレを奪う為に…
自分を裏切った復讐の為に…
慌てて部屋から出て、邸の出入り口の扉まで向かう。今から行って間に合うだろうかと思考をぐるぐる回していると、死角になった曲がり角を曲がった瞬間に目の前から突然大量の霧が吹き出した
反射的に足を止めてしまった。一気に霧が辺りを覆う
何でこんな所から霧が出てッ…
構わずに霧を突っ切り、出入口の扉が見える筈…なのに…
『私の…部屋…?』
霧を抜け出した先にはある筈の邸の扉ではなく、自室の扉だった。完全におかしい。部屋から出て、邸の扉まで迷う筈ないのにッ…
『もう一度ッ…』
「待って、沙羅」
再び邸の扉の方向に駆け出そうとした時、目の前の空中に霧と共にマーモンが現れた
『マーモン…あれ、檻はどうしたの?まさか抜け出して来たんじゃッ…』
「そんな自殺行為みたいな事しないよ。そんな事したら今度こそ、ボスに消されちゃうからね」
『じゃあ…何で…』
「沙羅、さっき9代目に逢っただろ?」
9代目の名が出た瞬間、鼓動が一瞬大きく鳴った
『何…言ってるの?』
「ゴーラ・モスカの中にいなかった?その後、ボスが来た筈だけど」
『マーモンが何でッ…』
「あれは全部、僕の幻覚だったんだよ」
『ぇッ…じゃあ、9代目も幻覚ッ…』
「全部と言っても、ゴーラ・モスカの中にいた9代目は本物。僕が幻覚で作り上げたのはボスの方だけさ」
一瞬の希望だったが、すぐに消え去った。それと同時にあの時のXANXUSに抱いた違和感が何だったのか分かった。幻覚で作られていたからだった
『何であんな事ッ…』
「ボスが言ったんだ。檻の中でなく、外で生き続けたければ今から言う事を遂行しろって…」
「沙羅を止めろ。お前の幻覚でな」
「え?」
「沙羅は必ず老いぼれを乗せたゴーラ・モスカを保管しているあの部屋に行く。あいつは勘が鋭いからな。そして老いぼれを見つけたら、一心不乱に助けようとするだろう」
「まぁ…沙羅なら必ずそうするだろうね」
「いくら鋼鉄のゴーラ・モスカと言えど、壊される可能性がある。どんな事をしても沙羅を止めろ」
「沙羅相手じゃ、僕の幻覚はすぐ見破られると思うけど」
「その心配はねぇ。感情的になれば勘は鈍る。相手が老いぼれなら尚更そうだ。何が何でも助けようとする」
XANXUSの思惑にまんまとはまってしまった。思い通りにさせないと言いつつも、結局思い通りにされた。悔しさからか両手の拳に力が入る
「僕のあの幻覚、正直すぐに見破られると思ったよ。けど、君は幻覚に惑わされた。やっぱり理性が利かなくなる程9代目がッ…」
『大切に決まってるでしょッ!』
思わず声を上げてしまったけれど、そのままの勢いでマーモンに詰め寄った
『マーモンは知ってるんでしょ!?9代目はッ…9代目はあの後どうなっちゃうの!?』
「僕が言わなくても、君は薄々分かっているだろ?9代目はあのままッ…」
「ししし、取り込み中?」
いつの間にいたのか、私の背後からベルが顔を覗かせた。切羽詰まっていたせいか、ベルの姿に驚く前にあたしは掴み掛っていた
『XANXUSはッ…XANXUSは何処ッ!?』
「えッ…何、どうしたの?何でそんな慌ててッ…」
『9代目はどうなったのッ!?』
血相変えて9代目、と口にした沙羅を見て、全て理解した様にベルは薄く苦笑した
「なるほどね」
『無事なのッ!?』
最早感極まって涙が溢れ出した。不安と焦りが募っても、聞き出す事しか出来ないから夢中でベルに詰め寄った。すると、ベルは私の頭に手を乗せて笑った
「そんな心配しなくて大丈夫だよ。9代目は跳ね馬が連れ帰って治療するみたいだったし。まぁ、重傷には変わりないけど」
跳ね馬がディーノであるのは分かっていた。リボーンに次いでディーノも日本に向かっていたのは知らなかったけれど、それよりも9代目を一先ず見知った人が保護してくれた事に安堵した
『ごめん、ベル…急に掴み掛かったりして…』
「別に良いよ。9代目の名前が出て、察したから。んで…」
マーモンは沙羅にどんな幻覚見せたわけ?、とベルはあたしからマーモンの方へ顔を向けた。
『何でそれを…』
「聞いてたんだよ。自分の命が懸かってる気持ちは分かるけど…これ、やりすぎじゃね?」
ベルに手首を軽く掴かまれたと思えば、袖を捲られた。露になった素肌を見て、私は目を丸くした。そこにはあの触手で縛られた時の痕がくっきり残っていた
「痕、残ってんじゃん」
「仕方ない事だったんだよ…命が危うい時の心の焦りなんて、ベルには分からないだろうさ」
ベルはマーモンの言葉に歯を見せていつもの笑顔を作ったが、何処か不機嫌そうな雰囲気だった
「そんな奴の心の中なんて俺が知るわけないじゃん。だって俺王子だもん。でも…今度どんな理由だろうと沙羅を傷付けたら、許さねーから」
「…分かってるよ」
前髪で見えない筈のベルの瞳が、マーモンを鋭く睨み上げている様に見える。マーモンが頷いたのを見たベルはそれ以上何も言わず、私の頭を軽く撫でて、廊下の奥へ去って行ってしまった
「痕残ってたんだね…」
捲られた裾を戻していると、マーモンは申し訳なさそうな口調で腕の傍まで移動した
『気にしないでよ、マーモン。誰だって…命は惜しいよ』
そう笑って言ったつもりだったのだが、マーモンの表情は曇り掛かっている気がした
『マーモン?』
「君…僕を助けた時に、あんな事言ってたの?」
あんな事?、と首を傾げながらも思い起こす。何だっけ…と暫く黙って考えていると、マーモンは言いにくそうに教えてくれた
「ボスと相討ちになったとしても守るって…」
『あぁ…』
マーモンは腕からあたしの目の前まで移動して続ける。雰囲気は変わらずに沈んでいる感じ。マーモンにはレアと言えばレアな雰囲気だ
「君は命を張ってでも助けてくれたのに…僕は君を傷付けちゃったね」
そんな事を言っていたとは思っていなかったからか、言われた時に動揺して幻覚が一瞬不安定になった、とマーモンは言った
「ボスが言いそうな事を言ったつもりだったけど…君は本当に綺麗事が多いよ。でも、それを命が賭かった場面でもやり通しちゃうのが君のすごい所だもんね」
『すごくないよ。入隊する時にベルに俺達に命を賭けるなって言われたけど…どうしてもね…』
マーモンは悪くないよ、と微笑んで頭を撫でると、マーモンはごめん…と一言呟いて静かに霧と共に消えた
9代目の事
ボンゴレのみんなの事
XANXUSの事
ヴァリアーのみんなの事
今ぶつかり合っている2つはどちらも私の大切なモノで大切な仲間…その中心で1人で揺れている私
ボンゴレは何もなかった私に改めて大切な事や人を信じる強さを教えてくれた。ヴァリアーは出逢いは強引だったけれど、本当の意味での戦い方、生き残り方、ボンゴレの闇の部分を手加減なしに教えてくれた
今となってはどちらが正しいとか分からない。そもそも身内同士で正しい正しくないと疑心暗鬼になるのも疲れる
この数日で、この争奪戦で一気にごちゃごちゃと感情が入り交じりすぎて思わずその場で力なくへたり込み、深いため息が出た
◆◆◆ ◆◆◆
あ
あ
あ
今日は最後の戦い。沢田君とXANXUSが戦う…
9代目の事があったからか、部屋にいて、時間になっても外には出なかった。ベッドに仰向けになりながらずっと考える
私はどっちの味方なの?
ボンゴレ?ヴァリアー?
9代目?XANXUS?
このリングを所持してる時点で私はボンゴレの守護者…なのに、今はヴァリアーとして9代目達と敵対してる。それは…もしかしてクレアさんの意志に反してるじゃないの?
マーモンはあぁやって言ってくれたけど…ボンゴレのボスである9代目と敵対してたら、根本的に裏切ってる事になるんじゃ…
《そんな事ありませんよ、沙羅さん》
突然リングが光りだし、共にクレアさんの声が聞こえてきた。慌てて起き上がると、そのまま光はリングから離れて、私の目の前まで移動すると、それは人型に…クレアさんだった
あの時…初めて出逢った時と同じ…
『クレア…さん…』
《お久しぶりです。初めてお会いした時よりも凛々しくなられましたね》
微笑んでいるクレアさんに唖然と固まった。今の私はヴァリアーとして此処にいる。それに何故か…罪悪感が襲った
『あのッ…えっと…』
この状況をどう説明すれば良いのか分からなかった。あの時、9代目からリングを授かって、虹の守護者として認めてもらったのに…今は違う場所で違う守護者として此処にいる
歯切れが悪くなっていると、クレアさんは何故か微笑んで、私の目線までしゃがんだ
《私にはリングを通して、貴方の感情が伝わっていました。貴方が攫われた当時と今とでこのヴァリアーの方達への想いが変わっている事も伝わっています》
『クレアさん、私…自分が何をしたいのか分からなくなってます…』
クレアさんが優しい表情のままだったから、ポロポロ思っていた事が出てきた
『9代目は私の命の恩人なんです。あの人がいなければ、きっと私は此処にいないし、この世にもいませんでした』
今まで9代目に掛けてもらった言葉とあの優しい笑顔がたくさん思い出されて、いつの間にかポタポタと涙が頬を伝って落ちていく
『9代目が大好きで…恩返ししたい気持ちでいたのに…XANXUSの話を聞いたら…その憎む気持ちや怒る気持ちが分かってしまったんですッ…』
XANXUSはやり過ぎている。復讐の限度を超えた行為をしている事は分かりきっているのに、何も出来なかった。言いたい事をただ吐き出しただけで、彼のそのものの考えを変える事は出来なかった
《それは…貴方が彼を仲間だと思っているからじゃないでしょうか》
その言葉に思わず目が丸くなり、涙を拭う手も止まった
《貴方は彼の気持ちを知ろうとした。その時点で、理解しようと…寄り添おうとしたんです。仲間だと思わない相手にそこまでするでしょうか》
『で…でも、XANXUSは仲間が使い物にならないとか利用出来ないと思えば、あぁやってすぐに殺そうとするんですよ。それは許せないんです。スクアーロの時だって…マーモンの時だって…』
理解出来ないんです…と続けて言うと、クレアさんは確かにそうですね、と返したけれど、微笑む表情を崩さずに話す
《貴方から彼に対して、理解出来ないという困惑する様な感情が伝わってきます。ですが、同時に何処かで貴方は彼を憎む相手だと断定していない。つまり、彼に敵対心が芽生えていないという事です》
良いですか、沙羅さん、と今度は真剣な表情で諭す様にクレアさんは私の両手を強く握った
《身内同士での争いはこの世界では多くあります。思想や目的の入れ違いが原因で…ですが、そんな世界でも決して自身の覚悟や決意を揺らがさないで下さい。貴方が信じるままに行動して下さい》
『クレアさん…』
《貴方が誰を仲間だと思い、誰を助けるかは自由なんです。そこに敵も味方もありません。その想いに身を委ねれば、貴方自身何をするべきなのか答えは出ます》
どうか後悔が残らない様に…とクレアさんはそれだけ言って消えてしまった。1人残された私は呆然と目を開けたままでいた
助ける気持ちに…敵も味方もない…
プツッと張り詰めていた糸が切れた様に私は上着を羽織って部屋の扉を乱暴に開けて飛び出した。走っているのに頭の中が最早真っ白で何も考えていないのに、邸の出入口まで走った
「沙羅様!?」
背後から部下が慌てた様子で走って来た。どうやら今日ばかりは幹部のみんながいないから、様子的には部下が止める役割を担っているらしかった
「争奪戦に出向かれるならお止め下さいッ!XANXUS様からも釘を刺されている筈ですッ!」
扉の前まで駆けてきて通させまいと強く訴えられる。私は立ち止まって黙っていたが、お構いなくずんずんと部下を無視して扉に近付く
「沙羅様ッ!お止まり下さいッ!お願い致しますッ!」
『退いて』
「沙羅さッ…Σぅ゙ッ…!」
申し訳ないと思いつつ部下の首の側面を手刀で殴った。多分死なないとは思わないけれど、その場で崩れ落ちて気絶した部下に一言ごめん…と呟いて足早に邸を出て行った
【霧と雲 END】