大空戦






「てめぇ…何故来たッ…来るなと…言ったろうが…」

返す訳でもなく、仰向けで倒れているXANXUSの傷を確認する。出血も酷いけれど、それよりも凍傷の方が酷い。手に晴の炎を灯して、傷口に当てる



「余計な事するなッ…」
『黙って』

XANXUSを見ずに一言言い捨てた。止血だけでもしないと、と暫く炎に集中していると、黙っていたXANXUSが口を開いた



「俺を恨んでんじゃねぇのか…」

ピクッと思わず手が動いた。何も答えずにいると、XANXUSは続けて話す



「てめぇの命の恩人を…殺そうとしたんだぞ…?何故今こうしてる…」

とりあえず緊急が有する傷は塞がり、止血をし終えて、そこで漸く彼の顔を見た。こんな怪我を負っている状態でも不機嫌そうに眉を寄せて私を見ている



「てめぇにとって俺は…許せねぇ存在だろうが…」

その言葉に思わず身を乗り出して、XANXUSの頬を叩こうとしてしまったが、寸前の所でぐっと手を握って口を噤んだ



『貴方に言いたい事はたくさんある…けど、今は言わないでおくよ。今の貴方は…十分傷付いてると思うから』

私がそう言うと、XANXUSは目を見開いて呆気に取られた様な表情をした



『9代目が貴方を氷漬けにしたのは貴方を殺したくなかったからだよ。氷漬けしか…貴方を生かしておける方法がなかったんだと思う』

「何ッ…言ってやがる…」

『殺してしまえばその場でもう事は済むのに、敢えて生かしたのは…沢田君も言ってたけど、貴方を本当の息子として想っていたから。あとは…自分を咎める為だと思う』

自身を親だと信じてくれたXANXUSを裏切ったという罪を忘れない為に。そして、繰り返さない為に…



『もう…こんな悲しい戦い終わりにしよう。9代目の想いもきっと…貴方は沢田君と戦って、彼を通して感じた筈だから』



「私はお前の事を…本当の子供の様に思っていたよ」

XANXUSの頭に9代目から言われた言葉が過ぎった。何故此処で思い出す…と過ぎった言葉と9代目の顔にギリッと食い縛った。その表情を見て、沙羅は思わずXANXUSの手を握った



『言っておくけど、此処に来たのは散々言ってきた私の守りたい仲間の中に貴方もいるからだよ』

貴方のやり方や考え方は物騒だけどね、と少し毒を吐いて口元を緩ませた



『これ以上、傷付かなくていいんだよ。ボンゴレのボスになれなくても、貴方に着いて来てくれる仲間は此処にいるんだから』

「………はッ…」

お人好しが…と吐息の様にか細く言った後、XANXUSは目を閉じて気を失った




「てめぇ!急に出てきて何してやがる!何モンだ!?」

振り向くと、黒煙はいつの間にか晴れていて、突然乱入してきた私に不信感を顕にしながら身構えている沢田君側の守護者達



『私はヴァリアーの雲の守護者の霧恵沙羅です。訳あってリング争奪戦に参加出来ませんでしたが…』

敢えて虹と闇の事は言わなかった。今言えば話が大分ややこしくなりそうだったし、何よりそんな事を話に来た訳じゃない




『そこの倒れている貴方が沢田綱吉君ですか?』
「ぇ…あ、はい!」

そう返事した沢田君を見て、XANXUSの傍で転がっている大空のボンゴレレングを拾い、チェルベッロを呼ぶ



『ヴァリアーの失格負けで良いんでしょ?』
「はい」

『じゃあ、これを沢田君に渡して来て』

手渡されたチェルベッロは表情を崩す事なく、かしこまりましたと人形の様に一礼した。そのまま見届けていると、リングを受け取った沢田君は安堵した様に表情を和らげている

そのまま彼は気を失った様で、他の守護者が駆け寄っていく。再びXANXUSの方に向けば、追加で呼ばれたのか数人のチェルベッロが到着していた



「此処の後始末は我々にお任せ下さい」

そう言うと、散り散りにチェルベッロ達は校舎の中へ入って行った



「俺達はどうする?」
「ルッスはベッドごと運ばれてきているし、ボスも重症。レヴィはそこら辺で伸びてるだろうから、みんなチェルベッロ達に任せて良いんじゃない?」

『ねぇ、スクアーロは何処にいるの?』

2人がそう話している所に駆け寄った。尋ねると、マーモンが目の前まで飛んできた



「スクアーロが生きてる事、知ってたのかぃ?」
『さっき此処に来た時に話してる声聞こえてたから…』

「生きてたみたいだね。僕達も驚いてるけど、一体誰が…」

マーモンの視線が校舎に向いた途端に言葉が消えた。釣られて私も視線の先に目を向けると、1度大きく鼓動が鳴った



『みんなッ…』

校舎の中からリボーン達が出てきた。それにディーノと部下のロマーリオさん達に囲まれ、車椅子に座った包帯だらけのスクアーロもいる



「どうやら跳ね馬が手を貸したみたいだね」
「余計な事してくれちゃったよ」

『やっぱり…みんないたんだ…』

久しぶりすぎる期間。話したい事がたくさんあるけれど、駆け寄るのを躊躇う自分もいる。ずっと黙ってヴァリアーにいて、この争奪戦中も何も出来ずにッ…



「沙羅」

リボーンに名を呼ばれた。でも、足が動かない。罪悪感が胸を圧迫してくる感覚が襲っていると、ベルが背中を軽く押してきた



「言ってくれば?話したい事あるだろうし」
『でも…』

「沙羅」

ししし、と笑うベルの隣に移動したマーモンは表情を変えずに言う



「ボスが敗北した今、僕達に君を呼び止める権利はないんだ」

『マーモン…』

「僕達は先に戻ってるよ。此方に留まるか、あちらに戻るかは君の好きにすると良い」

ほら待ってるよ、と言われ、再度促される。此処まで言ってくれて立ち止まっているのも悪いと沙羅は2人にありがとうと伝えて、駆け出した

その後ろ姿を見送って、ベルとマーモンは背を向けた



「沙羅、戻ってくると思う?」
「さぁ…それについてだけはボスだって分からないだろうさ」





◆◆◆ ◆◆◆





「沙羅、久しぶりだな」
『ぅ…うん』

「スクアーロから大体聞いているぞ」

リボーン達は争奪戦時、観覧席でスクアーロから私の事を聞いていたらしい。すぐ隣ではスクアーロがロマーリオさん達に銃口を向けられながら連れて行かれようとしていたから、思わず呼び止めた



『まッ…待って!スクアーロ!』

私の呼び止めにロマーリオさん達は立ち止まってくれた。その人達越しからスクアーロと目が合う



『生きてて良かった…本当に…』

スクアーロは目を丸くさせて驚いている様な表情を浮かべたが何も言わずまた顔を伏せてしまった。そのまま連れて行かれてしまったけれど、生きている事が分かって自分でも驚くくらい安堵してる



「あいつは処分の内容が通告されるまで此方で預からせてもらう事になった」

ディーノが連れて行かれるスクアーロの方を見ながら言う。その処分という言葉に鼓動が早く鳴り始めた。薄々分かっていた事だけれど、多分…9代目に対する反逆行為として処分されるのだろう



「処分の内容は9代目と家光の方で決めるらしいぞ。まぁ…どんな処分になるかは、俺でも想像出来ねぇぞ」

リボーンの言葉に、そうだよね…と諦めにも似た声が漏れた。XANXUSが限度を越えてしまっている事は分かっていた。そういうやり方しか知らなかったのか思い付かなかったのかは分からないけれど、やっぱり…無理にでも止めるべきだった

こんな悲しい結末になるくらいなら…あの時当てずとも撃てば良かったのだろうか。銃口を向けて…撃てば…



「沙羅」

ハッと我に返った。顔を向けると、リボーンが表情を変えずに此方を見上げている



「2年も行方不明で半ば諦め掛けてたが…元気そうで良かったぞ」

予想してなかった安堵の言葉。思わずぇ…と小さく声が出てしまった。他のみんなもリボーンの言葉に表情を緩ませて頷いている



『怒ってないの…?』

思わず手を握り締めた。何で責めないのか、何で冷たい目を向けないのか。元気そうで良かったって…ずっとみんなには心配を掛けていたのに…

私が俯いていると、視線に入る様にリボーンが歩み寄ってきた



「沙羅、俺は逆にヴァリアーで良かったと思ってるぞ」

リボーンは不満そうではなく、寧ろ口元を笑わせている



「この2年の間に随分凛々しくなったじゃねぇか」

私を攫ったのが身内であり、例え女性でも容赦がないヴァリアーだったからこそ、更に強くなったんだろうとリボーンは続けた



「それにお前はきっとこの争奪戦中、XANXUSに刃向かったんだろ?」

ドキッと何故そこまで分かるのか図星な所を突かれた。静かに頷くと、リボーンはやはりな、と笑顔のまま頷いた



「何でそう思ったのですか?リボーン殿」

「ヴァリアーでは任務に失敗した者は始末されるという掟があるらしい。だが、ルッスーリアもマーモンも生きてる。それはお前が始末するのを止めたからじゃねぇのか?」

その言葉にリボーン以外のみんなは驚いた顔で私を見た。本当の事だから何も言えないけれど、そこまで憶測でも当ててくるリボーンは本当にスゴい



『XANXUSのあの考え方は…どうしても許せなくて…それで…』

「沙羅らしいな」

素直に話すと、ディーノが横にやって来て、頭に手を置いてきた。以前の様に頭を撫でてくるディーノに思わず目を丸くさせてしまった



「沙羅の覚悟も決意も何ら変わってないのを見るに、あいつ等も無理矢理お前の意志を曲げようとはしなかったって事だろ。攫ったっつっても、酷い事をされたりした訳じゃなさそうだし、無事な姿を見て俺も安心してるよ」

「拙者も沙羅殿がご無事で本当に良かったです。あの時は拙者が駆け付けるのが遅かったばかりに…とても後悔していました。申し訳ございません」

深々と頭を下げるバジルを慌てて呼び止めた。決してバジルのせいじゃない。私が油断していたのがそもそもの原因なのだから





「ところで沙羅。お前はこれからどうするんだ?」

バジルの行動にあたふたしている所に、ディーノが話を切り出した



『私はヴァリアーに戻ろうと思ってる。このままみんなを放っておくには身勝手すぎるし…』

「あいつ等に処分が下った時はどうすんだ?」

リボーンの尋ね事に身体を向き直して迷わず返した



『私も一緒に処分を受けるよ』

みんなは優しいからそんな返しをしたらディーノもバジルもお前は関係ないだろうとヴァリアーに留まろうとしている考えを改める様に促してくる。けれど、これもこれで私が決めていた事だ



『攫われたけど、2年間お世話になったし、その間に前よりも戦える様にはなったの。そもそも大人しくヴァリアーの一員としていたのも事実だし…この戦いも止められなかった。近くにいたのに何も出来なかった私にも責任はあると思う』

処分を受ける覚悟はあるよ、と言うと2人はでも…と心配する声を漏らした



『本当に心配掛けてごめんなさい。でも…ケジメは付けなきゃ』

微笑んで言うと、腑に落ちない様な感じだったけれど、とりあえずみんな納得してくれた



「そうだ、沙羅。9代目が目を覚ましたら、会ってあげてくれないか」

9代目の名前にビクッ!と敏感に反応してしまった。ベルが言っていた通りでやはり負傷した9代目を助けたのはディーノだった



『け、怪我の様子は…』
「あぁ、幸い命に別状はない。だが、やはり治療で体力を消費して、今はまだ眠ってる」

助かった事実に酷く安堵して胸を撫で下ろした。でも…私は9代目と会って良いのだろうか。9代目がモスカの中にいた事を知っていたのに、助けられなかった。そんな私と…会ってくれるのかな…



「心配するな、沙羅。9代目はお前に会いたがっていたぞ」

リボーンの心を見透かした様な言葉にぎょっとした



「この争奪戦が始まる寸前まで、9代目はお前を捜していたんだからな」

『でも…私はッ…』
「沙羅」

やはり躊躇いがあり、俯き気味になってしまった私をディーノが呼び掛けた。顔を上げると、ディーノもバジルもリボーンも…みんな微笑んでいる



「会ってやってくれ」

リボーンに改めて言われて、未だに罪悪感が拭えないけれど、頷いた


【大空戦 END】

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