出会い






「必死に生きようとしている自分を押し殺してはいけない。私は君を1人の人として共に来て欲しいとお願いしているんだ。どうか…私を信じてはくれないか?」

男性の頭を撫でる手付きと言葉は感情を忘れ、冷たく固まった私の心には…眩しい程に優しかった。感じ取った途端にプツッと糸が切れた様に泣き叫んだ

ずっと我慢していた泣くという事。既に麻痺して忘れかけていた身体を襲う震えと痛み。それを抑えようと自分で自分を抱き締めながら膝から崩れ落ちた






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あれからどれくらい経ったのか。泣き続けていたせいで分からない。ただ、窓から青白い月明かりではなく、柔らかい日差しが部屋に入り込んできたのに気付き、いつの間にか朝になってしまったのだと理解した

今は9代目がボスを勤めている【ボンゴレファミリー】というマフィアの屋敷へ車で向かっていた。車内で渡された毛布に包まり、流れる景色をじっと見つめる




「まだ名前を聞いていなかったね?」

『霧恵…沙羅です』

突然名を訪ねられては、怖ず怖ずと口を動かし、か細いながらも何とか名前を言えた。自分の名前を言うのもいつぶりだろうか…

そんな私の落ち着かない様子に9代目は優しく笑みを零した



「沙羅、私はの部下には色んな人がいるが…決して悪い人達ではない事だけ伝えておきたい。警戒しないでもらえるとありがたいんだが」

『9代目の仲間なら…大丈夫です』

そうは言っても、初対面には変わりない

人への警戒心…恐怖心。それを心や身体の奥まで植え付けられ私の手は無意識に震えだしていた



「心配しなくて大丈夫だよ。色んな人と言っても、皆心は穏やかな者ばかりだ。沙羅の心にある恐怖心も、ゆっくりだが解いてくれる」

『そう…ですね』

私の不安を感じ取った様な9代目の言葉に自然に安堵して口元が緩んだ





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車が頑丈な鉄の門をくぐり抜け、大きな屋敷の中に入って行く。どうやら此処が【ボンゴレファミリー】の本部みたいだけれど…

車が停ると、9代目が出て行ってしまったから、私も毛布を頭深くまで被り、急いで車から出た。外に出るや否や黒のスーツを着た人達が一斉に頭を下げ、号令の様に9代目に向かって挨拶していた。慌てて9代目の背中にくっ付いて、後ろから前方を恐る恐る覗き込む



「お帰りなさい、9代目!ご無事で何よりです!」

そんな人達の中から9代目の前までやって来て挨拶したのはクリーム色の短髪と髭を生やした男性。9代目と同じ、優しい笑顔。でもやはり身体は正直で、人に対しての恐怖心で身体は強張り、思わず頭に掛かる毛布を手で引っ張り、更に深く被った

すると視線に気が付いたのか、男性は9代目越しから私を不思議そうに覗き込んだ



「9代目、この娘は…」
「あぁ、今日から我々の仲間になる娘だ」

9代目は優しく私の背中を押し、男性の前に出させた。咄嗟に私は目を泳がせ、口も固く噤んでしまった

あぁ、やっぱり私はダメだ…
まだ怖いと思ってる…



『霧恵沙羅と言い…ます。よろしくお願い…します…』

緊張と恐怖心が口を上手く動かせなくしていた。これ以上言葉が思い浮かばずに俯いたままでいると、わしゃわしゃと毛布越しから頭を撫でられた

恐る恐る顔を上げると、そこには子供の様な無邪気な笑顔を向けている男性の顔が…



「俺は沢田家光だ。苗字じゃ堅苦しいから家光とでも呼んでくれ。改めてこれからよろしくな!沙羅!分からない事があれば何でも俺に聞いてくれ!」

歯を見せて笑う家光さんを見て、強張っていた頬が自然に緩む



「沙羅の笑顔はとっても可愛いな!」
『ぇッ…』

「うんうん。女の子は笑顔が一番だ!さっきみたいな難しそうな顔してたら勿体ない!笑って笑って!」

家光さんは自分の頬を無理矢理持ち上げた。その顔は酷く面白く、思わず小さく吹き出してしまった




「沙羅、笑えてるじゃないか」

9代目は何処か安心した様に笑い掛けている

私は…まだ笑える…の?
もう笑えないと思っていた私は自分の頬を触って、再び微笑んだ。笑う事以外にも忘れ掛けている感情はまだあるけれど、此処からまた…やり直せるだろうか




「おーい!沙羅ー!置いてくぞー!」
『ぁッ…はい!』

やり直せるか…じゃない

やり直すんだ
此処から全部…最初から…






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あれから屋敷に入った後、9代目がスーツ姿の女性陣に何やら指示をして、私はシャワー室に案内された。毛布だけ脱ぐと、私の髪や服に飛び散った血量を見て女性陣はみんなぎょっとしていたけれど気にせずに浴室へ入った

服を脱ぎ捨てて、久しぶり過ぎるお湯を頭から浴びた。温かさに感動する訳でもなく、無心で髪から流れる血の赤色を見つめていた。ある程度洗い終わって、こびり付いていた血の匂いも石鹸のいい匂いに変わっている

不意に鏡が目に映り、近付いて…いつぶりかの自分の姿を見た。もう消える事のない痣と傷だらけの身体。目だって虚ろでクマもヒドい…



『私って…こんな顔してたっけ…』

最後に見た自分の顔なんて覚えていない。浅くため息を吐いて浴室を出る。浴室には既に脱ぎ捨てた服はなく、代わりの服が用意されていた。曇りガラス越しから影が数人見え、女性達があたしが出るまで待機してくれているみたいだった

シャワーを終えて、女性陣に連れられて家光さんと合流。そのまま付き添われながら屋敷を回った。スーツ姿の人達は見慣れているけれど、みんな表情は柔らかく、マフィアという世界には似合わない程優しい人達ばかりだった

ある程度回り終えた頃、家光さんからまだ会わせたい人達がいると言われ、9代目が仕事をしている執務室へ案内された

暫く待機していると、部屋の扉がノックの後、開いた




「9代目、拙者に何かご用ですか?」

丁寧に一礼してから、部屋に入ってきたのはライトブラウン色の髪をした男の子だった

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