終わりとそれから






暫くして車が停まった。窓を見ると景色はさほど変わらずに森林に囲まれた場所。でも何処かヴァリアーの周りよりも穏やかな雰囲気



「よし、着きましたよ。ボス」

ロマーリオさんがそう告げると、行くぞとディーノは車から降りていき、私も恐る恐る車から降りた。やはりボスであるからか、出迎えで部下のみんながディーノに挨拶していく



「よぉ!沙羅!久しぶりだな!」
『Σぐへッ!』

「何だ何だ?見ない内にすっかり美人になったな?」

みんなに挨拶されているディーノを少し離れた所で見ていると、横からも背後からも私を知っている部下の人達が背中を軽く叩きながら盛大に笑って話し掛けてきた


「よく来たな!ゆっくりしてけよ!」
『は、はい…』

拍子抜けと言っては失礼だろうけれど、こんなにすんなり何事もなかったかの様に接してくれるのは素直に嬉しい。そして、部下の人達と話している所にディーノが呼び掛けてきて、すぐにその場を後にして、アジトの中に入った


「みんなもお前が見つかって喜んでたんだ」

前を歩くディーノに嬉しそうに話され、思わず私も頬の筋肉が緩む。が、少し歩いた突き当たりでディーノの足が止まった

足元を見ていた視線を上げると、部屋には療養室と札がある。すぐこの部屋に9代目がいるのだと悟った。緩んでいた頬の筋肉がまた強張る



「入るぞ」

ノックしたディーノにそう言われ、浅く頷いた。扉が開けられたけれど、私は部屋に入るその1歩をどうしても躊躇って、足が動かせない。震えてくる身体…



「沙羅」

ディーノではない声…9代目だ。俯いたまま、やっとの思いで部屋に1歩足を踏み入れた。そのまま立ち止まらずに9代目の前まで行く。多分立ち止まってしまったら…また動けなくなってしまいそうだった



「顔を上げてくれ、沙羅」

言葉を発せない私に9代目は以前と変わらぬ穏やかな口調でそう言う。恐る恐る顔を上げ、初めて9代目の姿を目にして、思わず息が詰まった

身体中に巻かれた包帯…
顔にもかすり傷等の細かい傷がある。そんな酷い状態でも、9代目の表情は柔らかい。溜まっていた罪悪感が込み上げて吐き気が襲うが、誤魔化す為にまた俯いた



「ディーノ、すまないが…席を外してくれないか?」

ディーノのはいの返事の声と一緒に頭を軽く数回叩かれた。そのまま背後で扉が閉まる音が聞こえたが、やけに耳に響いた



「沙羅、久しぶりだね」
『は…はい…』

「立っているのも疲れるだろう。此処に椅子があるから、かけると良い」

促されるまま、椅子に腰掛けた。目線の先にある膝上の私の両手は無意識にでも握る力が増している。その後、ディーノから話は聞いているよと知らされた私が攫われた経緯を9代目は改めて確認の意味でも話す



「リボーンからも聞いているよ。本当に見違えたね」

立派になった、と何故かホッとした様な表情をする9代目。耐えきれずに、私は震える口を漸く空けた



『私はッ…貴方を助けられませんでした…』

俯いていた顔を上げて、9代目の顔を見る。9代目は私の言葉に眉を八の字に下げて、何処か悲しそうな表情を浮かべている



『貴方がモスカの中に閉じ込められているのを見て…助けようとしましたが…何も…出来ませんでした…』


『もし…私が死んでみんなが生きられる選択肢があるなら、喜んで死ねますよ』

あの時…私が死んでどうにかなる事ではなかったけれど、あそこまで大見得切っておいて…実際はこのザマだ。何も守れずに、ただの傍観者だった。そのまま9代目の命を危うくさせてしまった

9代目は私を助けれてくれた。こんな無知で無力だった私を拾ったリスクを厭わずにボンゴレに置いてくれたのに…私は9代目を助けられなかった…



「謝らないでくれ、沙羅」

9代目は私から自身の包帯の巻かれた胸に視線を移して、擦った



「あそこまであの子の怒りと恨みを膨らませてしまったのは…私のせいなんだ」

『9代目…』
「沙羅、ゆりかご事件の事を知っているかぃ?」

ドクンッと心臓が大きく脈打った



『争奪戦中にXANXUSから聞きました…』
「どう思った?」

バクバクと鼓動が速くなる。まさか感想を聞かれるとは思っていなかった。素直に話すのは…躊躇ってしまう。けれど、多分言わずも9代目には気付かれてしまうんだと思った

手を握り締めて、声を振り絞った



『私は…正直XANXUSが9代目を恨む気持ちが少しでも分かってしまいました…』

申し訳ない気持ちを心の中で連呼しながら続ける



『信じていた人に裏切られた時の絶望感も怒りも憎しみも…私は知っているんです。それを知っているから…XANXUSの事も完全には否定出来ませんでした。でも…』

度が過ぎていたとはいえ、そもそもの感情自体は仕方のない事だと私は思っている。でもそれだけじゃない



『XANXUSを氷漬けにした9代目も…きっと辛かったんだろうとも思いました』

その言葉を言った途端、9代目は驚いた様に目を丸くさせた



『どちらの感じ方も個人でいえば相応の事だと思います。裏切られれば憎むし、想っていれば殺せない…それが食い違って起きてしまったこの争奪戦は…私としてはとても悲しい戦いでした…』

9代目は暫く無言だったが、1つ息を吐いてそうか…と吐息の様に呟いた。そして、次には表情を柔らかく緩ませて私に微笑み掛けた



「ありがとう…XANXUSの気持ちを分かってくれて」

今度は私が目を丸くしてしまった。9代目は私のその反応に小さく笑った。その笑顔には色んな感情があったと思うけれど、酷く優しい笑顔だった




「沙羅、処分の話なんだが…私はそもそも彼らを処分しようとは思っていない」

少し間を開けてから唐突の処分の話だったが、まさか此処で話されるとは思っていなかった


『ぇ…え?』

戸惑ってしまった。それなりの処分を言い渡されると思っていたから…



「元々の原因は私がXANXUSを騙し続けていたせいだ。息子だと思ってほしくて、ずっとそう育ててきた。けれど、それが今回の争いの元凶になってしまった…」

親になったのなら、もっとあの子に寄り添うべきだった…と後悔を口にする9代目に胸が苦しくなった

本当に…悲しい戦いだった…



「沙羅、こんな事を私から頼むのはおかしいと思うのだが…」

『はい』

「これからもXANXUSの傍にいてあげてくれないか?」

次から次へと出す9代目からの思いもしない言葉の連続にただ固まってしまっていた。どうやら9代目は私がヴァリアーに残るつもりの事も、処分をみんなと受ける覚悟がある事もディーノを通して知っているらしかった



「危険な所にお前を留まらせる事になるのは重々承知している。だが…XANXUSには沙羅の様な子が必要だと思うんだ」

立場もリスクも顧みずに自身の気持ちをぶつけてくる…そんな子が…と真っ直ぐ真剣な眼差しで9代目は私に話す


『そ、そんな…9代目が頼む事じゃありません。寧ろ私がお願いする立場で…』

改めて姿勢を正して頭を下げた


『ヴァリアーにいても、私がボンゴレの守護者である事には変わりません。何かあれば、すぐに9代目の元に駆け付けます』

またお傍から離れてしまいますが…よろしくお願いします、と言って顔を上げると、9代目は笑顔のまま頷き、私の頭に手を乗せた



「本当に成長したね。またお前に会えて良かった」

優しく撫でながら言う9代目の目には薄らと涙が滲み出しているのに気付いた



「生きていてくれて…ありがとう」

ぶわっとその一言と9代目の表情で溜まっていたモノが一気に込み上げてくるのを感じた。気付けば、頬には生暖かい涙が何筋も伝っていく

あの時の…初めて出逢い、私を受け入れてくれた時の光景と酷く重なる。泣くつもりはなく、泣けば寧ろ9代目が困ると思っていたのに…涙腺は我慢をしてくれなかった


『9代目も…生きてて下さってッ…ありがとうございます…』

目元を拭いながら言った。その後暫く9代目はあの時の様に私が泣き止むまで頭を撫でてくれていた





◆◆◆ ◆◆◆





『今日は会って下さって、ありがとうございました』
「いやいや、お前の無事が確認出来て本当に良かった。また話そう」

一先ず話さなければならない事を話し終え、今回は此処で失礼させてもらう事になった。椅子から立ち上がり、深く一礼した後に扉の所まで歩いていく

そして、取っ手に手を掛けたが、捻らずに再度9代目の方に振り返った



『9代目』
「何だぃ?」

あのッ…と声が詰まったが、9代目は優しい笑顔のまま首を傾げて待ってくれている。だから…1度口を噤んで、躊躇った言葉を吐き出した




『酷い目に遭って…怪我を負わされた今でも…XANXUSを息子だと思ってますか?』

えげつない質問をしていると思ったが、9代目は表情を変える訳でもなく、笑顔で頷いた



「今も、昔も、あの子は私の大切な息子だよ」

昔も、とその言葉でやはりあの氷漬けは…と自分の頭の中で答えが確かめられた気がした。私事でもないのに、酷く安堵して何故か泣きそうになったが、耐えて代わりに微笑んで、今度こそ部屋を出て行った

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