決意






『えッ…な、何これ…』

朝、目が覚めたら私のベッドの横にはベッド以上に大きな真っ黒な箱がどんと置かれていた。その箱の上には、金でボンゴレの紋章が刻まれている。寝起きの頭には衝撃的すぎて、一気に目を覚まされた

9代目が用意した…とかはありえないか。そしたら一言くらい声を掛けてくれる筈だし、リボーン?いや、もしかして爆弾とかそういう類いのやつだったりして…

ベッドから降りて恐る恐る触れてみる。特に反応はなく、安堵はしたものの、未だに謎なこの重々しい箱



『こんなの昨日までなかったのに…何処から運ばれてきたんだろう…』

いくら眠っていたとはいえ、こんな大きな箱が置かれるなら人の気配は少なからず感じ取った筈だ。そこまで鈍感ではないと…信じたい。箱を見つめてどうしたものかと頭を悩ましている最中、何処からか女性の声が聞こえてきた



《驚かせてすいません》

背後からの声。弾かれた様に慌てて振り向くと、大きな虹色の炎が突然燃えだした。突然すぎて驚く事を忘れ、唖然と状況を把握出来ずにいると、炎は消えて、はっきり人影の容姿が見えてきた

あたしと同じ藍色の長い髪の女性。真っ白なドレスを着こなし、その姿は綺麗すぎて、言葉を失うほどだった



《あの…大丈夫ですか?》

ハッと我に帰り、姿勢を正して恐る恐る尋ねた


『あ…のッ…貴方は誰ですか?』

心臓がバクバクしてるせいで言葉は途切れ途切れになってしまったが、女性は優しく笑い、その問いに答えてくれた



《初めまして。私はボンゴレ初代虹の守護者を務めさせて頂いた、クレアと申します》
『えッ!?あッ…貴方が…初代虹の守護者…』

朝から何て衝撃的な事が起きているんだろう
まさか初代守護者が現れるなんて…信じられない
夢かと思ったけど、それにしたらリアル過ぎる



『夢…?』
《これは夢ではありません》

クレアは微笑みながら未だ唖然としている沙羅の前に座り込み、首を傾げた



《貴方がボンゴレ2代目虹の守護者。霧恵沙羅さん…ですね?》

『私の事…何で…』
《知っていますよ。貴方がどんな人なのか、どんな過去があるのか…》

ドクン、とさっきまで激しくなっていた心臓が1度重く鳴ったのを感じた。クレアさんの目は息が詰まるほど綺麗な深紅。その瞳に見つめられて、何処までも見られている様な気持ちになり、思わず目を逸らした

この人の言っている事はきっと本当だ。クレアさんは知っている。私の過去を…カリストでの出来事を…

沙羅が動揺しているのに気付いたクレアは静かに目を閉じて沙羅の手を握った



《申し訳ありません…触れるべきではない事でしたね》

『いえ…そういえばいさっき2代目って言ってましたね。2代目って事はクレアさん以降、後継者は現れなかった…て事なんですか?』

気を取り直して、気になった事を尋ねる。クレアさんもそこは察してか、詮索する訳でもなく尋ね事に反応してくれた



《仰る通り…残念ながら今までには現れませんでした》

悲しそうな表情をしているが、私が見つめているのに気付いたのか、クレアさんはすぐに笑顔になった



《沙羅さんは死ぬ気の炎をご存知ですか?》

死ぬ気の炎…
そういえば今までで度々みんなの口から出ていたワードではあったけれど、あまり気には止めていなかった



《簡単に言えば、人間の生命エネルギーを視認出来る様にしたモノです。そのエネルギーは「大空」「嵐」「雨」「雲」「晴」「雷」「霧」と7つの属性に区別されています》

クレアさんは手元で順番に7つの炎を灯してみせた。触れても熱い訳でもなく、ただそこに揺らめいているだけ。そして、クレアさんは続けて炎の各それぞれの性質、能力を教えてくれた




『あの…あたしやクレアさんの虹は大空の7属性とは違うんですか?』

《そうでもありません。伝説と云われてはいますが、基盤となる炎は大空の7属性なんですから。あくまで虹というのは呼び名だけで、使う守護者が希少なんです》

頭に?を浮かべて首を傾げていると、クレアさんは優しい微笑みを崩さずに教えてくれた



《死ぬ気の炎を複数持つ人はいます。ですが、やはり波動の強い属性はその中の1つ。他の属性の波動は微々たるものなんです。その波動を7つ全てを持ち、尚且つ全ての属性の力を最大限引き出せる人がいます》

私と沙羅さんの様に、とクレアさんは私と自身を交互に指した



《7つの属性が入り交じった死ぬ気の炎、云わばその生命エネルギーに耐性のある人間でなければならない。稀にしか産まれてこないからなのか、知らぬ間に伝説のなんて肩書きが付く様になってしまったんです》

耐性のない方だと制御出来ずに生命エネルギーがだだ漏れの状態となり、10代にも満たぬ間に死んでしまいますから、と笑顔のまま怖い事を言ったクレアさんに苦笑した。でもその笑みも、すぐに消えた





『クレアさん。あの…私なんかが貴方の後を継いで…本当に良いんでしょうか』

ボソッと本音が漏れた。クレアさんを見上げると目を丸くしてどういう意味ですか?、と首を傾げた



『生命エネルギーに耐性があるかどうかなんて、正直私にはよく分からない事です。ただ単純に私みたいな…運良く生きてる死に損ないなんかが貴方みたいな立派な方の後を継ぐなんて…』

俯きながらそう伝えた。だって事実だ。こんな…伝説のなんて云われてる力を2年前までゴミの様に生きてきた私なんかが背負っていい力じゃない…



《私は貴方を待っていたんです》

まさかの言葉に俯いていた顔を上げた。クレアさんは何処か安心している様に笑っている



《事実をお伝えすると、今までに1人だけいたんです。後継者は》

『いたのなら何でッ…そのままその人を後継者にすれば良かったじゃないですか』

クレアさんは私から包み込んでいる手に視線を向けてポツリと呟く様に言った



《その方は力を求めるあまり、強欲すぎたんです。力を手に入れる為なら仲間を犠牲にするのも厭わない。寧ろ仲間なんて捨て駒にすぎない、と平然と言い張った。後継者が現れる事なんて滅多にありませんが、さすがにそんな考えの方には継いでほしくはなかったんです…》

『仲間を…犠牲に…?』

信じられない言葉を聞いた。脳裏に自然に過ぎったのは、ボンゴレのみんなの顔

力を得たいが為に…みんなを犠牲に出来る…?
みんなをこの手で…



《この世界でこんな事思う私はおかしいんでしょうか…》

クレアさんは寂しく微笑んだ。その笑顔に胸が締め付けられる。確かにそう思ってしまうのも仕方ない事だとは思う。この世界で甘い考えを持った者の運命なんて…信じたくないし、考えたくもない

それほどに残酷に出来た世界…
だけどこの人は…間違ってなんかない





『貴方がそう思うのは仲間を本当に大切にしたいっていう想いがあるからですよ。おかしいなんて…私は思いません』

沙羅の言葉にクレアは驚いた様に目を丸くさせて顔を上げた



『私はこの世界がどれだけ理不尽かも、残酷かも知っています。でもそんな世界でも私を救ってくれた…居場所をくれた人達がいます。その人達の為ならこの命なんて惜しくない。それくらい大切な人達をずっと守りたいと思ってます。だからッ…』
《沙羅さん》

この人の悲しそうな表情は見たくないとばかりに口々に言葉が出てくる。早口になってしまい、自分でも言葉になっているのか分からなくなっていたが、クレアさんの呼び掛けに言いかけていた言葉が止まる




《私は貴方にこそ、虹の守護者を受け継いでほしい。その箱には私が実際に使用していた武器が入っています。それで皆さんを、貴方の大切な人達を守って下さい》

クレアさんは最後に満面の笑顔を見せると、再び7色の炎と共に消えていった。目の前に誰もいなくなった途端、無意識にも緊張していたのか、足の力が抜けて床に座り込んでしまった

包まれた手には温もりだけが残っている事で、夢でなかった事を再認識させられた




『綺麗な人だったなぁ…』

ボソッと出たのは虹の事でもマフィアの事でもなく、クレアさんの容姿。あんな綺麗な人が銃を持ち、敵を撃ち抜く…なんて想像出来ない

人は見かけによらないか、と最初から気になっていた黒の箱の蓋に手を掛けた。少しばかり重量はあるけれど、開けるのにそれほど苦戦はしなかった

中には色々な種類の銃やナイフが綺麗に整列され、1つ1つ皮のベルトで固定され、見るからに重々しい。よく見るとそれぞれに属性のエンブレムが刻まれていた

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