コツ






それから、少しの間練習を続けてあがった。更衣室に置いてきた制服や鞄を持って体育館を出ると、及川先輩が待っていてくれた




「お疲れ様、唯織ちゃん」

『お疲れ様です。待っていて下さったんですか?』

「そりゃあね。練習した仲だし、一緒に帰ろう」

はい、と手渡されたのはスポーツ飲料が入ったペットボトル。喉渇いたでしょ?、と言われ、確かに渇いていたから思わず受け取ってしまった



『わざわざ…ありがとうございます』

「お礼は良いよ。久しぶりに夜まで練習したから楽しかったし」

今日は晴れているから、月が明るい。その明るさが、及川先輩の笑顔を更に爽やかにしていた

みんなが思ってるほど性格悪くない…というより、寧ろ優しいくらいだ。無意識に及川先輩を見上げていると、視線に気付いたのか先輩は小さく笑った



「何?」
『ぁッ…いえ、何もないです』

見つめすぎた…
誤魔化し紛れに慌てて目を逸らした先の空を見て、思わず目を見開いた

空を見上げて固まっている唯織に及川も釣られて空を見上げる





「わぁ、星スゴいねぇ」
『はい…このくらいの時間が1番星が綺麗なんです…』

いつも眺めて帰ってます、と付け足すと、空を見上げたまま及川先輩が尋ねてきた



「唯織ちゃんてさ、空好きなの?」

『そうですね。空は好きですよ。広くて遠くて…見てて飽きないです』

「へぇ、確かに空は飽きないね」

『バレーだって、空が好きだから始めたんです』

その言葉に及川は頭に?を浮かべて空から唯織に目を向けた。唯織は空を見上げたまま…




『バレーって自分の足で踏み出して、飛ぶじゃないですか。それが…何か自分の力で空に近付こうとしてるみたいで…』

「…唯織ちゃんてさ、不思議な子だね」

『そう…ですかね。みんなにはよく言われますが』

自分の力で空へ…考えた事もないなぁ、と及川は改めて空を見上げた。確かに飛んで打つ間の僅かな時間は自分も好きだ




『ボールを打つ時の音も落ち着きます。昨日見せて頂いた及川先輩と岩泉先輩のサーブやスパイクの音…鳥肌が立ちました』

「音?」

『はい、音に無駄がないっていうか…』

とにかく落ち着くんです、と口元を緩ました。空から及川先輩に目を向けると、何故か先輩は目を丸くして此方を見ていた



「唯織ちゃんが笑う所、初めて見たかも」

『私だって笑うくらいありますよ。ただ…あまり感情を出すのが苦手っていうか…』

声を出して笑う事はあまりないかもしれないです、と苦笑した。悲しいとか怒るとか…楽しいとかすらあまり顔に出せない。不器用にもほどがあるけれど…



「…そっか」

及川自身、朱美が言っていた事が頭を過っていた。感情を出すのが苦手だったのも中学の頃のいじめをエスカレートさせていた原因…

練習を見るに、そんなに角の立つ様な事は一切なく、寧ろやる気に満ちていて教える立場からは気に入られそうなモノだが…

やっぱり…妬み・・







『及川先輩?』

「ん?あぁ、何でもないよ。そういえば部活中の唯織ちゃんのスパイク見て、岩ちゃんが褒めてたよ」

『ぁ、ありがとうございます。まだまだ岩泉先輩にはほど遠いですが…そう言って下さると嬉しいです』

律儀に頭を下げる唯織を見て、本当に感情を出すのが苦手なのかと実感した。嬉しいなら笑えばいいのに…



「今日は用事があったみたいだけど、明日から岩ちゃんも練習付き合ってくれるみたいだし、3人で頑張ろうね」

『岩泉先輩まで…本当にありがとうございます。よろしくお願いします』

まさか先輩2人が練習に付き合ってくれるとは…かなり迷惑だろうけれどもっと強くなりたい一心で頭を下げた

今度こそ……悔いを残さない為に…


【コツ END】

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