ミサンガ






『及川先輩、今日もありがとうございました』
「俺の方こそありがとう。ミサンガも貰っちゃって」

いつもの時間に体育館を出て、今は家路についていた。改めて及川先輩からミサンガのお礼を言われて、思わずはにかみながら軽く会釈した




『願い事が叶うまで切っちゃダメですよ?どんな時でも着けたままでお願いします』

「うん、分かった。こういう贈り物は貰った事ないし…唯織ちゃんからだと余計に嬉しいよ」

『ありがとうございます。作った甲斐がありました』

いつも及川先輩は私の家の前まで送ってくれる。申し訳ないけれど、及川先輩が1人で夜道は危ないから、と気を遣ってくれているからお言葉に甘えている





「あら、唯織?」
『あ、お母さん』

及川先輩と他愛ない話をしていると玄関の扉が開いて、中からお母さんが顔を出した



「あんた、またこんな遅くまで練習して。無理すると身体壊しちゃうわよ?」
『分かってるってば。無理なんてしてないし』

口を尖らせながら言う唯織に苦笑した母は隣の及川に気付いて首を傾げた



「あら、そちらは…」
「こんばんは、唯織ちゃんのお母さん。及川って言います」

苦笑しながら会釈した及川先輩にお母さんは手をポンッと叩いて思い出した様に笑顔を見せた



「あぁ、及川君ね。バレーの主将さんよね?」
「はい。夜遅くに娘さんお借りしてしまってすいません…」

「良いのよ。この子は中学の頃からこうだから。私がいくら言ってもやめようとしないんだもの」

困った様に眉を下げた母に唯織はむっと軽く睨みを効かせて中学の話は良いでしょ、と不機嫌な表情を向けた




「姉ちゃーん!帰ったなら勉強教えてくれよー!」

突然上から声が響き、3人が見上げると、ベランダから身を取り出して手を振っている男の子が…



『あんたまだ起きてたの!?明日起きれるの!?』

「明日少テストあんだよー!とにかく助けてくれー!」
『Σちょッ、分かったから危ないって!今行くから待っててよ!』

待ってるぞー、と部屋へ引っ込んでいった弟を確認して、唯織は小さくため息を吐いた





「弟?」
『は、はい…中2なんですけど、勉強がどうも苦手みたいで…お見苦しいところお見せしてすいません』

「そんな事ないよ。早く弟君助けに行ってあげな」

『うぅ…今日もありがとうございました。また明日もよろしくお願いします』

一礼して、 急いで家に入っていく唯織を見て、及川は思わず微笑んだ

弟想いなんだなぁ…




「それじゃあ、俺もそろそろ帰ります」
「あ、及川君」

背を向けようとした瞬間、呼び止められた。振り向くと、唯織の母が優しく微笑んでいた




「唯織と仲良くしてくれて、ありがとうね」

「ぇッ…そんなお礼なんて…」
「最近あの子、帰ってきた時とっても明るいの。何でかと思ったけど…貴方のおかげだったのね」

思わずキョトンと目を丸くした及川は慌ててそんな事ないです、と否定した



「俺はただ一緒に練習してるだけで…唯織ちゃん自身、バレーが好きみたいですし」

「そう、本当に好きみたい。帰ってから滅多に学校の事を言わないあの子が貴方と岩泉君…だったかしら。貴方達の話ばかりしてるのよ」





『及川先輩の今日のサーブなんて、スゴいんだよ?ボールが生きてるみたいだったの』

「あら、お母さんも見てみたいわね」

『岩泉先輩のスパイクだって、さすがエースって感じでスゴい綺麗にコートに打ち落としててさ』

「唯織はホントにバレー好きね」

『うん、好き。先輩達のサーブ見てたら負けたくないって思ってさ。練習に身が入るの。明日も頑張るよ』






「あの子があんなに楽しそうに話してるのなんて、いつぶりかしら…中学の頃はいっつも傷だらけで痛そうに帰って来てたから」

傷だらけ…
その言葉が引っ掛かった。中学の頃のバレー部で起こっていたいじめ。先輩から過度に練習させられたのが原因なんだろうが…




「あの…お母さんは唯織ちゃんがバレーでどんな練習をしていたか知ってますか?」

「えぇ…傷だらけで帰ってくる事が頻繁にあったから、聞いてはいたんだけど…本人は全く教えてくれないのよ。ただ自分がドジなだけだって」

「ドジって…」

「Σあら、私ったらつい話し込んじゃったわ!ごめんね、及川君。でも、本当にありがとう。これからも唯織と仲良くしてあげてほしいわ。岩泉君にもよろしくね」

会釈して慌てて家に入っていく母親を見送って、及川も自分の家に続く方へ道を引き返した









「唯織ちゃんは…自分が部活で何をされているのかをお母さんに話してないのか…」

それはつまり、自分1人で抱えているという事。部活中に負わされた怪我もあくまで自分の不注意で負ったものとして話をしているのだから…

それは親に心配させまいとしているのだろうけれど…





「ホント…ほっとけない子だなぁ」


【ミサンガ END】

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