卑屈






ドンッ!

大人しく連れて来られたのは屋上。階段からでは死角で見えない奥まで来たと思えば、腕を勢いよく壁へ引っ張られた。当然壁に身体が叩き付けられて鈍い痛みが走り、思わず表情が歪んだ



「ねぇ、あんたでしょ。及川君に怪我させたのは」
『ぇッ…』

嫌に胸が鳴った。私を囲む先輩達の表情はかなり険しく、まるで犯罪者を見る様に鋭い



「あんたが及川君と岩泉君を無理矢理残させて、練習してるって知ってるんだからね」
「何堕エースの分際であの2人と練習してんの?身の程を知れっての、クソ女」

言い返せない。いや…言える筈がなかった。この人達がこうやって思うのも無理ない事だって自分が1番分かってるから…



「ねぇ、あんただって腐ってもバレー部なんだから及川君の膝の怪我の重大性分からない訳じゃないんでしょ?」
「おい、聞こえてんの?」

『聞こえてまッ…Σぐッ…!』

答える間もなく胸ぐらを捕まれて再度背中を壁に叩き付けられた。目の前の先輩の表情はかなり怒ってる。このまま殺されるんじゃないかと思う程に…



「いい加減にしろよッ!全く反省してる様に見えねぇしよぉッ!」

何度も胸ぐらを掴んだまま背中を打ち付けられる
痛い……けど、私には抵抗する権利はない



「堕エースがいきがってんなッ!どれだけ周りを巻き込めば気が済むんだよッ!」

ブスブスと怒声を浴びせる先輩の言葉が突き刺さる。やはり外から見ても及川先輩の怪我は私が練習に巻き込んだ・・・・・から負ったモノだと思われてる…

私があの時、及川先輩にサーブを教えてほしいと言わなければ怪我を負わずに済んだかもしれない。岩泉先輩だって幼馴染が怪我をするのを見なくても済んだかもしれない…

私は…まるで疫病神だ…




「あんたと練習してて、及川君と岩泉君がどれだけストレスに思ってるか分かってんの?」
「2人は優しいからねぇ。仕方なく相手をしてるだけで、本心はあんたに関わりたくもないと思ってるわよ」
「とっととバレーなんて辞めて、いっそ学校からも消えちゃえば?そうすればあんたにイラつく事もなくなるだろうし」

唯織は俯いたまま手を握り締めていた。バレーは辞めたくない。でも…私がいたらきっとまた足を引っ張るかもしれない…

先輩の言う通り、私の事をよく思わない人はたくさんいる。特に今の3年のほとんどはそうだろう。及川先輩と岩泉先輩だって…練習に付き合ってくれているけれど、本心ではもしかしたらッ…



「ちょっとッ!いつまで黙ってんだよッ!」

胸ぐらを掴んで詰め寄っていた先輩が右手を振り上げた。きっと叩かれる。そう思ったが抵抗しようとは思わず、じっと先輩を見上げる

顔を上げ、腕を振り上げた手を見ても動じずに表情を変えない唯織に3年女子は青筋を立たせ、舌打ちをした



「このクソ女ッ…!」
「真昼間から後輩いびりかよ」

背後からの岩泉の声に3年女子は弾かれた様に振り向いた。そこには岩泉だけでなく、松葉杖をついた及川が険しい表情で3年女子を睨み付けていた




「感心出来ないよねぇ…」
『及川…先輩ッ…』

さすがの唯織も唖然とした。そして、その姿にドクンッとまた鈍く心臓が鳴った

まさか松葉杖をついてるなんて…
やっぱり捻挫はヒドかったんだ…




「なッ…何で夢咲を庇うのよ!」
「こいつのせいで及川君だってその怪我したのにッ!」

「誰が言ったの?そんな事」

微笑んでいるけど、声が低い。オーラだっていつもの爽やかさはない。それを女子達も察知したのか後ずさった



「お前らが勝手に思い込んだだけだろ」
「な、何よッ!岩泉君や及川君だって心の中では夢咲の事堕エースだって思ってんでしょ!」

「は?堕エースって何言ってッ…」

言い返そうとする岩泉の前に及川が腕を出して、言葉を遮った。岩泉越しから及川の表情は分からないが…かなり怒っているという事は確かだった



「堕エース堕エースって…すっげぇ耳障りなんだけど」

カツンカツンと3年女子の前までやってきた及川。唯織に目を向けると、俯いたままで表情が見えない



「俺の可愛い後輩ちゃんをいびって楽しい?」

「い…いびってないわよッ!忠告してるだけよッ!」
「2人の事を想って私達はッ…!」

「あのさ」

一度目を伏せて再び目を開けた瞬間、女子達の顔色が蒼白とした。及川のその瞳は鋭く、口元から笑みが消えた



「目障りだから、消えてくれる?俺の前からも…唯織ちゃんの前からも」

「何で…私達は私達なりにッ…!」
「俺達の事想うなら、俺達がどういう奴が嫌いでどういう事が嫌いかも知ってるよね?」

及川は低い声とはかなり差のある笑顔をまた浮かべた。及川の威圧感に耐えきれなかったのか、女子4人は表情を引き攣らせながら慌てて去っていった

慌てていたからか、胸ぐらを乱暴に離され、唯織は地面に倒れ込んだ


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