優しさ
あ
あ
あ
『すいません…ありがとうございました…』
「ん、落ち着いた?」
小さく頷いた。目がヒリヒリする…
あれから結局、及川先輩の懐のお世話になってしまった。初めて人前で泣いたのに不思議と安心出来たのは、及川先輩がずっと抱き締める手を緩めないでいてくれたからかもしれない…
『及川先輩…さっきは本当に失礼な事を言って…すいませんでした』
「ん?何も失礼な事なんて言ってないじゃん。唯織ちゃんが抱えてるモノが少しでも分かった気がするから、逆に嬉しいよ」
『さッ…さっきだけじゃありません。昼間だって…』
ずっと謝らなければと思っていた。あんな切り捨て方…後輩としてはあり得ない…
『先輩方は私の為に時間を作って練習して下さっていたのに…それをあんな風に言い捨ててしまって…』
「及川さんはぜーんぜん気にしてないよ。岩ちゃんだってそう」
『え…』
「本当は岩ちゃんだって今日来たがってたんだよ?でも、昼間の件もあるし、1人になりたいだろうって敢えて来なかったんだよ」
『…ホント…お2人には敵いません…』
どんなに強がっても…結局こうやって優しい言葉を掛けられたら、簡単に崩れる。優しすぎる2人…
「んじゃあ、練習しよっか」
『Σえッ!?いやいや、及川先輩。本当に安静にしてた方が良いですって』
「んー、まぁ俺は練習出来ないけど、唯織ちゃんのフォーム見ててアドバイスくらいは出来るからさ」
ちょっと手貸してくれる?と及川先輩が手を差し出してきたから、握って立ち上がるのを手伝った。不意に右足首に映った以前及川先輩に渡したミサンガ…
『及川先輩、そのミサンガ…外してもらっても良いですか?』
「Σえッ!?な、何で?」
『いや…そのミサンガを差し上げてから右膝を捻挫されたので、何か縁起悪いミサンガだなぁ、と思って…』
「……絶対外さないよ」
『でもッ…』
「このミサンガ着けてから、本当に練習の時、調子良かったんだよ。自分でもびっくりするくらい。それに、何よりさ…」
及川先輩は私に顔を向けて、はにかんだ様に笑い掛けた
「唯織ちゃんとの唯一のお揃いなんだから」
及川先輩の笑顔はいつもの見慣れた笑顔なのに、何故かその時…確かに自分の心臓がドクンッ、と大きく鳴った気がした
◇◇◇ ◇◇◇
『ふッ…!』
バコッ!
「おー、大分さまになってきたねぇ」
練習を再開してから暫く経った。及川先輩はエンドラインに立って、私のサーブのフォームを再確認してくれていた
ここ最近はサーブがボールインする率の方が高くなっていた。それもこれも、先輩達のアドバイスのおかげでここまで上達出来たんだけども…
『そういえば…及川先輩ってスパイク打つんですか?イメージないんですが…』
「ん?そりゃあ、俺もやる時はやるよ?」
『へぇ…何か、岩泉先輩と及川先輩が逆になったらおもしろそうですね』
「どういう事?」
『あ、ほら。セッターの役割とスパイカーの役割を逆にしたらって事ですよ。お2人共それぞれの役割のスペシャリストみたいな感じなので、きっと逆になってもさまになるんだろうなぁ…て』
及川先輩は何とも不思議そうに目を丸くしていたが、突然吹き出して大笑いしだした
「アハハハッ!唯織ちゃんって、おもしろい事考えるね?」
『あ、そんなにおもしろかったですか?』
「いやぁ、岩ちゃんがセッターやってるのを想像したらさ」
笑いを堪える様に口元に手を当てている及川先輩に思わず苦笑した。まぁ、確かに岩泉先輩がセッターをしているイメージはないけれど…
『あの、及川先輩笑いすぎじゃないですか?』
「あッ…あの頭の弱い岩ちゃんがセッターってッ…ハハッ!あぁ、お腹痛ッ…Σぶへッ!」
突然私の背後からボールが飛んでいったと思えば、ダイレクトにボールは及川先輩の頭に命中した
「誰が頭よえーだ?」
『Σいッ…岩泉先輩ッ…』
すぐさま振り向くと、背後にはいつの間にいたのか岩泉先輩が腕組みしながら立っていた
「あたたぁッ…Σちょッ、何で岩ちゃんいんの!?」
「いてわりぃかよ」
「いや、だって自分で言ってたんじゃん。今日は行かないって」
及川先輩の言葉に岩泉先輩は視線を私に向けた。目が合って、思わず肩が跳ねてしまった
「やっぱり、ほっとけねぇからな。それに中途半端に終わらせるつもりもねぇし」
『い、岩泉先輩…あの…昼間はそのッ…』
昼間の事をとにかく謝らなければと話そうとするが岩泉先輩がじっと見下ろしてくるから、どうも緊張して上手く言えない
すると、不意に岩泉先輩が私の頭に手を置いて、いつもの様にワシャワシャと優しめに撫でてきた。目を丸くしていると、先輩はニッと歯を見せた
「ほら、練習続けんぞ」
『はッ…はい!』
足元のボールを拾って私に手渡してきた岩泉先輩は及川先輩の方へ向かっていった。並んだ2人を見て、思わず口元が緩んだ。ホントにこの2人は…優しすぎるよなぁ…
【優しさ END】