王様






「は?練習試合?」
『はい、昨日朱美から聞いたので』

「まぁ、烏野からの申し出があったからな」

次の日。休み明けの月曜日で男バレはオフの筈だが、いつも部活が終わった後に岩泉先輩と及川先輩が来て練習に付き合ってくれる。だから今日も2人が来ると思っていたが…



『あ、そういえば及川先輩は…』

「あぁ、あいつは今日学校自体休み。その練習試合が決まったから、医者に怪我の具合見せに行くんだと」

『そうですか…』

医者に見せに行ったのか…って事は及川先輩的には試合に出る気でいるって事なのかな…

岩泉先輩と隣同士でジャンプサーブの練習をしている中、朱美が昨日言っていたもう1つの話題を思い出し、思わずボールを上げる手を止めた




「どうした?」
『あの…岩泉先輩は烏野の影山飛雄君って知ってますよね』

「あぁ、中学の後輩だからな」

『これも朱美から聞いた事なんですが、影山君がコート上の王様・・・・・・・って呼ばれてるのは本当なんですか?』

岩泉先輩の眉がピクッと動いた。その反応からしてすぐに知っているんだと悟った





「独裁の王様…だったか」
『はい?』

「及川からはそう聞いてる。影山は俺達が卒業して、正セッターになった途端、上げたボールを打つスパイカー達にかなりキツくダメ出ししてたらしい。金田一や国見とかにな」

『へぇ…』

「まぁ、烏野に入って少しは変わってるとは思うがな」

独裁の王様。コート上の王様というフレーズからかなり印象が変わってしまう。正に朱美が言っていた独善的な性格な人であるという裏付けになってしまっている気がする…



「影山はバレーのセッターとしての素質はある…つーかかなりセンスが良い。俗に言う天才っつーかな」

『自分自身のレベルが高いから、他の子のプレーに納得出来なかった…って事ですか?』

「そういう事だろ。そうじゃなきゃ、そんなふざけた呼び名は付けられねぇ…よッ!」

岩泉先輩がジャンプサーブを決めながら話してくれた。自分自身が天才が故に、コート上の仲間へのハードルも上げてしまった。それに仲間は着いていけなかった…




「あ、そうだ。及川の前であまり影山の話題は出さない方がいいかもな」

及川先輩の名前が出てきて、思わず目を丸くした



『何でですか?』
「あいつ、天才にコンプレックス持ってんだよ」

『コンプレックス…ですか?』

「前にも言ったが、あいつはバレーのセンスは良い。だが、天才ではねぇ。だからこそそこら辺の天才よりも努力して、今のセンスを磨いてた。だから何にもしなくてもボールを操れる天才なヤツらを毛嫌いすんだよ」

『あぁ…分かる所あるかもしれません』

「お前も天才嫌いなのか?」
『あ、いえ…嫌いっていうか…』

あの人達・・・・も一応才能がある選手だったし…

唯織は無意識にボールを握る手に力が入ってしまっていた。ギリギリと音を発しているのに気付いた岩泉が目を丸くした



「ぉ…おい、どした?」
『あッ…すいません…』

ハッと我に帰り、思わず顔を背けた唯織に岩泉は怪訝そうに首を傾げた。唯織自身気付いていないが、表情がかなり険しかったのに思わず岩泉は息を呑んだ

こいつ…
おっかねぇ顔すんな…




『及川先輩ほどではありませんが…苦手意識はあります』

「そッ…そうか」

『岩泉先輩が言った事、忘れない様にしますね。あの人の前で影山君の事は言いません』

「そうしてくれ」

こっちも宥めなくて済む、と再度岩泉はボールを上げ、ジャンプサーブを打ち出した








「やっほぉ、2人共調子どッ…Σぐほッ!」

「あ…」『え…』

岩泉先輩のサーブは綺麗に一直線に体育館の扉の方へ。すると、扉が突然開き、ヒョコッと顔を出したのは及川先輩。当然ながらボールは及川先輩のお腹辺りにヒットした

フリーズしてしまったが、すぐに膝を付く及川先輩に慌てて駆け寄る



「ちょッ…岩ちゃん…俺に恨みでもあるの…?」
『何で及川先輩が…』

あたたぁ、とお腹を摩る及川先輩に違和感を感じた

何だろう…
あッ…そういえば…




『及川先輩…松葉杖はどうしたんですか?』
「え?あぁ、そうそう。松葉杖無くなりましたぁ」

そう言ってホントにスッキリした様にピースサインをする及川先輩に胸がドクンッと大きく脈打ったのに気付いた。身に覚えのある感覚に不意に胸に手を置く



「どうしたの?」
『ぁ、な…何でもないです』

「お前昨日の今日で松葉杖無くなんのはえぇだろ。ホントに医者から許可取ったんだろうな?」

「いやいや、元々そんなに大袈裟な怪我でもなかったし、松葉杖だって念の為にって事で突いてただけだからねぇ。今日見てもらったら腫れも引いて、普通に歩いて良いって」

得意気な笑顔に岩泉先輩はやれやれと浅く息を吐いた。でもさすがの回復力だと思った。あんなに赤く腫れていたのに、見た感じホントに腫れは引いている



『及川先輩は練習試合に出るんですか?』
「そう!それね!」

ビシッ!と両手で指差された。やはり及川先輩は烏野との練習試合に出る気だったみたいだ





「せっかくの練習試合なんだから出なきゃねぇ。あっちがどんな攻撃仕様なのか気になるし」

「それはお前が決めんじゃなくて、医者が決めんだろうが。当日までに医者から許可もらわねぇと意地でも出さねぇからな」
「Σえぇ!もう大丈夫なのに!」

『でもちゃんと許可取ってからの方が良いですって。今無理に稼働したらインターハイで辛くなりますよ』

唯織の痛い言葉にうっ…と及川は口を噤んだ。確かにインターハイで使い物にならなくなったら笑えない



「はいはい、ちゃーんとお医者から許可取ってきますよー」

口を尖らせて渋々了解した及川先輩に思わず苦笑した。それほどやりたいんだろうな、と痛いほど気持ちは伝わった


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