試合
「まぁまぁ、頑張ってよ」
「は、はい。頑張ります」
「ありがとうございます」
昼休み。今日はお弁当を作り忘れ、パンを買おうと屋上へ行く前に売店に向かっていると、売店前に朱美と金田一君と国見君がいた。珍しい組合わせだな…と思いながら近付いていくと、3人は私に気付いた
「あ、唯織ー。あんたも今日パン?」
『そうだけど、3人してどうしたの?』
「2人が思いの外緊張してるみたいだから喝入れ喝入れー」
「Σちょッ、朱美先輩!緊張はしてませんって!」
金田一君は顔を紅くしながら慌てて朱美に呼び掛けている。昨日の話からして緊張…というよりは中学の頃のいざこざで色々思う所があるんだろうな、と苦笑した。国見君は至って平気そうな表情でいる
『国見君は緊張してないの?』
「あまりないです。変に意識した方が動きとか悪くなるって分かってるので」
国見君は肝が据わってるというか。冷静沈着とはこの子の為にあるような言葉だなぁ…
「ほらほら、あんたも先輩として気の利いた喝入れてあげなさいよ」
『え?うーん…』
不意に金田一君を見ると、ビクッ!と面白い程に身体を跳ねさせて表情を強ばらせた。それに小さく微笑んで、肩をポンポンと軽く叩いた
『昨日言った通り、金田一君はスパイカーとしてもブローカーとしてもしっかりボールを見てるから心配ないよ』
「はッ、はい!」
『国見君は持ち前の冷静さで、無駄なく体力使い分けて勝負かな。頑張ってね』
「…はい」
「うんうん、青春だねぇ…ってΣあッ、唯織!パン無くなっちゃう!」
『Σうへッ!ちょッ、朱美!分かったから襟引っ張らないで!』
慌ただしく襟を朱美に引っ張られながら去っていった唯織。そんな2人の様子に金田一と国見は軽く手を振って苦笑した
「朱美先輩と唯織先輩ってこうなんつーか…結構真反対な性格だよな」
「確かに」
◇◇◇ ◇◇◇
『…む?』
HRが終わり、いつもの様に廊下を歩いていると、奥から何やら慌ただしい足音が…
何だ、と思いつつ歩いていると、死角から突然オレンジのつんつん髪の男の子がスゴい勢いで飛び出してきた
『Σうわッ!』
「Σわわッ!すすすいませんッ!」
誰だろう…この子…
慌てた様子で深々謝罪する男の子をひとまず宥めながら服装を見ると、どう見ても他校のジャージ。烏野って書いてあるって事は…
「あッ、あの!」
『はい?』
「とッ、ととトイレは何処ですか!?」
気を紛らわせている様に高速で足踏みしているのを見て、思わず苦笑した。場所を伝えると、お礼と一緒にスゴいスピードで男の子は廊下を駆けていった
『何だったんだろッ…』
「日向ボゲェッ!」
ビクッ!、と身体が跳ねた。死角の方から怒声が聞こえ、慌てて振り向く
「他校でみっともねぇだろうがッ!アホッ……Σ唯織さんッ…!?」
『あッ…影山君か。びっくりしたぁ』
「すいません…同期が緊張に弱すぎるもんで」
『…もしかしてさ、さっきの子が影山君のトスを打つ子?』
「あぁ、そうですよ。よく分かりましたね」
影山君が苦笑したのに、私も釣られて苦笑した
だってさっきのダッシュがとてつもなく速かったし…
『でも何で校舎に?体育館はあっちだけど…』
「空き教室を更衣室として貸してもらう事になってて、今みんな着替えてる所です」
『あ…なるほどね』
「唯織さんも部活ですか?」
『うん、今丁度向かってたところだったんだけど…』
苦笑して影山君を見上げると何故か彼は落ち着きない様子。まぁもうすぐ練習試合だし、緊張するか…
小さく微笑んで唯織が昨日の様に影山の頭に手を置いて優しく撫でた。それに影山は一気に顔を赤く染めた。可愛いなぁ
「あッ…あの…唯織さん…」
『緊張しないしなーい』
「きッ…緊張してる訳じゃないんですけどッ…」
「かーげやーまくーん」
影山君の後ろから呼び声が聞こえてきた。影山君はビクッ!、と身体を跳ねさせて慌てて首を振り向かせた。それに釣られて影山君越しに私も後ろを見る
そこには死角の壁から数人の影山君と同黒じジャージを来た人達がニヤニヤ顔で頭だけ出してこちらを見ていた
「Σせッ…先輩ッ!」
「おいおい、影山くーん。俺達を出し抜いて、いつの間に青城の女子と仲良くなったんだ?」
近付いてきた坊主頭の男子。影山君の肩に腕を回してニヤニヤしている。ゾロゾロと坊主頭の男子に続いて、他の男子も此方に歩み寄ってきた
「影山も隅に置けないなぁ?」
「漢たるもの、女子の1人や2人と仲良くなってないないとな」
「Σちょッ、からかわないで下さい!」
仲良いなぁ。烏野の男バレ初めて見た…
誰が何年生か分からないけど、影山君が敬語って事は2年か3年って事かな…
「あれ、1年は?」
「あいつらならまだ着替えてましたけど」
思い出した様に白髪の涙ボクロのある男子が辺りを見渡して首を傾げると、髪の毛が特徴的な私と同じくらいの男子が苦笑して返した。その隣では未だに坊主頭の男子が影山君をつつきながら話している
「なぁなぁ、何処で知り合ったんだよ?」
「Σいや、だからそういう訳じゃなくて…ッ!」
「お前ら!」
また大きな声が男子の後ろから聞こえ、駆けてきたのは黒髪の男子。すると、その人は私の目の前まで来て苦笑しながら会釈した
「失礼しました!こいつらいつもこんなで…」
『あ、いえ…』
「お前らも!他校で迷惑掛けてるんじゃない!」
「すッ、すんません…」
「あの影山が女子と話してるなんて意外だったからつい…な?」
「そうそう。大地さんだって、さっきの影山の反応と顔みたらド肝抜きますよ?」
ケラケラと可笑しそうに笑っている男子達に浅くため息を吐いた大地さん、と呼ばれてる人
『皆さんは烏野の男バレの方達…ですよね?』
「あぁ、そうです。今日は練習試合させてもらうので」
『私、一応青城の女バレ部員です。練習試合中、隣で練習してるのでお邪魔しないように気を付けます』
「唯織さんは2年のスパイカーなんですよ」
唯織の名前に澤村はピクッ、と反応した。西谷は同じ2年で、しかも自分と同じくらいの身長でのスパイカーだと知ると、おぉ!と驚いた様子で目を見開いた
「同い年か!つーか、スパイカーってすげぇな?俺とほぼ同じくらいだろ?身長」
『160です』
「ねぇねぇ、唯織って…夢咲唯織ちゃん?」
『あッ…はい』
唯織が頷くと、菅原はやっぱり!と微笑んで思い出す様に続けた
「唯織ちゃんて、青城女バレのエースでしょ?」
「Σあッ、おい…!スガッ…!」
小声で止めようとする澤村に気付かずに、菅原だけでなく、エースと気付いて西谷や田中も目をキラキラさせて食いつき気味な反応をした。影山自身、唯織がエースというポジションにいた事に驚いている反応を見せた
「2年でエースとかすげぇな!」
「日向が聞いたらドン引きすんだろうな?」
「1年の頃からエース候補だったんだろ?すげぇよなぁ。3年を抑えてのエース。正に下剋上だな!」
下剋上なんて…そんな大それ事成し遂げてないッ…
エースとして評価してくれる言葉に俯いて両手を握り締めている唯織に、影山は気付いて声を掛けた
「唯織…さん?」
『…私は皆さんが思っている様なエースじゃありません』
顔を上げた唯織の表情は女子とは思えない鋭い目付きになっていた。それに思わずゾクッ、と影山達の背筋に悪寒がはしった
『今日の練習試合、応援してます。失礼します』
一礼して、廊下を足早に駆けていった唯織に影山達は顔を見合わせて首を傾げた。澤村を除いて…
「お前ら…今の話題はマズかったぞ?」
「え、何でよ」
「ホントにすげぇ事じゃないですか、エースなんて」
「まぁ…俺も烏野の女バレの奴から聞いた事だから知った様には言えないが…夢咲は去年の春高以来、一部の奴らから墮エースって呼ばれてんだって」
「Σはッ!?唯織さんが…墮エースって…」
影山は思わず声を上げてしまった。墮エースという言葉にさすがに田中や西谷も黙り込んだ。菅原もまさかの言葉に呆気にとられた様な表情を浮かべた
「あぁやって言うって事は、本人も自覚してるって事なんだろうな…」
「なるほどねぇ…」
「だからさっきあんなおっかない顔してたんスね……ってノヤ?」
田中が隣でワナワナ震えている西谷に声を掛けた途端、西谷は顔を上げてスゴい剣幕で言い放った
「エースは誰もが憧れるポジションだ!あの大きさで、しかも3年抑えてエースならそれくれぇすげぇって事だろ!」
だから墮エースなんてのも噂だ!きっと!、と鼻息荒く言い放った西谷に澤村は苦笑して宥めた。その様子を見ていた影山も口を開いた
「俺も唯織さんが墮エースとは思えないです。唯織さんとは最近知り合ったんですが、俺のトスを1回で見切ってましたから。しかも神業速攻くらいのスピードのトスをですよ」
「Σおぉ、あのトスを!?追いつけるの日向だけかと思ってた」
苦笑する菅谷に影山は頷いて、澤村の前まで歩いて言った
「動きだってエースのポジションを任せられて当然なくらい速いし、ジャンプ力も日向に負けてませんでした。そんな人が墮エースなんて…俺は信じられません」
ズイッ、と影山に詰め寄られた澤村は苦笑した表情を崩せず、西谷同様宥めた
「ま…まぁ噂かもしれないな。俺も又聞きしただけだからホントかどうかは分からん。ほら、俺達もそろそろ体育館に行くぞ」
澤村に急かされて体育館に向かっていくが、影山自身は腑に落ちない様に表情を険しくしたままだった