『あ、矢巾くーん』

「ん?おぉ、夢咲か。おはようさん」

朝の全校集会の為に体育館へ向かってる最中、偶然矢巾君が目の前を歩いていた。咄嗟に駆け寄り、呼び掛けると物珍しそうな目を向けられた



「どうしたんだよ」

『あのさ、京谷君の事なんだけど』

京谷君の名前を言った途端、矢巾君は一変して眉間にシワを寄せて何とも不機嫌そうな表情を浮かべた




「何であいつの事を俺に聞くんだよ」

『いや、矢巾君が1番男バレの中では京谷君と仲が良いかなぁ…と思ったんだけど』

「勘違いするんじゃない。仲は良くない」

『えー』

「…まぁ、チームメイトではあるからそんな邪険にはしねぇけど。んで?京谷が何だって?」

並んで歩きながら矢巾君に尋ねられた。自分から声を掛けたのだが、いざ聞こうにも内容が内容なだけに口に出しにくい




『えっと…』

「……部活に来てない事について何か知ってるかどうか聞きに来たのか?」

『や…矢巾君鋭いね』

矢巾君の表情はやはり雲っている。険しい…と言った方が良いのか。とにかく和やかな雰囲気は出していない




「来なくなったのはきっとインターハイの枠に入れなかったからだろうな。それくらいしか知らねぇよ」

『…そっか』

「お前…俺が言うのも何だけどホントにお人好しなんだな。あんな京谷に関わろうとするなんて」

『…別にそういうつもりじゃないよ。ありがとうね、矢巾君。とりあえず昼休みくらいに京谷君に話し掛けてみるよ』

「おまッ…タフだな…」

体育館に入り、軽く手を振って自身の組の列に戻っていく唯織を苦笑して矢巾は見送った。本当は同じチームメイトとして、自分達がやらなければならない事だとは思っている反面、あの京谷を説得する手立てが掴めないで何も出来ないでいる自分自身に矢巾はクソッ…、と小さく舌打ちを漏らした







◇◇◇ ◇◇◇








『ねぇ、京谷君知らない?』
「は?京谷?あいつなら教室にはいねぇけど」


『京谷君何処か知ってる?』
「知らないわ。あまり喋らないし…」

昼休みになり、早めに1組を訪ねたつもりが既に京谷君は何処かへ行ったらしい。誰も京谷君の居場所が分からないらしく、浅くため息を吐きた




『何処だろ。売店かな…』
「あのッ…」

後ろからか細く声を掛けられ、振り向くと黒髪を1つに束ねて何やら落ち着きのない雰囲気の女子が立っていた



『何?私急いでるんだけど…』

「…京谷君がどこにいるか、私知ってるの。案内するわ」

着いてきて、と浮かない表情のままの女子は私に背を向けて歩き出した。早く京谷君と話したいというのもあり、黙って着いて行った








◇◇◇ ◇◇◇








校舎から体育館に繋がる屋外の渡り廊下を歩いていると、女子が立ち止まった。自然に私も立ち止まると、その子は此方に振り返るや否や何故か声を張って訴えてきた



「京谷君をこれ以上困らせないで!」

『…は?』

言葉の意味が分からなかった。この子が何でそんな事を言うのか…というより私が京谷君を困らせてるって…



『えッ、あのッ…何言ってるのか分からないんだけど…』

「夢咲さん。貴方が京谷君に関わろうとするから…こんなにしつこく追い回されてたら京谷君が可哀想だよ!」

『そんなにしつこかったかな…』

思い返してもそんなに京谷君とそこまで関わってたかな。まぁ…たまに鉢合わせて一緒に体育館まで行ってた事はあるけど…



「この前のだって…朱美に頼んだのに、いつの間にか貴方が京谷君に渡したみたいだし」

『渡したって……あ、あのクッキー』
「そうよ…私が京谷君の為に作ったのよ!」

すごい剣幕で言われた。目は涙目っていう事が分かるくらいに潤んでいた



「私が京谷君の事が好きだって分かってて、あぁやって並んで歩いてたり、京谷君の手を手当てしたりしてたのなら夢咲さんはホントに性格悪いよ!」
『え…何で手当てした事ッ…』

部活中だったし、況してやあんな体育館の隅で誰もいなかった場所で手当てをしてた筈なのに…

その後も日頃の京谷君の行動などをこと細かく次々と口にしていくのを見て、気づいた。この子がヤバい方の子という事に。つまりはストーカーに似た恋愛感情を持っているという事に気付いた





「インターハイの選抜に選ばれなくて、彼はスゴく落ち込んでるの!私が元気付けようと思ってるのに、貴方がまた割り込んでくるの!私と彼の間を邪魔しないでよ!」

『ごめん、ちょっと…頭が追い付かない…』

素直に頭が痛い。何だろう、こういう子ってホントにいたんだなぁ…。ヤンデレってヤツかな…

というか、まだ公表されてない選抜メンバーに京谷君が入ってないって何でこの子が知ってるのか。怖ッ…





『そんなに好きなら、告白とかすれば良いんじゃないの?』

「出来ないからこうなってるんじゃない!」

『たった一言じゃない』

その一言がいけなかったのか、顔を真っ赤にしてより一層鬼の様な血相になった女子がズイッ、と身体を乗り出す勢いで詰め寄ってきた




「本気で恋なんてした事ない様な貴方に、分かる訳ないじゃない!」

女子のその一言は思いの外…刺さった
本気で恋をした事ない…



『何で私が恋した事ないって…』

「そんな無神経に男に話し掛けてる貴方が恋愛なんて出来る訳ないじゃない!大体貴方…はッ……」

マシンガンの様に話していた子が突然言葉を飲み込んだ。目線は私というより、私の背後。何かに気付いたのか、絶句した様に目を見開いて硬直していた



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