合宿








「今日から合宿なんだって?」

『うん、まぁね』

「いいなぁ。私も部活入っておけば良かった」

GW前日だからか、みんな明日からの予定を話している様で賑やかだ。合宿の私的には関係ないけれど…



「ねぇねぇ、夢咲さん。これ良かったらみんなで食べて」

手渡されたのは1つの箱。中身は手作りのクッキーらしい。お礼を言って受け取ると、その子は恥ずかしそうに耳打ちしてきた




「あのね、出来ればこの箱とは別でこれもお願いしたいの」

箱の次に渡されたのは可愛くラッピングされた1人分であろうサイズの袋。首を傾げていると、その子は察した様に続けた



「それ、及川先輩に渡してくれないかな?」

『及川先輩?』

「そう。あ、名前も言ってね」

『名前も言うなら直接渡した方が良いんじゃないの?』

「夢咲さん知らないの?及川先輩ってプレゼント渡してくれた子には絶対お礼を言いに来てくれるのよ」

『名前だけでも?』

「そうよ。名前だけの場合でもちゃんと誰かを聞き出して直接お礼を言いに来てくれるんだから」

その子は自分からではなく、及川先輩が自分を探してきてくれるのを期待しているらしい。けど、先輩スゴいなぁ…

たとえ顔が分からない子であろうと、周りに聞き込みしてまで直接お礼をしに行くなんて。これも恐らく人気の理由なんだろうけど…





「夢咲さん?」
『あ、うん。分かった。渡しておくね』

ありがとう、と嬉しそうに言ったその子の顔は恋する乙女と言って良いはにかんだ笑顔だった

正直少し…羨ましい…




「おーっし、じゃあ俺からはお前にこれをやろう」

机にダンッ!と置かれたのはエネルギードリンクの小瓶


『え……何これ』

「俺のお気に入りのドリンクだ。同じ運動部同士だし、これでも飲んで頑張れよ」

見るからに怪しい色。栄養ドリンクなんて飲んだ事ないけど、みんなこんな色しているのだろうか…

ひとまずお礼を言って、部活カバンにしまった









◇◇◇ ◇◇◇








お昼のチャイムが鳴り、部活カバンを持って一旦朱美のいるクラスへ




『朱美いる?』
「あー、朱美ならトイレだって」

朱美の机の所を見ると、部活カバンが置いてある。集合時間を忘れていなかった事に安堵して、教室前の窓に寄り掛かって朱美を待つ事にした




『朱美まだかなぁ…』

腕時計を見ると集合20分前。そろそろ行かなきゃいけないのに…

幸いな事に此処から校庭が見えるから、みんなが集まっているか確認出来る。今の所誰もいないけど、早く行くのに越したことはない



『朱美め。早く来なッ…Σひッ!』

突然肩を掴まれて、すぐさま振り向く。何だと思えば、肩を掴んだ張本人は京谷君。相変わらずの無表情…というか仏頂面



『京谷君…物音立てずに後ろに立たないでよ…』

苦笑しながら小さくため息を吐くと、彼は無言で此方に何かを差し出してきた。見ると何処かで見た事ある栄養ドリンクらしき小瓶……というか、クラスメイトの男子から貰ったドリンクと同じモノだった


『何これ』

「やる」

『…は?』

「余ったからやる」

差し出されているドリンクを手に取ると、やはり男子から貰ったのと同じモノ。この栄養ドリンクはそんなに流行っているのか…

一応お礼を言おうとラベルから視線を戻すと、既に京谷君は此方に背を向けて廊下を歩いていってしまっていた



『優しいんだかそうじゃないのか分かりにくいなぁ…』
「唯織ーッ!」

今度は反対側から朱美が息を切らしながらやってきた。手には部活カバン。ゼーゼーと肩で息を切らしている朱美に申し訳ないが苦笑しか出来ない




「ごめんごめんッ……ってあれ?今京谷いなかった?」

『え?…気のせいだよ』

思わず嘘を吐いてしまった。だって京谷君と話していたのを知られたら、また変な事を言い出すだろうと予想がついていたから。ひとまず貰ったドリンクをさり気なくカバンにしまって、校庭に向かった







◇◇◇ ◇◇◇








校庭に着くと、既に観光バスが来ていた。その前には男バレ女バレそれぞれの監督が立ち話をしてみんなを待っていた


『遅れてすみません』
「お疲れ様です」

「おぉ、来たか。全員集まって、点呼してからバスに乗ってもらうからもう少し待ってろ」

そう言われ、暫く待っていると校舎の出入口から男バレと女バレの部員達がゾロゾロとやってきた

それぞれの主将が点呼をして、バスへ乗り込む。席順は決まってないみたいだけど、とりあえず朱美と1番前の席へ。荷物を整理していると…




「岩ちゃん、俺窓際が良い」
「小学生か」

通路を挟んで隣の席に及川先輩と岩泉先輩が座った。それにいち早く気付いた朱美はいつもの様に私の腕を揺さぶって耳打ちしてきた



「ちょちょちょッ!岩泉先輩と隣なんだけど!近いんだけど!」
『Σいだだだッ!モゲるモゲるッ!』

腕どころか肩までもグラグラ揺らされて、私の身体は背もたれにガンガン打ち付けられている。私の方が窓際だから、窓にも当たって正直痛い



「こらこら朱美ちゃん。唯織ちゃんが痛そうだよ?」

及川先輩が岩泉先輩越しからこちらをおかしそうに笑っている。岩泉先輩も朱美のテンションに苦笑していた



「お前これから合宿なのにテンション高いな」
「Σえッ!いやだって…岩泉先輩が隣にいるからそのッ…」

「あ?何だって?」
「Σなな何でもないですッ!」

朱美の戸惑いっぷりに悪いと思いつつ小さく吹き出してしまった。一途に想う恋に対して健気な朱美と自分を好きなのだと思ってもいないだろう岩泉先輩

この2人のやりとりは可愛いと素直に思う




「みんな乗ったな。これから合宿所に向かうんだが、その間に昼飯は済ましておけ」

「あ、バスの中でお弁当食べるのか」
「通りで集合時間が早いと思った。食べよ食べよ。お腹空いたぁ」

カバンをガサガサと漁り、お弁当を取り出した朱美に続いて私もお弁当を取り出した。周りからもカバンを漁る音が聞こえてきて、みんなお弁当を食べようとしていた



「え、及川さん。またそのパンですか?」

及川先輩の席の後ろに座っていた矢巾君が頭上から顔を覗かせて苦笑していた。見ると先輩の手には牛乳パンが…

それには岩泉先輩も苦笑していた



「おまッ…偏り激しいだろ」
「うるさいなぁ。良いじゃん、食べたいのを食べれば」

いつもって訳じゃないし、と少し不貞腐れながらパンを頬張っている及川先輩。すると、私が先輩の方を見ているのに気付いた朱美が企んだ笑みを浮かべたのに気付いた




「及川先輩、唯織のお弁当の卵焼きめっちゃ上手いんですよー。食べません?」
『Σなッ…ちょ、朱美!』

「へぇ、唯織ちゃんって料理するの?」

予想外に及川先輩が食いついてきた。そんな美味しいなんて高評価したら、更にハードル上がっちゃうじゃん…



『私がというか、お母さんと一緒に作ってるんですよ。味付けはお母さんで包むのを私がやってるんです。なので、美味しいのはお母さんのおかげというか…』

「卵焼きって包むの難しいよねー。唯織ちゃんが良ければ食べてみたいなぁ」

ほらほら、と朱美に急かされてお弁当箱をバケツリレーの様に及川先輩の所へ。戻ってきたお弁当の中の卵焼きが1つ無くなっている

すぐさま先輩の方を見ると、岩泉先輩にも半分あげていた。モグモグ食べている2人の反応が怖い…





「どうですか?」

「うん、スゴい美味しい」
「俺の母ちゃんよりうめぇよ。何入ってんだ?」

『えっと…黒糖とか入れてもらってます。私甘めが好きなので。黒糖なら身体に良いからってお母さんが』

「甘め俺も好きー。逆にだし巻きがちょっと苦手かも」
「お子様」

岩泉先輩のツッコミに口を尖されて反抗している及川先輩。正直私もだし巻き苦手…という事は私もお子様か、と思わず苦笑してしまった



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