勘違い
『肝試しですか?』
主将から肝試しの話が出た。いや、厳密に言うと男バレが考案したモノらしく、松川先輩から話があったらしい。肝試しというワードで怖いモノ嫌いの後輩達は顔色を蒼白とさせていた
「男女ペアで距離は往復で1キロ未満。林の中を進んで、丁度折り返し地点にある社を写真に撮って帰ってくる。以上!」
主将が詳しく肝試しの内容を伝えてくれた。内容は分かったけれど、隣にいる朱美が何やら落ち着きがない。どうしたのか聞くと、突然朱美は主将に迫ってある質問をした
「だ、男女のペアはどうやって決めるんですか!」
「あ、えっと…クジだけど」
それを聞いた途端、まるでネタアニメのキャラが絶望した時の様に膝から崩れ落ちた。何やらブツブツ言っている
『おーい、朱美どうしッ…』
「クジじゃ岩泉先輩とペアになる確率低いじゃないですかぁあああッ!」
肩がガクッと落ちた。予想はしていたけれど、やっぱりそれが心配なのか。心配して損した
『こればっかりはしょうがないでしょうが』
「無理だよぉ……女バレ顔の偏差値高いんだからペアになった子に岩泉先輩を捕られるに決まってる…終わった…」
うわぉ…身体中から負のオーラが湧き出している。ポンポンッと背中を撫でて宥めていると、先輩や後輩が近付いてきて、目の前でしゃがんだ
「心配するな、朱美ちゃん。もし岩泉と一緒になったらさり気なく代わってあげるから」
「えッ!ほ、ホントですか!?」
先輩が言うとみんな口々に代わると言ってくれた。朱美は涙目になってみんなに手を合わせて感謝していた。神様にお祈りする人みたい…
「あの…国見君とペアになったら私に代わってほしいんですけど」
後輩が控えめに手を上げて言った。え?と思えば他の人の中からも誰々だったら代わってほしい、と言い出した。少なからずその人に想いがありますと宣言しているのと同じだと気付かないのだろうか…
「唯織も岩泉先輩とペアになったら私と変わっておくれよ」
『そんなに一緒になりたいの?』
「いいじゃーん。及川先輩の時、代わってあげるからさ」
肘でつつきながら小声で言ってきた。不意に及川先輩の方を見ると、主将が肝試しの女バレが賛成した事を伝えに丁度駆け寄っていた
楽しそうに話す2人。思わず目を逸らしてしまった
何で目を逸らしたのか…
『別に代わってくれなくていいよ。岩泉先輩の時は代わってあげるから心配しなくて大丈夫』
「あ…そう?」
思いの外素っ気ない態度に拍子抜けした朱美。唯織の視線が向いた方を見ると、及川と主将が2人で楽しそうに話しているのに気付いた
無理くりにでも及川先輩とペアにさせないとかな…
◇◇◇ ◇◇◇
すっかり日が沈み、夜になった。みんなでコーチが用意してくれた材料でバーベキューをして、あと片付けを終えた。そして、肝試し。松川先輩を先頭に例の肝試しのスタート地点へ向かっていた
「こッ…怖いよぉ…」
「まだ肌寒いから雰囲気あるわね…」
女性陣が寄り添いながら男性陣に着いていく。そんな中で唯織は朱美にしがみつかれながらも平然と歩いていく
「ちょッ、ちょっと!唯織早いよぉお…」
『いやだって、遅いと先輩達見失っちゃうって』
あんな余裕そうにペアがどうこう言っていたのに、こんなに怯えていたら岩泉先輩とペアになってもアピールしてる場合じゃないだろ
そうこう半場朱美を引き摺りながらみんなに着いていくと、どうやらスタート地点に着いたらしい
「はいはーい。これからクジ引きしてペア決めていくから、この箱から1枚紙を取る様にー」
松川先輩がみんなに声を掛けた。クジを引いて中を開く。隣の朱美に関しては何やら両手に挟んで拝んでいる。きっと先輩とペアになる様に拝んでるんだろうな…
『朱美誰と?』
「んー、私は…」
「お前は俺とだな」
朱美はその声を聞いた瞬間硬直した。朱美越しにはクジ引きの紙を持った岩泉先輩が。まさか朱美自身確率が少なかったからか、叶った感動は計り知れないらしい。ガチガチと固くなりながら振り返った
「お前、怖いの苦手か?」
「わわわ私はにに、苦手で…す…」
「心配すんな。何かあれば俺が何とかしてやる」
岩泉先輩は気取ることなくスラッと男前な事を言った。言われた当人は顔を真っ赤にさせながら頬を抓っている
「ここ、これは…夢でしょうか…」
『心配ない、現実です。ほら、行ってきなよ』
朱美の背中を軽く押して、岩泉先輩の所へ。一先ず心配な事は無事終えた岩泉先輩と2人っきりで話してあたふたしている朱美が見えて思わず小さく吹き出してしまった
あのままいい感じになればいいのに…とそんな事を考えていると、肩を軽く叩かれた。振り向くと、そこには松川先輩が…
「俺とペアじゃん。よろしく、夢咲」
『よろしくお願いします。あ、あと上着ありがとうございました』
昼間返し忘れていた上着を脱ごうとしたが止められた。怪訝に見上げると、松川先輩は優しく微笑んだ
「着てていいよ、肌寒いし」
『あ…りがとうございます』
「夢咲、怖いのは?」
『苦手…ではないですが、得意でもないです』
そう言うと、松川先輩は私の手を引いて変わらぬ笑顔で耳打ちしてきた
「怖かったら、俺に抱き着いていいからね」
此処でこんな言葉を言われて思わず硬直してしまった。松川先輩はフッと薄く微笑んでいる。何て反応したらいいか分からずに目を丸くして固まったままの唯織の頭を松川が撫でようとした時…
「ちょっと、まっつん」
頭上から突然及川先輩の声が聞こえた。見上げると、松川先輩の手を及川先輩が掴んでいた。表情は何故か険しい
「何?」
「……唯織ちゃんは俺と組むから」
は?と首を傾げる松川先輩そっちのけで私の手を握った及川先輩。クジ引きは及川先輩も参加した筈…ならペアの人がいる筈なのに…
「ちょっと及川、急にどっか行かないでよ」
先輩の後から来たのは主将。どうやら及川先輩とペアなのは主将らしい。先輩の行動の意味が分からずに黙って先輩を見上げるしか出来ない
「お前、まっつんとまわってよ」
「はぁ?まぁ別にいいけど」
主将の了解をもらい、再度手を引かれた。え?え?と松川先輩の方を見ると、先輩は苦笑したまま軽く手を振っている
「ちょっと及川どうしちゃったのよ?」
「さぁ?まぁでも…わっかりやすい奴だわなぁ。あいつ」
◇◇◇ ◇◇◇
『あの…先輩』
「……」
肝試しが始まった。私の前には3組が既に森林に入っている。中から悲鳴らしき声が聞こえてくる。松川先輩とのペアチェンジから一言も喋らない及川先輩
『先ぱッ…』
「何でまっつんの上着着てるの?」
振り向いた先輩の表情は変わらず険しい。着ていた松川先輩の上着を軽く引っ張られた。特に隠す内容でもないと思い、昼間の事を話すと先輩はますます不機嫌そうに眉を寄せた
「脱いで」
『…え?』
「俺の貸すから、まっつんのは脱いで」
何だろうか…
いつもより威圧的な感じだったから、言われるがまま松川先輩のを脱いで、代わりに手渡された及川先輩の上着を羽織った。松川先輩の上着を持った先輩は再び私の手を取って、奥へ進み出した
『あの…何で松川先輩の上着…』
「唯織ちゃんに他の男の匂い付けたくないから」
『それだけじゃなくて、その…さっきのペアチェンジも何でかなって…』
先輩は歩いたまま何も答えない。俯いて、歩き続ける先輩の足を見つめた
何で主将と行かなかったのか…
他の男の匂いを付けたくなかったって…
何で私にそんな事…
「俺、別にあいつの事好きって訳じゃないよ」
思わず目を見開いて、先輩を見上げた
先輩は前を向いたまま…
「唯織ちゃんがどんな反応するか知りたかったから言っただけだよ。この前のは」
だから好きな子は他にいる、と続けた先輩。その瞬間、胸の何か表しようのなかったモヤモヤが消えた様に軽くなった気がした
「唯織ちゃん、すんなり信じちゃうから及川さん少し戸惑っちゃったよ」
『……でも、本当にお似合いだと思いました』
「…あのさ」
先輩は漸く振り向いたと思えば、いつものにこやかな笑顔はそこになかった
「唯織ちゃんは本当に分からないの?」
『何がですか』
「俺の好きな子」
そう言われても…さっきまで主将がお相手だと思っていた私に分かる筈ない。誰だろう…というか、後輩か同級生かも分からない
『先輩が好きになるなら…きっと素敵な人なんでしょうね』
「その子は……笑うとスゴく可愛い」
『はい』
「自分に厳しくて、甘えない。弱音も吐かない」
及川先輩が誰か分からない人を褒めている。以前なら何でもなく聞けていたのに…また胸がモヤモヤしてくる
「でもその子は本当に鈍感で…俺が好きだって事にも気付かない」
こんなに好きなのに、と見つめられると私が告白されていると錯覚してしまう。そのくらい真剣な表情で先輩は言った。真剣な恋は私にとっては憧れというか夢というか…
ほど遠い感情だけど、羨ましいと思うのはその子がこんなにも1人の人に想われているからなのか。それとも…
『その人に想いは…伝えないんですか?』
「…怖いっていうのが正直なところ。伝えてもし実らなかったら、後の関係も崩れそうでさ」
『及川先輩でもそう思うんですね』
及川先輩なら告白するのなんて簡単にこなせそうなのに。本当に好きな人には奥手になるのか。先輩は私の言葉に苦笑した
「俺の事…たらしって思ってる?」
『Σいえッ…そういう訳ではないですけど…』
たらし…とは思ってない。けれど、女性経験は豊富そうだとは思っている。そういう人は女性と付き合うのが苦ではない反面、本気で好きになる事はないんじゃないかと思う
『先輩は…誰かのモノになるのは嫌いなのかなと思ってます』
「どういう意味?」
『先輩はみんなに人気だし、好かれていて…アイドルみたいな感じなのでみんなのモノでありたいとか…』
特定の誰かのモノになるのは嫌がるんじゃないか、と唯織は続けた。及川自身、意識はなかったが女性陣にはそういったアイドルの様な待遇はされてきた自覚はあった
「…まぁ今まで恋愛に本腰になれなかったのが本音だよ。別に望まなくても誰かは寄り付いてきたし、別れても追う気はなかった。確かに女の子と付き合った回数的には普通の男よりも多いかもしれない…けど」
この感覚は初めてかな、と及川先輩は胸元のシャツを掴んだ。以前先輩自身が言っていた胸がギュッと締め付けられる感覚が襲ってくるという恋した時の痛み
本当にその人を想っているんだなと改めて感じた
「とにかく、俺はたらしとかじゃないって事を唯織ちゃんに伝えたかったから」
『たらしって思ってませんでしたよ』
「でも経験は豊富そうだとは思ったでしょ?」
図星だった。黙っていると、及川先輩はそれを悟ってか苦笑したまま私の頭を撫でた。そして再び手を引かれて森を進んだ
【勘違い END】