瞬間






「あいつ、女バレの夢咲じゃねぇか?」
「あぁ、2年のエースの子?」

及川はうーん…と思い出す様に顎に手を置いた
1年で入部した時に挨拶した以来、あまり面と向かって話した事がなかったけど…

こんな時間まで練習してるだね、と感心しながらも、2人は暫く様子を見る事にした






「…さすがエースだな。女なのに根性あるスパイクだ」

「確かに。でも、あんまりボールの着地ポイントのコントロールは出来てないみたいだね。結構な確率でアウトだ」

足元にあったほとんどのボールをスパイクやサーブで反対コートに打ち飛ばし終えたのか、唯織は肩で呼吸しながらもボールをまた自分側のコートに投げ戻し始めた




「休憩しないのかな」
「ぶっつけで練習してんだろうな。あの手の赤さ見れば分かッ…Σて、おいッ!」

静かに見ていた筈の及川だったが、扉の取っ手に手を掛けたと思えば、何の躊躇もなくそのまま扉を開けた






◇◇◇ ◇◇◇






急に扉が開いたのに驚き、思わずボールを投げ戻す手を止めた。振り向くとそこにはオフの筈の男バレの主将、及川先輩とエースの岩泉先輩が立っていた




「やっほー、お疲れさま。夢咲ちゃん」
「ホントにKY野郎の代表だな」

『お2人共…何でこんな時間に…』

驚く私とは打って変わって、及川先輩はにこやかな笑顔を向けたまま、足元に転がっているボールを手に取った



「俺達もちょっと身体動かそうかと思って。オフだけど来ちゃいましたー」

『あ…そうですか。じゃあ私反対の方使います。良ければ此処のコート使って下さい』
「何言ってるの?一緒にやろうよ」

及川先輩がニッコリ笑って言った。それに岩泉先輩も賛成する様に頷いていた



「確かにそっちの方が手っ取り早い。1からネット張ったりするのは時間のロスだ」

『いや、でも先輩方とのレベルの差がッ…』
「そーんなの気にしなぁい!及川さんは心が広いからなぁんでも受け入れちゃうよー!」

ドン!と得意気に胸を張る及川先輩に苦笑していると、岩泉先輩が耳打ちしてきた




「あのバカはうぜぇから相手にするな」
『あ…そうですか』

「ちょっと!岩ちゃんはともかく、夢咲ちゃんまでそんなすぐ受け入れないでよ!俺泣いちゃうよ!?」

うるせぇッ!と岩泉先輩にボールを当てられている及川先輩を見て、部活の時のみんなとの会話を思い出した

そんなに怖そうには見えないし、性格もあんな大袈裟に言うほどヒドくなさそうだけど…




「はいはい、おふざけはこれまでにして。ひとまず夢咲ちゃんは休憩してなね」

『ぇッ…いえ!私もやりま…す…』

ボールを持ってコートに入ろうとした瞬間、及川先輩に腕を掴まれて制止された。顔を向ければ、ゾクッと微かにだが寒気を感じた



「休憩、ね」
『ぁッ…はッ…はい…』

瞳で真っ直ぐ見下ろされて、声も少しトーンが低い。笑顔なのに…目が笑ってない。さっきとの雰囲気の差に思わずたじろいだ

何なんだろう…この人ッ…
1年の子達が怖いっていう意味が少し分かった気がした




「素直に従っとけ、夢咲。ぶっつけで練習してたら、膝に負荷が掛かっちまうから。これでも飲んどけ」

『ぁ…ありがとうございます』

岩泉先輩から手渡されたのは口の開いてないスポーツドリンク。丁度水筒を部活で飲み干していたのもあり、かなり助かる

一先ず小走りでコートの外へ…
まぁ、間近でみんながスゴいって言う及川先輩と岩泉先輩のバレー技術が見れるから良いか

盗めるモノもあれば、出来るだけ盗もう





「そんじゃ、岩ちゃんのスパイクから行こっか」
「おぉ。練習だからって手ぇ抜いたらシバくからな」

怖いよ岩ちゃん、と苦笑した及川先輩。確か先輩は主将であり、セッター。トスが上手いって言ってたなぁ…

ポジションについた2人を見つめていると、不意に空気が変わった。見ている此方にも伝わる緊張感。静かに見守っていると、及川先輩がこの空気感を乱さない静かなトスを上げた…その刹那、空気を斬る様に岩泉先輩が駆け出した




「うらぁッ!」

バシンッ!と力強さが伝わってくる程の音が響く。あんなに早くスパイクを打ったのに、しっかりコートに入っている

ただ力任せに打った訳でない証拠だった
さすがエース…




「あー、やっぱり夜だと調子狂うな」

腕を回しながら今のスパイクに不満があったのか、不服そうに言う岩泉先輩に及川先輩も頷いた



「少しいつもより緊張気味だったよ。腕の動きが固かったし、やっぱり夜だからかなぁ」
「誰のせいだと思ってんだ」

「人のせいにするもんじゃないってば。夢咲ちゃんが見てるから緊張しちゃった?」

及川先輩が岩泉先輩をからかってる中、急かさず私はノートにメモした。岩泉先輩の腕の角度、走ってからジャンプまでのタイミング、頭とノートで記憶する

あんなスパイクを…調子が狂っている中でも打てるなんて…


それから暫く、岩泉先輩のスパイク練習が続いているのを私は一切よそ見せずに見続けた。体力や身長は男に敵わないけど、フォームやジャンプ力は違う。練習を続ければ取得できる。岩泉先輩がボールに当てる掌の形、位置を足元のボールを拾って真似していた

その様子を見て、岩泉は汗を吹きながら唯織の方へ歩み寄った



「お前、熱心だな」
『え…そうですか?』

「ホントホント。岩ちゃんの熱血サーブを飽きずにずっと見てるし、ノートに書いてたりしてるしね」

及川先輩もやってきて、ノートに書き込んでる姿に関心された。けれど、私にはこれくらいしか出来ないし、見てすぐに真似が出来る技術を持ってる訳でもない。だから、あとで見返しが出来るようにしてるだけで…

それに書いていて思う事もあった




『何かおこがましい事かもしれないですが…負けたくないって思ったんです。今のスパイクを見てたら』

まさかの発言に及川と岩泉は互いに目を見合せた。唯織はノートを置いて、手元のボールを持ち、立ち上がった



『その…私はエースなのに足手纏いで…きょ、去年の春高の時なんて笑えますよ。何の役にも立てなくて…先輩方の最後の試合を台無しにしてしまって…』

唯織は続けて一瞬口を噤んだと思えば、顔を上げて言った



『私は岩泉先輩と同じエースです。男と女で差があるのは分かってますが、負けたくないって思ったんです。岩泉先輩のスパイク、絶対盗んでモノにします』

宣戦布告の様に強く握ったボールを岩泉の方へ向け、言い放った唯織の表情は至って変わらない。けれど、真っ直ぐ岩泉を射抜いていた

それに岩泉は不快になる処か、満足気に歯を見せて笑った




「上等だ、根性ある奴は嫌いじゃねぇ。しっかり盗んでみろよ」

「岩ちゃんのスパイクってモノにする程かなぁ…Σいでッ!」
「うるっせぇ!黙っとけクソ川ッ!」

この2人はいつもこうなのだろうか…
及川と岩泉のまるでコントの様な会話に唯織は苦笑するしかなかった

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