白鳥







「本当に申し訳ありませんでした。ほら、あんたもお礼言いなさい」

「ありがとう、お姉ちゃん」

暫く歩くと美奈ちゃんの家に着いた。インターホンを鳴らすと、中からは若めのお母さんが。初対面な為、怪訝そうな表情でいたが隣の美奈ちゃんを見て目を丸くさせた

事情を伝えると、慌ててお母さんは謝罪してきた




『美奈ちゃんがちゃんと名札を持っていてくれたおかげでお家が分かりました。良かったです』

一礼して、背を向けようとした時、お母さんが呼び止めてきた。振り返ると、お母さんが何やらお菓子を袋に入れて差し出してきた




「本当にありがとうございました」

美奈ちゃんの笑顔は多分お母さん譲りなんだろう、と思うほど笑顔が可愛いお母さん。下を見ると美奈ちゃんも同じ笑顔で手を振っている

可愛い親子だなぁ…









◇◇◇ ◇◇◇









美奈ちゃんの家を後にして、さっき来た道まで軽く走っていた。でもさっきの道にいくくらいなら、もう駄菓子屋の方に向かった方がいいんじゃないか、と自分の中で考えていると、向かい側からさっき見た白鳥沢のジャージを来た男子2人が走ってくる

遠目からも分かる1人はあの赤髪の人、そして隣は主将の牛若さんだった。こっちの方も走ってるのか…と普通に通り過ぎようとした時、まさかの声を掛けられた。立ち止まって振り向くと、声を掛けてきたのは赤髪の人




「ねぇねぇ、君さぁ。さっき坂のところで休憩してた子だよね?」

『…はい、そうですけど』

「青城の女バレだよね?」

何なんだこの人。探りを入れる様な口調に警戒心が滲み出てきた。すると、黙っていた牛若さんの方が口を開いた




「青城も近くで練習しているのか?」

『近く…まぁ近いですけど、たまたまここにはジョギングで通っただけで』

そうか、と素っ気ない反応。別に気にしないけれど、用がないなら早くみんなの所に戻りたい。どう切り抜けようか…と様子を伺っていると、赤髪の人がまた話しかけてきた



「男バレもいんの?」

『いますけど…』

そっかぁ、と言った赤髪の人は牛若さんに君を倒す為に気合い入れてるってぇ、と冗談ぽく伝えた。牛若さんは表情を変える事なく言った




「及川はあそこにいる限り、俺には勝てない」

その言葉を聞いた瞬間、自分でも信じられないくらい憎悪がむき出した。たった一言なのに、怒りがふつふつと湧き出てくる




『それ、どういう意味ですか』

唯織のさっきとは打って変わって鋭い目付きに牛若も気付いた。けれど平然と続けて答えた




「あいつは選択を誤った。取るに足らないプライドに身を任せた結果、何も得られていない」

手が震える。恐れとかでは全くなく、寧ろ苛立ちを抑えているから震えていた




「あいつがいくら努力しようとも、自分の過ちに気づけなければッ…」
『撤回してください』

ズンッ、とその場の雰囲気が張り詰めた。それは唯織のその一言に殺気が混じっていたのもそうだが、目付きが今までにないほど鋭く牛島を射抜いていたからだ

牛島も目を細めると、天童に先に戻るように伝え、その場を離れさせた。2人の間に強く風が吹き抜けた




『過ちって何の事ですか。及川先輩は全然間違ってなんかいないです』

「何故そう言える。事実、あいつは力を発揮しきれずにいる。それでも間違ってないと言えるのか?」

『私は間違ってないと思います』

何故か即答してしまった。私は及川先輩の事を何も知らない。こんな事言える立場でないのは分かっている。けれど、黙ってこの人が言ってる事に耳を傾けてはいられなかった




『あそこにいる限り勝てないって…貴方は何様なんですか。強豪校だからって何言っても良いって事ですか』

牛若さんは黙っている。そりゃあそうだ。今日初めてあった人間にこんな事を言われるんだから。でも、何故か開いた口は塞がらない




『先輩やみんな…勝とうと必死になって練習してるんです。必死に練習してる人達を見下す権利なんて誰にもありません』

「勝たなければ意味はない」

拳を握る力が強まっていく。この人は勝つ事にこだわっている。こだわるが故に強いのだという事も分かる。けどッ…




『及川先輩は貴方と違って、勝つ結果よりも勝つまでの過程を大事にして毎日練習しています。自分の力に溺れずに、更に強くなろうとしてるあの人を侮辱するのは許しません』

暫くの沈黙。譲れない想いと何故か剥き出した意地で牛若さんを睨みつけていると、牛若さんは1つ息を吐いて口を開いた




「お前、名は?」

『…夢咲です』

「夢咲、お前は何故そこまで及川の肩を持つ。お前は及川の何だ」

尋ねられた唐突な質問
及川先輩の何だって…

唯織は俯き、口を噤んで深く息を吐くと再度牛島の方を真っ直ぐ見上げた




『私は先輩に憧れてるただの後輩です。私は男じゃないから先輩と一緒に牛若さんと戦えないです。でも、戦えなくても今此処で貴方が言った先輩達への言葉は撤回させる事は出来ます』

先輩ならきっと貴方に勝ちます、と続けて言った。すると、無表情だった牛若さんがフッと薄く笑った




「夢咲、お前の言葉覚えておく」

俺の言った言葉の意味は次の試合で分かるだろう、と言って牛若さんは背を向けて駆けていった。牛若さんが角を曲がった瞬間、尋常もなく汗が出てきた。暑さからではなく、きっと冷や汗だ

怖かった、あの人表情変わらないし、声も低くてとにかく背が大きかった。あれと毎年戦ってたと思うと、本当に及川先輩と岩泉先輩はスゴいと思った。と、ふいに携帯が鳴り響いた

予想は出来てるけれど…





〔ちょっと唯織!あんた大丈夫!?〕

出て一言目に朱美からの声。かなり心配してくれていたのだろう。声に焦りがあった



『うん、ごめんごめん。女の子連れていくのに手間取っちゃってたけど、ちゃんと家に送ってあげれたから大丈夫』

敢えて牛若さんとの事は言わなかった。言ったら言ったで面倒なほどに問い詰められそうだし…

とりあえず今から向かうから、と言って急いでスマホと睨めっこしながら牛若さんが走っていった道とは逆方向に駆け出した









◇◇◇ ◇◇◇









「遅いよぉ!」

「大丈夫だった?」

向かうと駄菓子屋さんには既に男バレも合流していた。すると、監督が険しい表情で待っているのに気付いた




「お前、今が合宿中という事は分かってるのか。勝手な行動をして」

『すいません…』

「…ちゃんと責任もって送り届けたんだろうな」

はい、と返事すると監督は険しい表情のままではあるが頷いてそれなら良い、とアイスを手渡してくれた。みんなも監督に奢ってもらったらしく、ひとまず怒られずに済んだのにホッとした





「唯織ちゃん」

みんなが休憩してる中で、1人アイスを食べていると及川先輩が話し掛けてきた




「疲れてない?」

『いえ、どちらかと言うと軽い休憩みたいな感じだったので特には』

「聞いたけど、迷子の面倒見てたんだって?偉いね」

『そんな事ないです。多分みんなそうしてましたよ』

たまたま自分が先に気付いただけで、と唯織は苦笑した。あの牛若さんとの話の後だから、バツが悪い。勝手に思った事を勝手に口走って…

私の方こそ何様なんだろう…



「唯織ちゃん?」
『ぁ…すいません、何かボーッとしちゃっ…て…』

ふいに及川先輩の大きな手が私のおデコに。思わず硬直してしまった。そのまま及川先輩はおデコから髪をかき上げる様に私の前髪を上げた




「…やっぱり何かあったんでしょ?」

『ぇッ…あの、え?』

「だんだん唯織ちゃんの事、分かってきたかなぁ」

先輩は悪戯な笑みを浮かべて手を離した
先輩は勘が鋭い。何かあったと言えばあった。けれど、言えない。言える筈がない



『ホントに何でもないんです』

及川先輩はジッと見つめてくる。何故かバクバクと心臓がうるさい。目を逸らして無言でいると、先輩は私の頭をそっと撫でた




「そっか、それなら良いんだよ」

唯織ちゃんに何にもなくて及川さん安心した、と先輩は微笑んで駄菓子屋さんの中にいる岩泉先輩達の所へ向かった

その途端、緊張から解放された様に肩から力が抜けた









◇◇◇ ◇◇◇









ジョギングが終わり、練習が始まっても何やらボーッとしてしまう。きっと牛若さんと話したのを引きずってしまっているからかもしれない




「及川はあそこにいる限り、俺には勝てない」

反対コートの及川先輩に視線をやる。いつもの変わらず、笑顔で他の部員と練習している。はたから見たら充実している様に見える。先輩は努力してあんなサーブも一人一人の選手にあったトスも上げている

何も間違ってない。岩泉先輩から言われた言葉で立ち直った及川先輩はきっとコートに立つ仲間の力や個性を引き出して全員が強いチームにする様にしてる。きっと私があの立場だったらそうすると思う




「唯織ちゃん!カバー!」

『Σぁッ…はい!』

ついまた考えてしまった。私にも譲れない戦いがある。自分自身の事も考えなくちゃ…

今度こそ全国に先輩達を連れていくんだから


【白鳥 END】

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