焦り
『ただいまぁ』
「あら、おかえり」
返ってこないと思っていた返事が聞こえた。するとリビングからお母さんが小走りで出向かてくれた。仕事でいないと思ってたけど…
『お母さん、今日休みだったの?』
「今日はね。合宿お疲れ様」
シャワーでも浴びてさっぱりしてきたら?とお母さんは私が持っていた荷物を手に取りながら言った。家の中が妙に静かだったから弟の事を聞くと、どうやら最終日で友達の家で宿題をしに行ったらしい
ひとまずシャワーを浴びに浴室へ向かった。浴槽に浸かってボーッとしていると、洗濯物を洗いにやってきたお母さんから扉越しに聞かれた
「そういえばそろそろじゃない?」
『何が?』
「何って、ほらインターハイの振り分けとか決まるんじゃないの?」
振り分け…今回はどうなるか
あの人達はどう動くのか
「唯織?」
『ぇッ…あぁ、ごめんごめん。そろそろ決まるんじゃないかな』
今更あの人達がどう動くかで気持ちが揺らぐ訳にはいかない。私にとって今回のインターハイは言わばリベンジ。あの春高の時の失態を2度としない為にも…もっと努力が必要だ
◇◇◇ ◇◇◇
「ねぇねぇ、合宿どうだったの?」
「楽しかったか?」
次の日、GW明けでみんなダルそうにしている中で席の周りのクラスメイト達から声を掛けられた
『楽しかったには楽しかったよ。山の中だったから涼しかったし』
「えー、いいなぁいいなぁ。私なんてほとんど予定なかったから家で引きこもってましたー」
ブーブーと不満を漏らしているのを宥めていると、話に加わってきた子がそうだと手を叩いた
「ねぇ、もう対戦相手決まった?そろそろでしょ?」
『うん、まぁ…話では今週中には出るみたいだけど』
じゃあはりきんなきゃだね、と微笑んだ友達。この会話の中でも誰も去年の事は口にしない。みんな気を遣ってくれているんだろうけれど…
GW中は練習に没頭出来たけれど、終わったら痛いほどインターハイが近いのを感じられた。まだこれといって成長している自覚はないし、技だって満足なモノに仕上がっていない。決勝にいけるかよりも、それまでの予選で敗退しないか心配になってきた
浅くため息を吐くと、背中を後ろから強めに叩かれた。振り返ると後ろの男子が歯を見せながら笑っている
「頑張れよ、エース」
『…うん、ありがとう』
◇◇◇ ◇◇◇
「唯織、聞いておくれよ」
『何、どうしたの?』
昼休憩に入り、屋上で普段通りに朱美と並んで食べていると何故かただならぬ雰囲気を出しながら朱美が箸を置いた。何だ何だと思わず私も顔を強ばらせた次の瞬間、朱美は満面の笑顔でピースサインを目の前に突き出してきた
「放課後練習!これから付き合えまぁああす!」
『……Σえ!?』
朱美がお母さんをもう1度説得してみるとは言っていたけれど、まさかこんな早くに許しをもらえるとは…思っていなかった
『本当にいいの?放課後練習は正直私のわがままみたいなもんだし…』
「ちょっとぉ!せっかく一緒に練習出来る様になったんだからもう少し喜びなさいよ!」
中学の頃の話を聞く限りでは、今回もきっと口論になったんだろうな…
「言っておくけど、喧嘩してないからね」
また心を読んだかのようなタイミングで言った朱美の言葉に目を丸くした
『そうなの?』
「今回は感情的にならずに、思った事言っただけ」
部活を思いっきり頑張りたいのだとお母さんに伝えただけだと朱美は続けたけれど、きっとそれ以外に多分言ったんだと思う。自分の想いを一言で伝えるのは難しい事だと私も知っているから
「まぁ、という訳で今日から放課後もあんたと練習しますのでよろしくお願いします」
いたずらに笑いながら軽く会釈した朱美に微笑み返した。ここまでしてくれる友達はそうはいない
本当に…いい友達、相棒を持ったなぁ…
『という訳なので、朱美も練習に参加します』
午後の授業の休憩時間に及川先輩と岩泉先輩にSNSのトークで知らせた。すると早くに返事が返ってきた
「良かったね。エアフェイクの練習出来るし」
「練習相手が多い事に越した事ねぇしな」
『お2人はどうなさいますか?私と朱美は本番前日まで練習するつもりですが。そろそろインターハイの振り分けが決まるみたいですし、お身体の負担的にはどうですか?』
ずっと私のわがままに付き合って練習してくれた2人。他の部員よりも遥かに身体には負担が掛かっている筈だ。それでも何も言わずに私の練習に付き合ってくれている
申し訳ないとしか言えない
「俺はやるつもりだよ?」
及川先輩が答えた直後に岩泉先輩からも返事がきた
「俺だってやるつもりだ。エアフェイクなら俺もまだ教えられる事があるし、俺達だって普段の練習だけじゃ足りねぇ部分だってある」
「オーバーワークしてた時はあんなに怒ってた岩ちゃんのセリフとは思えないねぇ」
「うるせぇ、それは中学の頃だろうが」
及川と岩泉の言い合いがピロンピロンと連続でトークをいっぱいにしていく。だんだん話がづれていっているのを悟った唯織は苦笑しながらそっとスマホをしまった
◇◇◇ ◇◇◇
『朱美、今更なんだけどよくお母さん許可してくれたね』
「だから言ったじゃん。部活頑張りたいって言っただけだって」
部活の練習中、お互いレシーブし合っている最中に唯織は尋ねたが、朱美は笑いながら答えた
「最初は中学の頃と同じ、部活をそこまで頑張る必要はないんじゃないかとかそんなの身体の負担が多くなるだけよとか言われた。けどまぁ、やっと聞き入れてくれたって感じかな」
清々した様に朱美はアタックしてきた。難なく取った私もアタックし返す。すると、朱美はボールを返すことなくキャッチした
『朱美?』
「やっぱりさ、私も後悔してたんだよね」
去年の事、と言ってボールから私に視線を向けた朱美の表情はどこか自傷気味な笑顔だった
「別にあんたのせいで負けた訳じゃない。私だって、先輩にセッター任せられて緊張してた分、ミスだって多かった。口には出さなかったけど、後悔でいっぱいだったんだよ」
もう今、インターハイでしか後悔から立ち直れないんだよと続けた。朱美は顔には出さない。周りに気を遣って、逆にみんなを励ましていた。自分の後悔からくる言いたい事だっていっぱいある筈なのに…
「私よりも負担を抱えて頑張ってる親友の為にも、もっと頑張りたいって伝えたの。親友は当然あんたの事だからね」
指をさされながら言われた。朱美はずっと私の事を考えて、ずっと私の為に一緒にいてくれた。辛かった中学の頃の部活も辞めずに私を支えてくれた
きっと朱美がいなかったら…エースはおろかバレーだって続けられていたか分からない。口元が緩み、身体の中から何やらこそばゆい感情が湧き出してきた
「だからさ、一緒に行こう!全国!」
『うん!』
お互い笑顔でガッツポーズをし合い、再び練習中に戻った