胸騒ぎ









「ねぇってば。唯織」
『ぁッ…え、何?』

突然目の前にクラスメイトの友達が顔を覗かせてきて我に帰った。思いの外考え込んでしまっていたらしい。授業を受けていた筈なのに、既に先生はいなく、黒板も消し始めていた



「全然ノート書けてないじゃん。私のノート見る?」
『あ…うん。ありがとう』

借りるね、とノートを受け取り、写し始めた。エアフェイクの事もあるけれど、改めて聖高の名前を見てしまうとどうも調子が乱れてしまう

黙々とノートを写していると、私の机に頬杖を付いていた友達がポツリと尋ねてきた



「やっぱり落ち着かないの?組み合わせ決まって」

ピタッとシャーペンを走らせていた手が止まった。改めて聖高の名前を見た時の鼓動の重さったらなかった。言う通り…落ち着かないでいる

ノートに視線を落としたままでいると、頭を撫でられた。顔を上げると友達は微笑んでいた



「応援してるからね、唯織」
『…うん』

「そうそう、俺も応援してんだから頑張れよ」

横から割って入ってきた男子からも背中を軽く叩かれながら言われた。2人の笑顔を見て、自然に口元が緩んだ








◇◇◇ ◇◇◇









「うはぁ…やっぱり出場するかぁ…」
「強豪校なんだから当たり前っちゃあ、当たり前だがな」

授業の合間の休憩の中で及川と岩泉は職員室に貼り出された今年の春高の男バレ、女バレの組み合わせ表を眺めていた



「それに多分、この組み合わせだと対戦するのは準決勝だね」

及川は聖高と青城の線をなぞりながら言った。すると、背後から背中を叩かれたのに気付き、2人は後ろを振り向いた。立っていたのは朱美と女バレの主将



「思ったより貼り出されるの早かったわね」
「男バレも決まったんですね」

そう話しながら2人越しから組み合わせ表を見だした朱美と主将の表情が、急に曇りがかった。その表情の変化の理由は岩泉と及川にはすぐに分かった


「聖高、気にしてるの?」

及川の問い掛けに主将は目を丸くして及川を見たが、すぐに悟った



「その様子だと朱美ちゃんから聞いてるみたいね」
「聖高と夢咲の事だろ?俺も及川から無理矢理聞き出したから知ってる」

「今日唯織と会ってませんけど…あの子は見たんですかね。この組み合わせ」

朱美の言葉に3人は再度表に視線を向けた。去年実際に唯織の様子がおかしくなったのは聖高と正式に対戦する事が決まってからだ。だから今この段階では特に様子がおかしくなるとは思えないけれど…



「唯織ちゃん的に去年のがトラウマレベルだったら今名前見ただけでも精神的にくるんじゃない?」

及川の言葉に朱美は更に表情を険しくさせる。唯織とエアフェイクの練習をし始めてまだ間もない。完成していない焦りもある中で改めてあの人達と戦うかもしれない可能性を見せつけられたら…きっと唯織は乱される。練習に集中出来なくなるかもしれない…


「今日の昼休みに様子は見てみます。こんなに堂々と張り出されてたら見ない訳にもいかないでしょうし、コーチ達からもきっと部活で改めて話があると思うので遅かれ早かれ今日中には知りますよ」

「…もし少しでも変な様子だったら教えてくれる?」

そう言った及川に朱美は頷き、丁度チャイムが鳴ったところでお互いの教室の方へ向かっていった




「あいつ…何かやたらと唯織ちゃん気に掛けてるわよねぇ」
「そうですか?」

「ほら、だって言ったっけ?この前の合宿の時の肝試し。松川と交代させられた時の事」
「…あぁ」

主将から聞かされた肝試しの組み分けでの出来事。正直本当に及川先輩があの時唯織に対して焦っていたのだと再認識させられた。前に唯織の事が好きなのか聞いた時にマジな落ち込み方してたし…

あの人…本気なんだなぁ…


「朱美ちゃん、何かニヤケてない?」
「え?あ、気のせいですよ」









◇◇◇ ◇◇◇








「唯織ー」
「ぁ…あぁ、朱美か」

昼休みになり、いつも通りお弁当を持って屋上へ向かった。誰もいない屋上に着き、いつもの場所で座り、朱美が来るまで晴れた空を見上げていた

無心でいたせいか、足音にも気付かず、クラスメイトの時同様に朱美が顔を覗かせた事で漸く我に返った




「ちょっとボーッとしすぎじゃない?」
『うん…ごめん』

朱美は浅くため息を吐いて唯織の隣に座り、いつもの様に鞄から菓子パンを取り出して食べ始めた。ふいに横を見ると唯織の箸を持った手が動かずに止まったまま。完全な上の空だった



「そんなに不安なの?インターハイ」

菓子パンを食べながら言った朱美の言葉に過剰に反応したのか心臓が大きく鳴った



『不安…そうだね。多分そう…』

自分でもわかっていないのかぃ、と突っ込みたくなった朱美だがここは我慢した。唯織の表情が横顔からも分かる程に沈んでいるからだ



「聖高が上に上がってくるかも分かんないんだよ?私達だって何校かと対戦しなきゃいけない訳だし、そんな気分沈んでたら勝てるもんも勝てないよ?」

元気だせ、と肩を軽く叩く朱美だが、唯織はお弁当を1口食べてまた止まった



『あの人達は絶対上に上がってくる。私も当然優勝目指すよ。私情は挟まない。けど…やっぱり怖いんだよ』

朱美はきっと私が過去にあの人達から受けていた“あれ”について負い目を感じてくれている。けれど正直私が不安になっているのはあの人達と対戦する事じゃなくて…

朱美には言えない。親友で幼馴染でもある朱美に本当の事を言わずに隠すのは心苦しいけれど…



「ねぇ、唯織」
『ん?』

「あの人達にさ、その…中学の後から何かされたりとかってないよね?」

重く何かがのしかかったった様な圧迫感が襲った。まさかそんな事聞かれるとは思わなかったけれど、動揺する感情を悟られない様に首を横に振った


『そんな訳ないじゃん。あの人達とは中学で終わり』

言い出したかった。言ってしまえばどんなに楽か…
けれど、過去は過去だ。今更言ったところで去年の春高の結果を取り止めになんて出来ない。今年はどうなるか分からない以上言う必要はないと思った

すると、突然朱美に両頬を挟まれて無理矢理顔を向けられた


『え、な…に?』

じーっと見つめられて、反応に困った。幼馴染みだからか何やら探られている様な瞳に目を逸らせずに固まっていた


「嘘、じゃないなら良いよ」

両頬を離して、次には頭を軽く叩かれた
バクバクと心臓がうるさい

バレた…?いやそれはないか…

黙々とパンを食べ始めた朱美を気にしつつ、私もお弁当を食べ始めた








◇◇◇ ◇◇◇









放課後、部活前に再び職員室前の掲示板に寄った。貼り出された組み合わせ表のあみだを手で追う。もしあの人達と対戦するとしたら…去年同様に準決勝辺りか…



「夢咲?」

背後から呼び掛けてきたのは丁度体育館に行く途中であろう矢巾君だった



『えっと、お疲れ様』

「お疲れ様さん。組み合わせ表見てんの?だったら多分部活でコーチとかから貰うと思うぜ?」

『そう…だね』

何処か元気のない唯織の様子に矢巾は気付いた。矢巾自身、唯織が去年の春高でどういう事になっているのかは分かっているつもりだが、特にこれといって邪険に思う訳でもない。今の雰囲気を見るにあまり変に気を遣って元気づけても逆効果だろうと矢巾は唯織の肩を軽く叩いた



「そんな気に病んでると練習に集中出来なくなるぞ?」

それだけ言って矢巾は体育館に向かって歩いていった。その背中を見つめて、唯織は再び組み合わせ表に目を移した

気が散ってる時程、練習は上手くいかないし、チームの迷惑になる。分かってるよ。あの人達の事は今は考えない。上に行く事だけ考える

唯織は大きく深呼吸した後、体育館に向かっていった

【胸騒ぎ END】

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