探り
「今日はありがとうございました」
『こちらこそ、ありがとうございました』
あの後、練習を再開させてから影山君は特にさっきの話題には触れてこなかった。堕エースなんて呼び名を付けられているたと人と一緒に練習するのにモノを思う訳でもなさそうで、先日と変わりなく接してくれたのは素直にありがたい
「唯織さん」
『ん?』
公園の出入口まで着くと影山君が口を開いた。見ると影山君も此方に首を向かせて続けて言った
「その…悩んでる事とか辛い事とかあれば言って下さいね」
思わず目を見開いて呆気に取られてしまった。咄嗟の言葉も出ずに固まっていると、影山君は私から目を逸らして頭を掻いた
「この前よりも雰囲気が沈んでるっていうか、暗いとかじゃなくて…上手く言えないですけど…」
自覚は…ある。自分でも分かるほどに気持ちが上がらないのは確かで、それを少なからず影山君に悟られてしまったらしい
『影山君は…何か及川先輩に似てるよね』
「Σえ!?お、俺が…ですか?」
ふと思った事を口にしただけなのだが、影山君は思ったよりも戸惑っている。特に嫌がっている様には見えなかったからか、頷いて続けた
『影山君も及川先輩も人の雰囲気とかよく見てるんだと思う。だから…逆に怖いと思う時もあるんだ』
「えっと…それは俺が唯織さんを怖がらせてるって事なんですかね…」
『影山君に感じた事はないんだけど…及川先輩にはそう感じる時があるの』
たまに怖いと感じる及川先輩のあの探る様な目、言葉、雰囲気。平然を装うとしても何故か…先輩にだけは悟られている様な…言葉を交わせば交わす程、知られたくない事を知られてしまう気がしてならない
『優しい所も似てるよ。影山君からしたらただの先輩なのに…今みたいに心配して気遣ってくれる。及川先輩もね、こんなただの後輩に同じ様な事を言ってくれたの』
「唯織ちゃんにとって頼れる人でありたいし、辛い事も苦しい事も気兼ねなく言える人でいたいんだよ」
こんな…本当にただの後輩なのに…
目の前の影山君だってそうだ
私の気持ちの乱れを察して言葉をくれる
浅くため息を吐くと、頭に重みを感じた。すぐに隣を見るとやはり影山君が私の頭に手を乗せている。彼は頬を微かに赤く染めて、ぎこちなくもわしゃわしゃと撫でてくれた
『影山君?』
「ぁ…そのッ…お、俺にとって唯織さんはただの先輩じゃないっていうか…」
口をごもごもさせてスゴい恥ずかしそうに目を泳がせている影山君に思わず吹き出して笑ってしまった
『本当に影山君は可愛いね』
「ぇ…いや、俺は…」
『元気付けてくれてありがとう』
頭を撫でてくれている影山君の手を軽く叩くと、その手を掴まれた。掴まれたまま手を下ろされて、自動的に影山君と向かい合わせになった
「お、俺は唯織さんの事応援してますから」
顔を赤くしたままで影山君は言った。握る手にも力が入っている
「あの練習試合の時、唯織さんは俺の事も応援してくましたし…個人的にも唯織さんの事は応援…したいです」
汗を尋常になく流して頑張って言った感満載な影山君の言葉に何かこそばゆい感覚が内側から込み上げてきて、口元が緩んだ
良い子だよなぁ、影山君
手を握り返した途端に影山君はビクッ!と面白いくらいな反応を見せた後、みるみる赤い顔を更に赤くした
『ありがとう。私も影山君の事、応援してるからね』
「は、はい!」
◇◇◇ ◇◇◇
笑えていただろうか…
多分影山君は笑っていたから、笑えていたんだと思うけれど…
後輩に余計な心配をさせてしまった、と反省しながら家路についていた。私の周りには本当に優しい人達ばかりいるとつくづく思う
去年の失態を責めずにエースとしていさせてくれる先輩や後輩達
信じて付き合ってくれる幼馴染
根気強く教えてくれる先輩達
弱音を吐いても背中を押してくれる友達
影山君だって他校であるにも関わらず、私を応援すると言ってくれた。浅くため息を吐くとスマホから着信音が。誰だろう、と思いながら出ると朱美の声が聞こえてきた
「おっはよー」
『朝から元気だねぇ』
「朝は強い方だからね。ところで今何してたの?」
『え?かッ……公園で朝練』
影山君の事は敢えて言わずに答えた。公園で朝練してたのは本当だから、嘘は吐いて…ないよね
「私より元気じゃんよ」
『まぁ日課だしね。それでどうしたの?』
「今日泊まりに来ない?」
突然の誘い。まぁ今日は何の予定もないし、朱美の家には何回も泊まりに行ってるから別に断る理由はない
『誘ってくれてありがとう。じゃあ家に帰って荷物取ってくるよ』
「了解。んじゃ、待ってるよー」
悶々としている時には丁度いい気分転換かも、と内心上機嫌で家へ帰った
◇◇◇ ◇◇◇
「今日は夫婦で出掛けてて、誰もいないんだよねぇ」
『夫婦で?スゴい仲良いじゃん』
「私が唯織と2人で過ごしたいからって頼んだのもあるんだ、実は」
にしし、とイタズラに笑った朱美に苦笑した。心でご両親にお詫びしながら朱美の部屋へ
『相変わらず、ぬいぐるみが多いね』
「そりゃあ可愛いモノは衝動買いしてるからね」
減るもんも減らんよ、と朱美は苦笑して勉強机の椅子に腰掛けた。私は座布団に座って、近くにあった2頭身のクマのぬいぐるみを抱き寄せた
「及川先輩とはその後如何ですか?」
クマの頭を撫でる手が止まる。またその話か、と呆れ声を出そうとしたが、振り向いた先の朱美の表情が思いの外真面目だったから言葉を飲み込んだ
「見てるとさ、やっぱりどっかで唯織は及川先輩の事気にしてると思うんだよね」
『そんな事ッ…』
「ある」
言わせんとばかりに遮られた。むっと口を尖らせて八つ当たりの様にクマの両頬を伸ばしながら言った
『もしそう思うんだとしたら朱美の気のせいだよ』
「何でそう思うのよ。客観的に見た時の方が確かだったりするんだよ?」
『私は本人から聞いてるんだもん。好きな子がいるって』
「ほぉ…」
それは初耳だった
まさか本人がそこまで伝えていたとは…
「あんたは聞かなかったの?どんな人なのかとか」
『まぁ…聞いたけど…』
「その子はさ…スゴく頑張り屋さんで、自分に厳しくても仲間には優しいんだよね」
「その子は……笑うとスゴく可愛い」
「自分に厳しくて、甘えない。弱音も吐かない」
「でもその子は本当に鈍感で…俺が好きだって事にも気付かない」
朱美に及川先輩から聞いた好きな人について伝えた。言ってる時の先輩の真剣な表情や想いを伝えられずにいる事も…
勝手に言いふらすのは正直どうかと思うけれど、詳しく言わなければ朱美は懲りずに何度でも私に同じ質問を投げ掛けてきそうだったから先輩に申し訳なく思いながら伝えた
『結構デリケートな話だから他言無用でお願いします』
「言うつもりは毛頭ないけどねぇ…」
なるほどね、と朱美は相槌を打ちながら腕を組んで椅子の背凭れに凭れ掛かった
ちゃんと見てるんだなぁ…唯織の事
朱美は唯織に気付かれない様に含み笑いを浮かべた。鈍感か…確かにその一言だわ
『何か相手も忙しいから、それを見守ってる感じなんだって』
「誰なのかは聞いてないの?」
『そこまでは聞いてない。何年なのかすら知らないし』
ふぅん、と朱美は椅子から降りると唯織の隣に座った。手元のクッションを抱き寄せ、口を開いた
「案外身近な人だったりして」
『えー』
「いやだって、見守ってるって事は日頃から近くにいる人って事じゃない?聞いてるとその人の性格とかもよく知ってるみたいだし」
『んー…どうだろ。及川先輩の周りって正直皆彼女さんに見えるっていうか』
日頃の接し方を見てても分かる人あたりの良さ。バレー部の皆はともかく、先輩に好意を持つ人は多い。先輩自身好意を抱いてる人だってきっとその中に…
「私は唯織だと思うけどなぁ」
『またそんな事…』
「いや、私から見てもあんたにだけ何か違うよ。及川先輩」
皆のアイドル的な存在の人が私を好きになる…なんて信じられないし、そもそも恋愛対象に入るかすらも怪しい。バレーしか興味のない私なんて…及川先輩が好きになるとは思えない
「私、インターハイ終わったら告白するの」
思わずクマをいじる手を止めて、朱美の方へ顔を向けた。多分、今私はスゴい驚いた表情をしていると思う
『つ…ついに?』
朱美は頷いた。あんな岩泉先輩の前では恥ずかしがり屋な朱美が告白を言い出すとは…
『勇気あるね』
「そ、そりゃあ心臓飛び出そうなくらい緊張するけど…でもやっぱり気持ちはちゃんと伝えなきゃ!」
クッションを頭上に掲げて言い切る朱美。顔を耳まで真っ赤にさせているけれど、恋する乙女というのか…スゴく可愛いと素直に思った
『何か…羨ましいな』
「ん?何がよ」
『いや、そこまで没頭出来る恋って多分私だけじゃなくて女の人なら誰でも憧れるっていうか』
「あんたねぇ、本当に憧れるんだったらバレー以外にも興味を持ちなさいよ」
ブスッ、と頬に人差し指を刺された
「中学の頃だって男子から遊び誘われてもバレーの練習する為に断ったりしてたでしょ。告られた時だってあんたなんて断ってたか覚えてる?」
『…何だっけ』
「バレーに集中したいから、よ!もう何それ!貴重な華の学生時代をバレーに費やしすぎ!」
グリグリと刺した人差し指を更にくい込ませてくる朱美の顔は不満気である。そりゃあ私だってやり始めた頃はこんなに夢中になるとは思っていなかった
けど…バレーの面白さに気付いてしまった時には既に虜になっていた。何をやるにもバレーの事が頭の何処かにはあって、恋愛とか化粧とかそういった女の子としての楽しみというモノに全く興味が湧かないでいる
それに引き換え朱美はどうだ。バレーに対して前向きにそして努力して私と一緒に続けている反面…化粧も上手いし、恋愛だって没頭出来る程の濃厚なモノになっている。私と比べたら…朱美の方がよっぽど女の子としての人生を生きている
「な、何そんな元気なくなってんのよ!」
浅くため息を吐いたら、苦笑しながら頭を撫でられた。こんなに女の子として差があるのだと改めて痛感していたせいで思いの外気持ちが沈んでしまった