メッセージ









ヤバい…
まさか私のが採用されるなんて…

浅くため息を吐きながら部室に向かう。まぁ誰が考えたのかは言わないって主将言ってたし、そんなに気にする事じゃないか



「おい」
『Σうへッ…!』

背後から肩を掴まれ、突然止められた拍子に私の身体は仰け反った



『ぁ…岩泉先輩』

変な声が出てしまった、と慌てて体勢を戻して一礼した。一方の先輩は苦笑しながら頭を撫でてきた



「お前、何か小動物みてぇだな」
『小動物?』

グワングワンと頭を撫でられながらポカンとする私に岩泉先輩はおかしそうに笑った後、そうだと何かを思い出したのか、撫でる手を止めた



「お前、横断幕の言葉考えたんだってな」

え!?、と大袈裟に反応してしまった。何でみんな知ってるんだろうか…



『あの、考えたというか…いや、考えましたけど、横断幕にするほどじゃないっていうか…』

「どんなヤツにしたんだ?」
『いや、気にしなくて良いですよ。本当に大した事ないんですって』

「別に隠す事じゃねぇだろうよ」
『えぇ…』

そんなに食いつかれるとは思っていなかった。恥ずかしさが頭をいっぱいにするけれど、岩泉先輩の眼力に負けて口を開いた



『みッ…身を砕け…です』

暫くの無言の後、岩泉先輩はほぉ…と笑みを浮かべて頷いた。笑われた…何にかおかしかっただろうか…


『へ…変でしょうか…』
「いや、全然」

即答されて思わず目を見開いてしまった。一方の岩泉先輩は私の肩を軽く叩いて続ける


「随分、今のお前にはぴったりな言葉だと思ってな」

良いんじゃねぇか?、と愉快そうに笑う岩泉先輩。みんな私に合っているというけれど、そこまでだろうか…



『私は努力してるとかではなくて…その…やりたい事をしているだけというか…』

「努力してるよ、お前は」

え?、と岩泉先輩を見ると、さっきの笑顔とは全く違い、何故か真剣な表情だった



「努力してるかどうかなんて自分じゃ分かんねぇ。でも、誰かが頑張ってるって思ったらそれは努力してる事になるんだよ。俺だけじゃねぇ。及川も朱美も、他のスタメンもお前は努力してるって思ってるだろうよ」

胸張れよエース、とまた頭を撫でられた。本当に先輩は…嬉しい言葉をすっとさも当たり前かの様にすんなり言ってくれる。あの男前な朱美が好きになる訳だ







◆◆◆ ◆◆◆







「と、いう訳で今回の横断幕の案は身を砕け・・・・に決定しました。拍手ー」

部活が始まってすぐにスタメンが集められ、横断幕の言葉がみんなに告げられた。悟られない様に平然としていたが、何故か視線を感じる。チラッと視線を向けるとみんなが私を見ているのにぎょっとした




「絶対これ、唯織のだよね」
『はい?』

「唯織ちゃんで間違いない」
『ぇ、え?』

朱美や先輩がそう言うと周りの部員も頷く。咄嗟に主将に目をやるけれど、主将も苦笑しながら手を横に振った。バレたと悟った瞬間には顔にみるみる熱が集まってくるのを感じてみんなから目を逸らした

バレた…バレたバレた
ヤバいヤバい…めちゃくちゃ恥ずかしい…




「良いじゃない!」

先輩の1人が突然そう言った。思わず逸らしていた目を恐る恐る向けると、その先輩は立ち上がって空手の突きの様に両手を交互に出しながら続ける



「そういう練習中でも試合中でも燃える言葉、嫌いじゃないわ!あと半月もない今の私達にはぴったりな言葉だと思う!」

みんなやる気出してくわよー!、とその先輩が腕を高く上げて言うと周りの子達もおー、と同じ様に手を上げた。一方の私は呆気に取られたけれど、素直に嬉しさが込み上げてきて、逆にまた顔に熱が集まる

主将もみんなのやる気スイッチが入った事に満足しているのか、笑顔を浮かべながら手を叩いて再びみんなを注目させた



「今日から各々自分の基礎フォームを再確認しながら練習するように。応用ばかり練習して、基礎が疎かになるプロだって少なくないわ。基盤をしっかり固めていくようにしてね」

応用ばかり…
主将の言葉にギクッと鼓動が少し速く鳴った。エアフェイクばかり練習している日々。なかなか上手くいかないけれど、それって…もしかしてエアフェイクにばかり根気詰めてしまっていたからかも…

今日は気分転換にでもエアフェイクではなく、基礎のトスやレシーブ、スパイクの練習をしよう。そんな事を考えているとみんなそれぞれ練習する為に散り散りになった







『ねぇ、朱美』
「ん?」

コートに戻る朱美の背中を叩いた


『今日の放課後はエアフェイクはやらずに、前みたいにサーブとかレシーブとかそっちの練習をしたいんだけど…』

「主将の言葉が気になるの?」

これまた図星な所を突かれた。正直に頷くと、朱美は小さく笑った



「エアフェイクばかりしてるかもしれないって思ったんでしょ?確かにあんた、最近部活中も居残りの時もエアフェイクの事ばかり気にしてたもんね」

良いんじゃない?、と勝手にエアフェイクに付き合わせているというのに、朱美は私にそう笑い掛けた。今度は違う練習がしたいだなんて身勝手だとは思わないのだろうか。若干罪悪感にも似たモノが浮き沈みするけれど、敢えて何も言わずにお礼だけ言った

それからはやると決めたら今日は初心に戻って体力作りから始めた。コーチにお願いして、スタメンは筋トレから練習メニューを見直した



「まずはミッションランニングから!」

ミッションランニングは普段のランニングにプラスして、コーチの指示で色々なアクションを行うランニング。ジャンプ、腿上げ、うつ伏せ、バービージャンプなどをランダムに指示されるが…



「テンポ遅くなってるぞ!もっと気張れー!」

「死ぬー!」
「速い速い!」

暫くやっていると周りの後輩や先輩達が騒ぎ始めた。最初は楽しげな雰囲気だったけれど、やはり後半から皆へとへとになり始めている

だけど、朱美と私は無言でやり続ける。それは多分、この迫った時間に焦りを感じていたからかもしれない。いつもキツい練習ではすぐに疲れたぁ!、と誰よりも早く愚痴を零す朱美もキツそうな顔をしつつもペースを落とさない








「何あれ何あれ、怖い」
「女バレは今日は一段とハードにやってるな」

練習中の矢巾と渡が女バレが騒がしいのにいち早く気付き、苦笑しながら言い合う。それに他の部員も動きを止めて女バレのトレーニングに見入る



「部活序盤からハードだねぇ」

トス練を止めて苦笑する及川の隣に水分補給をしていた岩泉がやってきた



「相変わらずあいつ等は弱音吐かねぇな」
「やっぱり岩ちゃんもそっちに目ぇ行くよね」

「夢咲に関しては女バレの中でも体力ある方だって知ってっから心配はしてねぇ。けど、問題は朱美の方だ。練習しててあんまり持久力あるイメージがねぇからぶっ倒れなきゃ良いがな」

ほほぉ…とその発言に及川は少し口元を緩ませて肘で岩泉を軽く小突いた



「最近は朱美ちゃんが心配なの?」
「まぁ…気持ちと体力が比例してねぇっつーか」

頑張ってんのは分かるんだがな、と思ったよりもやはり監督目線な発言に及川はガクッと肩を落とした

そういう言葉を期待していた訳じゃないんだけどなぁ…







◆◆◆ ◆◆◆







「10分休憩!その後サーキットやるからな!1列に並んでおけよ!」

そう言ってコーチも1度体育館から出ていった。その途端私も含めてその場にスタメンは崩れ落ちた。さすがに私もこの1発目はキツい。肩で呼吸して必死にバクバク鳴っている心臓を落ち着かせる


「ちょっと…サーキットもほぼほぼッ…同じじゃないよぉ…」

さすがに朱美も息を詰まらせながらも倒れたまま愚痴を零した。サーキットはさっきのランニングの足踏みバージョンの様なモノ。高速で足踏みしながらまたもランダムにアクションを指示される



「完全にコーチも火が点いてっぽいわね…」
「今日こればっかりやるんでしょ…無理だぁ…」

先輩も肩で息をしている。後輩に至ってはヨロヨロになりながら水を飲みに行っている



「さすがのあんたもキツいでしょ、今日」
『うん…久々に死ぬかと思った…』

苦笑しながら言うと朱美も苦笑し返してきた。今日の部活はコートでの練習も基礎的なモノがメインで、ほとんどコンビネーションとか試合を想定した練習ではなかった

根元から叩き直された気がする。後から聞いた話だと、コーチもあの横断幕の言葉が気に入ったらしく、インターハイに飾っても恥じない様に部員も身を砕く思いで練習させると豪語していたとか…

それを聞いてやっぱりあんな言葉にしなければ良かったと心底後悔した私はまだただなのだろうか…


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