ご縁






「じゃあ、私達は戻ります」

朱美がそう言って住職に礼をして背を向けた。私も同じく頭を下げた後に背を向けると、住職に呼び止められた



「此処で出逢う方々とはご縁があると考えておりまして、よろしければ此方を貰っては頂けませんでしょうか?」

そう言うと、住職は懐から巾着袋を取り出すと、中から丸くて薄いガラス製で出来た500円玉くらいの水晶玉を2つ取り出した

手渡された私達は首を傾げながらもその水晶玉を眺める。とても透明感のあるガラスで、傾けて初めて中に水らしき液体が入っているのに気付いた



「めちゃくちゃ綺麗な水が入ってる」
『うん…傾けなきゃ分からなかった』

「これはあの本殿の裏の森の奥にある池から汲んだ湧き水です。不思議な事に台風等の後でもこの透明度は維持されています」

住職曰く、その池だけは立ち入り禁止区域にしており、住職しか行き来出来ない様になっている程に神聖な場所なのだという。この湧き水を毎日汲み、この水晶玉の中に入れて、私達の様なこの場所で出逢うご縁のある人・・・・・・にだけ渡しているのだとか…



「試合前に縁起良い物貰っちゃったね」
『ね』

ありがとうございます、と2人で頭を下げた。と、住職は何故かえっと…と少し言いにくそうに頬を掻いて、口を開いた



「その湧き水は貴女方が持っていても良いのですが、出来れば異性に差し上げて下さい。そちらの方が恩恵を受けやすいので」




『「え?」』

何処に付けようか、と話している時に言われた住職からの言葉に少しの間の後、私と朱美は揃ってそう声を漏らしてしまった






◆◆◆ ◆◆◆






「なーんか、不思議な人だったねー」
『うん…何か今も不思議な感覚が残ってる』

お昼時で賑わうカフェで昼食を摂りながらあの神社での出来事を思い返していた



『それでどうする?これ』

バックから取り出した住職から貰った例の水晶玉。その場で何処にでも付けやすくする為に住職が紐で括ってくれたのは良いものの…



「異性にあげた方が効果が高まるんだよね。ホントかな?」

朱美が疑心暗鬼になるのも納得だ。住職の話ではこの水晶玉に入っている湧き水はその昔、例の神様が戦友である男性に戦前に飲ませ、その結果、その男性は翌日の戦で白星を上げたという

だから、異性に勧めるとその湧き水の恩恵をより受けやすくなる…というのだが…

今までにこういった目に見えない力なんて信じていなかったし、頼る事もなかった。おまじないの類もジンクスも信じていない私はやはり参拝の時同様に弄れている




「私は岩泉先輩に渡そっかなー」

ふふふ、と頬を赤く染めて言う朱美。でもまぁ…朱美はそうだろうなとは思っていた。明日は男バレ休みだからいつ渡そうかなぁ、と悩んでいる朱美から水晶玉に視線を落とす


私はどうしようか…

京谷君…には嫌味だと思われそうだし、だったら矢巾君?それとも金田一君…影山君…とか?

水晶玉を眺めながら特に接する事が多い子達を頭に思い浮かべていると、朱美からの強い視線に気付いた



『何?』
「そんなに悩む事ないわ。あんたは及川先輩に渡すべきよ」

思わず目を見開いて固まってしまった。今考えていた候補の中にいない名前が飛んできたから…



「何その予想外みたいな反応は。岩泉先輩が出てきた時点で思い浮かぶ…っていうか、そもそも1番接点のある異性じゃないのよ」

『ぁ…そ、そうだけど…うん…』

朱美の言う通り、先輩とは確かに1番私の中では接点のある男性だ。日頃からお世話になっているのに、何で出てこなかったのだろうか…




『私はやめとこうかな…』
「え?何で?」

『何でって…』

何でだろ…
手元の水晶玉を見下ろす。何で…やめとこうと思ったんだろうか。いつもなら普通に渡そうと思える筈なのに…それが勝利祈願のお守りであるなら尚更だ。あのミサンガの時やサポーターの時は躊躇いなんてなかったのに…





「先輩に好きな人がいるから?」

水晶玉を弄る手が止まった

好きな人…




「い、いるよ!」

『うん…多分そう…』

先輩のあの時の表情を思い出してしまった。周りの子達に見せる笑顔とは違う、何て言えば良いのか表現出来ないけれど…何で思い出しただけでモヤつくの…




「唯織?」

『ぁ…えっと、先輩には…うん。好きな人がいるから…このお守りとか…そもそもそれを知った時点であのミサンガも…サポーターも渡すべきじゃなかったんだよ』




「そんな無神経に男に話し掛けてる貴方が恋愛なんて出来る訳ないじゃない!」

ヤンデレな所は置いておいて、あの子の言った事は合っていると思う。平気で男性に話し掛けてしまう私が特定の誰かに何か想うのは難しい…というか、どう感じればそれになるのか分からない

そんな私が…況してや好きな人がいる先輩にこれ以上個人として何かを渡すのは…ただ先輩を困らせてしまうだけだ。先輩は優しいから断らないでくれるだけで…




『ちょっと…図々しかったかもしれないから…』

水晶玉をしまいながらポツリと言った唯織に朱美はふぅん…と頬杖を付いて相槌を打った。及川の気持ちを知っている分、歯痒さがかなりあり、唯織の様子を見て言いたくなった自分をぐっと押し殺す

今までの男性に対しての反応とは明らかに違うという事を唯織自身が気付けないと意味がない…というより、外部からそれを指摘したとて、唯織は勘違いだの気のせいだのと言って、それを認めない



「初恋って難しいよねぇ…」

ボソッと朱美が言った言葉に唯織は気付いたのか、何?と反応をするが、朱美は何でもないと苦笑して同じく水晶玉をしまった






◆◆◆ 次の日 ◆◆◆






「姉ちゃんとの買い物疲れるんだけど、ホントに」

「何よ、文句ある?」
「ありません…」

昼頃のショッピングモールに駆り出されていた及川は不満気にため息を吐いた。姉との買い物は服のあれこれや雑貨のあれこれを散々相談され、しまいには荷物持ちを言い渡されるお決まりのプランだ。ため息も吐きたくなる



「及川さーん!」
「やばッ!めっちゃイケメン!」

行き交う人に紛れて及川を知っている学生がちらほら現れては握手やら写真やらを強請られる。最悪なのは姉を彼女だと間違われる度に否定しなければいけない面倒がある事。似てる似てない関係なく、男女2人でいれば誰しもデートだと勘違いしやすいものだが…



「あんたモテるわねぇ」
「うるさいな」

嬉しくないよ、とそっぽを向いた及川の反応に姉は目を丸くして、気付かれない様に小さく吹き出した。俺めっちゃ女の子に声掛けられるから、とつい最近までドヤ顔を向けてきたのに…




「あの子とはどうなの?」
「は?」

カフェでの休憩中、アイスコーヒーを飲む及川に姉は尋ねる。が、唐突な質問に及川は怪訝気味に反応をした



「あの子って誰?」
「あんたがこの前言ってた男に興味のない女の子」

内容が分かり、及川はグラスを置くと、椅子の背凭れに凭れながら浅くため息を吐いた



「変わらずだよ。俺は気持ちを伝えられてないし、その子も気付いてない」

ていうか…と及川はジト目で姉を見た



「勝手にお母ちゃんに話した事、許してないからね」
「まぁだ拗ねてんの?良いじゃないのよ、別に」

「姉ちゃんだって好きな奴をお母ちゃんにバラされて怒ってたじゃんよ」
「女と男は別問題です」

パフェのスプーンをビシッと向けて姉は真顔で即答した。やれやれ…と及川は何度目かのため息を吐く



「早く告んなさいよ。見てて焦れったい」
「それが出来れば苦労しないんだってば。でも…遠回しには伝えてるつもりなんだよ…」

「あんたねぇ、異性に興味のない女なんてこっちからアプローチしないと振り向く訳ないじゃないのよ。現に全く進展してないし」

うっ…と及川は痛い所を突かれた様に表情を歪めた



「それにあんたはチャラ男なんだから、ちゃんと他の子達とその子で差別化しないと分からないっつーの」
「チャラ男じゃないって」

「チャラ男じゃん。彼女取っかえ引っ変えしてるくせに」
「ちょっと人聞き悪い!」

ムスッと口を尖らせる及川を姉は手を左右に振り、はいはいと軽く宥めた。何度か彼女が出来た様だが、今現在片想い状態である及川の新鮮な雰囲気に内心楽しい姉だった






◆◆◆ ◆◆◆






「もぉ、どんだけ物欲あるんだよー」
「良いの良いの。休日に買い物して、また明日から頑張るんだから」

夕方頃に家までの帰路に着いた及川と姉。案の定荷物係を任されてしまい、両手に持つ紙袋を見下ろして不機嫌気味に眉を寄せた



「今日の夕ご飯なんだろうね」
「オムライスって言ってた気がする」

暫くそんな雑談をしながら歩いていると、何処からか男同士が揉め合っている声が聞こえてきたのに、思わず2人は立ち止まった


「何だろ」
「あそこ辺りかしら」

姉が指差した方向を見ると何件かの住宅越しから柵と滑り台が見え、公園があるのに気付いた。怒鳴り声らしき声だったのもあり、少し様子を見に行く事に…



「ンだよ!本当の事言っただけだろ!」
「うるせぇ!又聞きのくせに決めつけんじゃねーよ!」

遠目から揉めているのはジャージ姿の男3人。背丈や声の高さからして恐らく中学生くらい。言い合いを聞くに1対2の様で、双方手を出してしまったのか顔や手に怪我をしている


「子供ねぇ、中学生にもなって」

呆れ顔で肩を竦める姉だが、一方の及川はその3人の内の1人に目がいっていた。何処かで見た事ある様な…



「夢咲の姉ちゃんは墮エースなんだから、引っ込んでろって兄ちゃんが言ってたぞ!」

ドクンッと鼓動が速くなるのを感じた

夢咲…
あぁ、あの子ってやっぱり…



「姉ちゃん、先帰ってて」
「は?あ、ちょっと!徹!」

及川は荷物を姉に手渡すと、駆け足でその3人組の方へ向かっていってしまった







「墮エースの弟のお前じゃ、エースになれねぇよ!」
「頑張るだけ無駄だっつーの!」

「うるせぇな!姉ちゃんはッ…」
「はーい、ちょっと失礼」

言い合う唯織の弟と2人の間に笑顔で割って入った及川。突然の見知らぬ人間に一瞬2人はたじろぐ。無理もなく、自分達よりも圧倒的な背の高さである人間から見下ろされたら、言い様のない威圧感を感じるだろう



「な、何だよ!邪魔すんなよ!」
「関係ねぇだろ!」

「中学生にもなってみっともないと思わないの?」

及川が1歩1歩微笑を浮かべたまま近付いて行くと、面白い程に2人は後ずさる。弟からは後ろ姿しか見えていないけれど、どっかで会った様な…と少し感じながらも唖然としていた



「な、何なんだよ!」
「どっか行けよ!」

「どっか行くのは君達じゃない?」

及川は目の前で立ち止まると、笑顔を消して2人を睨み下ろし、一言



「言ってる事、分かるよね?」

さっきの割って入った時よりも低いトーンの声。何を言っても動じずにそう言い放たれた2人は完全にビビり倒され、もう行こうぜ!と足早に目の前から駆け去って行った



「少し大人気なかったかな」

苦笑しながら振り向いた及川を見上げたまま、弟は目を丸くして固まっていた



「どっかで…会った事ありましたっけ?」
「俺は君のお姉ちゃんの先輩だよ。1回家の前でベランダ越しだけど会ってる」

ベランダ?と考える様に腕を組む弟に及川は少し意地悪な笑みを浮かべた



「お姉ちゃんに勉強教えてって強請ってたよねぇ」

ハッとそう言われた途端に思い出したのか、弟は顔を真っ赤にすると慌てて首を横に振った



「あ、あれはマジでテストの事忘れててッ…!いいいつもはちゃんとやってますから!」

恥ずかし紛れに早口で弁解する弟の姿に及川は小さく微笑んだ。その後、とりあえず何があったのか聞く為に近くにあったベンチに揃って座った

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