優しさ








『あの…ジョニーさん』
「ん?あれ、アデラ」

次の日、婦長から許可をもらって復帰した。そして、ギャレットを連れてやってきたのは科学班の方々が作業をされている科学室へ訪れていた

ある事をジョニーさんに頼む為にやってきたのだが、人に頼み事なんてした事がなかったからか…気まずい。すると、そんな心情を察してか、ジョニーさんは歯を見せて優しく笑い掛けてくれた



「遠慮せずに言ってみなって、ほらほら」
『ぁッ…えっと…ギャレットにその…帽子を作ってあげたいと思いまして』

頭に乗っかっていたギャレットは嬉しそうに飛び跳ねている。ジョニーはギャレットとは初めて会ったからか、なるほどね、とまた笑った



「確かギャレットは元々アデラが持ってたゴーレムだったんだよね」

『はい。このままだと何か味気ないというか…せめて何か身に付けさせてあげたいと思って。ジョニーさんは隊服もデザインされたとお聞きしたので、お頼み出来ないかと』

ふむ…とジョニーは顎に手を当てて考える。暫く唸っていると、何か思い付いた様に手を叩いた



「もし良ければ、アデラも一緒に作らない?」
『私ですか?』

「うん、縫い方とか教えるし。やっぱりご主人に作ってもらった方がギャレットも喜ぶんじゃないかな?」

ジョニーさんの提案にギャレットは頭から目の前まで移動してコクコクと頷いた。縫うって…裁縫とかやった事ないんだけど出来るのかな…








◆◆◆ ◆◆◆








『いッ…!』
「Σわわッ!大丈夫!?」

ジョニーさんから教わりながら作業する事30分。ひとまず帽子のイメージを書き出して、早速布を縫い始めた。手に何回も針を刺しながらも順調に作業は進んでいた

1時間も経っていないのに指は早くも絆創膏だらけ。針が刺さる痛さに徐々に手先が震えてくる。そんな私の様子にさすがにジョニーさんも苦笑していた



「学校の課題とかじゃないんだから、もっとゆっくりやっても良いんだよ?」
『いッ…いえ!ジョニーさんもお仕事がありますし、何としても今日中に完成させます!』

ぐぬぬぬぅ…と針と布とにらめっこさせながら縫い合わせていく。すると、不意にジョニーさんが小さく吹き出した



「アデラもそんな顔するんだね」
『…そんな顔?』

「ほら、初めて会った時は何処か険しい顔してたし、俺の事も怖がってたじゃん?そうやって必死になってる顔するなんて思ってもなかったからさ。今隣でこうやって何か作ったり話したり出来て嬉しいなぁ」

照れ臭そうに頭を掻くジョニーさんに私も照れ臭くなり、紛らわす様に再度手を動かした。ギャレットはジョニーさんのメガネが気になるのか、長い尻尾でいじいじしていた







◆◆◆ ◆◆◆







非番のアレンは自室のベッドで横になり、暇を持て余していた。付き添いのリンクはアレンに背を向けて、机で報告書などをまとめて整理していた



「リンクー」
「用もないのに呼ばないで下さい」

「全く、ほんっとに堅いんだから。そんなだと、アデラに嫌われちゃいますよ?」

思わずリンクは報告書や資料を書く手元を止めた。ベッドに腰掛けたアレンはニヤニヤ笑みを浮かべながら続ける



「リンクってばアデラの前でだけ、いつにも増して紳士っぽくするもんですからねぇ」
「グラシアナは関係ないでしょう。そういうつもりもありませんし」

「気が合いそうなのにですか?」
「ウォーカーが気にする事ではないでしょう」

リンクは浅くため息を吐いて、再びペンを走らせた

グラシアナはただのエクソシスト。もし何か特別な感情が仮に芽生えたとしたら、それは恐らくあの過去の悲惨な映像を見た事によって同情の様なモノを抱いたのだろう

グラシアナの生き様にモノを思った事も…これからのグラシアナの在り方について口を出した事も。全ては魔が差しただけだ




『ありがとうございます』

頭に過ったあの時のアデラの笑顔。不意打ちといえど、一瞬息が止まり、鼓動も早くなった。あれは何だったのだろうか…

リンクは無言で胸元に手を置いた



「リンク?」
「なッ…何でもありませんよ」

怪訝そうに顔を覗き込んできたアレンに呼び掛けられ、リンクは我に返った。首を横に振り、誤魔化した








「ギャレット可愛くなったわねぇ」
『ジョニーさんに手伝って頂いたおかげですよ』

廊下からリナリーとアデラの話し声が聞こえてきた。それにアレンはいち早く気づき、リンクの腕を引っ張った



「ウォーカー!まだ報告書を書いている途中ッ…」
「気晴らし気晴らしー。そんな1日中紙と睨めっこしてたら、そんな歳から白髪になっちゃいますよ?」

ほらほら、と半ば強制的にリンクを連れ出してアレンは部屋を出た。そして、すぐ近くの所で立ち話しているリナリーとアデラの所へ駆け寄った




「お2人共、どうなさったんですか?楽しそうですね」
「あら、アレンくん。それにリンク監査官も」
『こんにちは、お2人共』

軽く一礼するアデラの後ろから、ギャレットがひょこっと現れた。声を掛けてきたのが顔見知りのアレンとリンクだと気付くと、ギャレットはすぐさま2人の前へ飛んでいった




「オシャレですね?その帽子」

ギャレットが被っているのはシルクハット風の帽子。ちょうど頭にピッタリな大きさで、尻尾にも水色のリボンが結んであった。ティムもアレンの頭からギャレットの方へ飛んでいき、珍しそうに見つめている




「この帽子はアデラが?」
『はい。ジョニーさんに手伝って頂いたんですけど、ギャレットも喜んでくれたみたいで。尻尾のリボンはジョニーさんがプレゼントしてくれたモノなんです』

「さすが、ジョニーもセンス良いわよねぇ」

ギャレットはみんなに見せびらかす様に周りを飛び回り、ティムもその後ろをついて行く



「ほらほら、リンク。アデラが頑張って作ったモノですよ?何か言う事あるでしょう?」

アレンにグイグイとアデラの前に突き出されたリンク。アデラが見上げる眼差しに気づき、リンクは浅く息を吐いた



「手先が器用なんですね」
『ぁッ…ありがとうございます』

「良く出来てると思いますよ。努力されたんですね」

リンクはアデラの手を見て言った。その目線が絆創膏だらけの指にいってると気づいたアデラはすぐさま後ろに隠して苦笑した



『なかなか上手く進まなくて…気付いたらこんな手に…』
「手は大事にして下さい」

リンクから手を気遣われたのにアデラは頬を赤くしてはにかみ、ありがとうございますと一礼した。リンクの言葉にアレンとリナリーはお互いニヤニヤ顔を見合わせて笑った


「なッ…何ですか」
「リンクはホントにアデラに優しいですね?」

「リンク監査官、いつもお堅い口調だものね。アデラも照れちゃって可愛いんだから」
『いえ、そんな…ハワードさんはいつもお優しいですし』

はにかんだままリンクを見上げるアデラ。リンクは目が合うと咳払いをしてアデラから目を逸らした



「私は優しい訳ではありません。思った事をそのままお伝えした次第です」
「もぉ、つれないなぁ。もう少し言い方ッ…Σってティム!?」

ティムがギャレットの尻尾のリボンを加えて引っ張っている。涙目でギャレットはアデラに助けを求めている



「ちょっと!ティム!はーなーれーろぉ!」
『Σわわわッ!ギャレット大丈夫?』

ティムをすぐにアレンが引っ張り戻したおかげで、解放されたギャレットは大粒の涙を流しながらアデラに擦り寄った。まるでいじめられた子供の様に…

よしよし、と宥めていると目の前にティムが飛んできた。何をする事もなくアデラを見つめている



「もぉ、ティムは。ギャレット大丈夫ですか?」
『はい。幸い噛まれてたリボンも無事ですし』

フワフワ浮いているティム。ギャレットと違って表情が分からないから首を傾げる




『もしかして…ティムもギャレットみたいに帽子ほしいの?』

やっと気付いてくれたと言わんばかりにティムは頷いて見せた。ギャレットが羨ましかったのか…



「ティム、羨ましいからって引っ張ったり噛みついたら可哀想じゃないですか。今度ジョニーに頼んでみましょう」

アレンの提案にティムは静かにアレンの頭へ戻り、ポフッと着地するとそのまま大人しくなった。それにホッとひとまず安堵し、アデラもギャレットに再び話し掛けた



『ギャレットもそんなに見せびらかしたりしないの。喜んでくれるのは嬉しいけど…』

頭を撫でると反省している様にしょんぼりしたギャレット。隣で見ていたリナリーはそんな2人の様子を見て、小さく笑った




「まるでアデラはギャレットのお母さんみたいね」
『お母さん…ですか』

リナリーはハッと口に手を当てた。アデラの表情は何も変わっていない。けれど、他の3人はやはり過去の事を知っている為、口を噤んでしまった



『お母さんならしっかり守ってあげなきゃですね』

そう言うと、ギャレットは頬に擦り寄ってきた。それにアデラははにかんだ笑顔を浮かべた

お母さんなら…
その言葉はアデラが口にする事によって、他の誰よりも重たく感じた


【優しさ END】

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