違和感
「良いもの決まって良かったわねぇ」
『はい、これで大丈夫かどうか不安ではありますが…』
教団に戻る為にゲートのあった場所まで向かっていた。私の手には何とか選んだハワードさんへのプレゼント。次はどう渡すかだけれど…いつもアレンさんが隣にいるというか、ハワードさんの職務内容で言えば仕方ないのだが、恥ずかしさが倍になる
リナリーさんがみんなに渡す時に一緒に渡そう
うん、そうしよう。そうすれば別に変な感じにならないだろうしッ…
ドンッ!
悶々と考えてしまっていたから目の前を見ていなかった。反動で後ろによろけたが、目の前に誰もいない。慌てて足元を見ると、そこには尻もちを着いた金髪の男の子がいて慌ててしゃがみ込んだ
『だ、大丈夫!?ごめんなさい、前見てなくて…』
「大丈夫」
すぐに立ち上がったその子は軽く服を叩くと礼儀正しくお辞儀をして駆けて行ってしまった。怪我はしなかっただろうか、と気に掛かった時、男の子が尻もち着いた場所に光る物が落ちているのに気付いた
拾うと何やらシルバーのボタン。まじまじと見ていると、私が後に着いてきてないのに気付いたリナリーさんが引き返してきてくれた
「どうしたの?」
『今男の子とぶつかっちゃって。これ、落としていっちゃったらしいのですいませんが先にゲートに向かって頂けませんか?後からすぐ行くので』
「あれ、そのボタンって…Σあ、アデラ!」
駆けて行ってしまったからすぐに見失ってしまうと思い、アデラはリナリーの反応を待たずに男の子を追いかけていってしまった
「もぉ、アデラてば。でもあのボタンって…何か前の団服のに似てたわね」
引っかかる物があったものの、リナリーは仕方なく先にゲートに向かった
◆◆◆ ◆◆◆
『あれ、見失っちゃったかな…』
確かに男の子がが向かった後を追ったつもりだったけれど、人混みが激しかったのもあり見失ってしまった。確かにこの路地裏に入った気がするんだけど…
それにしても立派なボタンだなぁ
鉄?結構傷とかはあるけど…
ふとボタンの後ろを見た。そこには掠れてしまっていて薄らしか見えないけれど、ケビンとしか見えない。誰かの名前なのか、ケビンの後の文字もあるけれど傷みのせいでよく見えない
「何してんの?お嬢さん」
ボタンをまじまじ見ていたから前方から人が来るのに気付かなかった。顔を上げるとそこにはラフな格好をした長身の男の人。黒髪、クセが強いのか全体的に跳ねてる
『え、ぁ…えっと…』
ほ、本当の赤の他人。どうしようッ…怖い…
俯いていると、あろう事かその人は近くまで歩み寄ってくると顔を覗き込んできた。不覚にも目が合ってしまった
右目に泣きぼくろがある。美人さんだと思ったが、やはり人馴れしていないせいか咄嗟に目を逸らした
「道にでも迷った?」
『いえ…そのッ…』
どうしても声がつまってしまう。この人は親切で聞いてくれているのに…失礼だ…
『ごめんなさいッ…私あまり人と話すの慣れてなくて…』
アデラが目を逸らしながらぎこちなく言うと、男はへぇ…と不適に笑みを浮かべた。不意にアデラの手に何か握られてるのに気付いた
「何持ってんの?」
手元を指さされたアデラは思い出した様に男に手の中のボタンを見せると、男の眉がピクッと動いた
『男の子見ませんでしたか?このボタン落としていっちゃって…』
「ちょっと見せてもらっていい?」
頷くと男の人はボタンを手に取り、まじまじと見た後、裏を返してあぁ…と声を漏らした
「因みにさ、その子供の外見覚えてる?」
『あ…はい。えっと確か暗めの金髪でマスク付けてました』
説明すると、何か心当たりがあるのか男の人は微笑んで手を叩いた
「それ、俺の知り合いだわ。イーズってヤツ」
『え、そう…なんですか』
「このボタンも俺があいつにプレゼントしてやったヤツだ。今は訳あって会えてねぇけど…」
訳あって会えない。会いたそうな表情を浮かべて言った男の人を見て眉を下げた
本当にその子に会いたいんだろう
不審者…という訳ではなく、本当に知り合いか…
『その子に届けようと思ってたんですけど、追い掛けてたら見失っちゃって…見かけてないですか?』
男は首を左右に振って苦笑した。困ったな…と辺り見渡していると、男は微笑んで言った
「これ、俺が預かっててもいい?」
『え、でも…』
「会えない分、これを持ってればアイツを思い出せそうだからさ」
そんな事言われたら拒否出来ない。会えない分…これでこの人の心が少しでも癒せるなら。あの子の知り合いなんだし、プレゼントした本人だ。渡しても害はなさそう
小さく頷くと、男は嬉しそうにありがとうと言うと上着のポケットにボタンを入れた
『こちらこそありがとうございます。私が持っていても、またあの子に会える可能性は低いでしょうし…』
「そういえば、あんた此処の人?見かけない顔だけど」
『私も此処は初めて来たんです』
そういえば…この人は何でこんな路地裏にいるんだろうか。見た感じ何かがある訳でもなさそうだし…
『貴方は何でこんな路地裏に?』
「あぁ…そうだなぁ。俺は人捜ししてたっていうか」
誰かとはぐれたのか…でもそれにしては冷静だ
ていう事は個人的に誰かを捜してる?
「俺の家族が最近見つかったらしくて、どんな奴かなぁと思って捜してたんだよ」
何か引っ掛かる言い方だった。あまり家族のあり方について知ってる訳じゃないからよく分からないけれど、何か違和感を感じた
最近見つかった…行方不明とかだったのかな…
『あの…その方は…見つかったんですか?』
恐る恐る聞くと、男の人は私の目を射抜くように見下ろして口角を上げた
「見つけたよ」
ドクンッ、と低く鼓動が鳴った。途端に頭に鈍い痛みが走った。咄嗟に頭を抑えたが、足元がふらつく。男の人がすぐさま手を取って支えてくれたが、触れた瞬間にあのマスターの時と同じ不快な何かを感じ、手を振り払ってしまった
男の人は驚く素振りはないものの、弾かれた手を見つめて黙っている
『ぁッ…ご…めッ…ごめんないッ!』
深く礼をして、背を向けて走り出してしまった。とてつもなく失礼な事をしてしまったけれど、あの人とずっといてはいけない。すぐに離れなければッ…と本能が叫んでいた
アデラが路地裏から出て、見えなくなってもまだ男は手を見下ろしていた
「ティッキー?」
路地裏の壁から突然扉の様な物が現れ、中から出てきたのは紫色の髪にパンクファッションの少女。肌は灰色、額には十字架の聖痕が広がっている
「ロードか。覗き見なんて、趣味悪ぃぞ?」
「別に覗き見じゃないよ。ティッキーが急にどっか行っちゃったから、わざわざ捜しにきてあげたんだよ」
頬を膨らませながら拗ねた様に言ったロードだったが、ティキの表情がいつになくご機嫌そうだったのに首を傾げた
「もしかして、あの子が千年公の言ってた子?」
「そうみたいだな。まさかあんなか弱そうな子だとは思わなかったよ」
「ティッキーだけズルいー!私も話してみたかったぁ!」
ブーブーと駄々をこねるロードを宥めながら頭を撫でたティキは喉を鳴らしながら笑った
「まぁ、気長に待とうぜ。どうせ俺達からは逃げられねェんだから」
◆◆◆ ◆◆◆
「あ、アデラー」
夢中で走って、ゲートまで戻ってきた。そこにはリナリーさんが心配気に待っていてくれた
『ごめッ…なさい。待たせてしまってッ…』
肩で息をしているアデラにリナリーは慌てた様子で駆け寄り、背中を摩った
「どうしたのよ?何かあった?」
『いえ…何でも』
とりあえずあの子の持ち物は返したようなモノだし、もう良いか。あの人の事も忘れよう…
そう心に決めたものの、ゲートを潜って白い街を歩いている間も、私を射抜いたあの瞳を忘れられずにいた
◆◆◆ ◆◆◆
「ただいまー」
リナリーとアデラがゲートから現れると、出迎えたのはジョニー達。リナリーは早速買ってきた珈琲豆をジョニーに手渡した
「これ、美味しいかなと思ってアデラと選んだの。後でみんなに淹れるね」
「ありがとう、いつも。助かるよ…ってあれ?アデラ、大丈夫?顔色悪くない?」
ジョニーさんが心配気に顔を覗き込んできて、ボーッとしていた事に気付き、慌てて首を左右に振った
『そ、そんな事ないですよ。何もありません』
「アデラ、私みんなにコーヒー淹れるから悪いんだけど他のみんなにお土産渡してきてくれる?」
リナリーは先程からアデラの異変に薄々気付いていた。だから話を切り替える為、お土産を手渡した。アデラは素直に了解し、中へ入っていった
「落し物を男の子に届けてから、ずっとあんな感じなの。本当に何もなければ良いんだけど…」
アデラが出ていった方を見つめながら言ったリナリーにそうだね、とジョニーは相槌を打った
中に入り、地下から何階か上に上がった。スタスタ歩くアデラだったが、徐々に足取りが重くなり、とうとうしゃがみ込んでしまった
忘れろ…忘れろ忘れろッ…
頭がヒドくズキズキと痛む。未だにあの私を射抜いた瞳が忘れられない。分かってる。あの人はただたまたま出逢った赤の他人
なのに…何でこんなッ…
こんなに怖いと感じるのか…
「アデラ?」
頭上から呼び掛けられた。見上げるとアレンさんと後ろにはハワードさんが。2人を見た途端に頭の痛みはすぐさまひいた。あれ…と急にひいた痛みに困惑していると、アレンさんがしゃがみ込んで背中を摩ってくれた
「大丈夫ですか?気分でも悪いんですか?」
『ぁッ…そのッ…』
今さっきまで全く別の事を考えていたせいで、反応があやふやになってしまった。説明するべきなのか。ただ自分勝手にあの人に怖がっていただけで…
黙り込んでしまった。すると、アレンさんは優しく笑って私が持っていたお土産を一気に全て手に持った
『Σあの、それは…』
「ついさっきリナリーから聞いたんです。アデラがみんなにお土産渡しに行くから楽しみにしててって。でもこんなにたくさんあるなら、男手があった方が良いですよ」
誰に何を渡すのかは袋にメモが貼り付けてありますしね、とアレンは得意気に胸を張り、唖然としているアデラに背を向けた。リンクも後を着いていこうとしたが、そこでアレンは振り返り、リンクの胸に手を当てて軽く押した
「何ですか」
「リンクはアデラに着いててあげて下さい」
アレンの言葉にリンクは眉を寄せて、いつも以上に険しい表情になった
「何故私がグラシアナの傍にいなくてはいけないんですか」
「ほら、リンクってアデラに優しいし、アデラもリンクが傍にいて安心すると思いますよ?」
よく分かっていない様に首を傾げるリンクに、いいからいいから、とさっさとアレンは通路の奥へと駆けて行った。ため息を吐いて呆れているリンクに近付き、アデラは顔を覗き込んだ
『あの…ハワードさん。大丈夫ですか?』
「私にはウォーカーを監視する役目があるというのに…」
アデラに気付いていないのか、ブツブツと不満を漏らしているリンク。再度呼び掛けると、漸く気付いた様に我に返った
『大丈夫ですか?』
「…いえ、何でもありません」
不意にアデラは辺りを見渡した。誰もいない事を確認し、誰にも気付かれない様に隠し持っていたリンクへのお土産を見せた
「これは…」
『えっと…わ、私が選んだんです。ハワードさんに』
手渡されたのは髪飾り。赤い筒状の髪留めだ
リンクは日頃から長い髪を束ねては、白い髪留めで止めていた。不意にリンクは前に髪を出した
「髪留めですか」
『ハワードさんへのお土産はどうしようかと思いまして…でもお好きなモノとか思いつかなくて…』
考えてたら髪留めが頭に浮かんだんです、と遠慮気味に伝えた。リンクは髪留めを見つめて黙っている。その反応にアデラは慌てて続けた
『だ、大丈夫ですからね!センスもないですし、押し付けみたいになってしまいますし!無理に付けなくてもッ…』
「いえ、頂きます」
リンクは自身の髪を解き、また結び始めた。髪を解いたのを初めて見たアデラはリンクの髪がサラサラで綺麗だと魅入った。そして、いつもの髪に纏めるとアデラからの髪留めを付けた
「ありがとうございます」
『あのッ…とってもお似合いだと思います。こちらこそありがとうございます』
身に付けてくれた事にホッと安堵した。やっぱりハワードさんはとても優しい方だ。受け取ってくれたのもそうだけど、その場で何の抵抗もなく付けてくれた。とりあえず良かった
「何か私もお返しを考えておきます」
『いいです!いいです!私が勝手にお渡ししただけなので!』
いつもお世話になってますし…と言うけれど、ハワードさんは納得いってない様に腕組みした。考えてくれている。本当に優しくて、律儀な方だ。とは言ってもお返しが目的で渡した訳ではない分困った
どうしたものかと考えていると、買い物中の時にリナリーさんが教えて下さったある事を思い出した
『ハワードさんのケーキ、食べてみたいです』
「はい?」
予想外な事を言われたのにリンクもいつになく呆気にとられた様な返事をした。アデラは苦笑しながらリナリーが言っていた事を伝えた
『リナリーさんから教えて頂いたんです。ハワードさんの作るケーキはケーキ屋さんのモノより美味しいって。今日初めてケーキを食べたんですけど、とても美味しくて…それ以上に美味しいって好評のハワードさんのケーキを食べてみたいなと』
どうですか…?とダメ元のつもりで聞いてみた。すると、ハワードさんは暫く無言で考える様に顎に手を当てている。やっぱりダメかなと思ったけれど、ハワードさんは特に嫌がる素振りは見せずに口を開いた
「私ので良ければ」
『い、いいんですか?』
「プロのケーキ職人に勝るかどうかはともかく、一応ケーキは趣味で作っています。なので、特に断る理由はありません」
その言葉にアデラはパァアと効果音が似合うほど、嬉しそうに笑顔を浮かべた
「貴方は最近、よく笑うようになりましたね」
『え、ぁッ…そうですか?』
アデラは自身の顔を触りながら不思議そうに首を傾げた。あれほど精神的に傷付き、人と接する事にも怯えていたというのに。今はよく笑っているのを見る
「安心しました」
リンクの口元は微妙にだが緩んでいる。アデラはその表情を見て目を丸くした
『ハワードさんが笑っているところ…初めて見ました』
「私が?」
無意識にだったのか、全く気付かなかった様にリンクも目を丸くした。それにアデラは口元に手を当てて小さく笑った
「…おかしいですか?」
『いえ、ハワードさんの笑顔は素敵だと思います』
アデラが微笑むと、リンクは照れ隠しなのか目を逸らした。またアデラの笑顔を見た瞬間に鼓動が高鳴った。胸を抑えるとアデラが心配気に尋ねるが、リンクは首を左右に振って目を合わせる事なく何でもありません、と一言答えた
【違和感 END】