気掛かり
『立派なお屋敷…』
依頼主の屋敷は長くそこに建っているのか風格がある屋敷だった。大きな門の横にあるブザーをアレンさんが押す。暫く待つと門の向こうから執事らしき燕尾服を着こなした白髪の男性がやってきた
「お待ちしておりました。黒の教団の方ですね」
「ぁ…はい。よく分かりましたね。僕達が教団だって」
アレンさんが言うと執事さんは微笑んで会釈した
「此処を訪ねる方は滅多にいませんから。それに、見るからに一般の方ではありませんし」
中をご案内致します、と執事さんは私達を屋敷の中へ案内してくれた
◆◆◆ ◆◆◆
執事さんに着いていきながらある程度の屋敷の部屋を案内してもらった。屋敷なだけあり、部屋の数が多い。でも既にお嬢さんと執事さんとメイドさんくらいしかいないから、ほとんどは空き部屋となっていた
『こんな広いお屋敷じゃあ…何かと大変ですよね』
「そうですね。私もすっかり年老いてしまっているので、お嬢様とかくれんぼや鬼ごっこをする際は少しばかり大変な事もあります」
大変…というわりには嫌そうな顔をする訳でもなく寧ろ嬉しそうな微笑みを浮かべた執事さんに思わず私も微笑んだ。お嬢さんの事が大好きなんだろうな…
「ところで、此処のお嬢さんは何処に?」
アレンさんが尋ねると、執事さんは苦笑して上の階を指さした
「まだおやすみになっています。お目覚めになりましたら、皆様をご紹介させて頂きます」
事前にコムイさんからお嬢さんについて情報はもらっていた。お嬢さんは4歳。そりゃあこんな朝早くに起きてる訳ないよね。どんな子なんだろう…と上の階に続く螺旋階段を見上げていると、執事さんは私達の方に振り返って首を傾げた
「申し訳ありません。お尋ねしたいのですが、今回お嬢様に着いていて下さる方はどなたでしょう?」
『あ、えっと…私です』
私が控えめにだが手を上げると執事さんはホッとした様に微笑んで頷いた
「良かった…安心しました」
『どういう意味ですか?』
私が聞くと、執事さんは無意識に出た言葉だったのか聞き返された事に驚いた様に慌てて何でもないです、と答えた。その様子には私だけでなく他のみんなも怪訝そうな表情を浮かべていた
◆◆◆ ◆◆◆
「そろそろ今回の任務について確認しておきましょう」
ある程度の屋敷を案内された後、大広間でアレンさんが執事さんからもらった屋敷の中、周辺の図を開いた
「神田とマリが屋敷の外周り。僕達が屋敷の中。それでアデラが…」
『私はお嬢さんの部屋ッ…Σぉあッ!』
後ろから足元に誰かがぶつかった…というかしがみつかれた。慌てて見下ろすと、そこには4歳くらいの小さな女の子がしがみついて私をじっと見上げている
『貴方もしかして…此処のお嬢さッ…』
「おぉ嬢様ぁあぁあ!」
背後から猛スピードでさっきの執事さんが駆けてくる。その勢いなんてこの執事さんは本当にお爺さんなのか、と思うほどに足が速い
「お目覚めになられたのなら教えて下さいませ!寝室にいらっしゃらなくてとても心配したのですぞ!」
執事さんの言葉にお嬢さんはイタズラに微笑んだ
「お爺は私が何処にいてもすぐ見つけてくれるから、言わなかった」
うへへ、と笑うお嬢さんの表情に執事さんは困った様に微笑むとお嬢さんを抱き抱えた。すると、お嬢さんは私達の方に目を向けて首を傾げた
「お爺、この人達誰?」
「本日このお屋敷を警護して下さる方々です。最近何かと物騒でして、お嬢様の護衛にも就いて下さいます」
護衛?と首を傾げると執事さんは私達を見渡して微笑んだ
「お嬢様をお守りするという事です。お嬢様に危険が及ばない為にお屋敷の中や外も見守ってくれるのです」
ご紹介しましょうね、とお嬢さんを抱えたまま執事さんはそれぞれの目の前まできて、名前を伝えていった。神田さん以外は親しみやすく笑顔で会釈している
ハワードさんも笑顔ではないものの、礼儀正しく一礼している中で何故かお嬢さんは執事さんの懐に顔を埋めて皆さんを見ようとしない
「此方の方は本日お嬢様をお守りして下さる方です」
『アデラ・グラシアナです。よろしくお願いします』
私もみんなに習って笑顔で会釈した。すると、私の声を聞いてか分からないけれどお嬢さんは漸く執事さんの懐から顔を上げて此方を見てくれた
「…女の人だよね?」
「ご安心下さいませ。この方は女性でいらっしゃいます」
執事さんの言葉にお嬢さんの表情は嬉しそうに緩んだ。私や他の人達はその反応にお互い見て首を傾げた。女性か男性か…お嬢さんはそこにこだわっているのだろうか…
「これからそれぞれ持ち場に就いて頂くので無線機を付けておいてください」
ハワードさんは任務ではお馴染みの無線機を皆に手渡していった。そして、神田さんはさっさと屋敷の外へ向かい、マリさんもそれに着いて行った
「全く、相変わらずの愛想のなさですね」
アレンがやれやれとため息を吐いていると、リンクはアデラに目をやった
「グラシアナ、お嬢さんの部屋で些細な事でも何かあれば無線をして下さい」
『は、はい…』
眉を下げているアデラの背中をアレンは優しく叩いた
「緊張してます?」
『その…実際にお守りする方を目の前にすると少しだけ怖くなってしまって。本当に私でこの子を守れるのかな…て』
お嬢さんに視線を向けると歯を見せて笑ってくれた。微笑み返すも心の中ではモヤモヤが募る。嫌な予感がするのは気のせいだろうか…
「お爺、私アデラと一緒にお部屋に戻る!アデラ、抱っこしてぇ!」
そう執事の腕から身を乗り出して、抱っこをせがむ姿に慌ててアデラは腕を持ってそのまま執事の懐から自身の懐へ抱き移した
『あの、じゃあ私…お嬢さんのお部屋に行きますね』
アレン達に一礼したアデラは娘を抱えて屋敷の奥へ歩いていった。やれやれと安堵した様に微笑む執事に、アレンは気に掛かっていた事を尋ねた
「お嬢さんはその…随分アデラの事を気に入ったみたいですね」
「あ、いえ…申し訳ありません。お嬢様はその…男性が苦手なのです」
執事は申し訳なさそうに眉を下げて告げた。男性が苦手…だからアデラ以外の僕達にはあんな反応だったのか、とアレンは察した
「何か原因があるのですか?」
リンクの言葉に執事は言いにくそうな反応を見せた
「言いにくい事でしたら無理には…」
「いえ…皆様はお忙しい中、本日の警護を引き受けて頂きました。この話をするのは最早義務に近いです」
執事は一呼吸置いて話し始めた。話の内容は既に他界した娘の両親の死因についてだった。両親は娘を連れて遠出をしていた。だが、その帰り道に事故に遭ったという
「その事故の原因…警察は自殺と結論づけました。旦那様と奥様はお嬢様を連れて心中なさるおつもりだったのだろう…と」
「じ、自殺って…」
「それとお嬢さんの男性嫌いが関係されているのですか?」
執事は頷くと両手を握りしめて、悔しそうな…まるで後悔しているかのように表情を歪ませた
「私は…旦那様と奥様はAKUMAに殺されたのだと確信しております」
その言葉にリンクもアレンも目を見開いた。此処でAKUMAの名が出てくるとは…
「私は1度だけAKUMAを見ています。恐ろしかった…ただ身体が動けずに物陰に隠れて襲われる方達の悲鳴を聞いている事しか出来ませんでした」
執事さんは歯を食い縛り、両手を更に強く握り締めた
「旦那様も奥様も大変お嬢様を大切にされていました。ご夫婦仲も良く、経済的にも安定されていたのに自殺など…考えられません!」
この写真をご覧下さい、と執事は懐から取り出した1枚の写真をアレンとリンクに見せた。写っているのは無惨にボコボコに傷付いた車だった
「これは…」
「当時の写真です。無理を言って警察の方から1枚頂きました。此処をご覧下さい」
執事が写真のあるボンネットの部分を指さした。そこには何やら3本の爪痕の様な傷が大きくついていた。これが原因で車は炎上。だが、両親の死はそれだけが原因ではないと執事は言う