夢
夕方頃になると、ぼんやりと屋敷内の灯りが灯った。ほとんどの時間を部屋で過ごし、たまに出るとすれば昼食の時間やお稽古の時間ぐらい。その間は特に何も変わった事はなかった
不思議に思うのは、何故街から離れたこの屋敷の近くにAKUMAが現れるのか。レベルを上げる為なら人の多い街に出没する筈のAKUMAが何故…
〔そろそろ時間的にAKUMAが現れてもおかしくないくらいですけど、何か異変はありますか?〕
ベネッタさんがお風呂に入る為に浴場まで付き添っている時、無線からアレンさんの声が聞こえた。ベネッタさんに聞こえない様に小声で返す
『此方は特にありません』
私の返しの後すぐにマリさんも異変はないと応答してきた。屋敷周辺も異常はない…AKUMAがいないのに越したことはないけれど、何だか気味が悪い
〔引き続き、不審な点があれば報告して下さい〕
はい、と了解して無線を切った
「どうしたの?アデラ」
『ぁ…いえ、お気になさらないで下さい』
ベネッタさんの後ろ姿を見つめながら考える
人口の多い街ではなく、敢えてこの屋敷の近辺に潜んでいるとしたら目的は何なのか。大浴場に着くまで頭の中で私に分かる筈もない考えが巡っていた
『今からお嬢さんはお風呂に入られるので、私は脱衣場で待機してます』
無線に一先ずお嬢さんの行動といる場所を伝えると、各々から了解の声が聞こえた。目の前のベネッタさんは服を脱ぐのに手間取っている様で中々脱げずにいた
「アデラ、こっち引っ張ってくれる?」
『はい』
目の前にしゃがみ、服を上から引っ張る。その直後、引っ張った服に引っ掛かったのか、あのバレッタが外れた。すぐさま気付いて床に落ちる前に受け止めた…のは良かった
ピシッ!
『ぅ゙ッ…!』
その髪飾りをに触れた瞬間、何か鋭い電流の様な…言い様のない衝撃が一瞬だが身体を走った。何とか髪飾りは落とさずに済んだが、突然の事だったから心臓がバクバクうるさく鳴る
「アデラ?」
『ぁ…あぁ、ごめんなさい。何でもないんです』
誤魔化す様に首を左右に振り、ベネッタさんの脱ぎ掛けの服を脱がせた。何だったのだろうか…
気のせいかと自分自身も誤魔化したが、一瞬でもバレッタから感じた異様な気配が頭から離れなかった
◆◆◆ ◆◆◆
「あのさリンク」
「何ですか」
「今更なんですけど、何でこの辺りでAKUMAが目撃されたと思います?」
前を歩いていたアレンが歩きながらリンクに尋ねた
「私もそれは思っていました」
「レベルを上げる為ならこんな人気のない所にわざわざ現れますかね?」
「この依頼はあの執事からのモノです。1度AKUMAを見掛けた事があるという理由で過剰に心配している可能性もなくはないです」
「この周辺でAKUMAを見掛けたのは気のせいって事?」
「言い切れませんが。あと可能性があるとすれば、イノセンスの回収ですかね」
イノセンス、という言葉にアレンは足を止めて振り返った
「この屋敷の何処かにあるかも…ってことですか?」
「あり得ない話ではないでしょう。イノセンスの出処は今でもはっきりしていませんから」
リンクの言葉にアレンは無線の電源を入れた
◆◆◆ ◆◆◆
〔皆、聞こえますか〕
『は、はい』
突然無線が鳴り、すぐさま応答した
〔警備している中で何か不可解なモノとか見てませんか?〕
不可解なモノ?
どういう意味か分からずに皆の話に聞き入る
〔不可解なモノというのはどういう意味だ?〕
マリさんが私も思っていた事を聞いてくれた
〔AKUMAの狙いがイノセンスの可能性があるんですよ〕
思わずぇ…、と小さく声が漏れてしまった。アレンさんは続けてこの考えが当てずっぽうではなく、そう思った根拠を話し始めた
さっき私も思っていた人気のないこの屋敷周辺でAKUMAが現れるのは何故か。理由を考えたらイノセンスという答えが浮かんだのだという
〔まぁ…可能性はなくはないな〕
〔何かそれらしきモノがあれば言って下さい〕
各々ないと答えるが、私にはそれらしきモノに心当たりがあった。言うべきか…言わなくてもいいのか…
〔グラシアナ〕
『はッ…はい!』
〔そちらはどうですか?〕
ハワードさんに問い掛けられ、咄嗟にバレッタの事を伝えようとしたが…
『な…何もありませんでした』
多分あれは気のせいだ。今この時間帯が1番皆の神経が張り詰めてるから、余計な事を言ってしまう訳にいかない
〔そうですか。何かあればすぐに知らせて下さい〕
『はい…』
「ねぇねぇ、アデラ。誰と喋ってるの?」
『べッ…ベネッタさん!?そんな身体が濡れたままで出てきたらダメですよ!』
念の為脱衣場から出て、通路で無線の応答していたのがマズかった。裾を引っ張られたと思ったらベネッタさんが身体を拭かずに通路まで出てきてしまっていた
『す、すいません!無線切ります!』
一方的に無線を切って、風を引かせまいとベネッタさんを脱衣場に戻らせ、速攻でびしょびしょの身体を拭いた
「あ、お爺ぃ」
寝巻きに着替え、勿論あの髪飾りも忘れずに付けたベネッタさんと手を繋ぎながら部屋へ戻っている最中に執事さんに出会した
「お嬢様、お湯加減は宜しかったですか?」
気持ち良かったよ、と笑顔で話すベネッタさんに微笑んで相槌を打つ執事さん
「アデラ様もお嬢様を見守り下さってありがとうございます」
私もご一緒に部屋に参ります、と執事さんが言うとベネッタさんが執事さんに抱っこをせがんだ。はいはい、と嬉しそうな表情をしながらベネッタさんを抱き上げる執事さんを見て、自然に口元が緩んだ
お2人は本当に可愛い人達だなぁ…
そうして部屋に向かっている最中、執事さんの後ろ姿を見て妙な気持ちになった。違和感がある。本当にご老人なのだろうか。見た感じ60代だと思うのだが、ベネッタさんを猛ダッシュで探し回ってたり、何回も抱っこをせがまれても平然と疲れも見せない
執事としてしっかりしているだけなのか、それとも見た目とは裏腹に若いのだろうか。そんなどうでも良い様な事を考えている間にベネッタさんの部屋に着いた
「お嬢様、そろそろおやすみのお時間ですよ。宜しければアデラ様もおやすみになられては如何でしょう」
『いえ、私は部屋の前で見張りをしてます』
そうですか?、と少々心配気に眉を下げた執事さんだったが、腕時計を見て急いでベネッタさんと部屋に入っていった。部屋の扉越しから寝るのをごねるベネッタさんとそれを宥める執事さんの会話が聞こえ、和んだ
執事だから時間には厳しいんだろうな…
「夜にまでお騒がせして申し訳ありません」
『そんな、良いんですよ。気になさらないで下さい』
部屋から出てきた執事さんはすぐさま私にまた深々と頭を下げてきた
「お嬢様があんなに楽しそうになさっているお姿を見るのは久しぶりです。アデラ様のおかげです」
『執事さんと話しているベネッタさんも楽しそうですけど』
苦笑しながら言うと、執事さんは首を左右に振って微笑んだ
「お嬢様がお名前で呼んで良いと許可する方なんて滅多におりません。長年のメイド達ですら許しをもらっていませんから」
『そう…なんですか。少しでも楽しんで下さっているなら私も嬉しいんですが』
「とっても喜んでおられますよ。あ、私メイドに皆様のお夜食をお作りする様に言って参りますね」
暫しお待ち下さいね、と一礼して執事さんは通路奥へ駆けて行った。やっぱりしっかりしてるなぁ…と遠くなっていく執事さんの姿を見つめながらしみじみ思った