人格






「おーい、エースー」
「……」

「エースさん?聞こえてます?」
「……」

サッチの部屋の隅のイスに座って頭を抱えているエース。部屋に勢いよく入ってきたと思えばかれこれ30分…ずっとこうだ




「クロムと何かあったのか?」
「サッチ…お前仕組んだろ」

ビクッ!と面白い程の反応をしたエースがベッドに足を組んで座っているサッチを軽く睨んだ。サッチは可笑しそうに笑って、手を軽く横に振った



「仕組んだなんて他人聞きわりぃなぁ。せっかく寝起きのわりぃお前の為に最強の目覚ましを送ったのによぉ」

「やっぱりお前かぁあ…もうヤベェ…マジで…」

サッチの仕業だと知り、エースは肩を落として頭を雑に掻いた。やってしまったクロムへの行為。決してやらない様に…1番やらない様に気を付けていた筈なのに…

あの匂いと服装を目の前にして脆くも崩れた自分が情けない。エースは今までにない程に落ち込んでいた




「なぁんだ何だぁ?そんなに落ち込む位な事しちまったのかよ?オジサンに教えてみ」

「押し倒しちまった…クロムを…」

「は?押し倒したってこう…ドーンって?」
「それ以外ねェだろうが」

ジェスチャーで表すサッチにエースが軽く睨みながら答えた。サッチはまさか実際に行動していた事に驚いた。てっきり歯止めを効かすと思っていたからだ




「そうか、そうか。とうとうエースも大人になったかぁ」

「サッチ、炙りと丸焼きどっちが良い?」
「ごめん、ごめんなさい。オジサンが悪かったからその手元の火を消してくれ。すぐに」

本当に丸焼きにする勢いのエースの目つきにサッチは完全にからかいが効かないくらいに後悔している事を悟った。サッチも一応クロムの匂いについては気付いていたが、そこまで極度に反応するまでではなかったから、平気だと思っていたが…

エースは本能に負けたという所だろうか。隣で本気の落ち込み具合を晒すエースの姿を見て、大人ではなく、やっぱりまだまだ子供だな…とサッチは心の中で少し毒を吐いた






◇◇◇ ◇◇◇





「こっちは磨き終わったぞぉー!」
「おぉ!ご苦労さーん!誤って落ちるなよぉ!下はどうだぁ!」

「まぁ綺麗にはなったんじゃねェかぁ!十分だろぉ!」
『粗方終わったなぁ!そろそろ切り上げるぞぉ!』

翌日の朝、零番隊全員でモビーディック号の外壁の掃除を行っていた。巨大な帆とメインの胴体を縄で宙ぶらりん状態で作業していた

朝から昼頃まで作業してやっと半分終わったくらいだが、一旦手を止めて昼ご飯にしようと甲板に戻った隊員達はゾロゾロと食堂へ入っていった




『今日はすげー天気良いと思ったが…あっちぃな』

「ほら、これ飲め。熱中症になるぞ」
『おぉ、サンキュー』

クラウスから手渡れた水を飲んだ。綺麗に磨かれた甲板に座り込み、青空を眺めながら思わず微笑んだ



「なぁに笑ってんだよ?」

『いやぁさ、何か…こういうのが幸せって言うのかなぁって』

広い青空を見上げながら伸びをする。クラウスもそうかもな、と満更でもない表情を浮かべて空を見上げている。と、そこにマルコがやってきた



「ご苦労さん」

『よぉ、マルコ。結構綺麗になっただろ?アイツら今日張り切ってたからなぁ』
「確かに」

今日の天気がやけに良かったから、あたしが突拍子もなく提案した今回の掃除作戦。隊員達は嫌な顔なんてせずに、寧ろ綺麗にしたったれー!と乗り気であった



「オヤジも喜ぶよぃ。この船もな。あ、お前らはもう昼飯は食べたのかよぃ」

『食べてねぇけど…何で?』
「サッチがアイス作ってるとさ。オリジナルの」

あぁ、それを知ってたからアイツら足早に食堂に向かったんだなぁ…

こんな暑いなら無理ねぇか、と苦笑した。もう少し外で空を眺めていたかったが、腹も空いてきたのもあり、サッチのオリジナルアイスを拝見しに3人で食堂に向かった





「おりゃおりゃあッ!どんどん食え食えぇえッ!」

「うめぇな。このアイス」
「さっすがサッチぃ。味に間違いなしだな?」

食堂は涼しさを求めてアイスの列が出来ていた。サッチはサッチでオリジナルアイスの好評に嬉しそうに厨房でひたすらアイスを作っていた




『好評だな、サッチ』
「あっちぃのにお疲れさん」

「おぉ!おめぇらも船掃除お疲れさん!零番隊は頑張ったご褒美で大盛りにしてやるよ!」

手渡されたのはカップに入ったレインボーカラーのアイス。見た目的にはかなりのインパクトだが…




『これ食べて大丈夫かよ』
「いやいや、まさかそんなヤバいモンは入ってねェだろ?マルコも食ったんだよな?」

「さっき食って腹に異常ねェから多分大丈夫だろ」

食堂は男達でごった返していたから一旦3人は甲板で船縁に座って雑談しながらアイスを食べた。確かに美味いな、と驚きながら食べていると…マルコがあ、と思い出した様に声を漏らした




「そういえばお前ら、今日エース見たか?」

エースの名が出てきて、思わずアイスを掬った手が止まってしまった。思い出すのは昨夜の出来事。この2人の察しの良さは日頃から知っているから、何かあった事を悟られない様に平然としてみせる



『部屋にでもいるんじゃねぇのか?』
「いや、俺はてっきりまたお前と何かあったんじゃねェかなぁ…て」

『はぁ?勝手にそんな心配ッ…』



「俺を煽らないでくれ」

過ぎった言葉とエースの顔。言葉を中途半端に止めてしまった事に気付き、即座に言い直す




『知らねぇよ。勝手に決め付けんな』
「えッ…あぁ、すまねェよぃ」

クロムは眉間に皺を寄せながら言った。不機嫌とは少し違う…本当の反応を隠す様な素振りだという事を2人は気付いていた。クロムが最近何処に出掛けたという訳ではない事から恐らくエースから何かされたか…

マルコとクラウスは不意に目が合うと、苦笑し合った




◇◇◇ ◇◇◇





『そういやさ、お前らに聞きてぇ事あるんだよ』

「は?聞きてェ事?」
「何だよぃ」

エースから話題を逸らそうと思い付いた事を尋ねた。まぁ、実際どんなモノなのかふわふわしてる状態だったせいもあり、ちゃんとした答えがほしい



『男には2つ人格があるって本当か?』

その問い掛けに2人は目を丸くしてお互い目を合わせた。質問の意味が分かっていない様に揃って首を傾げた



「何だよ、その質問。この世の男が全員多重人格じゃねェんだから全員が全員って訳じゃねェだろ」

「クロムらしくもねェ質問だな。誰から聞いたんだよぃ」

『別に誰でも良いだろうが。男じゃねぇと分かんねぇと思ったから聞いてみただけだ』

何故か口を尖らせながら答えたクロムに疑問を抱きながらも2人は腕を組んで考えた



「人格ねェ…」

「そんなのどういう状況下で出るかによるだろうよぃ」
『状況下?』

マルコは海に足を投げ出す様に向き直って、続ける



「簡単に言えば、追い詰められた時とかこう戦ってる時とか。戦闘狂みたいにな」

あたしとクラウスも同じ様に海側に向いて、空を見上げながら唸る。状況下って…あの状況下で出る人格って…何?ますます意味分かんなくなってきた。

3人で腕を組んで考えていると、そこに後ろからあたしの隣に身軽に船縁に飛び乗ってきたのはサッチ。暑かったのか、腕まくりをして、頭に巻いていた手ぬぐいを解いてあたし達を見下ろした




「よぅ、お前ら。アイス美味かったか?」
「おぉ、美味かった美味かった。さすがだな」

「お前の唯一の取り柄だもんな」
「サラッと心に刺さる事言わないで。他にも取り柄はあります…って何変な顔してんだ?クロムは」

『変な顔で悪かったな』
「嘘嘘。んで?どうしたんだよ?」

一先ずサッチに今みんなが頭を捻らせている原因であるあたしの質問の内容を伝えた。すると、別に詳しく言ってもいないのにサッチはあぁ…と含み笑いを浮かべた




「なるほど」
『何だよ』

「いんや、別に。でも、あんまりよろしくないからさ。その疑問の答えは。誰から聞いたのかは聞かねェけど、詮索しない方がいいかもだぜ?」

『は?』

怪訝気味に声を漏らすと、サッチは座り込んであたしの背中を軽く叩いて歯を見せて笑った



「多重人格とかに関しては、俺達より詳しい奴がいるじゃねェか」

『誰だよ』

「お前の知り合いにいんだろ?医者が」

『医者……ってぁああッ!

何かを思い出した突然声を上げたクロムに3人は思わずビクッ!と大きく反応した



「なッ、何だよ。驚かすなよ…」

真隣で叫ばれたサッチは胸に手を当ててキョドった。当の本人であるクロムは頭を抱えて唸っている。顔色は晴れの日に似つかわしくない程に蒼白としていた



『ああぁ…やべぇ…やべぇ…』

「何をそんなに思い詰めてんだよぃ」

『今日は元々ローの所に行く約束だったの忘れてたぁ…』

そう、今日は前々から約束していた日だった。朝から訪ねるとあたしの方から約束を取り付けたのに、すっかり忘れていた。不機嫌に足を組んでいるローの姿が想像出来る

今更遅いと思いつつも、恐る恐る子電伝虫を懐から取り出した。プルプルプル…と鳴り続ける子電伝虫の目が開くのを待つのも怖い

そして、ガチャ、と発した子電伝虫の表情は明らかに不機嫌だったのに苦笑しながら声を掛けた




『ろッ…ローさん?』

応答がない。嫌な予感しかない。子電伝虫の目があたしを鋭く睨んでいる



『おはようございます…』
〔おはようじゃねェだろ。もう昼だぞ、こら〕

不機嫌な低いトーンのローに苦笑が崩せない


『うぅ…ごッ…ごめん…ごめんなさい…』
〔まさか忘れたなんて言わねェよなぁ?あんなに意気揚々と時間指定したもんな〕

ブスッと更に罪悪感で傷んでいる心を抉る言葉を掛けてくるローに何も言い返せない



『…怒ってます?』

〔怒ってねェ。だが、早く来ねェとペナルティがお前を待ってる〕
『行きます行きます。今すぐ向かいます』

即座に小電電虫を切って顔を上げると、当然の如く会話を聞いていた3人は苦笑していた




『シバかれてきます…』

「部隊は俺が見といてやるよ」
「オヤジに一言言ってこいよ?」

一先ず近くの隊員にストライカーの準備を頼み、クロムはオヤジの部屋へ急いで向かった。その後ろ姿を同情の眼差しで3人は見送った



「あいつは相変わらず他にも好かれてんなぁ」
「ウチの隊長は何でかそうなんだよ」

「まぁ、良い事なんじゃねェかよぃ。ところでサッチ、お前さっきのクロムの質問の意味分かってたみてェだが…」

「…さぁて、どうでしょ」

とぼけ顔のサッチの返答に浅くマルコはため息を吐いて、一方のクラウスはガクッと肩を落とした


【人格 END】

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