始まり
あ
あ
あ
『もうお前が白ひげに入って1年経つな』
「そうだなぁ」
クロムとエースは甲板で隣同士並んで横になって、青空を見上げていた。もうエースは初々しさの欠片もなく、今の立場を弁えつつ、大いに白ひげで活躍していた
「おーい、お2人さん。ちょっと相談なんだが…」
『いつものリーゼントが喋り掛けてきてまーす』
「俺には何も見えません。何も聞こえません」
「Σ何なの!?何でそんな面倒くさそうな反応すんだよッ!おじさん泣いちゃうよ!?」
口を尖らせながら不貞腐れるサッチに冗談だよ、と宥めて改めて尋ねた。どうやら相談事の主はオヤジらしく、とりあえずサッチに連れられてオヤジの部屋へ向かった
『オヤジが相談事とか珍しすぎ』
「どうしたよ、オヤジ」
相談事という割にオヤジの表情は愉快そうな表情。拍子抜けしながらも尋ねると、オヤジの後ろからマルコに連れられてやってきたのは見知らぬ男
白髪で俯いたまま。表情は分からないが、見知らぬその男の登場にエースとクロムは揃って首を傾げる
「こいつが白ひげに入団したいんだと」
「…は?」
『え、ごめん。急すぎて追い付かない。そもそも誰だよ』
その言葉で漸く男は頭を上げた。その男の顔を見て、一瞬、クロムの心臓が低く鳴った
「リヒトです。白ひげ海賊団は昔から憧れていて、是非入団させてほしいです」
服から見える身体の至る所に古傷らしき痕が残っている。年齢はあたしより下だろうか。その男は薄く微笑んで、一礼した。ジワジワとした違和感が襲ってくる
何だ…こいつ…
何処かで会ったか…?
「クロム?おい、クロム」
『あッ…あぁ…』
呆然としている所をエースに呼び掛けられて、我に帰った。リヒトと名乗った男はにこやかに笑っている
「つーか、そんな簡単に仲間にして良いのか?もしかしたらオヤジを狙ってるかも…」
「まぁ…大丈夫だろぃ。何かあっても俺達がいるし、1人の時点でオヤジを狙おうとする奴なんてクロムぐらいだろぃ」
エースが小声で耳打ちすると、マルコは苦笑しながらそう言い、リヒトの隣まで移動して背中を軽く叩いた
「因みにこいつはお前に憧れてるみたいでな。零番隊の希望らしいよぃ」
『は?』
そんな事を言われて呆気に取られていると、リヒトが目の前まで歩み寄ってきた
「女性なのに白ひげ海賊団で零番隊の隊長を担っているなんて、スゴいと思います。だから俺は零番隊に入って、隊長の事もっと知りたいと思ったんです。なので、よろしくお願いします」
深々礼をされ、正直戸惑った。別に仲間が増えるのは嬉しい事だが…何か引っ掛かる。目の前のリヒトという男は微笑んでいる。表裏はなさそうか雰囲気だが…
『オヤジは良いのか?リヒトの入団は』
「あぁ、構わねェ。息子が増えるのは願ってもねェ事だ。それに、リヒトの戦い方をある程度見たが、なかなかやるぞ?」
『まぁ…オヤジが良いなら良いぜ。零番隊は歓迎する』
よろしくな、と手を差し出すと、リヒトは嬉しそうに微笑みながらはい、と手を握り返してきた。心に引っ掛かる
◇◇◇ ◇◇◇
『お前ら、今日から新しい隊員が入る。新米とか関係ねぇからな。ほら、お前も名前言っとけ』
甲板の中央に零番隊の隊員達を集めて、クロムがリヒトについて紹介していた。背中を軽く押されたリヒトは、軽く会釈して口を開いた
「リヒトです。皆さんの足で纏いにならない様に頑張りますので、よろしくお願いします」
「何か俺達の中にはいないタイプの奴が来たな」
「確かに。爽やか男子って感じだな」
「つーか、何だあの傷痕」
突然の新米隊員に一同は予想通りどよめいていた。クロムは構わずに、隣に立っていたクラウスをリヒトの前へ引っ張っり出した
『こいつが副隊長のクラウスだ』
「よろしくー」
「よろしくお願いします。あの…」
「ん?」
「クラウス副隊長はいつからクロム隊長と?」
首を傾げながら聞いてきたリヒトにクラウスは目を丸くしてクロムを一瞥し、小さく笑って答えた
「こいつとは此処に入団する前から一緒だったんだ。白ひげに入る前はちゃんと海賊団として航海してたんだぜ?因みに、零番隊のほとんどの奴らが元海賊団のクルーだ」
「…そうですか」
クラウスが懐かしそうに話す中、何故かリヒトの表情が一瞬でも険しくなったのをクロムは見逃さなかったが、気にせず船内の案内をする為、クラウスと3人で船内へ入っていった
◇◇◇ ◇◇◇
『まぁ、粗方こんな感じかな。分からねぇとこあるか?』
「いえ、特には大丈夫です」
「まぁ、分からなくなったら誰かに聞きゃあ大丈夫だろ」
最後に食堂付近を説明して、船内の案内を終えた。すると、通路から駆けてくる足音が。3人が振り向くと、零番隊の隊員が1人目の前までやってきた
「マルコ隊長が呼んでますよ、クロム隊長」
『マルコが?何で?』
「さぁ…とりあえず呼んできてほしいって頼まれたので」
頭に?を浮かべながら考えるが、思い当たる事がない。とりあえず呼ばれたからには行くしかないが…
ちょっと行ってくる、とクロムはクラウスとリヒトに笑い掛けて、隊員と一緒に廊下を駆けていった。すると、クロムが見えなくなってから、リヒトが口を開いた
「あの…クラウス副隊長」
「あ?」
「クラウス副隊長は隊長とかなり親しい仲なんですか?」
「んー…まぁな。俺が初めて会った時は、あいつフリーの海賊みたいな感じだったからな。1人で何かと派手にやってたみてェだけど」
「…クロム隊長の生い立ちというか…そのフリーの海賊になる前の出来事とかはご存知ですか?」
リヒトの目付きが何処かしら鋭くなった気がした。クラウスは唐突な質問に目を丸くした
「さぁな、聞いてもあいつ答えねェし。まぁ、あんまり話したくない過去でもあんだろ」
「そう…ですか」
「でも、俺はどんな秘密があろうと、あいつと仲間になった事は絶対後悔しねェよ」
クラウスの言葉に今度はリヒトが目を見開いた。驚いている様な…予想外の事を言われた時の様な表情。クラウスは歯を見せて笑っている
一旦部屋戻るわ、とクラウスが手を軽く振って通路を歩いて行った。残されたリヒトは無言のまま、両手を握り締めていた