復讐
あ
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「おーい、クロム。起きてるかー?」
軽く扉をノックした。リヒトと別れてから暫く経ち、完全に夜中になった。エースは自室にいたが、やはりリヒトの事が気になり、結局クロムの部屋へ来ていた。が、いくらノックしても中から返事はない
さすがにこんな時間でリヒトも部屋に戻って、クロムも寝ているんだと思ったが、取手を捻ると簡単に開いた
「ホントに警戒心がねェな」
相変わらずだな、と苦笑したエースだが……中に入った途端に一瞬で笑みが消え、息が止まった
「……クロムッ…?」
腰を押さえて倒れているクロムがいた。エースは血相を変えて駆け寄り、呼び掛けた
「クロムッ!おい!どうしッ…」
押さえている手を退かすと、腰に深く刺さったナイフが。血が滴って服も真っ赤に変色していた。クロムの顔色も悪い
「すぐに医療班呼んでくるからなッ!死ぬんじゃねェぞッ!」
意識がないクロムに呼び掛けて、エースはすぐさま部屋を飛び出し、医療班のクルーの所へ向かった
◇◇◇ ◇◇◇
「おいッ!クロムが襲われたってどういう事だよッ!」
エースが医療班にクロムの事を伝えてから数分。静まり返っていた甲板が、あっという間に騒がしくなった。クロムの部屋の前では、第1発見者のエースにクラウスが鬼の血相で詰め寄っていた
「説明すっから、頼むから落ち着いてくれよッ!」
「落ち着いてられるかよッ!ふざけんなッ!こんな夜中にクロムを襲えるなんて身内しかいねェだろうがッ!どいつだッ!ごらぁッ!」
「落ち着け、クラウス」
今にも手当り次第掴みかかりそうなクラウスの肩に手を置いて、マルコが呼び掛けた。そしてやって来たマルコに言いにくそうにエースが尋ねる
「マルコ、そっちはどうだった?」
「お前の言う通り、もぬけの殻だよぃ。きっと…今回の事はリヒトの仕業だろぃ」
「…は?リヒト…が?」
まさか自分の隊の隊員の名前が出てくるとは思いもしなかったクラウスは言葉を失った
「でも、何でリヒトだって分かったんだ?」
「たまたまあいつが誰かと喋ってんのを聞いたんだよ。子電伝虫で」
「何て言ってたんだよ」
「作戦は成功した。標的は負傷してる…て」
エースの言葉にマルコは何かに気付いた様に目を見開いて、口を開いた
「まさかとは思うが…この前襲ってきた奴ら…リヒトの差し金だったんじゃ…」
「Σはッ!?もしそうだとしたら、ホントにあいつクロムを狙ってッ…」
「おい!お前らッ!」
話し込んでいる3人に駆け寄ってきたのはサッチ。血の気が引いていて、いつになく切羽詰まっている様だった
「この近くにどっか島ねェか!?」
「どうしたんだよぃ」
「この前の戦いで怪我した奴が多かっただろ!?それで消毒とかガーゼとか色々足りてねェらしいんだよッ!」
こんな一大事にタイミングの良い最悪の状況。3人は顔を蒼白とさせた
「Σはッ!?じゃあクロムはどうなってんだよッ!」
「応急処置でなんとかなってんだが、出血が多くてどっち道やべェんだよッ!島が近くにあれば調達出来んだが…」
「この近くに島はねェよッ!明後日くらいに次の島に着く予定になってるッ!」
傷の状態から明後日では命に関わってくる、とサッチが続けた。どうする…
その場にいる誰もが最悪の結果が頭に過ぎる中、クロムの部屋の中から子電伝虫が鳴り響いた。何だ何だと4人は部屋の中へ。サッチが手に取ると、子電伝虫の目が開いた
〔おい、まだ起きてるか?〕
「お前ッ…Σトラファルガーかッ!?」
クロムではなく、サッチが出た事に子電伝虫越しのローは怪訝そうなトーンになった
〔クロムはどうした〕
「トラファルガーッ!お前今何処にいんだッ!?」
〔何でお前に居場所を教えなきゃなんねェんだよ〕
「近くにいんかッ!?」
「待てッ!お前まさかッ…」
マシンガンの様にローへ問うサッチの様子に何か勘づいたマルコは肩を掴んだ
「近くにいるなら手を貸してくれッ!」
その言葉に子電伝虫越しのローだけでなく、その場の3人も思わずサッチを呼び止めた
「待てよッ!何考えてんだよッ!」
「そうだぜッ!いくらクロムのダチだからって海賊には変わりねェだろッ!」
〔クロムに何かあったのか?〕
ローの問い掛けに3人の待ての声も構わずにサッチは説明しだす
「ついさっき脇腹を誰かに刺されたんだよッ!今こっちの医療班が応急処置してっけど、こっちも色々あって手当てするのに必要なモンが足りてねェんだよッ!」
このままじゃクロムがッ…!とサッチが続ける。子電伝虫越しのローは黙っている。それに赤の他人の海賊に助けを求めるのはおかしいだろ、とクラウスが呼び止めようとしたが…
〔分かった。一旦医療班に繋げ。俺達が着くまでの間の指示を出す〕
「ホントかッ!?恩に着るぜッ!すぐ医療班に繋げるッ!」
サッチは足早にクロムの治療をしている医療班の所へ向かっていった。エースやクラウスは未だに腑に落ちない様な表情をしていた
「独断で決めて良いのか?あれ」
「どうだろうな。オヤジに直接聞いてみなきゃ分からねェよぃ」
「俺トラファルガーの事何にも知んねェんだけど、任せて良かったのか?」
「それも分からねェよぃ。でも、過去にトラファルガーはクロムを助けてる。一応腕は確かだと思うが…」
◇◇◇ ◇◇◇
ロー率いるハートの海賊団がモビー・ディック号に着いたのは、完全に夜が明けてからだった
マルコから事の経緯を話されたオヤジは治療をローに任せるのを許可し、クロムをハートの海賊団の船内へ運ぶようにクルーへ指示した
「ベポ、お前は白ひげの奴らを治療室に誘導して、いつでも手術出来る様に準備しておけ」
「あいあいッ!」
慌ただしく船内へ向かっていくベポと白ひげのクルーを一瞥して、ローは一旦白ひげの甲板へ向かった。甲板は未だにクルー達がどよめいており、落ち着きがない様子だ
「今からクロムを治療する。やれるだけの事はするつもりだが、絶対に助かる保証はねェ。そこだけは履き違えるな」
言い終えると、再びローは船へ戻ろうと背を向けた。甲板で聞いていたクルー達の表情は曇っている。特に零番隊の隊員に至っては悔しそうに拳を握り締めていた
「くそッ…隊長があんな事になってんのに…俺達は何も出来ねェッ…!」
「くそッ…くそくそッ!リヒトの野郎ッ!マジでぶっ殺してやるッ!」
隊員達が怒声を上げる中、それを止めようとせずに黙って立ち尽くしているクラウスの肩をサッチが軽く叩いた
「部下達が騒いでんぞ、副隊長」
「…悪ぃけど、俺も腹が煮えくり返るくらいにイラついてんだ。何が憧れてるだよッ…あの野郎ッ!」
バンッ!、と壁を殴り付けた。壁にはヒビが…
何故クロムを狙ったのか。その理由が不明である事にも苛立ちを感じていた
これは鎮めるのも難しいな、とサッチは苦笑した。その2人から少し離れた所でエースとマルコも話し合っていた
「オヤジはよく許したな。トラファルガーの事」
「クロムの状態が状態だからな。出血が多い時は、1秒の差が生死を分けるよぃ。オヤジもそれを知ってるから一刻も早く治療してやりたかったんだろ」
「……んで、リヒトの処分はどうすんだよ」
「見逃す訳にはいかねェよぃ。どう処分するかはオヤジの判断だが…」
「そうか…」
「やけに大人しいな。お前の事だからクラウス達と同じくらいに騒ぐと思ってたんだが」
「何か自分でも驚くくらいに冷静っつーかなんつーか…」
エースはその場に座り込み、背中を仰け反らせて空を見上げた。少なからず気持ちが沈んでいるのは分かった
「みんな事が急すぎて頭が追い付いてないんだよぃ。俺だってまさかこんな事になるとは思ってなかったしな」
「でも…」
「あ?」
「もしまたリヒトに会ったら…きっと掴みかかるんだろうなぁとは思う」
事の大きさと突然過ぎたからか、思いの外冷静ではあるものの、恐らく首謀者であるリヒトがまた目の前に現れたら…
冷静ではあるが、心の奥底では丸焦げか、はたまた炙るか。そんな物騒な事を考えている自分自身に苦笑した
【復讐 END】