疑惑






「クロムー、起きてよぉ」

『……ぇッ…?』

誰かに揺すられて瞼を開ける。いつもより瞼が重たく感じるのは気のせいだろうか…

それだけでなく、上半身をゆっくり起こして揺すっている本人を見て思わず息が止まった



『メグ…?』

そこには…あたしに殺された筈の幼馴染みのメグがあの時の姿のままで目の前にいた。あの変わらない笑顔を浮かべて、私の反応に首を傾げていた


「もぉ、お寝坊さんだなぁ」

『ぇッ…何で…』

自分の手を見ると、どう見ても幼い。次に窓ガラスを見ると、映っている自分の姿も幼い。髪も長いまま…

何ッ…今までのは…夢だった?
じゃあみんなは…死んでない…?



「何よ何よぉ、そんな化け物見つけた様な顔しちゃってさ………それともさ」

急に声のトーンが低くなり、顔を上げた瞬間、メグが勢いよくぶつかってきた。その瞬間、激痛と異物感が襲った。 ゴホッ!と口から込み上げてきた血を大量に吐き出した



『メ…グッ…』
「あの時殺した筈の奴が目の前にいるから?」

ナイフを腹に刺して、顔を上げたメグの顔を見て血の気が引いた。さっきまでの笑顔が嘘の様に血まみれで腹も滅多刺しにされていた

その姿は間違いなく、あの時あたしが殺した後に見たメグの最期の姿だった



「痛い…痛いよぉ……クロム…」

『ご、ごめんッ…ごめんなさいッ…!ごめんなさいッ!』

何故謝っているのか…自分でも分からなかった。謝っても許されない事も、過去に戻れる事も出来ないなんて私が1番よく分かってるのに…



「ルイもわたし達と同じ様に…殺すの?」

『そんな事ッ…!』

メグは私からナイフを抜き取ると、それをあたしに握らせて、刃を自身へ向けた。そして…



「う゛ッ…!」
『メグッ…!?何やってッ…!』

メグは私の止めも聞かずに、何度も何度も何度も何度も…自身の腹にナイフを突き刺していく。手を離そうとするも、尋常じゃない力で握られている為、離せない

メグは口からとめどなく血を吐き、それはあたしの服に飛び散る。もう見るに堪えずに吐き気が襲ってくる



「こうやって…こうやってッ…!こうやってッ!」

『もうやめろッ…!やめてくれッ…!』

そう訴えると、メグは血まみれの口角を釣り上げてあたしを見上げた。表情は酷い程に、寒気がする程に生気がない笑顔




「唯一の生き残り。仕留め損なった自分の汚れた過去を知っている。貴方は必ずルイを殺す。私達みたいに残酷に」

そう言って狂った様に笑いながら再びナイフを突き刺し始めるメグ

ルイを殺すッ…
あの時殺し損ねたからッ……殺すッ…
あたしはまた…殺すッ…殺すッ…



「次は…滅多刺し?それともッ…ゲホッ!…八つ裂きッ…?ねぇ…!」

『や…めろッ…!誰も殺さないッ…!殺したくないッ…!消えろッ…消えろ消えろッ…!』






「──いッ!起きろッ!クロムッ!」

誰かに揺さぶられていたのに気付いた。深い所から目が覚めた様に目を見開いた瞳に映ったのは、焦りの表情をしたローだった



「大丈夫か?かなり魘されてたが…」
『はッ…?ぇッ…何でお前…』

「お前覚えてねェのか?身内に刺されて倒れてたんだろうが」

あぁ…そうだ。そうだった
あたしは刺されたんだった。目覚めて間もないフワフワした頭の中でも覚えてるあの光景



『……ルイッ…』
「は?ルイ?」

『ぁッ……いや、何でもねェ…』



「2週間後、“償いの丘”で待ってる」

次に過ぎったのは意識が失くなる寸前にルイが言い捨てた言葉。ローの腕を掴んで咄嗟に尋ねた


『あたしが刺されてから何日経った!?』
「は?今日で5日だな」

『そ…そうか』

あれから5日。という事はあと1週間弱しか期間がねぇって事か…




『またお前に助けられたんだな。すまねェ…Σぐッ!』

ちゃんと起き上がろうとしたが、直後に鋭い痛みが襲ってきて、咄嗟に脇腹を抑えた



「無理に起き上がるな。傷口が開く。まぁ…一先ず意識が戻ったなら良い。白ひげの奴らが心配してるぞ」

『また…心配掛けちまったか…』

そう苦笑するクロムにいつもの覇気はなかった



「身内に刺された後に聞くのも何だが…元気がねェな」

『まぁな…』

傷口を擦りながら単調な返事しかしないクロムに怪訝そうに眉を寄せたローは一旦椅子から立ち上がり、浅く息を吐いた。ローはクロムが目を覚ました事を皆に伝える為に部屋を出て行こうとしたが、何かを思い出した様に足を止めた



「お前、これ何だか分かるか?」
『は?』

ローが懐から取り出したのは1枚の写真。手渡されて見ると、人の皮膚が抉られた様に血塗れの見るに堪えない状態の傷口が映し出されていた

だが、あたしはエグい所よりもその抉られた箇所の特徴にすぐ気付いた


『これ…もしかしてあたしの左胸…か?』
「あぁ」

腰を刺された筈なのに左胸にも痛みを感じたのはやはりそこにも何かされたからだとは思ったが…でもこの傷口は…



「俺にはただの傷には見えない」

ローの言葉に嫌に鼓動が速くなった気がした


「何かの紋様…じゃねェかと思うんだが心当たりとかねェか?」

『……』

「クロム?」
『知らねェ』

本当は知っている。だが…言えない。それはあたしがまだ臆病だからだ。言ったらどうなるか想像がついているから

ルイがどんな想いでこの傷をあたしに付けたのか、そしてあたしがこれからどうなるのかが手に取る様に簡単に分かってしまう

心の中で謝りながらも即答した。ローはあたしが勝手にダチにして、あたしが勝手に頼りにしてしまっていただけで、何も関係はない。だから…これ以上関わらせる訳にはいかない



「…そうか」

ローはそれだけ言って出て行った。誰もいなくなった部屋に、写真を握り締める音が響いた


『そういう事だよな…ルイ』

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