ケジメ






刃が交わる音が響く。早くもケジメという殺し合いが1時間続いている。クロムもルイも普段見ない独特な剣術で斬り合いをしている為か、クルー達は時間も忘れてた見入っていた





「俺…隊長の事…信じてたんだ」

零番隊の隊員の1人が2人の斬り合いを見つめながらか細く言った。その目は未だに信じられないとでも言う様に涙目だった



「俺…隊長は理不尽に殺す人だって思ってなかった。隊長言ってたんだぜッ!?お前らはあたしの命よりも大切な家族だってッ…」

「俺だって…そうだって信じるさ。あの人は何処ぞの海賊共と違うって。ヤケに仲間想いで家族想いで…こんな俺達にだって簡単に手を差し伸べる様なお人好しな人だって…なのにッ…」

周りは何も言えない。慰めの言葉なんて以ての外だった。自分達は今までクロムの事をそこまで知っていた訳じゃない。今ここでそれぞれが痛感していた



「俺はッ…信じねェッ…!」

船縁を握り締めてエースが歯を食い縛りながら言った言葉に、俯いていたクルー達は顔を上げた



「エース、気持ちは分かるが…クロム本人が事実だって言ってる。俺だって信じたくねェが…」
「じゃあおめェらはあのお人好しバカが本当に自分の意思で家族殺したと思えんのかよッ!」

エースは肩に手を乗せてきたクラウスの手を振り叩いて、怒鳴りつけた



「あいつは家族殺した事を引き摺ってたんだッ!」

『どんなに悔いたってッ…どんなに…償おうとしたって…絶対にッ…』
『あいつにとって…あたしは罪人だからだッ…!』


エースの頭にはクロムが過去に言っていた言葉が過ぎっていた。両手を握り締めて、丘で未だに戦っているクロムを見る



「あいつは今までに過去を悔いる様な言葉をいくつか言ってた!殺したくて殺した奴がこんな何年も経って今更悔いると思うか!?」

「そうだけどッ…」
「それにあいつは自分が罪人だって事を自覚してた!罪を自覚する様な奴が好き好んで家族を殺すとは思えねェよ!」

エースが言う言葉に周りは黙り込む。何も言えない。クロムが殺人鬼だという事を信じたくないクルーからしたらエースが言う事が真実だと思いたい

けれど、復讐の為にこの世界で1番の有名海賊の白ひげのクルーとして入り込んで、クロムとサシで勝負する為にこんな手の込んだ事をするルイの言葉も無視できない

どれがクロムの真実なのか、クルーの中でグルグル回っていた





◇◇◇ ◇◇◇






「俺はッ…大好きだったんだよ…」

長い斬り合いを止め、ルイは間合いを取ると刀を下ろした。発せられた言葉は微かに震えている


『ルイッ…』
「家族もメグもッ…!村のみんなの事も大好きだったッ!今のお前に…俺の気持ちが分かるのかよッ!」

再び急接近し、刀を振り下ろすルイ。クロムも刀で受け止めて防ぐ中でルイは訴えを止めない



「目の前で家族がどんどん殺されていってッ!それでも怯えて何も出来ないでいた俺を庇ったメグも脳天から真っ二つだッ!お前は刀だけじゃなく、あの忌々しい力で俺を焼き払ったッ!俺だけじゃねェッ!殺したみんなの死体もお前が焼き払ったんだッ!」

次々に訴えられるあの時の場面。一気に身体が重くなっていく。モザイク掛かる過去の意識が頭に流れ込んでくる

あたしは…そんな惨い事をしたのかッ…
みんなを殺した事は理解していたけれど、何でそんなッ…



『あたしはッ…』

言い掛けた言葉を飲み込んだ。ルイは目から止めどなく大粒の涙を流している。悲しそうな、それでいて何処か悔しそうなそんな表情をして尚刀の力を緩めない

そして、溜め込んでいたモノを吐き出す様に1度歯を食い縛ると声を絞り出した




「何で…何でだよッ…!何でよりにもよって…お前だったんだよッ!」

『ルイッ…』

「お前の事ッ…大切な家族だって思ってたッ…!メグだって俺の親だってそうだッ!なのにこんな仕打ちッ…あんまり過ぎんだろうがぁあッ…!」
『がッ…!』

ルイは交わる刀を退けて、峰でクロムの腹目掛けて振り切った。峰がめり込み、クロムはそのまま振り切られた勢いで地面に叩き付けられた

ヒドく咳き込むクロムにルイは肩で息をしながら歩み寄る



「分かるかよッ…なぁッ!お前に俺の気持ちがッ…こんなッ…こんな訳分からんねェ事になって…こんな様ッ…」

ルイは片手で顔を覆って悲痛な声でブツブツ言っている。クロムはその間に立ち上がり、ルイに向かって刀を振り上げた






「ルイを殺すの?私達の時みたいに」

メグの声が…言葉が耳元で聞こえた。確かに聞こえた
そして、刀を振り上げた自分自身の仕草に気付いた

このまま振り下ろして…ルイを…ルイ…を?






ザンッ!

目の前に血しぶきが見えた。それに気付いたと同時に右肩に激痛が走った。激痛から刀は手をすり抜けて地面に落ち、咄嗟に右肩を左手で押さえ付けた


『ぐッ…!ぅ゙ぁッ…』

手の感覚からして、肩が深く斬られた様だ。膝を着いた瞬間、後ろの船のクルー達がわっと騒ぎ出した





「てめぇええッ!ルイいぃいッ!」
「隊長ッ!待ってて下さいッ!今俺達もッ…!」

「待てよぃ、船から出るな。他の奴らも船から絶対に出るなよぃッ!」

鬼の血相で武器を掲げて身を乗り出すクルー達を必死にマルコとサッチ、他の隊長達で抑えていた。が、すぐ隣でエースが船縁に飛び乗った




「待てってエースッ!クロムの言葉忘れたのかッ!」
「うるせェッ!あんなの見せられて黙ってられるかッ!お前らが行かねェなら俺1人でもあいつをッ…!」

今にも飛び降りそうなエースだったが、後ろからクラウスに身体ごと抱え上げられ、甲板に叩き付けられた。軽く咳き込み、エースはクラウスを睨み上げた




「何邪魔しやがんだッ!」
「勝手な事すんじゃねェよ!これは…クロムの戦いなんだろうがッ!」

クラウスの言葉に同じ様に船から飛び降りようとしたクルー達の動きは止まった。クラウスは拳を握り締めて言い放った




「これはクロムのケジメだ!あいつはそう言って船を降りた!ならッ…そのケジメってヤツをつけるまで部外者の俺達は此処で見守ってるしかねェだろッ!」

「あんな格好になったクロムを黙って見てろってのかよッ!」

「クロムのあの様子やルイの言葉から察するに…家族を殺した過去は真実なんだろ。でも…だったら尚更ケジメをあそこでつけてもらうしかねェッ!」

ケジメ。クロムがどんなケジメの付け方をするのか誰も分からない。けれど、家族殺しが大罪である白ひげ海賊団の零番隊隊長として、あそこでルイと向き合ってもらうしか方法はない

ルイに殺されるか、はたまたクロムがルイを殺すか…どちらかになるだろうがな、とクラウスは続けた

だが、言った本人であるクラウス、そしてエースや他のクルー達は即座に思った

クロムは決してルイを殺せないと…






◇◇◇ ◇◇◇






「なぁ…何で止めたんだよ」

『……ッ』
「今更ッ…躊躇うのかよ…メグの時は躊躇いなんて微塵もなかったくせに」

ルイは未だに膝を着いているクロムを蹴り付けた。地面に叩き付けられ、クロムはヒドく咳き込む。肩を押さえ付けていた左手は既に真っ赤に染まり、服も真っ赤に変色しだしている




「どんな気分だったよ。メグの事も家族の事も忘れて、新しい家族と過ごした日々は」

クロムは口を閉じたまま、身体を起こした。ルイは険しい表情を変えずに足元にあるクロムの刀を手に取る



「口があんだろ?口以外をメグ達みてェにボロ雑巾にしなきゃ…何にも言えねェのかよッ!」

ルイは痺れを切らして刀二振りを構えて走り出した。何もないクロムはゆらっとゆっくり立ち上がり、目を見開いた





ボォオオッ!
「Σつッ…!」

足元から突然炎が2人の間を貫く様に燃え上がった。黒煙が当たりを漂い視界が一気に悪くなった。ルイは前を見据えたまま刀を構える

確かあいつの力の1つで炎があったなッ…

目だけで辺りを見渡す。炎は燃え盛るだけで消える気配はない。熱風で刀も熱くなってくる。一旦距離を取った方がいッ…


「Σうッ…!」

距離を取ろうとルイが構えを緩めた直後に背後からクロムが突進。ルイを押し倒した。ルイも応戦しようと両手に握られた刀を交差する様に振り上げようとした。が…瞬間に風が刀を包み、パキンッ!と一瞬で粉砕した



「風も…お前の味方って事か」

クロムは黙ったまま、左手を翳すと、水が集まりだし、それはそのまま短剣の様な鋭利な形になった。ルイはその現象を見て、目を細めて鼻で笑った




「火、風、水。お前はその呪われた力で家族を殺して、この海賊時代で名を挙げてきた。どうだよ、気分は」

『最悪の何者でもねェよ…』

「最悪?お前が言うのかよ。よく言えたもんだな?そんな言葉。本当は清々しかったんじゃねェか?力で周りをねじ伏せるのも……家族を殺した事も」

『んな訳ッ…』
「だってお前、あの時笑ってたんだぜ?」

息が止まった。笑ってた…
あの惨劇の最中であたしは笑っていた。家族を皆殺しにして…その後怖くなってその場から逃げ出したくなって逃げた事は覚えている。けれど…笑ってたって…




「まるで楽しそうに、ガキが砂の城を崩す時みてェにな」
『そんな訳ッ…』

「今も楽しいかよ。生き残りを殺せるんだからな。さぞかし楽しいよなぁ?」
『ち…違うッ……あたしはそこまで…』

「違くねェだろ。お前はそこまで狂ってたんだよ。本当に…今更ながら痛感するぜ」

ルイは呆れ顔でため息を吐いて、クロムを軽蔑するかの様な目付きで睨み上げる




「裏切り者はどこまで行っても裏切り者だったんだな」

その言葉を聞いた途端、クロムの目は鋭くなり、水の短剣を振り下ろした。が…振り下ろした短剣の刃先はルイの目の前で止まった。手から震えが止まらない。クロムは歯を食い縛って、頭の中で格闘していた

このままルイを殺すのか?
またあの惨劇を繰り返すのか?
そもそもあたしは何がしたい?どうしたい?
ケジメって……何なんだ?
何をしてケジメになる?
此処で死ぬのが償いであり、ケジメなのか?
ルイがあたしを殺して償いになるのか?
じゃああたしは何で今ルイを殺ッ…


「手遅れなんだよ、もう」

ルイが左脇腹を殴った…のではなく、その後に襲った異物感と激痛。それで我に返り、同時に粉砕した刀の刃を脇腹に突き刺されたのだと気付いた。傷口から燃えるような痛みが滲み出した

ごふっと血が口から溢れ、そのまま視界が逆転したと思えば、地面に倒れ込んだ




「お前は償えない。ケジメとか何だとか言っても、そうやって躊躇して、中身は空っぽじゃ話にならねェよ」

ルイは立ち上がり、倒れているクロムを見下ろした。そして、粉砕された刀の刃をもう1つ手に取ると、クロムの頭の前でしゃがみ込んだ




「きっと…お前が裏切り者の血なんて引いてなければこんな結末にはならなかったんだろうな」
『ル…イッ…』

「心配すんなよ、あっちにはみんないんだから…とは言っても多分お前は地獄だから会わねェか」

ルイが刃を持つ手が上に上げたのが見える
死ぬのか…でも良いのか…
このまま死ぬのは…

ルイは仇をとれて、あたしは罪を悔いながら死ぬ。結局みんなには迷惑掛けたままだが、これは元々望んでいた事だ。自分では死ねないから…

そう目を閉じると、遠くから駆けてくる足音が聞こえてきた






ガッ!
「ぐッ!」

鈍い音が聞こえ、微かに目を開けた。目の前にいたルイはいなくなっていた。代わりによく知る足元が見えた



『エースッ…?』

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