悔恨










次の日、あたしはナース達の話も聞かずに部屋を出た。別に今安静にして怪我を治す意味なんてないと思ったからだ。そうしたら案の定、甲板に出るや隊員達が駆け寄ってきた



「た、隊長ダメですよ!まだ怪我完治してねェんだから!」
「またマルコに怒られんぞ!?」

ワタワタと慌ただしくあたしの身体を心配する隊員に薄く微笑み返した



『こんなの横になってじっとしてる方が身体にわりぃよ。気にすんな』

手を横に振って言うと隊長達は腑に落ちない様に落ち着きがない


「まぁたお前は!人の言う事たまには聞けよ!」

隊員達の後ろからクラウスが駆け寄ってきた。腕を掴まれて強制的に部屋に連れ戻されそうになったが、その手を軽く振り払った



『…わりぃけど、時間がねぇんだよ』
「な、何だよそれ…」

『エースは何処だ』

クロムの尋ね事に隊員達は目を合わせて、辺りを見渡した



「エースなら多分見張り台にいると思うがな。さっき登っていくの見たし」

そうか、と言ってクロムは足早に見張り台の方へ向かって歩いていった。違和感のある雰囲気ではあったが、あんな事が起こった後だからと隊員達は心配しながらもそこまで深入りしようとは思わなかった

時間がないと言ったクロムの言葉を聞いたクラウス以外は…







◇◇◇ ◇◇◇








『エース』
「は?…Σクロム!?おいおい、まだ起きるには早ェんじゃねェのか?」

軽く肩を叩いて振り向いたエースはあたしを見るや否や驚いた反応を見せた。そんな事お構いなく、隣に座った



『あたしは、お前をずっと騙してた。お前だけじゃねぇ。みんな…騙してた』

口を開いたと思えばそんな事を言うクロムにエースは思わず目を見開いて固まった。そして今から何を話そうとしているのか、悟った


「お前ッ…」
『あたしは殺人鬼。親も友達も近所のおじさんおばさん…みんな殺した』

見下ろした手を握る広げるをして続けるクロム。目を細めてルイの言っていた言葉を思い返す



「お前の事ッ…大切な家族だって思ってたッ…!」

大切だと思っていてくれていた
他のみんなだって…
なのにあたしはその恩を仇で返した

目を伏せて静かにクロムは自身の生い立ちを話し始めた

クラウス達の時と同じ様に自分が裏切り者の一族である事
その裏切り者が産まれた経緯
ルイとの関係
村を壊滅させた後の殺人鬼としての生活

エースは険しい表情のまま黙って聞いていた



『あたしはずっと偽ってきた。殺人鬼であった過去も、罪を犯したあの日の事も隠して、お前らの前にいた』

みんなとバカ騒ぎしている時でも、心の何処かには常に存在していた罪悪感と恐怖感。すぐ後ろに殺したみんながいるんじゃないかと錯覚させられる圧迫感

そんな中でもあたしは家族は命よりも大事なのだと言い張っていた。馬鹿らしいと心底思う



『もぉ…終わらせっから』
「は?…あ、おい!クロム!」

か細く聞こえた言葉に思わず聞き返したが、クロムは何も言わずに立ち上がり、エースに背を向けて見張り台から降りていった


「終わらせるって…どういう意味だよ…」








◇◇◇ ◇◇◇









「頭を上げろ、クロム」

クロムはオヤジの部屋で土下座をしていた。この件で1番心情が複雑になっているのはきっとオヤジだ。自分の娘が家族を殺した殺人鬼だったとは信じたくないだろうし、そんな奴を海賊団の隊長をしていたなんて…許したくもないだろう

クロムはずっと思っていた心情を吐き出さんばかりにオヤジの部屋に入るや否や土下座をしたのだ



「何のつもりだ」
『あたしはみんなを…オヤジを裏切った。こんな事して何かなる訳じゃねぇのは分かってるけど…身体が動いちまった』

未だに顔を上げないクロムにオヤジは浅くため息を吐き、背もたれに凭れ掛かった



「家族を殺した。何で隠してた」

いつになくドスの聞いたオヤジの声が頭上から聞こえてくる。表情はきっと険しい他ない


『あたしは…みんなといたかったんだ』

絞り出した様なか細い声でクロムは続ける



『白ひげ海賊団が家族殺しを大罪にしてる時点でオヤジの娘になるべきじゃなかった』




「俺の娘になれ」

あの言葉であたしはオヤジの娘になり、白ひげ海賊団という家族の一員になった。でもッ…



『あたしはあんたの娘になっていい人間じゃなかったッ!』

思わず声が張ってしまった。気持ちが前に来すぎてしまい、声のボリュームを上手く調節出来ない



『親を殺した!ダチを殺した!村全体を破滅させた!なのにあたしはこんな幸せすぎる居場所をもらってのうのうと生きてきた!オヤジをッ…あいつらを騙し続けてきた!』

息が上がる。肩で呼吸するも追い付かない程感情が表に出ていた。オヤジは何も返してこない。当然だ。今更こんなグダグダした事を口走られても困るだけだ



「クロム、いい加減頭上げろ」

恐る恐る顔を上げた。オヤジの表情は至っていつもと変わらないが、傍にある酒に手を付けずにあたしを見下ろすその目からは一切感情が読めない



「クロム、俺が何でお前を娘にしたと思ってる」
『申し訳ねぇけど…未だによく分かってねぇ』

怒るだろうか…とオヤジから視線を逸らすと、予想外な事にオヤジは盛大に笑った



「俺はお前の仲間を大切にする心意気を気に入ったんだ。こいつならきっと白ひげの誇りを持って家族の一員になるだろうってな」
『……ッ』

「現にお前は家族を心から愛して、家族の為に戦ってるだろう」
『やめろッ…』

感情が揺れる。何でオヤジは今のあたしにそんな事を言うのか分からない。両手に力が入り、ギリギリと音が微かに聞こえてくる程握り締めた

あたしは家族を殺した殺人鬼
ダチも無関係の人間も散々殺してきた
今此処でオヤジが言うべき言葉はこんな事じゃない

裏切った事への怒りの言葉
何故隠していたのかと責め立てる言葉
この船から降りろと突き放す言葉

通常ならそんな言葉が出てもおかしくない程にあたしはオヤジの期待を裏切ったのだ。家族殺しが大罪だと世に知れ渡っている白ひげの隊長が過去に実の家族を殺しているのだから、オヤジの顔に泥を塗った様なモノだろう

なのに…この人はッ…



「お前は俺の自慢の娘だ」
『やめてくれオヤジッ!』

思わず声を上げてしまった。オヤジが未だにあたしを娘だと思ってくれているのがとてつもなくキツかった。酷く息苦しかった



『もう…あたしはあんたの娘じゃいられねェんだよ!あたしがどれだけの事をしてきたかあんたは分かっただろうが!何でそんな事言えんだよ!何でまだあたしを娘なんてッ…』
「今更家族である事を後悔してんじゃねェよ!」

オヤジはダンッ!と手元の酒を床に叩き付けた



「お前が過去にどれだけの事をしてきたかなんて知った事か。今は俺達がお前の家族だ」
『家族だけど…でもッ…』

「今のお前に出来る事は、今の家族を大事にする事じゃねェのか」

その言葉に思わずオヤジを見上げた。さっきの酒を叩き付けた雰囲気とは違い、いつもの柔らかい雰囲気に戻っていた



「俺の娘になってから、お前は何一つ嘘なんて吐いてなかっただろ。命よりも大事な家族の為にいつもお前は無茶ばかりしやがって、親として心配でしょうがねェよ」

親として…
目の前が歪んでくる。グッと堪えるが感情は容赦なく込み上げてくる。あたしは最後にこんな事話したかった訳じゃない。後腐れなく、船を降りられる様に全て話して、オヤジにもちゃんとあたしがどんな人間だったのかを伝えたかったのに…

船を降りるのが…今更になって惜しくなってきてしまう
けれど…もう決まっている事なのだ

クロムは強く目元を拭うと、ガンッ!と額を床に叩き付けて再び土下座し、暫く動けずにいる中で目に涙を溜めて声を絞り出した



『あたしは…オヤジの娘で良かったッ…!』

本当にありがとう…オヤジ…

【悔恨 END】

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