残酷









「一瞬だとしても流石にあっちぃなッ…」

所々に火傷を負ったが、足を止めずに突き進んだ

あいつが船を飛び出してからそう時間は経ってねェ筈なのに、もう見失った。足が速ェなって関心してる場合じゃねェのは分かってるが、どっちに進めば良いか分からねェ

エースは方向が分からずも夢中で走っていたが、乱れた呼吸を整える為に立ち止まった



「あいつ…ホントにいい加減しろっつの」

思わず毒を吐いちまった。でも本当にそう思った。過去の事にケリを付ける為だとはいえ、こんな身勝手な事しやがって…

今でもあいつが身内を殺したなんて信じられねェけど、事実は事実だ。でもそれは所詮俺達にとっては他人事な訳で、わざわざ白ひげ海賊団を抜けなくても良いとは思ってる

そもそも…本当にあいつの意志だったのか?
あいつからの過去の話を聞いて以来その疑問は消えない。それ相応の理由があったのか…そうじゃなきゃ、あそこまで殺した事について負い目を感じる事もないだろ








「やめてくれぇえええッ!」

考え込んでいた中で突然の断末魔の叫び。振り向いても誰もいない。でも確かに聞こえた男の声



「誰かいんのか…?」
「いやぁあッ!助けてッ!助けてぇええッ!」

今度は女の声。だが、やはり周りを見渡しても誰もいない。声だけが頭に響いてくる




「誰だ!誰かいんのか!?」

呼び掛けても応答する気配は無い。誰もいないのに声だけ聞こえる異様な状況にエースは困惑してくる。すると、突然胸に痛みが走り、思わず膝を付いて胸を押えた

普通の痛みではない。何か…得体の知れない苦しいとか辛いとか…苦痛な息苦しさを感じる

何だよこれッ…








『死ねッ!死ねッ!死ねッ!』

クロムの声に思わず顔を上げた。目の前には1人の女が既に肉塊と化している人間を過剰に刺し続けている光景が飛び込んできた

胸の痛みを忘れ、硬直してしまった。髪が腰まで長く、外見は別人だが、刺す拍子に乱れる髪から覗く瞳はあの見慣れた赤い瞳



「クロムッ…なのか…」

何を見せられているのか分からない。けれど、その光景のクロムが半透明なのに幻覚だとすぐ分かった。だが、何なのか未だに分からない。その後も周りからの断末魔とクロムの狂った様に死ねと連呼する声だけが響く

気がおかしくなりそうになる。まるでこの島に巣食う怨念の様に頭に流れ込んでくる。吐き気が出てくる程に生々しい







「こんなの見せられる為に…追い掛けてきた訳じゃねェぞ!」

ダンッ!と怒鳴りながら地面を叩き付けた。あいつの過去はもう知ってる。改まってどれくらいの事をしたかなんて見たい訳じゃねェ

あいつとは…まともに話してねェんだよ
言いてェ事とかまだたくさんあんだよ
なのに…勝手なマネしやがってッ…





「ふざ…けんな…ふざけんなよッ…!何処にいんだクロムッ!」

そう怒鳴った直後、視線の先に半透明な小さな素足が歩み寄ってきたのに気付いた。顔を上げると、いつの間にいたのか、赤い首飾りを着けた小さな少女がエースを見下ろしていた



「クロムを助けたい?」
「…は?」

誰だ…
気配すら感じなかった…



「クロムを助けたいか聞いてるの」
「たッ…助けるって何から…」

「呪い、からだよ」

呪い?何の事だ…
エースは少女の言葉の意味が理解出来ずにいた。それを察した少女は目を伏せて続けた



「クロムを蝕んでる呪いは…裏切り者達の執念と怨念。それがこの島で起こった惨劇の原因」

「原因?」

少女は頷いた。エースは未だによく分からないでいる中で少しの希望を見出した




「もしかしてクロムが家族を殺したのって…その呪いのせいなのか?クロムの意志じゃねェって事…なのか?」

「そうだよ。クロムは利用されたんだよ」

少女は話を続けた
裏切り者の子孫であるクロムは一族の中で特に血が濃く、先祖の遺伝が強く残っている可能性のある人間だった。けれど、そんな村の心配とは裏腹にクロムは村一の家族想いな子に育ち、問題なく成長していった

でも…それは突然の事だった




「クロムの家から悲鳴が聞こえたから、村の皆が駆け付けたけど…その時にはもうクロムが両親を殺した後だったの。それからは思い出したくもない」

表情を険しくさせた少女にエースはさっき見た幻覚を思い出した。あのクロムの我を失った様に人を殺す姿に村人のモノであろう断末魔。少女が拒んだ先の事が嫌でも想像が出来た





「クロムは自分で皆を殺したと思ってるみたいだけど…違う。あれは皆が恐れていた先祖の血が覚醒したせい。だからクロムが此処に戻ってくる必要も自分を追い詰める必要もないんだよ」

でも、記憶が乗っ取られていた分、クロムは無意識下で皆を殺したと思っていると少女は続けた。エースは立ち上がり、少女を見つめて、先程から気になっていた事を尋ねた





「何で…そんな事知ってんだよ」

エースの尋ね事に少女は目を丸くした後、すぐに微笑んだ



「私はメグ。クロムに殺された1人なんだよ」

その言葉に余計不可解に思ったエースは続けて尋ねた



「恨んで…ねェのかよ。クロムの事」
「恨んでない」

即答だった。迷う訳でも誤魔化す訳でもなく、メグはエースを真っ直ぐ見上げて答えた




「クロムは大切な私の親友であり、家族。だから責めたりしないし、恨んでもないよ。私だけじゃない。他の皆だってクロムを恨んでない」

「殺されたのにか?」

エースの言葉にメグは黙る。確かにあの日あの夜に自分自身の人生は壊された。死ぬには若すぎる…想い残しがない訳じゃない

小さく自傷気味に微笑んだメグは後方を指さしてエースに告げた






「この先を真っ直ぐ行けば、村に着くよ」

「クロムは…罪滅ぼしでこの島に戻って、船を降りたんだ。何で連れ戻そうとする俺を助けてくれるんだよ」

殺された側からしたら罪滅ぼししてほしいんじゃねェの?、とエースは続けて尋ねた。すると、メグは首を横に振った




「本当はね、クロムは殺される筈だったの。自我を失っているのは分かっていたから、もし目を覚まして殺してしまった現実を目の当たりにしたら…きっと死ぬより辛い苦痛がクロムを待ってる。そうなるくらいならいっそ一思いにっていうのが村長の決断だった」

でも…、と続けたメグの目には徐々に涙が溜まり始めた




「やっぱり殺せないよ。一緒に遊んで…また明日ねって別れたクロムをこの手でって思ったら足が竦んじゃって…結果はこの有り様だよ」

メグが指差す方へエースが目を向けると、さっき見た光景同様にクロムが村人を斬り付けている幻覚が見える




「私達が早く決断を出来てれば、クロムも後に殺人鬼にならなかったし、ルイだって1人ぼっちならずに済んだのに…」

「お前等の望みって…何だよ」
「え?」

エースが言った言葉にメグは目を丸くして顔を向けた



「クロムが殺人鬼になって、ルイは復讐者になった今…お前らはあいつにどうしてほしいんだよ」

メグは少し間を開けて、微笑んだ




「生きてほしい。生きて…幸せになってほしい」

それだけが望みかな、と言ったメグにエースは目を見開いて固まった。生きてほしいなんて…言うと思っていなかったからだ




「貴方、名前は?」
「…エースだ」

「お願い、クロムを止めて。このままじゃクロムは呪いに蝕まれて…死んじゃう」

死ぬ、そのワードが出た途端にエースはさっきメグが指さした方向に駆け出した。が、途中で足を止めてエースは振り返った

振り返った先のメグは優しく微笑んで、手を左右に振っている




「クロムをよろしくね、エース」

その言葉に何故か胸が強く締め付けられる感覚を覚えたが、エースは頷いて止めた足を再度駆け出した

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