ヒカリに還る
あの後の事は正直よく覚えてないが、甲板に着くや否や気持ち的にも身体的にも力が一気に抜けて、倒れた所までは覚えてる
目を覚ましたら、もう戻って来れないと思っていた自室にいた。やってきた船医の話では、あたしの療養の事もあり、数日は島に停泊する事になったらしい
問題の怪我の具合だが、左胸の紋様の傷は信じられない程に綺麗に完治していたという。刺傷のある右腕はまだ完治していない。動ける様になるまでの間に何人ものクルーが部屋にやってきて、話をしてくれた
大半は零番隊の奴らだったが、あの時見張りの為に船に残り、島に上陸出来なかったクルーもやってきて、安堵の様子で戻ってきた事を喜んでくれる奴らもいる中で、何で勝手な事をしたのかと叱ってきた奴もいた
皆の顔を見ると改めて帰ってきたんだな…と感じられた。そして、船医から出歩いて良いと許可をもらった今、数日ぶりに島に上陸していた
「お前、身体痛む所とかホントにねェのか?」
『あぁ、今は平気だ』
付き添いとして着いてきたエースに花束を持ってもらい、順調に茂みを進んでいく。先祖の血の事も、ルイの事も真相が明るみになったからなのか定かではないが、先日まで漂っていた異様な雰囲気やあの惨劇の幻覚は見られない
今に至ってはあたしの中に今までずっと渦巻いていた嫌な気配すらもすっかり消えている
「お前よく迷わずに行けるな?」
『そりゃあ…あたしの故郷だしな』
エースの尋ね事で思い出した先日気になった事を改めて聞こうと足を止めて振り向いた
『お前こそ…何であの時村まで辿り着けたんだよ』
「は?」
『もう長い事放置されてるせいで道っていう道もねぇのに…何でかなって』
エースは何故か言いにくそうに苦笑しながら頭を掻き、暫くの間の後に口を開いた
「メグって奴が教えてくれたんだ」
『…は?』
思わぬ名が出て反応がおかしくなった。メグって…あのメグだろうか。死んでしまった筈なのに…
『…からかってんのか?』
「いや、マジだって。俺の着けてんのと似てる赤の首飾り着けた女の子だよ」
鋭く睨むと慌てた様子でジェスチャーで説明し出すエース。赤い首飾り…メグが好んで着けていたモノと一致する。その後もエースが知る筈のない当時の惨劇の事やあたしの呪いの事も話し出した時点で嘘ではないと悟った
「えっと…あとは…」
『もう良いよ。疑って悪かった』
そう言って背を向けて歩きだそうとしたクロムを呼び止める様にエースは続けて言った
「ルイもメグから聞いたって言ってたんだ。お前はその先祖に利用されてただけなんだって」
その言葉にクロムの足は止まった
「クロムを助けてほしいって…言われたみたいだぜ?」
クロムは無言のまま少し間を空けるが、振り返る事もエースの言葉に返す事もせず、再び歩き出した。先に進んでいくクロムに何か言おうとしたエースだったが、空気感に圧されて大人しく後に着いて行った
◇◇◇ ◇◇◇
茂みを抜けて、漸く廃村に着いた。すると、クロムが立ち止まり、振り向くとエースへ告げた
『エース、お前は此処で待っててくれねぇか?』
エースは目を丸くした後、すぐに表情を曇らせて思わずクロムの腕を掴んだ
「また…変な事考えてねェよな?」
深刻そうに言うエースに逆にクロムの方が目を丸くして呆気に取られた様な表情をした。特に深い意味はなかったのだが、エースがどういう意味で言ったのかはすぐ分かった
クロムはフッと小さく笑うと笑顔で言った
『絶対戻ってくるから。待っててくれ』
その笑顔にエースは抱えていた不安が消えたのか、表情を緩ませて微笑み、頷いて花束を手渡した。そして、行ってくる、と一言言い残して背を向けて森に入っていくクロムの後ろ姿を見送った
◇◇◇ ◇◇◇
『ここら辺か』
岸壁に着き、あの時の事を思い出しながら場所を決める。あの時…ルイが消えた場所…
しゃがみこんで、素手で穴を掘る。この島は全体が土であるおかげで特に掘るのは容易ではあった…けれど、穴を掘り進める内に手の動きがどんどん遅くなり、目の前に見える地面に雫が何滴か落ちたのに気付き、手が止まった
手が震えている。そして、自分が泣いているのに気付いた。歯を食い縛って、再度手を動かす
掘り進める度に幼い頃のルイとの思い出が込み上げてくる。ある程度掘り進んで十分な深さまでなった所で漸く涙を拭い、身体を仰け反らせて大きく息を吸っては吐いた。心を落ち着かせる…
慣れないバックからルイの遺品となった服を取り出して、穴に入れた。暫く無言でそれを見つめて、掘り出した土を入れていく
『あたしは…ホントにお前に何にもしてやれなかったな』
土を入れながらポツリと呟いた。見えなくなっていくルイの服を見つめながら独り言の様に小さい声で続けた
『あたしは…もうッ…どんな事があっても家族を死なせねぇから…守ってッ…みせるから…』
少し山にして形を整えながら言う言葉の語尾が震え出す。強く目元を擦り、最後にその土山に花束を置き、頭を地面に強く打ち付けて土下座し、声を絞り出した
『悪ぃッ、もう…泣くのは此処で最後だッ…』
そう言った直後、頭に微かに重みを感じた。咄嗟に顔を上げようとしたが、頭上から降ってきた声に思わず身体が止まった
「何で戻って来たんだよ」
ルイの声だった。思わず顔を上げると、目の前には確かにルイが立っていた。あたしと再開した時と同じ姿で…
『ぇッ…え…?』
信じられない状況にただ声が漏れた。そして、ルイの後ろから顔を覗かせた人物に呼吸が止まった
「クロム、久しぶり」
紛れもなく…メグだった。唖然とする中でメグはあたしの目の前まで来ると不思議そうに首を傾げた
「久しぶりすぎてビックリした?」
姿は当時の幼いまま。あたしの記憶の中にあるメグだ。何処も血まみれでなく、表情もあの頃の明るい笑顔
『メ…グッ…ルイッ…』
無意識に…本当に無意識に身体が動き、2人に突進する勢いで抱き着いた
『ごめんッ…ごめんッ…!何もしてやれなくてッ…何にも出来なくてッ…』
子供の様に泣きじゃくっていると、頭に軽く手を乗せられ、撫でられた。顔を上げるとメグが優しく笑っている
「クロムは本当に優しい子だね」
「俺はお前に後悔させる為に死んだ訳じゃねェんだからな」
一方のルイは不満そうな表情を浮かべて言った。あたしはその言葉に首を左右に振る
『死ぬ必要なんてなかったッ…!お前には皆の分も幸せになって欲しかったんだッ!なのにッ…!』
突然ルイに額をデコピンされ、言葉を遮られた
「お前には俺の分も生きて欲しいから選んだ事だ。今の家族と生きて欲しいから」
それに俺はもう皆に会えたしな、とルイは満足気な表情で隣のメグを見ると、メグも笑顔で頷いた
「俺達の分も色んなモノを見てきてくれ。そんで、お前がこっちに来た時にたくさん話聞かせてくれよ」
ルイはあの頃と変わらない笑顔を浮かべて言った。涙を何度も拭いながら頷いた。すると、メグが自身の首飾りを外して差し出してきた。メグがいつも大事に付けていた首飾り…
「私達の気持ち、一緒に連れて行って?」
躊躇してしまう。不意にルイに視線を向けると、ルイも微笑んで頷いてくれたのを見て、ゆっくりその首飾りを受け取った。すると、今度はメグが勢い良く抱き着いてきた
『メグ…?』
身体を支えると、微かにだが震えているのに気付いた
「もう自分を…責めないでねッ…」
声も震えていて、抱き締められる腕に力が入っていく。胸が締め付けられ、あたしもメグの背中に手をまわして抱き締め返した
「自分の事ッ…大切にするんだよ…?」
『うん…』
「辛い事やッ…悲しい事があっても…諦めずに生きるんだよ…?」
『うん…』
一言一言に頷いた。暫くするとゆっくり身体を離したメグの目にはいっぱいの涙が溜まっており、笑った拍子に何筋にもなって頬を伝った
「大好きだよ、クロム」
メグの言葉の後に、ルイに頭をわしゃわしゃと撫でられる。ルイの頬にもいつの間にか涙が伝っていた
「俺も、大好きだぜ。クロム」
『ぁッ…あた…しも…大好きだッ…』
ちゃんと…笑顔で言えただろうか。2人が微笑んで頷いているのが見えたのを最後に視界が霧掛かった様に淡くボヤけていき、消えていく2人を呼び止めようとした直後に意識が途切れた
◇◇◇ ◇◇◇
「クロムッ!」
揺さぶられながら呼び掛けられた声で意識が戻った。薄ら開けた目には逆光ではあるものの、切羽詰まった表情でエースが見えた
どうやらあたしは倒れていたらしく、エースに肩を抱かれていた
「ホントに……心配させんじゃねェよッ…」
そう言って強くエースに抱き締められた。エース曰く、戻ってくる気配がなかったからか様子を見に行きたら、あたしが倒れていて、何度も呼び掛けてくれていたらしい
エースは意識が戻った事で安堵したのか浅く息を吐きながら抱き締めていた腕を離した。一方のあたしは呆然と目の前の光景を見つめていた。誰もいない岸壁。ルイの遺品を埋めた土山だけがそこにはあった。夢…だったのだろうか…
「ところでお前、それ…どうしたんだ?」
エースが指差したのはあたしの手元。見た途端、思わず息が詰まった。あたしの手には確かにあの時メグから手渡された首飾りが握られていた
『これッ…』
「身に覚えねェのか?俺が来た時にはもう握ってたんだぜ?」
夢…じゃなかった…?
クロムは黙って首飾りに見入った。そして、薄く笑みを浮かべると首飾りを着けながら立ち上がった
「クロム…?」
『行こう、エース』
その言葉にエースも続いて立ち上がるが、思わず数歩先へ足を進めたクロムを呼び止めた
「もう…良いのか?」
エースどういう表情をすれば良いか分からずにいたが、振り向いたクロムの表情は未練を微塵も感じさせない程に澄んでいる
『さよならじゃねぇからな。ルイもメグも…皆此処にいる』
クロムは首飾りに触れながら続ける
『皆連れてく。皆が見れなかった世界をあたしが見せてやるんだ』
そう言って微笑んだクロム。その笑みには少しだけ悲しさを感じるが、決意の篭った後腐れのない笑顔だった。目の前まで歩み寄ったエースはそんなクロムの頭を優しくわしゃわしゃと撫でて、歯を見せて笑った
「やっと、お前らしくなったな」
『お前のおかげだ。あたしを信じて追い掛けてきてくれた…本当にありがとう』
エースは照れ臭そうにはにかんで、歩き出した。あたしも後に続こうとしたが、不意に足が止まり、振り返った
「行ってらっしゃい」
風が靡く中で、そう聞こえた気がした。あたしは微笑んで深く頭を下げた
『ありがとう、行ってきます』
【罪人─NAUPLIUS─ END】