気持ち








「俺は好きだぜ?クロムの事」

目を見開いて、エースを見た。これは心の何処かでは分かっていた返しだった。だからこそ、確かめたかった

クラウスはエースを睨み付けながら続けた




「いつからだ」

「ぁッ、いや…いつからって言われると返しに困るな…」
「お前はほんの数ヶ月前まで俺達の事を邪険に思ってたじゃねェか。そんな急に人を好きになれるのかよ」

「いつからってのはわからねッ…」
バンッ!

言葉を遮る様に、クラウスはエースの顔の真横擦れ擦れに拳を打ち付けた。突然の事にエースは目を丸くした



「おいおい、どうしッ…」
「―――て事かよ…」

「え?」
「何となくでッ!あいつと一緒にいるって事かよッ!」

胸倉を掴まれ、怒鳴られる。明らかにいつものクラウスらしからぬ怒声

どういう事だ?何でこいつはこんな怒ってんだ…?




「俺はあいつの事を誰よりも知ってんだッ!あいつが荒れてた頃…感情もなく人を殺すだけが生きる目的だった頃からッ!」

「ぇッ…は?」

「あいつはやっと仲間も、自分も信じられる様になったんだッ!そうなるのにすげェ時間が掛かったッ!ユースティティア海賊団のクルー達も、時間を掛けてクロムと本当の仲間になったんだッ!なのにッ…お前はたったの数ヶ月でクロムを解った様な態度でいやがるッ…!それが気に食わねェッ!」

「俺はッ…」
「それで何となく好きだなんざふざけんなッ!あいつをバカにしてんじゃねッ…」
「してねェッ!」

クラウスの怒声に負けない声で言い放った。エースの表情はいつもの陽気な表情ではなく、真面目な表情だった



「あいつを…クロムをバカにする訳ねェだろうが」

エースはクラウスを真っ直ぐ見た。クラウスは予想外のエースの反応に一瞬たじろいだ




「何となくでも、好きなのは本当だ。冗談じゃねェ」

「お前はクロムの事何も知らねェだろがッ!」
「知らねェ事があったら、好きになっちゃダメなのかッ!お前の言う通り、俺はあいつの事全然知らねェ。そんな荒れてた事だって今知った。だから俺は、まだあいつにこの気持ちは言わねェ。全部知って、全部のお前が好きだって言いてェから」

「お前ッ…」
「お前も一緒なんだろ?」

エースの問い掛けに思わずクラウスは言葉を詰まらせた



「お前もクロムが好きなんだろ?」

クラウスは言い返そうとしたが急に黙り、俯いてしまった。逆にエースに聞かれるとは思ってもいなかった

否定出来ないって事はやっぱり、自分で思っている以上に俺はクロムの事…




「素直になれよ」

エースが真っ直ぐ見つめられながら言われたクラウスはフッと情けなさそうに小さく笑った


「素直にか…」

クラウスは1回ため息を吐くと、エースから手を離し、再び椅子に力無く腰掛け、重い口を開けた



「ホントは…お前にあぁ言う資格は俺にねェ。あいつの事で知ってるのは荒れてた事だけで、そのきっかけは全く知らねェ」

クラウスは盛大にため息を吐いて、髪を雑に掻き乱し、申し訳なさそうに頭を下げた



「悪かった。掴みかかって、怒鳴ったりしちまって…」

「俺は気にしてねェからいいけど…ちょっと聞いていいか?」

「あ?」

「荒れてた頃あいつ…そんなに酷かったのか?」

クラウスはエースから目を逸らして、何処か遠くを見る様な様子で頷いた



「…酷かったよ。今のあいつでは考えられない程にな」







『チッ、全然手応えねぇ奴らだな』

島で、一番の殺し屋盗賊団って言われてるからどんな奴かと思ったが…



『時間の無駄だったな』

足元には血まみれの男達がゴロゴロ転がっている。30人でこの様か。情けねぇな

返り血を服で拭って、暇だった事もあり、死体の顔を眺めた




「ぅッ…うぅ……」

1人息がある。滅多刺しにしたつもりだったのに
思わず、口角が上がった




『まだ生きてたのか?すげぇじゃん。お前』

「女の癖しやがってッ……この悪魔…がッ…」

『悪魔か。間違ってねぇかもな』

不適に笑って、クロムは男の頭擦れ擦れの真横に剣を勢いよく刺した。男の口からは恐ろしさで引き攣らせた声が漏れた

クロムはしゃがみ込み、男に尋ねた




『なぁ、お前には家族がいるのか?』

「何ッ……言ってッ…」
『聞いてるのはあたしだ』

「家族か…家族なんざ邪魔なだけだ。殺されて当然だッ…」

『…誰に殺されたんだ?』
「俺さ。げらげらと平和ボケした奴ら…死んでくれて清々してる」

クロムは本当に清々している様に笑みを作っている男の胸倉を掴み、仮面の様に無表情な顔で睨み付けた





『…昔、ある村の掟を破った裏切り者が3人いました。その裏切り者達は村人に囚われて…身体に村に代々伝わる裏切りの紋章を村人全員に刻み込まれた』

突然始まった話。男は話し始めたクロムの異様な雰囲気にもそうだが、今にも殺されそうな恐怖に頭がついて行かなかった


『あまりの激痛で、儀式の最中に3人共死んだ。その死体は永遠に牢獄に放置され…結果、死体は白骨化。だが…村人から刻まれた紋章は、骨に直に刻まれた様に消えなかった』

「何ッ…言ってやがんだッ…」
『紋章は…刻んだ本人の憎しみが消えなければ…絶対に消えない。どういう意味か分かるか?』

「知るわけッ…」
『刻んだ村人達は、死んでも尚…憎しみ、恨み続けてるって事だ。その裏切り者達を。ハハハ、笑えるよな』

「チッ…離せッ…!キチガイ…がッ…!」

男の発言にフッと小さく笑ったが、離す所か男を地面に叩き付けた。男は衝撃で口から大量の血を吐き出した。そんな瀕死状態の男の首下に、クロムは剣の刃を突き付けた




『お前の言ってた事、当たってるぜ?』
「あ゙ッ…うぅ゙ッ…」

『あたしは悪魔だ。その…裏切り者の血を引いてるからな』
「クソッ…野郎…」

『あっちで家族によろしく』

そのまま剣を真下に振り下ろした…筈だった。だが、私の腕は真横から誰かも分からない手に掴まれて動きを止められていた




「もう、よしとけ。死んでるだろ」

掴んだその主を睨み上げる。金の短髪に頬には傷。エメナルドグリーンの瞳の男が怪訝そうに此方を見つめている



『誰だ、お前』
「俺はクラウス」

『何で止めた?』
「止めるだろ。そりゃあ」

『何故だ』
「何でとかそりゃあ……まぁ、お前女だろ?そんな物騒なモン捨てッ…」
ガゴッッ!

クロムはクラウスの真横擦れ擦れに殴りを入れ、その衝撃でクラウスの背後のコンクリートの壁に罅が入った

クラウスは驚くのではなく、目を丸くした




『女だから、何だ?』
「おぉ…こえェな」

『舐めてるなら…お前もこいつらみたいにズタズタにしてやる』
「女が血まみれなんて笑えねェ話だな。俺ん家はすぐそこなんだ。寄ってッ…」
『うるせぇよ、お前』

クロムはクラウスに掴み掛かり、剣を突き刺そうとした。が…



ドサッ!

クラウスは剣を素手で押さえ付けて、バク転しながらクロムの背後へ移動。クロムを振り向く間際で地面に押さえ付けた



『てめぇッ…』

「俺、実は結構強いんだぜ?まぁ、体術が得意なだけなんだがな」

『お前…ぜってぇに殺す』

「まぁまぁ。今は俺ん家に行って、風呂入れ、風呂。血まみれだと鬱陶しいだろ?」

クロムは舌打ちをしてそのまま黙り込んだ。漸く大人しくなったのを確認してクラウスは自宅に連れて行った






「最初はこんな感じだった」

エースはクラウスの話を黙って聞いていた。だが、唖然としている様に目を見開いて固まっていた



「ショックか?」
「いや…驚いてるだけだ」

「もう聞きたくないならッ…」
「続けてくれ」

「…分かった」








「おぉ、あがったか…ッてΣはぁッ!?」
『あ゙?』

バスルームから出てきたクロムは、バスタオル一枚姿だった。その姿を見て慌てているクラウスとは真逆で、当の本人は平然としていた




「おまッ!男の前に出る格好じゃねェだろ!」
『うるせぇな。お前が無理矢理入らせたんだろうが』

「そうだけどッ……まぁお前が良いなら良いさ」

『あたしの服、何処だよ』

「お前風呂入ったのにまたあの血でベタベタなの着るのかよ?今日は俺の着ろ」

クラウスはクロムに紳士用の部屋着を差し出した。だが、クロムは無言のまま受け取らない



「ほら、風邪ひくのは嫌だろ?」

『…フン』

クロムは渋々服を受け取った。その様子に少し笑みを浮かべたクラウスは続けた



「もう外は暗いし、冷える。さっきの服は血がこびり付いて使い物にならなくなってるから、捨てるぞ?」

クロムは無言。返しを期待していなかったクラウスは、やめろと言わないという事は捨てて良いって事かと解釈し、クロムに背を向けて真っ赤に染まったその服を玄関に移した



「しっかし、どんだけ血を浴びればこんな服が血生臭くなるんだ?お前一体何の為…にッ…」

クロムの方へ振り向いたクラウスは一瞬硬直した。目に飛び込んできたのはクロムの後ろ姿。渡された部屋着のハーフパンツを履いて、上半身はまだ裸の状態で背を向けている状況だった。が、その背中には夥しいほどの切り傷があった

その生々しい傷跡にクラウスは思わず、絶句してしまったのだ




「お前…その傷ッ…」
『あ?』

「ホントにお前は…何の為に生きてんだ?」
『……』

「そこまで身体を痛めつけて…何がしたいんだよ…」
『お前に関係ねぇだろ』

唖然とするクラウスを余所目に、クロムはさっさと部屋着の上を着た





『おい』
「ぁッ…あぁ。何だよ」

『お前、何でここまでした?』
「…は?」

『さっきまでお前を殺そうとしたんだぞ?あたしは』

振り向いたクロムの瞳は険しく、未だ警戒心が解けていない事を表していた



「さっきはさっきだろ?今は別に……Σふぁッ!?」

言葉を遮って、クロムは剣をクラウスの首元擦れ擦れに当て、無表情でクラウスを見上げて口を開いた



『さっきも今も、変わらねぇ』

「お前なぁ…」

『1つ聞く。お前に、家族はいるか?』

「は?何聞いてんだ?」
『さっさと答えろ。死ぬ前に』

「死ぬ前提か、俺は。あー、家族かぁ…」

クラウスは何処か他人事の様だった。興味がなさそうな、遠い記憶を思い出す様に目を細めた



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