恩人
「ん?」
目が合ってしまった。思わず身体全身が強張る
「お前は確か…白ひげ海賊団零番隊長、ハーツ・クロムか?」
赤犬の左手にはブクブクと音を発しているマグマを纏っていた。離れているこの距離でもマグマの熱さが伝わってくる
『何でッ…何でお前が此処にいんだッ!』
「此処は有名な武器の売買が行われている場所じゃ。海軍の耳に入らない訳がなかろうが」
『…で、見回りに来たってか。大変だな、海軍様も』
「此処は荒くれ集団のたまり場じゃ。そいつらを取り締まるのが海軍じゃ」
『取り締まりじゃなくて抹殺じゃねぇか。外道が』
「お前が此処にいるちゅう事は、白ひげも此処の近くにいるって事になるけんのぉ?」
赤犬が海に続く道を見て、歩き出そうとした。が、クロムが赤犬の足元へ1発発砲した。それに赤犬は目を細めた
「足止めのつもりか?」
『黙って行かせる訳ねぇだろうがッ!お前は絶対にオヤジ達の所には行かせねぇッ!』
そう叫んだクロムを赤犬は鼻で笑った
「白ひげの後に名が出る程度の実力で、わしに勝てると思うちょるんか?」
『どーだかな。やってみなきゃ…』
クロムは右手から炎を噴き出させ、地を思いっきり踏み切った
『分かんねーだろうがぁッ!』
拳を握り締め、平然と立っている赤犬に何発も打撃を食らわしていく。だが、容易に躱されてしまう。漸く拳が腹をめり込ませたと思った瞬間、クロムの腕は赤犬の身体を貫通した
「わしにそんな攻撃は効かんけんのぉ」
ガスッッ!
『ぐあ゙ッッ…!』
体勢を立て直す暇も無く、がら空きの背中をマグマを纏った拳で殴られ、地面に叩き付けられた。かなりの威力だったのか、骨が軋む
『くッ…そがぁああッッ!』
クロムは腕で身体を支えながら赤犬に回し蹴りをした。が、やはりマグマグの力で貫通するだけ。赤犬にダメージなど無い
クロムは一旦後ろへ下がり、赤犬との間合いをとった。肩で息をしながら顔を歪ませた
『チッ…あれじゃあどんな攻撃をしても意味がねぇな』
「そんな力で、白ひげ海賊団の零番隊隊長をしているんか?」
クロムの赤い瞳が赤犬を鋭く睨んだ。あんな奴に言われたくないが、その通りだ
見せ付けられる力の差
能力の差
それに圧倒されている自分自身にも腹が立つ…
「相手が敵わぬわしだと分かった筈じゃ。もう諦めて、捕まれ」
『ふざけんなッ!オヤジの為にもお前なんかに捕まってたまるかよッ!』
「フン…また“オヤジ”か。そこまで身を呈する程、白ひげに価値はないというのにのぉ」
その言葉にクロムの額に数本の青筋が立った
「家族がなんじゃ、息子がなんじゃ。自分で弱みを作うとる馬鹿としか思えん。そんな愚かモンに命を懸けるなんて馬鹿げとる」
白ひげ海賊団を…オヤジを見下した様な言葉にクロムの手に力が込もった
命を掛けるまでじゃないだと?
オヤジのあの大きな器に…価値がない…だと?
『おい…今何つった…』
「白ひげなど、守る価値のないクズだと言ったんじゃ。何がオヤジじゃ。ただの荒くれ集団の大将みたいなもんじゃ」
その言葉で、クロムの中の何かがキレた
『オヤジを馬鹿にすんじゃねぇえッッ!』
ブチッ、とキレたクロムは冷静さを忘れ、怒鳴りながら足元の地面を力一杯打ち付けた。瞳の色が鋭く銀に光った
『風雅ぁッ!』
クロムの周りの地面が円状に罅が走った
『狂魔風神-キョウマフウジン-ッッ!』
地面の罅から抉るように風が吹き出した。辺りの草木もバキバキッと折れ、砂煙も突風と共に吹き荒れた
そんな技の動きに一瞬驚いた様に目を見開いた赤犬だが、すぐに鼻で笑い、左手をグッと握り締めた
「大噴火ッ!」
左手を突き出した赤犬。その瞬間、大量のマグマがクロムに向かっていった
『なめんじゃねぇえッッ!』
クロムは右手に風を纏わせ、赤犬に向かって駆け出した。が、その時、赤犬が口元を吊り上げたのに気付いた
何かが見えぬ速さで頬を掠めた。何だと思ったのも束の間、風と激突したマグマの異変に気付いた
ガッ!
『がはッ!しまッ…』
気付いた時には既にマグマは風によって冷まされ、塊になり始めていた。真っ赤なマグマが黒い火山岩へと変わる。そして、それはまるで銃弾の様にクロムへ容赦なく飛んで来る
ガツッ!
『うぁ゙ッ…!』
完全な火山弾と変わったマグマはクロムの身体に次々に命中していった。数が多く、躱しきれずに辺りにビチャビチャっと血が飛び散る
そして、飛び込んでくる火山弾の1つが頭に命中したクロムはその場に倒れ込んだ
火山弾を身体に数弾受けたクロムの身体からも額からも血が流れ出した。咳き込む度にまた赤い血を地面に吐き出した。腕の力で起き上がらせようもその力すらまともに入らず、結局地面に倒れてしまった
ヤバいッ……意識がッ…朦朧と…してきたッ…
視界がボヤけだし、焦点も合わずに瞳が揺れる
手も微かに痙攣し出した
赤犬は倒れたクロムに歩み寄ると、首元を掴み上げた。既に抵抗する力は残っていない。気力だけで赤犬を睨み付けた
『触ッ…んじゃねぇ…よッ…!』
酸素もまともに吸えない。咳き込む度に口から血が漏れ出した
「話しにならないのぉ?さっきまでの勢いはどうしたんじゃ?」
『離ッ……!』
突然クロムの首を掴む赤犬の右手が赤く光った。徐々に熱くなっていくその右手からは煙が…
喉を…焼く気かこいつッ…!
首を絞める赤犬の右手の力が増すと、伝わる熱も尋常ではない熱さに増していった。クロムの細い首が締まる度に骨が鈍く軋む
『Σぐッ…!』
あまりの熱さにクロムの身体は強張った
「このまま死ねばいいんじゃ」
これは本当に死ぬ…
海軍にだけは負けたくなかったのに…
諦めかけた。その時、クロムの脳裏に白ひげ海賊団の仲間の顔が過ぎった
ダメだ、死ねない。こんな所でッ…こんな奴にッ…
あたしはみんなを守るって誓ったんだ…!
オヤジを…みんなを否定するコイツには……絶対負けない!
『―――なんかにッ…』
「何じゃ?」
『てめーなんかに殺られてたまるかぁあッッ…!』
ボォオオッ!
クロムの身体は瞬く間に黒い炎に包まれた
『大ッ…黒魔炎ッッ…!」
「Σぐッ…!?」
突然感じた熱さに赤犬は顔を歪ませた。熱さなど感じる筈が無い自分が熱いと感じた事に、反射的に赤犬はクロムから手を離した
手を離されたクロムは、そのまま地面に崩れ落ちた。一方の赤犬は状況を信じられないという様に自分の手を凝視していた
「わしが熱さを感じるじゃと!?」
『唯一お前に効く…炎だろ』
だが、今の黒の炎には発動者に多大なリスクを伴うモノ。本当は“もしも”の時の為のあたしの自害用に使おうと思っていた炎なんだが…まぁ良いか
肩で息をしているクロムを見て、赤犬は眉を寄せたが、嘲笑う様に見下ろした
「解放されたからと言っても、お前は死ぬ。人間が呼吸困難になるには十分に喉を焼いたからのぉ」
赤犬の言う通り、クロムの首には赤く痛々しい火傷が。段々息も掠れ、肩で呼吸する程酸素が廻らなくなっていた
何だよ…
今まであたしの意思とは無関係にしぶとく生きてきた癖に…
よりにもよって今か。出来る事ならオヤジ達とも、クラウス達とも出会う前にこうなりたかったかもな…
「白ひげは今回は諦めるが、お前は死ぬ。誰も助けに来んけんのぉ」
赤犬は海軍の上着を羽織り直し、クロムに背を向け、去っていった