恩人 U







『よぉ、ベポ』

次の日。クロムはローに包帯を変えてもらった後、暇な事もあり、船内を徘徊していると通路の隅で何やらベポが美味しそうにチョコを頬張っている姿を見つけた



「クロムも食べる?」

一口チョコを数個手渡してきたのにじゃあ食べる、とクロムはチョコを受け取り、ベポの隣に座った。チョコを1つ口に含むと何故か懐かしい気分になった




『チョコって美味いな。すげぇ久々に食べた気がする』

「…あのさ、クロムって太らないよね」

急に此方に顔を向けたベポがぽつりと呟いた。そうか?と首を傾げながら自身の腕や腹回りを見回してみる



「キャプテンより細いんじゃない?羨ましいなぁ」

思わずその言葉に苦笑した。あいつの細身は最早ガリガリと言って良いだろ。あれより細いとしたらそいつはもう骨だ




「俺なんて最近また太ったよ…」
『ベポは痩せなくていいんだろ。柔らかいから可愛さ増すし』

「え、可愛さって…俺男だよ?」
『熊は可愛いモンなんだよ』

「そ、そういうもんかな?」

ベポは自分の耳をフニフニと触り始めた。その姿も可愛いっと思い、和み気分で再びチョコを口に運んだ




「あ、そういえばクロムはいつ帰っちゃうの?白ひげ海賊団に」

『まぁ声も出るようになったし、もうローやベポ達に迷惑は掛けられないし、そろそろ帰ろうとは思ってる』

「そっか…でも仕方ないよね。クロムは隊長なんだし。寂しくなるなぁ…」

しょんぼりとするベポの頭を優しく撫でた




『よしよし、そう思ってくれるのは嬉しいよ。帰ったら今度いつ会えるか分からねぇし。でもまたいつかは会えんだろ』
「…それならこれ持ってってよ」

ベポから手渡されたのは一口チョコが何個か入った袋。丸々手渡されたのに思わず目を丸くした




「今日戻っちゃうかもしれないし…渡しとくよ」
『お、おぉ。ありがとな』

そうクロムが微笑み掛けると、未だにしょんぼりしていたベポの表情は何処か和らいだ。そしてそろそろ場所を移動しようと立ち上がったベポのつなぎのポケットからある新聞が落ちた

それに気付いたベポは慌てて拾おうとしたが、既にクロムが拾い、見出しを見ていた

【白ひげ海賊団零番隊隊長 ハーツ・クロム。赤犬に敗れ死す】



「ぁ、えっと…クロム、これはあのッ…」
『随分と吠えるようになったじゃねぇか…海軍共』

クロムは口元を吊り上げ、額に青筋を何本も浮き上がらせた



「クロムてば落ち着いてよ!たかが新聞の記事ッ…」
『この借りはぜってぇ返す』

そう言うとクロムは新聞を握り締めてそのまま燃やした。新聞は跡形も無く来るの燃えカスと化した。アワアワとクロムのマジギレ状態を何とか宥めようとするベポの後ろから駆けてくる足音が近づいてきた




「おいおいおいおい、お前ら!海軍がすぐそこにいるぞ!早く甲板に上がってきてくれ!」

その知らせにベポは更に冷や汗をダラダラと流した。一方のクロムは軽く手に付いた新聞の燃えカスを払うと、クルーに歩み寄った



『クズ共は何隻だよ』
「えーっと…あれは7隻位じゃねェかな」

クルーが答えると、すぐさまクロムは通路を駆け出した。その姿を見て、クルーは首を傾げた



「何だよ、クロムの奴…スゲェ怒ってたみてェだけど」
「多分大丈夫…多分…」






甲板ではクルー達が海軍の接近に万が一を考え、戦闘準備に騒いでいた。だが、ローはいつもながら至って冷静


「キャプテン、どうします?」
「こうも接近されたら、海に潜っても大砲の餌食だな」

ハートの海賊団の船は潜水艦。海に潜れば海軍から逃れられる可能性はあるが、海軍は今にも大砲を放とうとしている





「うわぁ、スゲェな。ありゃあ何隻だ?」
「7隻…か。どうすんのキャプテン」

「…回避出来ねェなら、殺るまでだ」

はいよ、とクルー達は戦闘態勢に入り、ローも刀の鞘を抜こうと手を掛けた。すると、船内へ続く扉がバンッ!と勢いよく開いた




『あたしに殺らせろ』

甲板の扉には青筋を何本も立て、目を殺気走らせたクロムが立っていた。オーラが既に不機嫌極まりない。そんな雰囲気の異変を怪訝に思い、ローは尋ねる



「どうした。いつになく不機嫌だな」
『何でもねぇ。ただ殺りてぇから言ったんだ』

恐らく今さっき何らかの原因であの新聞の記事を見たのか。じゃなければこんな短時間でクロムが海軍にブチキレる訳がねェ…

ローはそう直感で悟った






「ハートの海賊団ッ!無駄な抵抗は止めろぉおッ!」
「この数の船だッ!そして海の上!さすがのトラファルガー・ローも好き勝手できんだろうッ!」

海軍が得意気に叫んでいる声を聞いて、クロムの青筋がまた増えた



『超絶うぜぇ。仲間に侮辱する奴は…誰だろうと許さねぇ』

「おいおい、何かクロム…怒ってねェか?」
「あぁ、威圧感が半端ねェ…」

側で聞いていたクルー達が小声でザワつく中、構わずクロムは再びローに目を向けた



『ロー、いいだろ?』

「…好きにしろ」

ローですらこの威圧感は伝わってくる
かなりブチキレてるな…

クロムは許可されると、船縁に飛び移り、海に飛び込もうとした瞬間、慌てた様子で駆け寄ってきたクルー達に腕を掴まれた




「Σおーいおい!お前、海に飛び降りるつもりか!?」
『それが何だ』

「おまッ…知らねェのか!能力者は海では泳げないんだぞ!?」
『だから何だ。あたしには関係ねぇ』

自ら説明する気がない事を察したローは代わりにクルー達に教えた。以前にクロムから聞いた事。持っている能力は悪魔の実で得たモノではなく、前々から持っている自分の能力だと

だから水に飛び込んでも、引きずり込まれる事はない
 



「そんな事って…あるのか?」
「俺はてっきり何かの実の力だと思ってたがな…」
「だから平気で海に飛び込もうとしてるんだね」
「だけどやっぱり1人じゃ危険じゃねェか?」

『心配すんな。雑魚相手にお前らが出る事もねぇ。お前らを侮辱した事、あいつらに後悔させてやる』

クロムは船縁に再びしゃがみ込み、右腕を横に伸ばした。すると右手の先から水が渦を巻くように身体を纏い始めた



『海軍なんかに、仲間の名を汚させねぇ』

そう一言言い捨て、海に飛び込んだクロムの姿を追い、慌ててクルー達は船縁に身を乗り出し、すぐ下の海上を見下ろした


「普通の能力者じゃねェってのはホントらしいな」
「ほ、ホントに溺れないんだな…」






甲板上でクルー達が安堵する中、クロムは足元に広がる透き通る青い海を見て、目を細めた

あたしは死んでる事になってる
いや、ホントにあの時死んでいたかもしれない
でも、ローが助けてくれた事で今此処でまた大切な仲間の為に戦える

本当に…嬉しい。だからこそ、ローやハートの海賊団の仲間を侮辱するのは絶対に許さない。艦隊では騒ぎ声が増しているのをクロムは睨み上げた



『腰抜け共が。ロー達を侮辱した事とあたしの存在を消させた落し前……付けさせてもらうぞ』

そう言ったと同時に水を蹴り、走り出した。海軍までの距離は200メートル。一気に駆け抜ける




「おいッ!誰か来るぞッ!」
「あれはッ………Σまさかッ!だが奴は死んだ筈だ!」

海兵達はまさか新聞に載っていた記事、ましてや海軍大将が名を挙げた記事だ。誰も疑わなかったせいか猛スピードで向かってくるクロムの姿に甲板は騒然となった



「バカなッ!ハーツ・クロムは大将赤犬氏が倒し、死んだ筈ッ…!」

クロムの額に青筋が浮かび上がる。平常心を保とうとするが、次の言葉に張り詰めていた頭の糸が勢いよく弾切れた



「ハーツ・クロムは死んだのだッ!死んだ者が此処にいるわけがなッ…」
『黙れ腰抜け共がぁああッッ!』

海軍の言葉に完全に頭に血が上ったクロムは叫んだ直後、海軍の船に向かって水と共に舞い上がった

赤犬に殺されてねぇッ…!
今、あたしは確かに此処に立って生きてんだッ…!




『あたしはぁッ!』

空高く舞い上がったクロムは右手を強く握り締めると、水が纏わせた。その先端はみるみる尖り始め、まるで巨大な三又槍の様な形状に変化した


『死んでねぇええッッ!』

そう叫んだと同時に水を纏った右手を艦隊目掛けて突き出した。それにどよめき始めた海軍。だがもう遅く、突き出した瞬間に大量の水が槍の雨の様に海軍に突っ込んだ

海軍の叫びと共に、その一撃で1隻目が派手に爆発しながら沈没した







◇◇◇ ◇◇◇








「あそこに7隻海軍がいるぞッ!」
「ホントだ!見えた!でも何で7隻もッ…」

白ひげ海賊団船内は数キロ離れた距離に突然現れた海軍にどよめいていた。その騒ぎに各隊長達もすぐに甲板に集まった




「珍しいな、あんな海軍が集まるなんて」
「あそこで、何かあったのかもな」
「こっちには気付いてない様だが…」

隊長達が口々に言った。確かに此方には気付いていない。あそこに大物の海賊がいるのか。一応見つかるとややこしくなると言って、経路を変えるように指示をし始めたが…



『死んでねぇええッッ!』

海軍のいる方から突然の叫び声。その声が誰の者か、クルー達はすぐに分かった。反射的に慌てて船縁に身を乗り出す



「なぁ…あの声ッ……まさかクロムか!?」
「隊長の声だッ!あそこに隊長がいるんだ!」
「経路変えるぞ!あそこに行くよぃ!」

マルコが指示をすると、クルー達は頷き、数キロ先のクロムの元へと船を動かした








◇◇◇ ◇◇◇







『おらぁあぁああ!』

未だに青筋を立てているクロムは自在に水を操り、次々と海兵達を海に放り出す。なぎ倒してもなぎ倒しても、怒りは収まらない

そして7隻あった海軍の船も、あと残り1隻になった。クロムは船の甲板に水と共に乗り込み、乗っていた海軍を一気になぎ倒した




『おいッ!くそ少将ッ!』

甲板にいた海兵を全員倒したクロムはその船に1人と残った少将の胸ぐらを掴んだ



『あたしは今生きてるだろうが。誰が死んだだ…あ゙ぁッ!?』

クロムは少将の胸ぐらを掴む手に自然に力が入った。少将は怖じ気づいているのか身体が震えている



『トラファルガー・ローも、ハートの海賊団のクルー達も。お前らが何隻の船で来て敵う奴らじゃねぇんだ。あたしは仲間を侮辱する奴はぜってぇ許さねぇ!』

クロムが鋭く睨みつけると、少将は顔を蒼白とさせ、身震いさせた



『この様で生きて海軍に戻れたら、赤犬に言っとけ。オヤジはお前らじゃ手も足も出ねぇ最強の海賊だ。あたしはお前ら海軍の正義より、オヤジの正義を信じる。オヤジはこんなあたしでも愛してくれたたった1人の親だ。手を出したらただじゃおかねぇ』

そう言ったクロムは少将の胸ぐらを左手で掴んだまま、右手を握り締めた

誰1人として、死なせない…
この命に代えても…



『ぜってぇにぃッ…守ってみせんだよぉおッッ!』

クロムは叫ぶと同時に少将を顔面を力一杯殴り飛ばした


/Tamachan/novel/6/?index=1