『エースを2番隊隊長に?』
「あぁ」

ある朝、マルコが部屋に訪ねてきた。何かと思えば、ずっと欠番だった2番隊隊長にエースはどうかという事だが…



『また急だな。そんな話なかったのに』
「隊長は早く決めた方が良いと思ってよぃ」

『2番隊の奴等はどうなんだよ、ティーチとか』
「みんな賛成してるよぃ。あとはお前とクラウスだけだ」

『あたしも賛成だけど…エースが同じ隊長になるのか…』
「何だ、嫌なのかよぃ」

ポツリと呟くとマルコに尋ねられ、苦笑しながら首を横に振った



『あ、いや…あんま実感がでないだけだ。まぁ、あたしは賛成側で』
「分かったよぃ」








◇◇◇ ◇◇◇








「よう、クロム」
『おぉ、エース。どうかしたのか?』

「そんな用とかはねェんだ。クロムと話してェなと思ってな」

照れ臭そうにエースは頬を染めて笑った。それにクロムもそっか、と言って笑い返し、一先ず食堂に行き、雑談をする事に。話の最中にふとクロムの目にエースの背中に彫られた白ひげのマークが映った



『なぁ、お前…2番隊隊長になるのか?』
「え?あぁ、まだ決まってねェけどな」

まだ背中に彫られて間もないエースの背中のマーク
痛そうに耐えてたなぁ…

もう新入りなんかじゃなく、自分の隊を引っ張る隊長になる。隊を率いて前に立つのは大変。だけどエースなら大丈夫。きっと大丈夫だろ

そう思ったクロムは静かに微笑んだ




『あたしは賛成だからさ。もし隊長になったら、お互い隊長同士で頑張ろうな』
「おぉ。分からねェとこあったら教えてくれよな」

『勿論』

エースとクロムは歯を見せ笑い合い、拳を軽く互いに打ち付けた







◇◇◇ ◇◇◇







「エースを2番隊隊長にする?」

「あぁ。あとはお前1人だけだよぃ」
「みんな賛成派だってよ」

マルコはクロムにこの内容について聞いた後、クラウスの所に向かっていた。その途中でサッチと合流した為、共にクラウスの部屋へ

勿論エースを2番隊の隊長にするかを聞く為だ



「…いいぞ。俺も賛成だ」

「へぇ、随分あっさりだな?ライバル同士だから、少しは抵抗があると思ったんだが」

サッチの言葉にクラウスは一瞬目を丸くして、小さく笑った

確かにエースと俺はクロムに対してはライバル同士。だがそれはお互い認め合った中でのライバル同士。それに隊長になるかではそんな事関係ない。家族を引っ張る隊長の1人になる。エースなら大丈夫だろう

きっとクロムも…そう思っている筈だ



「エースとはライバル以前に家族だ。それにエースなら、ちゃんと責任持って隊を引っ張っていけると思う」

「ほぉ、そっかそっか!クラウスも大人になったなぁ」

何故かしみじみした表情で背中を叩いてきたサッチにクラウスは苦笑した。一方のマルコはひとまず欠番の2番隊隊長が問題なく決まり、安堵した様に1つ息を吐いた



「これでみんな賛成だな。オヤジに報告したら、エースは2番隊隊長だ」

「んじゃあ、早くオヤジに知らせてきてくれよ。俺は明日の宴の為にキッチンに篭ってっから」
「おいおい、気が早ェなぁ」

「ぬぁあに言ってる!善は急げって言うだろ?おめェも暇なら下ごしらえ手伝え!」

サッチはクラウスを半場強制的に引きづりながら食堂へ向かっていった。マルコはそんな2人に苦笑しながら見送った後、オヤジの部屋に向かった









◇◇◇ ◇◇◇









次の日の夜。エースが2番隊隊長になったという事でみんなが宴で祝っていた。上機嫌で酒をバカ飲みする者達の中心にエースが座らされていた



「2番隊隊長、頑張れよぉ!」
「めでてェな!頑張れよ、エース!」
「今日は朝まで飲むぞおぉお!」

酒の樽を空高く掲げながらクルー達は一層騒がしく叫んだ。途切れる事なくサッチは料理を出し、甲板はもう完全なお祭り騒ぎと化している。だが、クロムだけは料理を囲み、宴気分の輪の中には入らずにオヤジの隣に座っていた




「どうした?クロム」
『別に』

オヤジも甲板に座り、クルーと同じ様に酒を飲み干しているが、宴が始まってからずっと自分の隣に座りながら何も口にしないクロムを見て、酒を口に運ぶ手が止まった




「めでてェ宴だ。お前も飲んだらどうだ?」
『酒は飲まねぇんだ。知ってんだろ』

「酒が飲めねェのはお前だけだな。クラウスやお前の隊の息子達はみんな飲んでるぞ?」
『あいつ等は昔から酒には強いんだよ』

クロムは渡されたが、一口も飲んでない酒を眺めながら言った。酒をグビグビ飲み干すクルー達の気が知れない。酒の何処が旨いのかねぇ…



「酒が飲めなくても、宴の輪の中にだけでも入ったらどうだ?」
『…そうだよな。せっかくの宴だし』

漸く立ち上がったクロムはオヤジの隣から賑やかなクルー達の輪の中に入っていった




「あ、隊長!」
「遅いぞクロム!」

『わりぃわりぃ』
「サッチの料理うめェぞ!お前も食え食え!」
「うめェに決まってんだろ!俺が作ったんだからな!」

クロムが輪の中に入ると、既に出来上がっているクルー達が次々と話し掛ける。新しい隊長が決まって、みんな安心した様で羽目を外している

いつも外している様なモノだが…
エースは違う隊の奴らと飲んでいる
とりあえず、その場に座って料理を食べた





「おいおい、お前全然酒減ってねェじゃん」
『んだよ、うるせぇな』

「お前は昔っから酒飲めねェもんな。しょうがねェか」
『…お前、それ何杯目だよ?』

「8杯目」
『Σ8杯目!?』

8杯目とは言ってるが、クラウスはケロッとしていて、全然平気そうな様子だった

8杯目って…肝臓どうなってんだ、こいつ




『お前の身体…どうなってんだよ。いや、お前に限らずだけど…』

「こんなの普通だろ。みんなそんくらい飲んでんだぞ?中には調子に乗って早くも潰れてる奴いるし」

クラウスが指差す方を見ると、確かに顔を真っ赤にして完全に酔い潰れているクルーが数名いた


『うわぁ…2日酔い決定だな』
「違いねェ」








◇◇◇ ◇◇◇








「何だ何だ?お前あんま飲んでねェんじゃねェの?」
「そういえばクラウスはどうしたんだ?さっきまで一緒にいただろぃ」

『あそこだ、あそこ』

ため息を吐きながら指差した先にサッチとマルコは頭に?を浮かべて目を移した。そこにはさっきまでピンピンして、クロムと一緒にまともに話していたクラウスが数人のクルー達と共に酔い潰れていた




『さっきクルーに連れていかれて、戻ってこねぇと思ったらあのザマだ』

「お前は?」
『飲めねぇの知ってんだろ』

「挑戦してみたらいいじゃねェか」
『無理っつーか嫌だ。あぁはなりたくない』

「まぁ、飲めねェ奴が無理に飲んだら確かにヤバイことになりそうだしな」
「飲めねェなんて、人生損してる気がするよぃ」
『うっせぇな、別に損してねェよ』

「まぁまぁ、せっかくの宴だし思いっきり騒ごうぜ」

サッチとマルコは口を尖らせたクロムの頭を軽く叩き宥めると、甲板の端に座って未だ酒を飲んでいるオヤジの元に向かって行った

また1人になったクロムは仏頂面でグラスを空に照らしながら眺めていた








◇◇◇ ◇◇◇








あれからあっという間に時間は過ぎ、空はもうオレンジ色に染まり、クロムはグラスに入っているお酒を未だに口付かずで眺めていた




「クロム」

後ろからポンッと肩を掴まれた。振り返ると、そこには歯を見せ笑っているエースが。手元には酒の入ったグラス



『エースはそれ何杯目だ?』 
「はしゃいで飲んでたからなぁ。何杯飲んだか分かんねェや」

『分かんないって…みんなあんな酔い潰れてんのにピンピンしてんな』

呆れ顔をしながら言うと、エースは可笑しそうに笑い、隣に座った。そしてクロムが持っているグラスの中の酒がまるで減っていないのに首を傾げた



「お前、酒飲めねェの?」
『あぁ、昔からな』

「へぇ、初耳だな」
『さっき、サッチに挑戦してみたらって言われてさ、どうしようか迷ってた』

「飲んだらいいじゃねェか」
『そう言うけどさ、よくいるだろ?酒飲んだら豹変する奴。あぁはなりたくねぇんだよなぁ…』

「いやいや、飲んだらもしかしたら意外に酒に強いかも知れねェぞ?そうだったらこれからはみんなと一緒に飲めるじゃねェか」

飲んでみろ飲んでみろ、とエースに背中を軽く叩かれながら促され、クロムは浅くため息を吐いた



『わかったよ、飲んでみるけど…何かあっても責任は負わねぇからな』

エースが頷くと、クロムは思い切ってグラスの中のお酒を一気に飲み干した





『Σ苦ッ……』
「Σばッ…!お前初めて飲むくせに一気飲みすんなよ!」

『一気に飲めば味とか分かんねぇかと思っ…てッ…』

一気に飲んだせいか、クロムの頬はだんだん赤く染まり始め、目も虚ろになってきた




「お前、大丈夫か?一気に飲んだらそりゃあ酒がまわるわな」

異変に気付いたエースは苦笑しながらクロムの頭を撫でた。黙ってエースを見上げるその表情はいつもは見せない女の表情。一瞬確かにエースの鼓動が高鳴った




『んだよ…変な顔してんな』
「う…うっせぇな。お前がいつになくその…」

じっと見つめてくるクロムにエースは思わず目を逸らした




『つーか身体が…熱いッ…んだよ』

服の襟元を軽く引っ張りながらエースに力無く凭れ掛かったクロムはとても色っぽい。確かに身体も熱いのか普段以上に熱が伝わってくる

もんもんとよからぬ事を考えついてしまう頭を左右に振って、襲いたいという男の感情を残っている理性で押し殺した




「お、お前もう寝た方がいいぞ?」

戸惑いながら肩を掴んでさり気なく身体を離すエースの手をクロムは何故か小悪魔な笑みを浮かべながら触れた



『じゃあ一緒に寝てくれるのかよ…』

こういった煽りなんて皆無に等しいクロムがやった事で破壊力は更に増す。結果、途端に顔を真っ赤にさせて硬直するエースを見て、クロムは可笑しそうに微笑んだ



『冗談だよ、ばーか。本気にすんなよ』
「Σな…お前なぁ!」

いつもこうやって女らしく振る舞えばいいものを、周りの男よりも男らしいからなこいつは…

額に手を当てて浅くため息を吐いたエースはひとまずクロムを横抱きした



「ほら、部屋に運んでやるから大人しく寝ろよ?」
『…はい』

再びクロムの熱くなった体温が伝わってきた。エースは抑えた煩悩が再び出てくる前に足早にクロムを自室へと運んだ



 
 



◇◇◇ ◇◇◇







「ほら、大人しく寝ろよ?」
『…はい』

自室に着き、やっとベッドに寝かせたエースは早々に背を向けた。すると、クロムが何やらモゾッと身体を少し起こした




『エース』
「ん?」

呼び止められ、振り返る。クロムは手招きしている。エースは怪訝そうな顔をしてとりあえずクロムにベッド傍まで戻った



「何だよ」

エースはクロムのベッドに手を掛け、しゃがんだ



『もっと寄ってくれ』
「は?」

これ以上どう近付けばいいのか分からないエースはとりあえず顔を近付けた……と直後にクロムはエースの頬にキスをした

エースは目を見開き、唖然としまま硬直した



『おやすみ』

照れ笑いしたクロムは糸が切れた様にベッドに倒れて寝入ってしまった。一方エースは足早に部屋から出ていき、クロムにキスされた頬に触れた

なんつー事してんだよ…あいつ…
理性が飛んだら…俺はクロムを襲ってたのか…?




「って何考えてんだ…俺」

エースは左右に首を振り、感情を押し殺した
“襲いたい”と一瞬でも思った自分の感情を…







◇◇◇ ◇◇◇







『は?酒飲んだ後の記憶?』
「…あぁ」

『酒が苦くて不味い事だけが記憶に残ってる』
「そ…そうか」

『んだよ、何かあったのか?顔あけぇし』
「Σな、何でもねェ…」

昨日の事を完全に覚えていない様子のクロムにエースは昨日の事は言わない、そしてクロムに酒は飲ませないと心に誓った



【宴 END】

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